第1355話 真逆の道
皇帝からの発表が始まる時間となり、仲間たちが続々と集まってくる。皆、事態の中心に居る彼の動向に注目していた。
演説は、帝国のある北の地に近いチャットルーム、その中にある大ホールにて行われる。
このチャットルームの内部の街は、その施設全てを帝国の者が占有するまさに帝国の総本山だ。
いや、すべてではなかった。掲示板機能である記憶の泉だけは、初動でハルが抑えてしまったのだから。
「さあ、乗り込むのです! みなさま、メニューの準備はいいですか!」
「お待ちなさいアイリちゃん。私たちが、揃って乗り込んでは危険ではなくて?」
「そだねぇ。特にハル君は、相手も警戒しているだろうし」
「ですねー。ここは、少数でこっそり紛れて、その人のモニターをみんなで見ましょー」
「では! わたくしの“あばたー”で潜入するのです!」
小さなアイリを、さらに小さく縮めたような頭身の低い人形めいたキャラクターで、アイリは龍脈通信の街に潜入する。
そのミニチュアタウンの中を、てこてこ、と小さなアイリは演説が行われるホールへと操作を進めていった。
「既に人が、たくさん居るのです!」
「流石に注目度が高いわね?」
そのアイリの画面をめいっぱいに広げて空中に投影し、巨大モニターとして皆で眺める。
思い思いの軽食や飲み物も用意して、気分は映画観賞会だ。
……なお、ハルの飲み物だけはいつものジュースであることは今さら語るまでもない。
「おや。始まるみたいですねぇ。相変わらず時間ぴったり」
「確かに、もう少し焦らして、期待を盛り上げるのも効果的かも知れないわね?」
「そうなんですよぉ。なんか、『時間に正確なのも支配者の資質のうち』とか気取っちゃっててあいつ」
「まあ、正しくはあるのかもね。僕は苦手だけど」
「私はハルさんみたいに緩い方が好きですよぉ」
「良かったわねハル? イシスが好きだって」
「そういうんじゃなくてぇ!」
まあ、実業家として、また歴史ある家を率いる立場として、緩んだ態度は見せられないのだろう。大変そうだ。
イシスたちにブラック労働を課していた身としては、舐められては終わりという部分もあるだろう。
「しーっ! ……はじまるのです!」
アイリが口に指を当てて、かわいく『しーっ』のポーズを取ると、皆雑談を終わりにして黙り込む。
そうして画面に集中していると、一人だけ頭身の高い、豪華なマントと王冠を身に着けた皇帝が壇上に現れたのだった。
「《静粛に》」
彼の言葉一つで、ホール内の雑談チャットが一斉に収まる。
これは、別に彼のカリスマ性が高く、それによって皆が言葉をおさめた訳ではない。皇帝が支配するホールの機能を使って、ユーザーの発言権を封じただけだ。
それにより一気に自分に集中していくプレイヤー達の視線にも、彼は一切動じることなく、冷徹な表情をまるで動かさなかった。
「奥様でも見ているようだね」
「確かにね? でもお母さまは、家族の前では『ああ』だから……」
「皇帝さんも、おうちでは気を抜いているのでしょうか!」
「いや。彼は家でも渋い顔してるね。見てきたように言って申し訳ないけど」
「見て来ちゃってますもんねー? しかし、リアルよりなんだか老けて見えますねー?」
「ですね。私もびっくりしました。リアルでもおっさんなのかと思ってましたから」
威厳を演出する為だろうか? 皇帝は、現実の姿よりもあえて歳を重ねた見た目でこのゲームをプレイしているようだ。ハルも、こちらで姿を見るのは初めてとなる。
それにより一回り老けた見た目とその声で、彼は前置きの挨拶などもなく語り始めた。
「《……諸君らは。諸君らは、この世界をどう思っているだろうか? もう一つの現実たるこの世界を楽しんでいるだろうか? それとも嫌っているだろうか》」
「ふむ? 『もう一つの現実』ときたか。そう言い出した時点で、もう彼の結論は見えたようなものじゃあないか」
現実であるということは、避けがたく受け入れるしかないという思いの表れ。
いや、彼がそう考えているという訳ではない。ここで重要なのは、語り掛けているユーザーにそう思わせようとしているということだ。
「《私は、受け入れている。いや、避けようのないリアルであると受け入れた上で、更に先へと進め、昇華させるべしと考えている。そのために、リアルの法制に倣った秩序を備えた帝国を作り、それを維持しているのだ》」
「嘘つけぇー、このやろー! リアルにあんな奴隷労働があるかぁ! ……いや、ある、のかな? どうだろう、参った。『あれがリアル』だとしたら、反論できない可能性、が?」
「落ち着けイシスさん。さすがに現代には監禁じみた労働環境はないんじゃない、かな?」
まあ、『絶対にない』とは言い出せないハルである。どんなに法が整備されても、必ず制度と意識の穴を突いてくる輩は出るのだから。
「《その為に、一部の部下を酷使してしまっている事は事実だ。その点に関しては謝罪しよう。だがこれも、この先の長い安寧の為の礎になると理解して欲しい》」
「声が読まれた!? ハルさん、盗聴されてます!」
「落ち着けイシスさん。今のは当然そうした不満が出るのを見越して、あらかじめ反論を封じてるだけだ」
「そ、そっか、おのれぇ……」
「まあ、彼も奴隷労働の自覚はあるということね? あなたの他にも、不満を持っている者は居そうだわ?」
そうした者達も、帝国のあまりに盤石な管理体制の前になかなか文句を言い出せないのだろうか。
恐怖で支配しているというよりも、結果で黙らせているといったところか。有能な経営者、という彼の側面がよく出ているといえた。
「《……さて、私はそう考えているのだが、そんなこの世界を疎んじる者も居る。残念なことだ》」
誰とは言わないが、皇帝は確実にハルのことを指して言っている。周囲の者達も、言葉は封じられているが、その特定の者の名を思い浮かべただろう者が多い雰囲気だ。
その空気に皇帝は大いに納得したように、深く頷いて言葉を続ける。
「《彼は、この世界を終わらせようと考えているらしい。本当に、そんな事が出来るかどうかはさておき、考えそのものが、実に愚かしいとは思わないか?》」
「いや思わんが」
「落ち着けハルくん! あんな安い挑発に乗るな! うおおおぉぉぉ!!」
「あなたが乗ってどうするのよ……」
「なめたやつです! ぶっころしてやるのです!」
「げ、ゲーマーの沸点が低い……」
一般人代表のイシスさんドン引きである。まあ、別に本気で怒っているハルたちではないのだが、挑発されて黙ったままというのも座りが悪い。
直接顔を合わせていたら、即座に煽り返していたことは間違いないだろう。
そんなハルたちに構わず、いや聞こえていないので当然なのだが、皇帝はその先の言葉を続ける。
「《彼は、この世界が危険であると考えているらしい。確かに危険だ。こんな前例のない世界、危険そのものだろう。だが、危険だからと蓋をしてばかりでは、人類の発展は決してありえなかった。それは、このエーテルネット世代の我々はよく知っているはずだ》」
「僕に向かって、エーテルネットを語るか皇帝。良い度胸だね?」
「こちとら管理者様ですよー? えらいんですよー?」
「……いや偉くはないが、まあそこそこの自負はあるさ」
「敵は、ハルさんの事を知っていて挑発をしているのでしょうか?」
「恐らく違うわね? 彼もまた、『始まりの三家』としての自負があって、時代を導く者としての責任を誇りに思っているのかも知れないわね?」
「勘違いさんだねぇ」
まあ、それが勘違いなのか正当な誇りなのかはハルにはなんとも言えないところだ。あまり言うと、その言葉が自分にそのまま返って来てしまいそうだ、というのもある。
ハルもまた、『己にしか出来ぬこと』とこうして色々動いているが、それが自意識過剰の勘違いだと言われれば、明確に否定は出来はしない。
「《そう! これは! 人類が発展し新たなステージへと進む為の必要な舞台なのだと私は考える! 故に、私が目指すのは『ゲームクリア』などというあやふやな目標ではない。このゲームを、この世界での生活を、恒久的に、未来永劫、続け繋げていくことである!》」
「ほう。大きく出たね」
「飽きるぜそんなん。ゲームを分かってないこいつ」
「茶々を入れないの。彼はゲームというより、生活の一部として存続させようと言っているのでしょうよ」
「《……無論、この世界を苦痛に感じる者がいるのも理解している。一夜でも早く、この『ゲーム』から脱出したいと。だが、こうは考えられないだろうか? 我々は、このゲームに選ばれたのだと》」
確かに、このゲームのプレイヤーは多いが全人口には程遠い。その選定基準は不明だが、確かに何らかの基準によって選ばれているのは確実だろう。
ただしそれは、エリクシルの定めた都合の良い基準であって、決して皇帝の言うような華々しい物ではないのだが。
「《確実に、我らが選ばれたことには何かしら意味があるはずだ。その誇りを胸に、今はまず耐えて欲しい。必ずや、私がこの世界を意味のある物としてみせよう。今は無理でも、いずれ、『昼の世界』にもこちらの世界での経験を、価値を、過ごした意味を反映させてみせようではないか!》」
「……まずいな」
「まさか! 記憶の引継ぎを発表する気なのでしょうか!」
「いや、今はしないだろう。自分が独占している優位を崩すとは思えない。しかし、将来的には、その事実を餌に何かしらの甘言を囁くことは考えられる」
「完全に、ハルさんとは逆の立場なのですね!」
「あちらからの、宣戦布告ですねー」
「ぶっ潰しちゃいましょう!」
さて、どうしたものか。ぶっ潰すかどうかはさておき、確かに放置は出来なくなった。
皇帝の目指すのは、この便利な世界の永続。そしてその利権の独占。世界の崩壊を目論むハルは、本当に邪悪な魔王ということだ。
確実に、帝国との争いは避けられない。そして最も重要となるのは、果たして他のユーザーたちは、どちらに味方するかといったところなのだった。




