第1360話 客人の為の居住地
「よし、これで三つ目」
「今日の遠征計画はこれにて完了だなハル!」
手の中に現れた宝珠を確認し、討伐の完了に一息つくハルとケイオス。
あれから追加で二つの枯渇地帯を巡り、それぞれの主であるドラゴンをハルたちは討伐した。
一体目はハルが即座に倒しきってしまったので、二体目以降は見世物も兼ねて、ケイオスたちに出番を譲った。
ハルは竜の攻撃から飛空艇と乗客たちを守ることに尽力し、見せ場は仲間たちにある程度譲った。
それでも最終的にはハルをMVPとして宝珠が出現したので、やはり今のハルの貢献度は抑えてなお非常に大きいということなのだろう。
《凄かった!!》
《あれ、もうお終い?》
《あっけなかったな……》
《これならいけたんじゃない?》
《案外弱かったんだな》
《思い上がるなよ?》
《そうそう。魔王様たちが強すぎただけ》
《安全圏から見てるから、そう感じるだけだ》
《実際に行くとステージギミックだけで死ぬよ》
《挑戦したのか。すげーな》
そんなハルたちの活躍を龍脈通信で実況して盛り上がっていた乗客たちを一度降ろして、力を取り戻したこのフィールドにて小休止をとる。
彼らはぞろぞろと船内から出てくると、思い思いに羽を伸ばして、慣れぬ乗り物に緊張し凝った身体をほぐしていた。まあ、実際はそんな筋肉は存在しないのだが、あくまで気分だ。
「おーおーわらわらと。けっこうな人数になったなハル!」
「ああ。なかなかだね。これだけ集まれば、寄せ集めでもそこそこの街は作れるんじゃない。役割もいい感じに分担してさ」
「おいおい。自分を討伐しにくる奴らの街を作らせるのかぁ?」
「ああ。楽しそうじゃない?」
「そりゃ、オメーは楽しいかも知れんが……」
まあ、眠る暇もなく、いや、“起きている暇もなく”常に襲撃にさらされるならそんな事は言っていられないが、そうはならないようハルには考えがある。
それに、彼らが本当に求めているのは実のところ、『ハルの討伐』ではなく『イベント』だ。このゲームには、動的なイベント、短期的な目標が欠けている。
それをハルが用意してやれれば、彼らもなにも常にハルを狙って来ることはないだろう。
それが上手くいけば、こうして拠点の傍へとわざわざ呼び込んだ人材たちは、ある意味ハルの思い通りに働いてくれることとなるはずだ。
「まあそれに、あんだけド派手に力を見せつけてやりゃあ、不用意にハルに挑もうなんつーバカも出ないってもんだな! だはは! 見ろハル、奴ら、ビビって萎縮しちまってるぞ?」
「……んー、そこは、少しやりすぎたかも知れないね。完全に僕を恐怖し縮こまられても、それはそれでよろしくないのだが」
ハルの力を間近で目の当たりにした者、特に、生命の竜を消し飛ばした属性加速器の威力を見せつけられてしまった第一陣は、かなりその戦意を殺がれてしまっているようだ。
あんな化け物にどう挑めというのか、そんな絶望を感じさせる表情で、こちらを遠巻きに見守っている。
まあ、気持ちは分かる。高レベルプレイヤーが束になって挑んでも勝てぬドラゴンが、全力でぶつかっても勝てぬ相手がハルなのだ。
しかも、ドラゴンはまだシステム的に弱体化させられる希望があるが、プレイヤーであるハルにはそんな攻略のためのシステムは存在しない。
確実に、上限の強さを発揮するハルを倒さねばならないのであった。
「まあ、アレに関しては安心してくれていいよ君たち。あのヤバめな力は、ここのような大気が力に満ちたエリアでしか行えないから」
「いいのかハル? そこまで教えちまってよ」
「元々、見せる気はなかったからねえ。僕にとってもこれは想定外というか、アレを抑止力として萎縮させるのは本意じゃないし」
「そうは言ってもなぁ……」
「あんなん出来る時点で強すぎだろ」
「少なくとも十二属性極めてるだろ?」
「そう! しかも普通なら、どこかを始点にして吸収が始まって、どれか一属性に統合されてしまうはず! それを抑えて、あそこまでバランスを保ったまま成長させるとは、まさに職人芸! 陛下の実力の高さが、その時点でよくうかがえるというものです!」
「お、おう……」
「詳しいな……」
「尊敬だよねー」
「というか陛下ってなに……」
「だっはっは! 良かったなハル。早くも臣下が出来そうじゃねーか」
「僕は敵を作りにきたんだけど? 君と違って」
「そーゆーもんだ。オレだって、積極的に部下を募集してた訳じゃねーし」
魔王の先輩の教えは為になる。可能ならもっと先に言って欲しかったところだが、聞いてどうなるものでもないので、愚痴ったところで仕方ない。
そんな、あわやこの地に来た目的が空中分解しそうな雰囲気を、ここで引き締めなおしてくれる心強い味方が、いや心強い敵が、集団を抜けハルたちへと一歩踏み出した。
「はんっ。どいつもこいつも腑抜けやがって。関係ねーよ、こいつがどんな強い魔法を使おうと」
そう語りこちらへ近付くのは、フードを被り既に手には短剣を抜き放った、目つきの鋭い男。見るからに後ろ暗い職業のロールプレイだと、一目で分かる出で立ちだ。
「おや? 君は僕が、脅威ではないと?」
「脅威は脅威さ。そりゃ、強えんだろうよ。だが、別にアンタをわざわざ倒す必要はねぇ。馬鹿正直にな。特に、今この瞬間だけは……!」
「なるほど。その格好は暗殺者ではなく、盗賊のコスチュームか」
「そういうことっ! その、いつまでもみせびらかしている宝玉を、かっぱらって逃げちまえばいい!」
「まあ、見せびらかしてる訳じゃなくて、しまえないだけなんだけどねえ……」
「同じことだ!」
叫ぶと同時に男は、ハルまでの距離を一気に、瞬間移動じみた加速で詰めてくる。
その動き一つとっても、この者が尋常ではない修練を積んだプレイヤーだと分かる。盗賊稼業を成立させるために、必死でレベルを上げたのだろう。
「ほい、ほい、ほーれ」
「お手玉しておちょくってんじゃねぇ!! だが、近付いてしまえば魔法使いなんてこんなもの! 特に、さっきみたいに長いチャージが必要な大技なんか使えねー!」
「いやお前、チャージ中の加速器にかすった時点で蒸発すっぞ?」
「外野はすっこんでな! 引退魔王!」
「へいへーいっと」
近接職もつとめるケイオスだが、ハルの戦いに手出しすることはせず逆に一歩下がる。
この程度はピンチですらなく、ただ盗賊に近付かれた程度ではハルの手からアイテムが奪われることなどない。
「ふむ? では少し、誤解を解いておこう。確かに僕は魔法専門のビルドだが、別に近距離戦が出来ない訳ではない」
「曲芸を近接戦闘とは言わねぇ!」
「いや、基本的に強キャラじゃね? ピエロ系は」
「ケイオス。うるさい……」
同意しかないケイオスの突っ込みをなんとか無視しつつ、ハルは盗賊の男の攻撃と、その合間にくり出される<窃盗>スキルを華麗に回避し続ける。
彼にとっても、アイテム欄の外に出た動きまわるボールを盗み取るのは、慣れない作業であるようだ。アイテムのレア度も関係しているのかも知れない。
「という訳で、本当に取られる前に幕としようか。なんというか、基本的な身体スペックが違うんだよね」
「…………っ、っっ、ぐはぁっ!?」
それまで回避に終始していたハルが、急に反撃に転じたことに盗賊は対応しきれない。
ハルの放った、ただの雑な腹部へのパンチの振り抜きは、彼の腹そのものを吹き飛ばし、ついでに彼自身も見物人の方へと放り飛ばした。
誰がどう見ても即死のそれを、ハルはあわてて<生命魔法>で回復する。
急ぎすぎたので、属性中毒を抑えきれずに少々体内で爆発があったようだが、命に別状はないので問題はないだろう。
「なかなか良い気概だった。今後に期待しよう。ちなみに、今はいいけど航行中の狼藉は、その場で放り出すからそのつもりで。じゃあ、そろそろ出発しようか?」
「この流れで出発するか普通?」
いいのだ別に。むしろこの流れで混乱させ、有耶無耶にして空に出てしまえばこちらのものなのだ。盗賊の彼に感謝しなくては。
ハルは『もたもたしていると置いて行くぞ』と発破をかけて、プレイヤー達を客船へと詰め込む。
幸い、この場に残るプレイヤーは出なかったようである。
*
そうして帰りの工程を終えて、ついにハルたちの領土へと団体客が到着した。
とはいえ、彼らを城に、世界樹の葉空港に直接招く訳ではない。その手前の魔物の領域に、彼らだけを降ろして行く。
彼らにはここから、魔獣ひしめく危険地帯を突破し、晴れて魔王城への挑戦権を得ていただきたい。
ちなみに当然だがその脅威度は、シノとの戦争時よりも更に凶悪に進化していた。
「とりあえず、ここは安全地帯になってるから。この場所は好きに使ってよ」
「うお、すげー……」
「広いな……」
「ここって木の上なの? あの世界樹と同じ?」
「もうほぼ大地というか山の上みたいになってるな……」
「あの世界樹から株分けされた分身、と思ってくれればいいかな。並みの要塞とは比較にならないレベルで頑丈だよ」
その魔物の領域の中に、唐突に突き出た空中要塞のような広大な空間に、飛空艇は着陸した。
これは世界樹の根から派生した木々を束ねて、テーブル状の空中に広がる土地とした客人用のエリア。
彼らはここを拠点にして、遥か先に望める世界樹の魔王城へと挑戦するのだ。
「地面に降りれば強力なモンスターが出始めるけど、この上に居れば安心だから」
「至れり尽くせりだなぁ」
「もうここで暮らすのもありじゃね?」
「いいかも」
「帝国より安全まである」
「何しに来たんだお前ら……」
「本当だよ……」
だが、面白い反応ではある。実は、非戦闘員を匿うためのエリアとしても活用できるのだろうか?
今回集まったのはある種戦闘狂のゲーマーばかりであるが、もっと真逆の、ある意味このゲームには向かない者達を招き入れるのもアリかも知れない。
「まあ、ここでの生活は自由にしてくれればいいさ。ここには、僕も決して攻撃しない。むしろ君たちを守る為に動くだろうさ」
その未来の為の布石もアドリブで加えつつ、ハルは無事に終わった第一次輸送作戦に満足し、そのまま自分は世界樹の飛行場へと帰還したのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2024/9/28)




