第1357話 乗り合い飛空艇便
二人の実力者による演説から少し経って、世界はそのハルと皇帝を中心に二分されてきていた。
皇帝の意見に賛同し、いや正確にいえばこの世界の現状に不満を持つ者、戦いに明け暮れる野蛮な世界に嫌気がさした者が帝国に向かう。
彼らはやがて帝国の一部として彼の国の活力となり、更に国力を発展させることだろう。
一方、ハルに煽られたゲームをこよなく愛する者達は、魔王たるハルへと挑戦するためにこの地を目指している。
ハルの独占する龍宝玉を手にし、その力を得んがため、各勢力が集結しつつあった。
「しかしハル君、戦争は嫌なんじゃなかった?」
「戦争はね。ただ、これは戦争にはならないよ。規模はシノさんの時より大きいだろうけど」
「矛盾しとる……」
「まあ、彼らは遠征組だし、領土欲はないってことさ。シノさんはお隣だったから、撃退しても何度も攻めてきて困ったけど」
「今度は一度ぶっ飛ばせば終わりってことか!」
「いや、そんな素直な人ばかりだったら楽なんだけどね……」
なにせハルが呼び寄せたのはゲーマーばかり。一度『攻略失敗』した程度では、素直に諦めてくれるような性根の持ち主ではないだろう。
「しかし、あなたにしてはずいぶんと行き当たりばったりな計画に思えるわ? そんなに、帝国の拡大は阻止したかった?」
「まあ、それはそうでしょ」
「そうね? 当たり前のことを聞いたわ」
「……まあ、無言でいるのが帝国の拡大を容認すると同義であるのはもちろんとして、選択肢が一つしかないのが気に入らなかったというのもある」
「帝国に行く選択しかなかった、ということですか?」
「そうだよアイリ。イベントが一つしかない、ともいう」
「イベントがあれば、とりあえず参加してしまうのです!」
悲しいかなゲーマーの性だ。皇帝のことが気に入らないと思っていても、他にイベントもないので『とりあえず』行ってしまいかねない。
そこに、ハル主催のイベントも加われば、自分の意志で選択するという余地が生まれる。
例えそれが選ばされ誘導されたものだとしても、『自分で選んだ』という心の動きから得られる、納得感が違うだろう。
「まるで詐欺商品を買わせる手口みたいだけど、別に騙したい訳じゃない。せっかくのゲームなんだ、どうせなら、納得してプレイして欲しいからね」
「まるでハルさんが運営みたいですねー」
「まあ、運営であるエリクシルが身内だからね。ふがいない彼女のフォローは、やぶさかではないさ」
「遅延がひどいですからねー」
開発が間に合っていないのか、皇帝のようにこの世界に永住させたいと思っているからか、彼女本人からのイベント追加は非常におとなしめだ。
これが他社とユーザーを奪い合う一般的なゲームならば、『やることがない』とすぐに見切りをつけられてしまうだろう。
だがしかしこのゲームは、寝ればログインの強制参加。飽きようが疲れようが絶望しようが、決してゲームからユーザーを逃がさない。殿様商売ここに極まれり、である。
《なーなー、魔王様ー。居るー?》
「居るよ。どうしたんだい? 行軍は順調かな? 喋ってても進まないよ、足を動かせ」
《鬼か! いや、行きたい気持ちはあるんだけどさぁ》
《遠いんだよ、あまりにも》
《世界地図は分かったとはいえ、世界の広さが変わる訳じゃないし》
《帝国よりは近いとはいえさー》
「ふむ。まあ、そうだよね。交通機関が確立している訳でなし」
《魔王様が飛行機持ってるじゃーん》
《それでドラゴン乱獲してるんでしょ?》
《ずるーい》
《迎えにきてきてー》
《連れてってー》
「君たちね……、僕を倒しに来るんでしょ……」
……しかし、それもあるいは悪い考えではないかも知れない。この際建前などはどうでもいいことだ。
ハルが自分を、龍宝玉を餌に、プレイヤーを焚きつけたのは彼らを移動させたいからだ。
この魔物の領域と魔王城のある霊峰付近は立地がいい。北端の帝国に比べ、地図の中心に位置するここは他からの行き来が格段にしやすい。
迷っている者は、とりあえず近い方でこちらを選びやすいだろう。帝国行きの人材をそれだけ奪えることになる。
《ねー魔王様ぁ》
《おねがーい》
「やかましい! あー、分かった、なんとか考えてみよう。ただし、飛空艇で暴れたりしたら、即座にブラックリスト入りだからね。地の果てまで追い詰めて、念入りに消滅させるので覚悟しておくように」
《やったぁ!》
《さっすが魔王様! 話が分かるぅ!》
「……なんだか、念入りにすり潰されるのを喜んでいるようね?」
「そんな訳ないでしょルナ。まあ、緊張感に欠けているのは確かではある」
「ぶっちゃけ、別にハル君と戦いたい人ばっかじゃないだろうからねー。ハル君としては、むしろ構わない訳だ」
「うん。お祭り気分でも冷やかしでも、人材が帝国に流れないならそれでいい。それに、この地が活発になることで、僕自身にも選択肢が増えるかも知れない」
「厄介ごとも増えそうだけどねぇ」
「それは、受け入れるしかないね……」
己を討伐する人材をわざわざ運搬してやる、などという矛盾した行動だが、これも“イベント主催者”の務めと考えよう。
それにこれなら、ユキの言う通り討伐目的ではない非戦闘員も集められそうだ。
「しかし、どうするのですか? 飛空艇は、そんなに搭載人数は多くはないのです。席から、あふれてしまいます!」
「そんなん廊下にでも立たせておきゃいいよアイリちゃん。いや、むしろ本体への搭乗は拒否して、客どもを詰め込む倉庫でも作るか」
「お客さんへの、扱いではないのです!」
「客じゃないからねー」
ユキはさっそく、飛空艇から吊り下げる形の客室ブロックをデザインし始めた。
飛空艇本体と比べ、そこまで手間をかけて調整する必要もない。材料さえあれば、すぐに完成するだろう。
「よし、いいだろう。じゃあ君たち。今から『駅』と『発着時間』を指定する。時間内に、そこまで来るように」
《駅……だと……?》
《そんなんあったっけ》
《目印みたいなもん?》
「そう、非常に良く分かる目印だ。それは龍脈の枯渇地帯、または攻略後の豊穣地帯。要するにこのチャットタウンのあるポイントだね」
《おお!》
《それなら地図にも書いてあるね》
《じゃあ俺らはもう駅に居るってわけだ》
「……龍脈通信に居ても意味ないからね? 言うまでもないけど。ちゃんと、肉体をその土地まで移動させるように」
《えー。遠い~~》
《魔王がこっちまで来てよ》
《そうそう。街があるから分かりやすいよ》
「黙れ『お客様』。僕は敵なんだからね。お客様の要求をいちいち聞き入れてやる義理はない。運んでもらいたかったら、指定された日時に現地に居るように」
「ハル君、今『あっ、この立場って都合がいいな』って思ったでしょ?」
「バレたか。敵だから、サービスを投げっぱなしでも怒られない。実に便利な立場だ。皇帝はぜひアフターケアまで苦労して欲しい」
「性格が悪いわ……?」
「魔王、ですので!」
そう、なにせ魔王なのでわがままし放題だ。本当はハルの都合でこの地まで移動して欲しいのに、『敵なので』恩着せがましく、しかも投げっぱなしでも許される。
ハルはその後も、表面上は実に面倒くさそうに、『乗り合い船』の運行日時を決めていくのであった。
*
「よっしゃ! ちと待たされたが、いよいよドラゴン退治の再開だな!」
「悪いねケイオス。変な人達から、横やりが入っちゃって」
「それはしゃーねーさ。……んー、しかしよぉハル?」
「なんだい?」
「それなら、今日の討伐計画、三か所じゃなくてもっと周った方がいいんじゃね? 遠いから無理なのか?」
「いや、今日は現地でお客様どもを拾っていくから。その時間を加味すると、あまり多くは巡れない。遠いしね」
近場の攻略は終えてしまったハルたちに残される枯渇地帯は、徐々に拠点から遠ざかる運命にある。そのぶん、片道にかかる時間も要した。
加えて他国プレイヤーの受け入れも加わり、一日での攻略可能ポイントが更に減ってしまうのは避けられないことだった。
「ハルが必要だと判断したなら、構わねぇよ! だけどよ、これは皇帝にとっては追い風だろうな」
「それは受け入れるしかない。確かにこの攻略の遅れによって、帝国がポイントをいくつか抑えてしまうのは避けられないだろう」
既に先の演説からはいわゆる『兵舎』の強化が活性化し、帝国領にほど近い枯渇ポイントの弱体化はかなりのスピードで進行している。
既にそのポイントに関しては、ハルたちがどうしようとも確保されてしまうのは決定しているといえた。
「……まあ、僕が本当に大人気なく、攻略寸前のその地までメテオバーストで飛んで行って、弱体化したドラゴンをかっさらってくる、というのは可能だけどね」
「やめとけよハル……、ヘイトが今の比じゃなくなるぞ……」
「うんまあ、世界の敵をやるにしても本気で嫌われたいわけじゃないし……」
もちろん、龍宝玉が本当に危険だと分かれば、嫌われようがなにをしようが、そこまでやらざるを得ない。
ただ現段階では、後ろでどっしりと構えて大物としての人気度を維持していた方が、この後の展開が動かしやすかった。
「じゃあ行くぞーケイオスー。お前もこのパーツ、アイテム欄に詰め込んでおけー?」
「えっ何これユキちゃん! こんな意味わからん部品大量に入れたら、俺の攻略用の装備や回復アイテムがっ!」
「知らん。入れろケイオス」
「ハル! 今日のユキちゃんが怖いっ!」
まあ、諦めて物資を捨てて欲しい。なにせ客船を、ここから付けて飛んでいくのは邪魔になるのだ。ルナなどもっと負担が大きい。
ハルたちはそうして追加パーツをぎゅうぎゅうに詰め込んで、攻略と難民救出の旅へ出航したのであった。




