第1359話 その命をとした嫌がらせ
エリア内に立ち込める薄ぼんやりとした霧状の大気。時おりキラキラと輝きを見せるそれは、おなじみの属性エネルギーに満ちた空気だ。
しかし、今回のエリアにおいてはそれ以外の意味も持つ。
この空気の中にいるだけで、徐々に体力バーが削られていき、HPMPにダメージが入っているようだった。
「毒か」
「船の中に居ても、無差別にダメージを与えてくるのです! これは、<生命魔法>の効果なのです……!」
「風よけの為の真空の壁があるのに……」
「ルナちー、この毒は空気とは関係ない。魔力の毒って感じだからね」
「なら、魔力の流れも遮断できないの?」
「んー、なんか、よく分からんのだけど、ウィスト教授が言うには難しいらしい。そうすると、魔道具が上手く発動できなくなるとか、なんとか」
かの魔法神が言うのなら、間違いはないのだろう。
毒の大気以前に、飛空艇のエンジンに属性の大気は悪影響を与える。遮断できるのならば遮断しておきたかったが、どうやら簡単にはいかないようだ。
「お客人は無事だろうかね?」
この攻撃は明らかに、ハルたちを倒すためというよりも乗客である一般プレイヤーを狙って放たれている。
なぜそう思うのかといえば、それはハルが護衛ミッションというものが嫌いだからだ。
相手の嫌がることを、的確に突く。エリクシルの作ったゲームであるならば、そのくらいやってきておかしくない。
ハルは龍脈通信越しに客船の様子を見てみるが、そこは予想通りに、既にこの毒に対する混乱にてあふれかえっていた。
《魔王ー! いったん離脱してー!》
《毒で、毒で死んじゃいます!》
《ハルさん助けてー!》
《引き返してー!》
《ここは生命の属性フィールドです。地形によるギミックなんかは大人しい部類らしいですが、その代わり踏み込んだ者を強烈な毒のスリップダメージが襲います。実はこれでも大人しくなった方で、祈りの不足した最初期はもっとダメージ量がエグかったです》
《解説してる場合かっ!》
《乗客の生命を保証しろー!》
「うるさいな。重ねて言うが君らは敵なんだよ? 敵の生命に気を遣う義理はない。君たちに取れる選択は、終点まで付き合うか、降りて死ぬかだ」
《無事に降りるって選択はないんですか!?》
《戦闘終わってから乗せてくれればよかったじゃないですかぁ!》
「いいから見てなって。君たちが毒で死ぬ前に終わらせるから。僕としても、護衛対象が死んでミッション評価が下がるのは気分が悪い」
《俺達はNPCかーっ!》
悲痛な叫びを無視し、ハルはこの状況の打開策を考える。
毒の霧が体力を奪っていくなら、解決策は二つ。霧を晴らしてしまうか、奪われる以上の体力を回復するかだ。
「……まあ、回復だよね。この地のエネルギーを全て奪うのはさすがに骨が折れるし」
「無理ではないんですねー?」
「うーん。やろうと思えば、出来る気はするけど、むしろ奪った後の事が大変」
「もしかして、爆発するしかない系?」
「うん」
ユキの想像通りだ。風竜を葬った時のように、巨大なわたあめ製造機のように力を絡め取って、周囲のエネルギー全てを我が物にしてしまう事はできる。
しかし、その力の行きつく先は、今のところ爆発的な崩壊を伴った解放しかなく、もしそんなことをすれば、それはこの土地そのものを爆発させるようなものである。
「そんなことをすれば、また地図上からチャットルームが一つ消える。今度は物理的に」
「んなことしたら、お客サンどころかオレらまで死ぬな! 生き残れんの、お前だけなんじゃねーのハル?」
「いや、流石に僕のHPでも生き残れないはず。こんなにジュース飲んでるのにね。当然、飛空艇も粉々に吹っ飛ぶ」
「それはだめだ!」
「だよね。ユキも悲しむので、その手は取れない」
「となると、回復か」
「うん。可能なら、金リンゴの在庫でも口に突っ込んでおきたいところだけど……」
そうすれば、自動回復効果が失う生命力と釣り合い、そうそう死ぬことはなくなるだろう。
だが残念ながら、今回の遠征ではアイテム欄を極限まで空けて余計な物は拠点に置き、そこに可能な限り客船のパーツを詰め込んできた。金リンゴは、人数分は存在しない。
「それじゃ、下に向かって範囲魔法でもかけますかね。神経使うなぁ……」
「属性中毒を抑えるのに失敗したら、“回復魔法が爆発”しますからね……!」
「愉快ではあるけどね」
アイリの言う通り、今のハルの放つ魔法には、<生命魔法>であっても生命属性以外の全属性が含まれている。
その中身を<属性振幅>によって抑え込まねば、かけた回復魔法が身体の内部で暴走し逆にダメージを与えかねない。
ハルは慎重に属性相性の影響を操り、生命属性以外の波を抑え大人しくさせるようにして、下部の客席に向かって広範囲の回復魔法を撒いていった。
《うおっ、一気に全回復……》
《これが、ハルさんの魔法の威力か!》
《さすがにすげー》
《魔王が回復魔法だと!?》
《そりゃ全属性極めてるから、使えて当然》
《イメージ合わねー》
《きっと毒殺するための魔法なんだ!》
《そうに違いない》
《それ『毒を薬にも出来る賢者』って評価でしかねーぞ》
《魔法の王だから魔王なんだよ》
触れただけで全回復する<生命魔法>を、しかも継続して放ち続けるハルに、特に魔法使いを中心に尊敬の念が飛んで来る。
喜んでもらえて何よりだが、常時こうしている訳にもいかない。観光に来ている訳ではないので、いずれ戦闘に転じなければならないのだ。
そしてその時は、もう既に目の前にまで来ている。
ゆったりとした動きで飛空艇の前を飛ぶ、すらりとした美しい『生命』のドラゴン。それを倒さないことには、この『毒』も止まらない。
「どうする? お前は乗客の保護に専念して、オレらが出るか?」
「いや、悪いが逆にケイオスたちの出番はない。僕が全力でやって、速攻で決める。幸い、今回は属性のオーラを抑えるつもりはないみたいだからね」
「おう! 例のお前のアレが、見れるって訳だな」
例だのアレだのと分かりにくいが、要するに属性中毒の暴走する特性をこの属性の大気と、そして敵の魔法にあえて食いとらせ、その身の間近で爆発させるというハルの荒業だ。
今までの竜はそれを怖れ、力の流出を抑える対策をとっていたが、今回はそうしていない。つまり、やりたい放題にできるということである。
ハルは回復魔法を切り上げて甲板に出ると、あえて吸収されてしまう相性の<火魔法>にて攻撃を行う。
ハルの魔法を自動的に吸い取ってしまった生命のドラゴンは、その至近距離で魔法の暴走を受けて大ダメージを負う。すべてハルの想定どうりの展開、そのはずだった。
「うわっ。暴発の余波で毒の大気が一気に……」
《うわー! やべーっ!!》
《あんな毒モロに食らったら一発アウトだってー!》
《回避して、回避ー!》
《ハルさん止めてー!》
《うわ飛空艇めっちゃ傾いてる!》
《落ちるうううううう!》
「いや構造上落ちないが……」
「《ハル。回避が困難、だよ。今のような攻撃は、おすすめは、しない》」
「モノちゃん? 何かトラブル?」
「《重力操作のフィールド、が、生命の属性力によって、乱されてるよ。加えて客船の取り付けによりバランスが崩れ、とても、飛びにくい》」
「なるほど。それは苦労をかけて申し訳ない」
生命属性は、この飛空艇の飛行技術の要の一つである『星属性』の隣に位置する。
隣り合う属性同士は吸収効果で作用しあい、飛行の為の属性石にも不具合が生じている。
そんな状況で毒の暴風を吹き荒れさせては、その余波がかすっただけで乗客は全滅だ。
先ほどはその猛毒に満ちた死神の吐息の進行を、ハルが魔法を重ねて放つことで強引に逸らし難を逃れたが、甲板に居たハルはその死の風の一部にあおられてしまった。
それだけで、『世界樹の吐息』により引き上げられたハルの体力ゲージが、ごっそりと刈り取られるほどのダメージをもたらした。
「この反射効果こそが狙いかい……」
「《だろう、ね? 強力な遠距離ユニットを潰す、簡単な策は、適当にぽんと反射ユニットを、置くことだよ》」
「実におっしゃる通りで」
敵も、ハルの無法を咎める為の策を色々と考えるものである。
こころなしか、先ほどの魔法の暴発も、コントロールされていた感触をハルは受けた。幾度もの敗北をうけて、ドラゴン達の技術も成長しているとでもいうのか。
「……まあでも、どれだけ小細工を重ねようが、“コレ”の対策にはなってない。いきなり観客にこれを見せるのも癪だが、またわたあめ作りの時間といこうか」
「《あるいはその力を、ハルの敵に公開させる為の、命を張った策、なのかもね?》」
「かも知れない。厄介な奴だよ。とはいえ、それもまた同じこと。これが他プレイヤーにバレようが、そもそも対策のしようがないのだから」
ハルは互いに干渉し合い、周囲の力を絡め取り内部で循環させる、十二の玉を周囲に生み出す。
そして、この場の大気を巻き取り絡めるようにして、一気にそのエネルギーを我がものとしていった。
そうして最初に風竜を撃破した時のように、圧倒的な魔力を束ねた力の暴走により生命の竜もまたあっけなく、その存在を終えたのである。




