第1354話 貴重品の盗難対策を
さて、仮説を皆に話したはいいが、それでゲーム内での攻略が直接進む訳でもない。
イシスなどは、今のハルの話を聞いて、ああでもないこうでもない、と試行錯誤を始めているので、まるで無意味という訳でもないとは思いたい。
なにか、ハルにはない視点にて、彼女が新たな道を切り開いてくれるかも知れなかった。
「そうだね。じゃあ、イシスさんにはこれを預けよう。いろいろ試してみてくれたまえ」
「わっ、わっ、いいんですか? いやー、まいったなぁ。上位ギルドに所属してるだけの雑魚雑魚一般人なのに、おこぼれで秘宝級のアイテムを貰っちゃう私」
「ロマンスですー。いずれは、イシスさんの寵愛を妬んだライバルや、イシスさんを取り合ってハルさんと戦う障害が登場するのです!」
「やーだぁー、生々しいよアイリちゃーん」
「ふむ? じゃあこう考えるといい。新入社員の君は、社長のきまぐれで社運を巡る重要機密機材を突然任されることになった」
「うっ……、さらに生々しすぎて吐きそう……、これ、お返ししますね……」
「残念だがもう遅い。持っていたまえイシス君」
「壊したら、弁償なのです! 当然払えなくて、借金まみれに! イシスさんは、体で払うしかないのです……!」
「さらに十八禁にジャンル転換!?」
「まあ、あんまり気負わないでいいよ。いっぱいあるし」
「はーい。だんだん毒されてきたな私。実際コレ相当なレジェンド品なんだろうなぁ」
まあ、実際その通りだろう。とはいえ、大量に手に入れたうえに今後も増える予定だ。現状、ハル一人では持て余す。
イシスはその手に対しては少しだけ大きめの、ボール大の宝珠をしげしげと眺め、光にかざしたりしている。
女性の好むアクセサリーとしては少々野暮ったくはあるが、その輝きは美しい。
「おー。光に透けて、きらきらしてるー」
「すてきですー。装飾品にして、身に付けましょう!」
「だめだよーアイリちゃん。こんなデカいのつけたら、オバさんっぽいしぃ」
「そうなのですか?」
「純粋な視線が痛い! アイリちゃんから見れば私もオバさんってかぁ! そりゃー、アイリちゃんが持てば、逆に魔法少女感が出るかもだけどぉ!」
「落ち着いてください! こう見えて、わたくしもいい歳なのです!」
「合法ロリ!!」
「落ち着け」
「異世界人だから、脱法なのです!」
まあ年齢はともかく、身に着けるには向かないだろう。似合う似合わない以前に、盗難の危険が大きい。
もちろん易々と盗まれる気はないハルたちだが、この珠の運用は城の奥でのみ行うべきだろう。
「やっぱり装備品の外見反映は無い方がいいですねぇ」
「あったらあったで、お着替えが楽しめますよ?」
「まあこれは、基本的に社外持ち出し禁止だから」
「私はまあ内勤ですし、基本的には大丈夫かと。持ち出す時は上司の許可を取って、所定の手続きに従いログを残しますから」
「……うちの会社、そんなシステムあったっけ」
「……しっかり、しているのです! 上司とは、誰なのでしょうか!」
それは分からない。とりあえず、珍しく一般の会社で働いていたイシスという人材に、自分たちのアウトローっぷりをまざまざと見せつけられた気のしたハルたちだった。
「というか、元々は持ち出して使うこと前提なんですよね?」
「そうだね。枯渇地帯改め、豊穣の地のイベントアイテムっぽいし。けど僕らはそっちにいちいち行く訳にもいかないから、他の活用法を探ってる訳だ」
「現地には人が集まるでしょうから、盗難注意なのです……!」
「私たち、<窃盗>対策はちょっと弱いですよね」
「んー。まあ、確かにね。ここまで忍び込まれる事を、想定していないから」
「侵入者は、見つけ次第八つ裂きなのです」
「こっわ……」
なお、戦闘中に<窃盗>を試みる者も、判定が出る前、アクションに入る前に八つ裂きだ。なので、根本的に盗難対策を考える意味があまりなかった。
……冷静に考えると、少々蛮族すぎるかも知れない。相対した者は、全て殺すことが前提の考えなのだから。
「一応、ルナが<隠密>系ということでシーフ扱いなのかな。ただ本人の性格上、『盗む』的なスキルは取らないね」
「忍者な白銀ちゃんと空木ちゃんも、前回ハルさんからダメって言われたのを守って取っていませんね!」
「そうだね。律儀で良い子だ」
「うーん。ちょっぴり意外かもですね」
「そうかい?」
「はい。ハルさんたちって、真顔で悪いことなんでもやっちゃう感じなので。あっ、悪い意味じゃないですよ! アウトロー的で、カッコいいというか……」
「それはいい意味なのかな……」
「魔王ハルさんは、コソコソと盗みをはたらくような事をする必要はないのです! 必要な物は、全て、正面から暴力で奪い去るのです!」
「わぁ、やっぱ悪い人たちだったぁ」
「誤解だよ。たぶん」
まあそもそも、盗みを働く対象との接点がほぼない、という事情もある。
この城に引きこもり、周囲の土地に凶悪なモンスターを放ってプレイヤーを近づけさせぬハル。なお、中にはモンスターより凶悪なソフィーやセレステといった狂犬も居る。
そもそもの世界が広大すぎるということもあって、<窃盗>は全体的に見ても腐りがちではないだろうか?
「帝国ではどうだったの? スキルに関しては、ここより多彩だったでしょ」
「ええ。でも、<窃盗>は法で禁じられていたので死にスキルでしたよ? 皇帝もかなり警戒していたみたいで、帝城には<窃盗耐性>を含めた対策持ちの警備兵がいっぱい居ましたね」
「<窃盗耐性>! わたくしたちも、取るべきでしょうか!?」
「いや、耐性系ばかり取っていたら、スキルポイントの無駄だし。なにより僕らじゃ鍛える方法に欠ける」
「確かにそうですね。看守と雑談で聞いたことがあるんですが、<窃盗耐性>はなんか『公認盗賊』みたいな人にわざと<窃盗>かけてもらって鍛えるみたいですよ?」
「嫌な公認なのです!」
ハルたちが、アイリに<鑑定>をかけてもらって<鑑定耐性>を鍛えているようなものだ。
こうした手法は、やはりどこも同じような考えに行きつくらしい。
「とりあえず、現状では大丈夫そうですが。ハルさんから盗る隙とか無さそうなので」
「盗る前に、命を獲られてしまうのです……!」
「いや、分からないね。注意するに越したことはない。油断しているところに、マスターシーフ的なプレイヤーが出て来ないとも限らないし」
「それは、ヤマトお爺さんのような?」
「うん<天剣>のような上位スキルだ」
あれ以降ハルの前には現れていないが、ヤマトのようにスキルの新たな段階に覚醒したプレイヤーが他にも出ていないとも限らない。
まあ、彼のような狂人、もとい尊敬すべき求道者はそうそう居ないだろうから、単にヤマトが異常な外れ値であっただけかも知れないが。
ただ事実として、この世界にはそうした規格外のスキルが実在する。
ハルも手にしたいとは思っているが、ここまで魔導を極めてもまるで出る気配がないあたり、やはり一つのスキルを徹底的に鍛え続けなければならないのだろう。
ヤマトは<剣技>以外のスキルに脇目もふらず、ひたすら使い続けることで<天剣>を得た。
となれば、<窃盗>の覚醒スキルは、やはり<窃盗>ばかりを使い続けた物が目覚める力なのだろうか?
「……なんか嫌だな。脇目もふらずコソ泥しまくるの」
「みなさまの、ポケット巡り行脚、なのです!」
「悪評やばいでしょそんなん……、すぐに噂になりますよ……?」
「そうだね。今は掲示板も出来た。僕が全てを管理している訳だけど、そこにもそうした指名手配犯の噂は上がってないね」
「広いようで、人の生活圏は狭い世界ですからねぇ。街中で“鍛えて”れば、嫌でも目に付いちゃいますよ」
「ハズレスキル、なのでしょうか?」
そうかも知れない。まあ<窃盗>が当たりスキルの世界よりはずっと良いと思うが、ゲームシステム的には問題であるとも、ゲーマー目線、開発者目線では思ったりするハル。
嬉々として取ったスキルやキャラクターが不遇な扱いであった時の気分は、なんとも悲しいものだ。
ただ開発側も、全ての要素を平等に活躍させることなど不可能なので、この程度しょうがない事であるともいえる。
「ハルさんなら、どうします? もし初期スキルが<窃盗>で、それをどうしてもこの世界で活躍させようと思ったら」
「んー。まあまず確実に、今のような生活はしてないだろうね」
「外部の人と、会えませんものね!」
「そうだねアイリ。盗む相手が居ないんじゃ始まらない。だから、対象を増やすことは必須で、しかも捕まらない、バレない、いや、バレても嫌われない方法を考えると……」
「バレること前提なんですね……」
「いちいち隠してスキル発動するのは非効率だ」
「この効率の鬼がぁ……」
「つまりハルさん自身が、法となればいいのです!」
「なるほど。社会が、国民から窃盗するのは当然ということだねアイリ」
「はい! 盗賊王、いえ盗神ハルなのです!」
「このひとたちこわい」
なんら悪びれることなく、効率的に<窃盗>を行う方法をぽんぽんと模索していくハルたちに対して、若干引き気味のイシスだった。
このままではやってもいないのに不名誉な『盗神』の称号を得てしまいそうなので、ハルはもう少し現実的な想像に落とし込んでみることにする。
「……そうだね。盗賊王として君臨しないとなると、やはり一つの場所に留まることは危険か。街から街を点々として、なるべく自然にその土地に入り込み、かつ移動は迅速に。商人系か? 商人が盗賊とは笑えない」
「おや? なんだか、そんな存在に憶えがある気がするのです!」
「ですねぇ。それって、あのイヤッホゥの情報屋さんなんじゃありません……?」
「なんと! 彼の奇行は、悪行を隠すカモフラージュだったのですか!」
知らぬ間に、盗賊の汚名を着せられそうになっている情報屋であった。ちなみに敵なので擁護はしないハルであった。
さて、ことの真偽はさておき、そんな雑談に花を咲かせている間に例の皇帝の演説の時間となった。
盗賊対策は別途ユキたちも交え考えておくとして、今はそれをハルたちもしっかり視聴するとしよう。




