第1356話 まずは敵になることから始めよ
「……とはいえ、僕としては彼のことを、応援してやりたい思いもあるんだよね。いや、彼の行動ではなく、その思想をね」
「えっ。思想も相当ヤバイ人じゃないですか皇帝? 絶対そのうち『世界を支配してやるー』とか言い出しますって」
「それでもだよイシスさん。だとしても正直、僕が裏から支配しているような世界よりはずっと健全だと思う」
「えーっ。私、ハルさんみたいなしっかりした人が王様の方がいいなぁ」
「んー、ハル君がしっかりしてるかどうかは、また所説ありけり!」
まあ、皇帝から感じるようなギラギラとした野心のようなものを感じさせないのは確かだろう。
当然だ。好き好んで誰が王様になんてなるものか、という主張なのがハルである。
……とりあえず、落ち着いているという評価が、『老成している』、『枯れている』などと変化し揶揄われないうちに、話を進めることにしよう。
「支配者の資質というよりは、その前に向かう意思の強さだね。彼の言ったことも一理ある」
「この世界を、新たな技術として活用すべし、といった旨の発言内容でしょうか?」
「そうだねアイリ。実に尤もだ。確かに危険ではあるが、危険だからといって僕のように、はなから蓋をしていては新たな世代には進めない」
「ですが! 進歩を急ぎすぎてもまた、わたくしたちの世界のようになるのです! 危険だと分かっている物は、やはり慎重すぎる扱いくらいが丁度いいのです!」
「それもその通りだ。だから僕は、この世界を破壊することを止めはしないよ」
だが、その明日へ向かう力強い意思の輝きには、やはり惹かれるものがある。最近でいえば、学園で出会ったソウシを気に入ったのと似ているか。
結局ハルの根底には、この世界の行く末を左右するのは自分のような者ではなく、この時代をしっかりと生きる今の人類が、その力強い意思によって引っ張っていくべきであると、そう考えているのだ。
だからこそハルはエーテルネットワークの根底にある書き換え不能のロックを外し、ネットの行く末を彼らに委ねた。
だがその行動こそが、立て続けに起こっている神様たちの暴走を招く結果になったのは、皮肉なものだ。
「結局、この人は『世界は有望な若者に任せる』、みたいなことが言いたいのよ。じじくさいわ?」
「直球の罵倒やめようルナ? せめて『老成している』にして」
「そう考えていそうだったから、あえて言ったのよ」
「ひどくない?」
「ひどくないの。だって、別に美談でもなんでもないもの」
「そうですねー。私たちとしては、もっとハルさんに活躍して欲しいですからねー」
「そ、そうですよ! 私なんて入ったばかりなのに、いきなり引退されちゃったらお給料はどうなるんですか!」
「いやそこは保証するし、別に今すぐ引退どうこうって話にはなりようがないから安心していいんだけど……」
むしろ仕事が山積みで増え続けるばかり。引退とは言わないまでも、せめて少しのんびりさせて欲しいところである。
「わかった、わかった。悪かったよ、悪者の肩を持つようなことを言っちゃって。皇帝には、このゲームも、リアルのことも任せられないのも事実だしね」
「当然ね?」
「リアルの政治は知らんけど、ゲーマーとしてはあんなのが幅を利かすゲームを、しかも半永久的にプレイするなんて論外だねぇ」
「断固阻止、なのです!」
「ですよー?」
そう、結局やることは変わらない。単にハルが、ちょっぴり彼の演説に感じ入ってしまったというだけだ。
今後の世界を勝手に担ってくれる、いい人材を見つけて喜んでいるともいう。やはり邪悪であった。
「……さて、そうなると、言われっぱなしという訳にもいかないね。僕の方も、カウンターで何か演説でもしようかね」
「その玉声を、下々の者達に響かせてやるのです!」
「ひれ伏せ虫けらどもー、ですよー」
「言い方……」
そんな皇帝のような、大々的な国営放送をする気はない。
あくまでゲーマーとして、そしてゲーマー向けに、肩の力を抜いた集会でも開くとしようか。
*
「やあ、ゲーマー諸君。しばらくぶりだね。いや、中にはちらほら、掲示板で“交流”した顔も見られるかなあ?」
《ふざけんな管理人ー!》
《凍結解除しろー!》
《管理人の横暴を許すなー!》
《独裁はんたーい!》
「はっはっは。嫌なら君たちこそ粗暴な言動を改めることだね」
厳粛だった皇帝の演説とはうってかわり、こちらは非常に賑やかしいハルの集会が始まった。
彼の演説が終わると同時に、いや終わるより早く先手を打って、ハルは自身が確保している大ホールにてイベントの予約を入れ、そのことを全ての掲示板に告知したのであった。
皇帝の発表を受けての、プレイヤー達の意見交換が始まるだろうタイミング。まさにそこを突いて集客し、また皇帝に向くはずの話題をかっさらう。
全ての掲示板を、残らず支配したハルだからこそ可能な荒業である。
「さて、君たちもさっきまでの皇帝の演説は聞いてたかな? 僕も実は聞いていた。気付いた? おっ、気付いてた? ふむ、残念。仲間に頼んで潜入してもらってたんで、僕本人は居なかったんだよね」
《ひ、卑怯な!》
《なんて汚いやりくち!》
《やはり魔王、か……》
《いやしょーもねえ見栄張るからだろ》
《息苦しかった!》
《こっちは喋れて良い》
《でも言ってることは真っ当だったんじゃない?》
《どこが!? 独裁宣言だぞ?》
《でもきちんと統治してくれるはずだよ》
《そんなん分かんねーよ。いつまで良い顔が持つか》
「そう、今は彼の統治については分からない。ただ、一つハッキリしていることがあるぞ、ゲーマー諸君」
《…………?》《…………》
ハルの言葉を待ち、騒がしくチャットが飛び交っていた場内が一瞬静まる。その空白を狙って、ハルは一気にたたみかける。
ここで狙っているのは、その問いかけの対象を『ゲーマー』にハルは限定しているという点だ。恐らくは、そこが今の浮動票だ。
「確実なのは、そう、皇帝の統治ではっきりと確実に言えるのは、君たちにはもう自由にビルドを組む権利などなくなるということさ!」
《な、なんだってー!?》
《……ビルドってなに?》
《ここで聞くなその程度のこと》
《そんな言い方すんな教えてやれ》
《スキルの組み合わせのことだよー》
《そうなの?》
《そうだよ》
《いやそうじゃなくて、帝国には自由は無いの?》
《そんなことないよ! 確かに厳しい法律はあるけど》
《適当を言うなこの魔王め!》
「いいや、適当ではないさ。君たちも知っているだろう。『帝都襲撃事件』。噂になっているように、あれの犯人はこの僕さ」
《ぶはっ! やっぱりか!》
《やはり魔王であった》
《でも、そんな犯罪者にはやっぱり……》
《そうだな。この世界は任せられん》
《そもそも任せろとか言ってなくね?》
《そうそう。皇帝じゃないんだし》
《むしろ防げなかった皇帝がダメじゃない?》
《飛行機の開発はハルさんだけだからなぁ》
《ハルさんー! 飛行機売ってくれー!》
「高いよ? 値段もそうだけど操縦難度とか。まあ、僕の悪行は置いといて、今は皇帝の悪事のことだ」
《置いとくなー!》
《ダブスタやめろー!》
「いいや置いておく。聞くんだ、重要なことさ。その時僕は、帝城に囚われていた『龍脈の巫女』を救い出した訳だけど、彼女の話によればリアルも真っ青なブラック労働の刑に処せられて、一切の自由がなかったらしい」
《まじか……》
《ゲームの中でも労働……》
《聞いた事あるし、帝国内部の愚痴は多いな》
《仕方ないだろ、公務員なんだから!》
《そうそう。規則は厳しくしないと》
《そしてこういう擁護もな》
《管理人ー。帝国信者取り締まってー》
「そうした面倒ごと押し付けないで? ともかく、確かに今は城の要職だけだとしても、彼の目指す世界ってのはそういうことさ。ゲームとしての自由を許容したままでは、決して成り立たない」
必ず、ゲームとしては非常につまらなくなる。いや、そもそもゲームではなくなる。
それも当然だ。皇帝が目指すのは、恒久的に続く『もう一つの世界』。そこには、むしろゲーム要素など邪魔なだけだろう。
彼がその難題をどうやって克服するかは分からないが、将来的には封じ込めるビジョンがあるのかも知れない。
そしてその世界は、ゲーマーにとっては決して許容しがたいものだ。このタイミングで、その感情を揺さぶっておく。
《確かに、つまんねーな》
《そんなのがずっと続いてもね》
《面白くたって、いずれ飽きるでしょ?》
《だったら平和な方がよくない?》
《だからハルは終わらせようとしてる》
《終わんの? 本当に》
《そうそう。口だけじゃん》
《はぁ? 皇帝こそ口だけじゃん》
「落ち着け。本人放置して喧嘩をするなと。確かにかく言う僕も、完全攻略の目途が立っているとは言い難い。しかし、攻略の進行は順調だよ」
《そうだ! 俺達のドラゴン!》
《我々のドラゴンを返せー!》
《魔王は横暴を悔い改めろー!》
《勝手に一人で進めるなー!》
「はっはっは。やってもやらなくても文句が出る」
魔王はつらいのだ。どの世界でも、そういうものなのだ。
……いやまあ、これに関しては、完全にハルが準備中の者達の楽しみを横取りしたことは事実なので、なんの反論のしようもないのだが。
「ただまあ、成果はあったよ。この通り、専用ドロップが設定されていてね」
《おお!》
《なんかすごそう》
《ハルはドロップ品の独占をやめろー!》
《魔王の横暴を許すなー!》
「説得するはずがヘイトを稼いでしまったのだが。まあいいや。ちなみに今後も、僕は強引な攻略を止めはしないし、ドロップ品も独占させてもらう。それが嫌ならば、ここまで来て止めるか、奪ってみることだ」
味方を集めるどころか、敵ばかり増やしているようだが、これで構わない。これで計画通りのハルだ。
必要なのは付け焼刃で味方を集めることではなく、なあなあのまま帝国の味方をさせないこと。
この地へとプレイヤーを誘導すれば、それだけ帝国へまわる戦力は減ることになる。
とはいえ、本当に彼らと全面戦争しても意味がない。いや、経験値にはなるだろうけど。
そうして行き当たりばったりに引き抜いた戦力と、今度は本当に協調するための手を、ハルは打たねばならなかった。




