第1361話 騒がしくなっていく魔王領
ハルによるプレイヤー移送計画は毎日のように行われ、瞬く間に拠点周辺の人口は増加の一途を辿っていった。
すぐに世界樹の根から生まれたテーブル上の大樹も一エリアでは足りなくなり、二本三本と増やしてゆき、今ではぐるりと拠点を取り囲むように、円形にエリアが配置されている。
まるで自分で自分の首を絞めるような行為であるが、これにもれっきとしたハルの目論見があった。
確かに包囲網が形成されているが、これは逆に見れば、外敵からハルを守る防波堤にもなり得る。
樹上に暮らすのは各地から集結した実力者たちばかりで、そんな彼らが暮らす『結界』を突破せぬ限りはこの霊峰の上にある城へは辿り着けない。
シノたちのような、領土の隣接した地を治めるリーダー達とその軍隊が、もうおいそれと攻めて来れないような、そんな環境が構築されていた。
「だんだんと、純粋な移住希望者が増えてきてるね。僕に挑戦したいというよりも、なんか安全そうなこの地で暮らしたいと」
「むしろ魔王城への挑戦者が来ねーよな?」
「まあ、それは、僕がこうして毎日遠征に出ているというのもある」
「留守ならむしろチャンスだろーが。甘っちょろい奴らめ」
ハルとケイオスは本日もまた、新たなドラゴンを下し龍脈を平定、乗客を乗せて領地へと帰還の最中だ。
空から確認出来るようになった魔物の領域は、相変わらずサイズ感のバグった大きさの世界樹に見守られるように広がっている。
その外周付近にはテーブル樹木が等間隔に配置され、上には既に移住者たちの街が形作られていた。
巨大なテーブル同士はその間を巨大すぎる枝によって空中を渡る道路のように接続されており、町同士の行き来も容易だ。
その上空をぐるりと旋回するように、本日の目的テーブルへと『配膳』するために向かうハルたちに、住民たちが手を振っている様子が伺える。
「呑気なもんだなぁ。普通、攻撃魔法の一つでも飛んで来るところだろここは」
「まあまあ。そんなことしたら、新たな移住者にも被害が出るしさ」
「結局オメーへの挑戦は、現地に降りた時にイキのいい奴がちらほら出るだけだな、まだ」
「そこが最大で唯一のチャンスだと、そういう風潮になってるのかな」
以前の盗賊の男のように、ハルがドラゴンを下し、竜宝玉を手にした瞬間、それを横から奪おうと襲撃をかけてくる者はあれからも出ていた。
スキルによって<窃盗>しようとする者以外にも、純粋にハルを倒そうと挑戦するために準備を整えていたパーティも居た。
とはいえ、既にハルはパーティ単位の戦力でどうこう出来る強さではなく、単純な身体能力だけでもそこらの怪物に引けを取らない。
ジュースによるドーピングで増えに増えたHPを利用した、<生命魔法>による筋力増強。
あの盗賊を一撃で吹っ飛ばした攻撃の正体だが、有り余るコストを利用したその魔法を使い適当に暴れるだけでも、もはや災害クラスの被害を周囲に振りまけるのだ。
「もう並の戦力じゃ相手にもならんが、しかしドラゴン討伐は日に日に遅れてんな」
「今日なんて一体だけだもんね。移送希望者が、それだけ増えたってことだけど」
ドラゴンの居る枯渇ポイント、それに加えてかつてドラゴンの居たポイントを『駅』として、飛空艇による移送を求めるプレイヤーは日に日に増えている。
今日は目的地がかなりの遠方であったこともあるが、その帰り道に既に攻略済みの『駅』に寄って、何度も降下と回収を繰り返すことに時間を使ったという事情もある。
いかに遠くなったとはいえ、ドラゴンを倒すだけならまだまだ複数体いけただろう。
「思った以上に遅れが出ている。そろそろ、帝国も一個目のポイントを攻略する頃だろうね」
「あっちからすりゃ、こっちがポンポン落としている中『まだ一個目か……』って気分だろうから、むしろ焦ってんのは帝国だろーけどなぁ」
「でも出来るならコンプリートしたいじゃん?」
「そりゃそうだ!」
まさに魔王じみた強欲極まりない会話を、かつての魔王、ケイオスと笑いながら交わし合うハル。
まさに無敵の心強さであり、勢力としても確実に帝国を圧倒してはいるが、可能なら宝玉を一つも渡したくないのもまた事実だ。
これは完全勝利の欲というより、またプレイヤーに不測の影響が出ないとも限らないことを、ハルは危惧しているからだった。
「……まあ、いくつかは相手の手に渡るのはもう納得したはずだ。割り切ろう。そんなことを気にしてないで、さっさと乗客を降ろして戻ろうか」
「あいよーっ。そろそろ、その宝珠の使い方も解明したいところだなぁ」
ハルは空いていそうな『テーブル』を見繕うと、その上に飛空艇を着陸させる。
そうして乗せてきたプレイヤーがぞろぞろとその上に『配膳』されれば、本日のお仕事は終了だ。
ハルもまた彼らと共に樹上に降りて、この地の使い方を簡単に説明する。
そんなハルの元に、つかつかと歩み寄る一つの影があった。いつかのように、フードを目深に被った顔の見えぬプレイヤーだ。また盗賊だろうか。
「おっ? ここでまた挑戦者か? あえてこの場でとは、空気の読めん奴め」
「いいよケイオス。航行中じゃなければ問題ないさ。だが、悪いね君。竜宝玉は今船の中に置いて来ちゃってるんだ。<窃盗>狙いなら骨折り損だよ?」
ハルも、常に死なない程度に手加減できるとは限らない。ここで死んでは、せっかくの空の旅がまるきり無意味だ。最後のセーブポイントまで逆戻りである。
「だからせめて、仮設住宅のベッドでセーブでもして……」
ハルやケイオスの言葉をまるで無視して、つかつか、と足早に男(だと思われる)は接近してくる。覚悟は固いようだ。
「いいだろう、その度胸に免じて、僕も全力で相手して……、って、おや……?」
「待って! 待って待って待ってまってぇ! 俺、オレです! この顔にピンときたらぁ!?」
「通報だな。覚悟しろ不審者。ここではオレらが法で警察だ」
「待ってってぇ!? 今フード取るんでぇ! あっくそ脱ぎにくいなコレ……」
「……何をやっているんだか」
もう目と鼻の先にまで歩み寄って来て、突然その緊張感は弛緩した。男は深く被りすぎたフードが引っかかって脱ぎきれずに、バタバタと四苦八苦している。
……もしこれが、ハルたちを油断させるための演技だとしたら、実に大したものなのだが。
「……ぷう! やっと脱げたぜ! ども、ハルさん。ご無沙汰してます。俺です!」
「うん。誰だい?」
「これがオレオレ詐欺ってやつか。オレも実害に会うのは初めてだぜ……」
「ひっどぉ!? ハルさんはまあ、仕方ないとしても、ケイオスお前は絶対憶えあるだろ! むしろお前が誰だってのケイオス! あのデカい胸はどうした!」
「うわセクハラ! 死刑だなハル! なあこりゃ死刑だよな!?」
「まあまあ。しばらくぶりだねミナミ。こっちにも来てたんだ」
「うぃっす! ハルさんもお元気そうで! 来ちゃってたんですよねぇ災難なことに……」
「おっ? なんだなんだ?」
「戦わないのか」
「知り合い?」
「ミナミだって」
「えっ、あのミナミ!?」
「有名人じゃん!」
「マジか生ミナミってこと!?」
「いやこれもヴァーチャルだろ。……だよな?」
「ミナミぃ! なぜ隠れてたぁ!」
「水臭いぞミナミぃ!」
「うっせ! お前らそうやって騒ぐからじゃい!」
以前にハルとケイオスが、『フラワリングドリーム』にてライバルとして出会い、その後もカゲツの料理ゲームを宣伝する為に協力してくれた男、ミナミがここで接触してきた。
人気タレントというべきか、アイドルとでも扱うべきか、区分が難しいところだが、その魅力を売り出して様々なゲームをプレイし視聴者を楽しませている、有名プレイヤーである。
その人気を容赦なく活用し、以前は攻略を有利に進めてハルとも衝突したことがあったが、このゲームでは真逆で、むしろ己の存在を隠してここまで来たようである。
「ねぇ助けてくださいよぉハルさんんんっ。逃げ場のないこの世界じゃ、俺ら配信者はどーしてもやりづらくって!」
「あっ、魔王様に取り入ろうとしてる」
「抜け駆けか?」
「抜け駆けだな!」
「ズルいぞミナミぃ!」
「有名人だからって調子のんなよミナミぃ!」
「俺らも紹介しろミナミぃ!」
「俺らとミナミの仲だろー?」
「うっせ! お前らなんか紹介したらハルさんに迷惑だろーが! ……と、こんな感じで有名税の支払いを強要されてしまう訳でしてぇ」
「強制ログインだからね。君も大変だな……」
普段は、配信越しというフィルターが強固な防壁となり、彼を守っているという訳だ。この防御も、所属事務所の守りも存在しないこの世界は、確かに彼にとって危険だろう。
それでも、『ゲーマーならばそれも実力でなんとかしてみせろ』という思いもないではないハルではあるが、彼とハルとはまた違う。自分と同じものを求めるというのも、酷というものか。
「まあ、構わないさ。宣伝大使のよしみだ。このまま拠点に連れてってあげるよ」
「ぃぃよっっしゃぁあああああっ!!」
「特別扱いは感心しねーぞハルー?」
「黙ってろ魔王! いや、今は<平民>のケイオスさん?? ハルさんの決意が揺らいだら、どうしてくれるんだ! マジ黙っててくださいお願いします!」
「必死すぎだろ……、よっぽどだな……」
「縁故採用だ! コネ入社だ!」
「戻ったら言いふらしてやるからな!」
「ミナミ、炎上」
「謝罪会見の準備しとけミナミぃ!」
「はっ! どうせ記憶消えるんじゃい! リアルではノーダメ! なりふり構っていられるかぁ!!」
「……はいはい。いつまでもファンサービスしてないで、さっさと行くよ? それと、君にはこっちでもきちんと仕事してもらうんで、そのつもりで」
「はい喜んでーっ!」
元々、龍脈通信での広報用に、その手の仕事に慣れた人材としてミナミを探していたハルである。
確かに贔屓している面は大きいが、渡りに船だ。
こうして、敵と共に思わぬ味方も増えることになったハルたちの領土は、どんどんと騒がしくなっていったのであった。




