第1358話 人を好きな位置に移動させる権利
ハルたちを乗せた飛空艇シリウスは、再び巨竜討伐の旅に出航した。
とはいっても、そう大層なことではない。結局はまだ、片道で行き来できる程度の距離である。
まあ、それもこの飛空艇が速すぎるため。徒歩では十分に、旅といって差し支えのない距離だ。確かに迎えがなければ来る気も起きないだろう。
「帝国に行きたい人は、大変だね。近くの人はいいけれど」
「まあなぁ。賛同者の多くは、非ゲーマーなんだろ? そんじゃ、行きたくても行けないんじゃねーの?」
「まあね。だから、帝国が自分達の住む土地にまで侵略の手を広げるのを待っている。そんな人達も多いよ」
「なんだそら。他力本願すぎんだろ」
「まあ、しょうがないさ。安寧を求めるってことは、極論、動かないってことだからねケイオス」
今の土地から、今の立場から、今の生活から自らを動かさない。それが安定というものだ。
皇帝の計画に賛同する者はそうした気質の者が多くおり、積極的にハルの居城を目指しているハル派(……なのか?)の者達の方が、現状集まりは上だった。
ただ、それで皇帝の呼びかけが無意味だった事にはならないのが難しいところだ。
彼らは龍脈通信を通じ皇帝に協力し、彼の命じる施設にエネルギーを送り、マーケットにて優先的に取引している。
それは馬鹿にできない帝国の優位を生み、既に彼らも第一陣のドラゴン討伐の目途を立てていた。
「ふははは! 軟弱な奴らよ! ……だが数の力は侮れねーぞハル。多人数ギルド相手のクソ面倒さは、オレらはよく知っているはずだ!」
「その通りだね。烏合の衆とて脅威だよ」
まさに飛ぶように流れる広大な風景を眺めながら、ハルとケイオスは懐かしい過去の思い出に想いを馳せる。
ケイオスや、ユキらも合わせ少数精鋭のギルドを組んだとあるゲームのこと、『誰でも歓迎』を掲げる超巨大ギルドと争いになったことがあった。
個々の戦力や、実績や名声などは当然ハルたちの方が上。しかし、敵はその数がまさに圧倒されるほど。資金ひとつとっても、個々がほんの少々供出するだけで莫大な額となる。
「……なら今回も、当時と同じ手でやっちまうかぁ?」
「懐かしいね。だがケイオス、当時は別に僕らが手を下した訳じゃあないよ。人聞きの悪いことは、言わないように」
「だっはっは! 裏から誘導したくせによく言うぜ。お主もワルよのぅ」
当時の手とはなにか? それすなわち内部崩壊を誘うことである。
とはいっても、何かハルたちが特殊な諜報戦を仕掛けた訳ではない。
彼らは、彼ら自身のその身の大きさゆえに、自らの体を支えきれずに、自滅同然で崩壊をしていったのだった。
人が増えれば、それだけ問題も増える。中核メンバーにはその増え続ける雑事が処理できなくなり、決壊後は一気に人離れが加速した。
ちなみにハルも、敵側の人口が更に増えるようにこっそりと手引きをしたりしていた。悪い奴なのである。
「ふむ? 確かに今回も状況は似ているが、リーダーの優秀さが違うよ? 相手はリアルでも旧家の長で企業の代表、現実の政治知識にも長けている」
「帝城が『市役所』って呼ばれるくらいだからなぁ。しかし、ハル。どんなにリアルで優秀だろうと、ここはゲームだ。ゲームにはゲームの文法があり、それはオレたちの領分だ。だろ?」
「まあね。その通りだ。完全にリアルのようにはいかないとも」
二人、顔を見合わせてニヤリを笑い合う悪友。いかに現実で有力者でも、ゲームでも天下を取れるとは限らない。
「……そうだね。いっそ、僕らで、この飛空艇で、さっき言ったような移動を諦めている人達を帝国まで送ってやってもいい」
「オイオイ。大きく出たなハル。そんなんが成立するかぁ?」
「うん。するはずだ、恐らく。帝国にとって僕は敵だけど、彼らにとっては別に敵でもないんだからね」
「確かに。ハルに協力はしない、できないが、奴らは別にハルが勝ったって構わん訳だ」
そう。別に帝国派も、心の底からこのゲームが無限に存続することを願っている訳ではないだろう。
いや、中にはそうした者もいるだろうが、そういった人間は積極的に帝国を目指すだろうし、今回の対象には含まれない。
それに巷では、目ざとい商人プレイヤーが既に、移動商隊への同行サービスなども商品として打ち出している。それと似たような物として売り出せばいい。
「よし。さっそく計画を練ろう。むしろ、今回から既に募集をかけておけばよかった。失敗したね」
「それは欲張りすぎってモンだぜハル」
そうかも知れない。なにせ初の試みだ。ぶっつけ本番で欲張って、予期せぬトラブルに見舞われる危険だってある。無茶はやめておこう。
そんな、初めての輸送船化計画の、実行の時が迫って来た。
ハルたちの視界には既に、奇妙に変色した龍脈の枯渇地帯が、肉眼にて確認できる距離まで迫っていた。
*
「よし。機関、停止。着陸準備、よし。このまま、船はしばらくこの位置で、ホバリングする、よ」
「あいさーモノちゃん! ほんじゃ、合図したら徐々に高度を下ろしたってー」
「うん。了解、だよ」
艦長のモノから、安全な降下準備が整ったことが告げられる。
ハルたちは空中で静止する飛空艇から魔法を使って降下して行く。例の板状の建材に乗ったサーフィン方式だ。
もう慣れたもので、ハルたちのその様子は、飛空艇の近未来的な風貌も相まって、支柱なしの宇宙船用エレベータでも使っているかのようだった。
「おお、出てきた!」
「降りてきた、かっけー!」
「おーい! こっちー!」
「本当に飛空艇だー!」
眼下には既に、この乗り合い飛空艇便に搭乗しようと、大勢のプレイヤーが待機していた。
皆、自然と一か所に集まって、龍脈枯渇エリアの一歩外にて待機している。
まだこの地は健在なドラゴンの支配下にあり、人間の住めぬ土地に変質しているためだ。彼らが一堂に会しても、それは変わらない。
龍脈通信のログを見るに、『この数なら挑める』と息まいた者も居たようだが、他の者に本来の目的を説かれて思い直したようだ。
そう、本来の目的はハルの住む魔王領へと旅立つこと。ここでドラゴンに挑み死んでしまっては、ログアウトし飛空艇便を逃してしまう。
「さて、みんな揃っているようだね。この位置に居ない者は、まあいいか。この地の竜を倒したら、もう一度集合をかけよう」
《揃ってまーす!》
《ここで言ってどーすんだ》
《照れやさんか》
《そういうお前も……》
《ちょっと待って! 少し離れた位置にいます!》
《移動してこーい》
「焦らなくていいよ」
「そうそう。急いでコケて、死なねーようにな! がはは!」
「おっ、ケイオスだ」
「今回は魔王じゃねーのー?」
「なんで男なんだふざけんな。女になれ!」
「魔王様お金貸してー」
「賞金でなんかおごってー」
「うっさい! 今回は魔王はこっちなの。オレは気ままな魔王軍の幹部」
「は? 雑用係だぞ働けケイオス。さっさとお前のここに居る価値を吐き出せケイオス。早く」
「ユキちゃんの圧がいつも以上に強めなんだが!」
飛空艇を管理する責任者として、鬼の現場監督と化したユキ。そのユキの支持のもと、仲間たちのアイテム欄から追加パーツが吐き出されて行く。
次々と詰み上がっていく資材の山に、お客様がたは圧倒されっぱなしのようで、軽口も鳴りを潜めてしまっているようだ。
「よーし。ルナちーあんがと。そこでいいよー。うっし、そんじゃお前らー。<建築>持ちの奴はこの追加の船体を並んでる順に組み上げろー。……『何で俺達が』? ふーん、じゃあ別にいいけど、置いてくよ?」
「通信上でも言ったけど、僕らは敵だからね? お客さん扱いしてあげる義理はないよ」
そう脅して半強制的にこの場に集った人員に手伝わせつつ、凄いスピードで客船は完成していった。
もちろん、属性石周りの構造だったり、最後の調整はハルたちが行うが、それでも数の力というものをまざまざと見せつけられた気分だ。今から対帝国戦が思いやられる。
そんな客船と空中に待機している本体とをドッキングし、更に大型の一つの船になったハルたちの飛空艇。
そこにプレイヤーたちを詰め込むと、今度は慌ただしく船は戦闘エリアへと突入する。
《うおおおおお!》
《感動だ! マジで飛んでる!》
《技術の違いを見せつけられた感じ……》
《こんなんに挑もうとしてたのか、俺ら……》
《弱気になるなって。別に、飛空艇と戦う訳じゃねぇ》
《いや戦うだろ?》
《魔王城を目指すなら、これが空から襲ってくるだろ》
《素直に昇天です》
《景色すげーなー》
そんな乗客たちは客船から見える外の世界の雄大さを改めて感じ、またこの飛空艇技術に感じ入り、それらの感動を龍脈通信にて思い思いに実況している。
その様子は実に微笑ましいが、ハルたち本船組はといえば、そうそう呑気にしてはいられなかった。
「どう? モノちゃん。飛行への影響は」
「影響、大、だね。もともとこの船は、従来の形状で飛行するように、完結して調整されて、いるよ? そこに、アタッチメントを付ければ、フィールドのバランスが、大きく崩れる」
「急造だしなぁ。しゃーない部分もあると理解してくれいモノ艦長。一応、下の方にもフィールド発生装置の石は付けたんだが……」
「うん、大丈夫。ユキは、よくやってくれた。ここからは、ぼくの腕の、見せ所、だね」
「……それに僕も、だね。どうやらこの場は、久々に属性力のエネルギー密度が濃い。このままだと、乗客の方にも影響が出る」
どうやら、ハルに吸収される危険よりも、ドラゴンは乗客への被害を出すことを優先したようだ。
分かってやっているとしたら、実に悪質。いや、絶対に分かっていてやっている。
この場の属性は『生命』。回復属性であると同時に、毒の効果をも司る。
ハルはそんな『毒の霧』の中で、護衛対象となった客人たちの生命を守りながら、ドラゴンとの戦闘を強いられるようだった。護衛任務は、これだから質が悪い。




