第1352話 お金を飲み込んで商品を出さない自販機
破壊しようと放った魔法を、逆に吸収し飲み込むように内部に収納してしまった龍宝玉。ひとまず、変化のある現象が発生して一歩前進といったところか。
あと、やっておいてなんだが本当に壊れなくて一安心のハルである。
「……でも、何も変化がないね」
「量が足りないんじゃないですか?」
「実に真っ当な意見だイシスさん。じゃあ、ガンガンぶっ放してみようか」
「言わなきゃよかったぁ。お城も吹っ飛ば差ないでくださいよぉ?」
「安心してほしい。最近は中毒状態でも、そこそこ精密な魔法が撃てるようになってる」
「そこそこですか」
まあ、不安になるような言い方をしているものの、最初のように暴れ狂う魔法が暴発する、といった事はなくなっている。
中毒状態の詳細も最近はかなり正確に判明し、対処法も確立されてきている。
魔法の内部で複数属性が混在し、複雑に反応し暴れ狂っているのが暴走の原因であるので、<属性振幅>をマイナスにかけてそれを抑えてやれば解決だ。
「しかし、飲み込むはいいけど、大した量を吸収できる訳じゃないんだね。これじゃあ、こいつを盾にして敵の魔法を防御するアイテムとしては使えない」
「ちょっと残念ですね。いや! 大切なアイテムをなに盾にしようとしてるんですか!」
「イシスさん、本音が漏れてたよ」
「いやぁ、ぶっちゃけ、どれだけレアなのか実感がないって言うかぁ」
「まあ、こんだけ一気に持って帰ってくればねえ……」
ごろごろと、各地の竜からかき集めてきた龍宝玉。本来ならば激戦を制した証として、最高のトロフィーになるはずなのだが、これでは『ちょっとレアな宝石』扱いだ。ありがたみがない。
「飲み込んだ魔法は、何処に行ってるんでしょう?」
「ふむ? 内部に溜め込まれて、好きな時に取り出せるとか」
「便利ですね。それで、どうやって取り出すんです?」
「……取り出す方法は、ない」
「だめじゃないですかぁ」
「取り出す方法があればなぁ。今日みたいな戦闘が休みの時に魔力を溜め込んで、有事になったらこの魔力タンクから吸い出して戦う、ってことも出来るんだけど」
「吸い出すんですか。なんだかちょっぴりえっちですね……」
「イシスさん?」
「あっ! すみません! おかまいなく!」
かまうのだが、構わないことにしよう。なんだかルナあたりに影響されてきていないだろうか?
「……まあ、何を想像したかは問わないとして。結局それでも、龍脈結晶を持ち運べば十分なところはある」
「全回復ですからね。ハルさんのMPを全回復すれば、結晶数個で事足りちゃうでしょう」
「わりと。最近は、『コレ』でどんどん増えてるし」
ハルは、今も少しずつ消費し続けているジュース、『世界樹の吐息』を軽く掲げてそう語る。
膨大となったその体力は、全回復による余裕もまた相応に増える。
全回復できるのは今のところMPだけだが、HPの方はその増えたMPで回復できるので問題なし。欲をいえば、そちらもあれば更に無茶がきいて良いことは良いが。
「じゃあ、ストックされずに、何処にも行かずに消えちゃうんでしょうか。それだと、吸わせ損ですね」
「さてね? 何か、裏でカウントしていると思うのが自然だけど。この運営、そういうの好きみたいだし」
「ああ、あれですね。龍脈通信のチャットタウン。みんなで少しずつエネルギーを出し合って、施設にためていくっていう」
「そう。これも、そういう仕様の可能性がある」
「でも、個人所有ですよね?」
「確かにだ。んー、まあ、根本的な仕組みがそうなってるってことで」
「エネルギーが溜まったらどうなるんでしょうねぇ。この中から、新しいドラゴンが生まれるとか?」
「卵かい、こいつは」
「どうします? 突然生まれて、暴れ出したら」
「その時は、もう一度狩る」
「わぁ。無限にドラゴン狩りし放題ですね」
まあ、恐らくは龍脈の枯渇地帯、改め今は豊穣地帯に持って行って初めて正しく機能するアイテムなのだろう。
魔王城にしまい込んでいては、本来の機能が発揮されないのもやむなし。
ハルとしては、他人に使わせないことが最も重要ではあるので、このまま何も起こらなかったとしても特に文句はない。
「ただそれはそれで、せっかく大量のMPを消費したんだから、何か起こってくれないと頭にくるというのはある」
「MPなんて私たち龍脈からいくらでも取れるじゃないですかー」
「それはそれ、これはこれだよイシスさん」
「じゃあ、あれじゃないですか。我々ならではの、<龍脈接続>。それをこの珠を対象に、発動すればいいのでは?」
「そうだね。やってみようか」
龍宝玉と名がついているのだ。このアイテムも、龍脈に深く関係した物である可能性は高い。
ハルはすっかり慣れ親しみレベルも上昇したそのスキルを、手の中の小ぶりな珠に向けて発動してみるのであった。
◇
「……うん。反応はある」
「おお。どんな感じですか?」
「いや、スキルが接続された反応があるのは確かなんだけど、そこから先手ごたえがないというか……」
「魔力も吸い上げられない?」
「うん。さっぱり」
「やっぱり飲み込まれちゃいましたねぇ」
「くっそう。故障した自販機め」
「なんですそれ?」
お金を、ここでは形ある貨幣を飲み込んで黙りこくる自動販売機械についてのネタは、うら若き現代人であるイシスには通じないようだった。
仕方がないことだ。神界ジョークは、地上の人間には通じないのだ。
「そういう時は、飲み込みきれなくなるまでお金を入れ続ければいいのです!」
「あっ、神界の理を知る者だ」
「なんですそれ?」
古いゲームネタに詳しいアイリのことである。実はあまり褒められた称号ではない。
ただのお金を無駄にするトラップかと思いきや、閾値を越えるとそれまでの分にプラスして、中身が全て手に入るというそうした小ネタがあったのだ。
「でもアイリ、この自販機は投入口の底が見えないよ?」
「むむむむ……! 入ったお金は、どこに保存しているのでしょうか!」
「<鑑定>で差異は分かる? こっちが実験した方で、こっちは多分新品のまま」
「お待ちください! ……いえ、残念ながら。わたくしのスキルが未熟だからかも知れませんが、どちらも違いは感じ取れません」
「残念。投入金額が、カウントされてるとよかったんだけど」
「全部で同一なんじゃないですか?」
「……それだと、皇帝には一つも渡したくないね」
一つでも所持していれば、それで同等のアクセス権を得られるとするならば、彼に一個でも珠が渡ればアウトということだ。
ここから皇帝の居る帝国は遠く、地図上では北の最果てに位置する。
ハルたちが近場から枯渇地帯を埋めていく間に、一つくらい攻略されてしまってもおかしくはなかった。
「龍脈通信を見れば、各国の攻略状況が一目で分かるんだけど、やっぱり帝国がいちばん進んでるんだよね」
「進行度が高いからこそ、勝ち馬に乗る感じで投資する人も多いみたいですね。それを見越して、流行ってる感出してるみたいです。相変わらず嫌なやつですね!」
「イシスさんが、かつての上司に怒り心頭なのです!」
やはりそうした、人々の心理を操る術には長けているようだ。
更には、今後の攻略方針を語る場として、大規模チャットホール、ハルたちの言う『市民会館』にて皇帝自らの発表があるらしい。
「……僕への対応が決まったかな? まあ、この様子から、聞くまでもないが」
「そうなんですか?」
「うん。僕にコンタクトするなら、掲示板にすればいいからね。あっちは僕が全てを抑えている。それをせず自領のチャットルームで演説するってことは」
「宣戦布告の、合図なのです!」
もう少し悩むかと思ったが、思い切りがいいことだ。まあ、こちらに来て記憶が戻った以上、どうあがいても相容れないと瞬時に理解したのかも知れないが。
「でもこっちでどれだけイキってても、リアルに戻った瞬間に全部忘れてベッドの中でオドオドし出すんですよね。ざまぁって感じです」
「イシスさんのお口が悪い……」
「ブラック労働の、恨みは深いのです……」
そんなイシスの代わりとなる新たな『龍脈の巫女』も、ちゃっかり見つけているのは大したものだ。しかも、帝国そのものを囮にしてまで。
彼は一度敵国に占領させることで、敵の龍脈使いをちゃっかりと全て取り込んでピンチを脱してしまった。
「きっと、それにより彼らの攻略は更に加速するだろう。こりゃ、一つや二つは彼らに取られると思っておいた方がいいね」
「直接は攻めてこないんですか?」
「距離がありますので! だからこそこちらも、手が出せないのですが……!」
「まあその間に、せめてこの宝玉の解析をだね」
「放り込んだエネルギーを、ちゃっかりあいつに使われちゃったら嫌ですもんね。アクセス先は同じなんですし」
「そうだね。共有倉庫に素材を入れたら……、って、イシスさん、どうしてアクセス先が同じだと……?」
「あっ、いやその、なんとなく? 龍脈通信みたいに、この珠を通して同じ場所にアクセスしてるのかなーって。すみません、適当言いました」
「いや、イシスさんは仮にも最初の記憶継承者だ。その直感には、意味があるのかも」
「無意識のデータベース、みたいなものでしょうか! ならばこの珠は、カードキー、なのです!」
「そうかもねアイリ」
こと龍脈に関しては、イシスはハルとは異なるセンスによってその操作を行っている。
彼女はハルの<龍脈構築>のような作業が出来ない代わりに、ハルとはまた別の感覚により直感的な作業が出来る。
そんな彼女の言葉は、聞いておく価値があるだろう。
加えて、現実の方で浮上した、次元を超える通信についての謎。安直に結びつけるのは危険かも知れないが、これらを総合して、なにか新たな視点にてエリクシルへと至れないだろうか?
ハルは、竜宝玉へのアクセスは継続しつつ、しばしその場で考え込むのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




