第1351話 事実上の宣戦布告を経て
「さて、いまごろ皇帝も就寝してログインし、記憶を取り戻して渋い顔をしているだろうか。この目で見られないのが残念だよ」
「『ぐぎぎ』、ってね。でも渋い顔するくらいなら見込みあるよ。常人なら、真っ青になるだろうから」
「ハルもユキも、良い性格しているわよねぇ……」
「ゲームのライバルに容赦するなってね。まあ、顔見知りじゃないし、ちとやりすぎか」
「確かに、必要以上に弄るのは良くないかもね。ただ、政敵である事実は変わらないし、容赦しないのは変わらないけど」
「それはそうね?」
ここで『可哀そうだ』と手心を加えれば、手痛い反撃を受けるのは間違いない。
ひととおりの決着を迎えるまでは、攻勢を崩さぬことを心がけようと思うハルだった。
「連絡くるかな?」
「そうした慌てたと相手に思われてしまう行動は、プライドが許さないのではないでしょうか? いえ、わたくしの勝手な想像、というより貴族社会でのならわしですが……」
「でもそんな気はしますよー。まずは不用意な接触よりも、地盤固めに奔走するんじゃないでしょうかねー?」
自分の影響力の発揮できる地盤、帝国および情報屋への指示によって、事実関係を確認するはずだ。
そう、事実関係。特に情報屋への疑念も募っている頃だろう。言うまでもなくハルのせいで。
普通に考えれば、情報屋がハルへ秘密を洩らしたと考えるのが自然だからだ。
「もっと内部分裂を誘発させてやればよかったんじゃないですかー?」
「いや、それには及ばない、というかそれは僕にとっても不利益がある」
「というとー?」
「情報屋の手綱は、皇帝に握ってもらってた方が楽だからさ。ある意味、今の状況は僕にとって都合が良い」
「確かにー。利によって動いている大人は、その利が崩れぬうちは迂闊な行動はしませんからねー?」
「……それって、私がうかつな子供みたいだって言われてるみたいじゃないですかぁ」
「あらー」
「やあイシスさん。こんばんは」
迂闊に夢世界の情報をネットに上げてしまった子供っぽい継承者こと、イシスがログインし合流した。
まあ、彼女の対応の方が普通ではある。瞬時に己の身に起こった異常な状況に対する不安を乗り越え、利益に直結させようとする強かさを持っている方が異常なのだ。
「大丈夫よ。イシスはきちんと、立派な大人だわ? 一部が特に」
「ルナさん人のおっぱい見ながら言わないでくれますー?」
「ですが、人の秘密で一儲けしてやろうと思わないのは、わたくしも立派だと思うのです!」
「いやぁ。思いつかなかっただけというか……」
とはいえ、無垢であるのは美点には違いない。
見ての通りハルもその辺は真っ黒なので、イシスの態度を可愛く思う。変わった状況が生じれば、悪用しようと瞬時に考えてしまうのがハルだ。絶対に彼女のようにはなれない。
「まあ、私のことはいいんです。結局どうなりそうなんですか?」
実はイシスの事もいいとは言い切れない状況なのだが、胸を両手でがっしりとガードしている彼女に、『身体を調べさせて欲しい』とは言い出しにくい。その話は、また今度にするとしよう。
「まあ穏便にはいかないんじゃないかな? 戦争になる気はしてる」
「ええっ!? どうしてそうなるんですか!? リアルのお話なんですよねぇ?」
「だからこそだね。なにせ、僕らと違って彼自身はリアルでは記憶がなく、判断材料に欠けている」
「……確かに! あのいけすかない元上司は、自分では<龍脈接続>を持ってませんでしたからね。人をこき使ってくれちゃってもー」
「そのイシスさんをハルに攫われて、そこで破滅にならないのは大したものだったわね?」
「そうだね。優秀だ。しかしそんな優秀な彼も、情報が伝聞でしか得られないリアルではどうしようもない。だから僕との接触は、ほぼ確実にこちらで、となるはずさ」
現実ではハルの余計なちょっかいにより、誰を信じればいいのか分からなくなってしまっているはずだ。
その状況の解消のためには、結局記憶のあるこちらで動くしかない。
「でも、それなら普通に話し合いで解決すればよくありません? 今は、龍脈通信で帝国とこことでも会話はできますよね」
「イシスさんは、やっぱり純粋なのです! 確かにそうですが、きっと会話にはならないのです……! 言葉が通じても、会話が通じるとは限りませんから」
「そうね? さっきも言ったように、彼にはプライドがあるわ? ハルとは話が合わないでしょうしね?」
「結局言うことを聞かせるには、叩きのめすしかないってね!」
そもそもの話、ハルとは目指すゴール地点が違うのだ。
ハルはこの夢世界をゲームクリアによって終焉に導きたい。一方皇帝は、この世界をずっと存続させ、独占情報による利益を永続して享受したいだろう。
その理念が相反している限り、争いは結局避けられない。
「ハルさんはそれでいいんですか?」
「まあ、大方予定通りかな。少なくとも、こちらで決着がつくまではリアルでの行動も大人しくなるだろうしね」
「別にお金をいくら稼ごうがほっといていいですけどー、放置したままじゃ余計なことまでしかねないですからねー」
そう、それが問題だ。誰にもバレないからと、これ以上余計なことまで企みはじめても困る。特にモノリス関係においては。
自動的に協力者である情報屋の動きも抑制され、ハルにとってはそこが最も都合の良い部分なのだった。
「そういえば、イシスさんは情報屋には直接会ったことがある?」
「あっ、ありますよ! 奇声を上げて走って来る人ですよね? めちゃ目立つんで印象に残ってます!」
「変人だったものねぇ……」
「でもあの人、つまりここから帝国まで“走って”移動してったってことでしょ? やるじゃん!」
「確かに! それは普通に、すごいですー……!」
そう、その努力は賞賛されるべきだろう。普通の神経ではない。
文字通りその『足で』人々の秘密を集めた情報屋。彼もまた、偶然の幸運によって利益を手にした訳ではなく、なるべくして成功した才覚の持ち主であった。
……ただ、理由があるとは分かっているが、やはりあのスタイルは相当に奇抜だと言わざるを得ないが。
*
「それで、今日も飛空艇でおでかけで?」
「いや、今日はここでジュースでも飲んで過ごすよ。今日はメンバーも集まらないことだしね」
「おお。これが噂に聞く、狩りのメンバーが集まらない事態」
「そんな大層なものじゃないけどね。行こうと思えば行けるし」
「じゃあ問題は、そのジュースのノルマが増えすぎたことですか?」
「認識させないで……、憂鬱になるから……」
比喩ではなく山と増え続ける『世界樹の吐息』も、ハルは日々片付けなくてはならない。
世にいう、ゲーム内での異常なノルマ問題に近い。遊んでいるはずなのに、何故か仕事よりもタスクが膨大だ。
「ハルさんはカゲツさんには頭が上がらないんですか?」
「別にそういう訳じゃないよ。僕自身、ステアップの重要性には同意しているからね。……辟易もするけど」
「理解はすれども、納得はできないと」
「納得も、しているはずなんだけどねぇ……」
だからといって、この強烈すぎる味覚の暴力には物申したくなる。納得はすれども、慣れることはできないといった感じだろうか。
ハルはその性質上、人よりも『慣れ』や『飽き』という感覚に薄いところがある。長く生きるにはそれがプラスに働くことは多いが、常に新鮮にこのジュースの刺激を受け取り続けるのはマイナスだ。
「とはいえ、今後の帝国との戦いも見据えれば地道な強化はメリットの方が大きい。それに、カゲツには感謝もあるからね。ワガママを許している部分もあるのかも」
「あは、ワガママだとは思っているんですねぇ」
味覚のデータベース形成に関しては、誇張なく偉業であると言って差し支えない。
そんなカゲツに対しては、ハルも少々甘くなっている部分はあるかも知れない。まあ、とはいえ、何でも言うことを聞くかといえば話は別だ。
だからあくまで、このジュースも納得して飲んでいるはずだ。そのはずなのだ。
「それで、本日はなにを? なにか、お手伝いしましょうか社長」
「社長はルナだよ。まあ、代わり映えしなくて悪いけど、イシスさんには変わらず龍脈の拡張を頼みたいかな」
「目指せ全国制覇、ですね! ただ、皇帝も龍脈には力を入れてましたし、今後はより押し合いが厳しくなりそうですねぇ」
「イシスさんを見出したのも皇帝だしね。ある意味、彼が記憶の継承者と接点を持つのは必然だった訳だ」
やはりキーポイントであり、未だに謎の存在である、この龍脈は。
ハルとイシスは、もはやお馴染みとなった<龍脈接続>による支配地域の拡大作業をしつつ、カゲツの作った料理の数々をつまみながら、なかなかに優雅なゲームプレイに興じていた。
ドラゴンを倒し、龍脈の枯渇地帯を支配するのも重要だが、こうした地道な地盤固めも重要だ。そこは、皇帝もハルも変わらない。
特に今回は、先の戦いで手に入れたいくつかの『龍宝玉』を、実際に使ってみようと思っている。
「それが例の。ドラゴンの首にでも付いてました?」
「またマニアックな話を……」
「いや冗談です。さすがに首には、付いてないですよね。知ってます」
「なんか、倒したら手に持ってたんだよね。しかもしまえないし」
「軽くホラーじゃないですか。普通は、アイテムボックスに直接ドロップですよね」
「アイテム欄がいっぱいだった訳でもないし、しまわせたくないんだろう」
「奪い合い推奨と」
そういうことだろう。身もふたもない話をすれば。
好意的に言うならば、偶然手に入れた個人が、その後も努力なしにただ永久に利益を享受し続ける事態を回避したい、ともとれる。
「まあつまりは、それだけのご褒美があるアイテム確定というわけだ」
「ただの争いの元をばら撒きたいだけだったりしてー」
「とんだかぐや姫だね。次会った時にエリクシルに言う文句が増えたよ」
とはいえそれでも、明確な利益が存在した方が争いもまた加速するもの。つまりこれには、それだけの力が秘められていることはほぼ間違いないのだった。
「しかし、説明書もなにも付いてないのは不親切だ。どうせなら、そっちも一緒に握らせておいてくれ」
「嫌ですよぉ、ドロップと同時に説明書握ってるのー。ホラーが一気にギャグですって。アイリちゃんでもダメだったんですか?」
「うん。<鑑定>もまだレベル不足みたいで、詳細な機能までは読み取れなかった。まあ、とりあえず握ってみるか」
「ハルさんの力で壊さないでくださいよー」
「ふむ? やってみよう」
「なんでですか!?」
「これでも、別のゲームでは鉄鉱石を握り潰して新アイテムを生み出してたこともあってね」
「聞いてませんよ! ああっ! 鉄どころか貴重なアイテムが!」
「なに、まだこんなに予備があるさ」
なおも騒がしく止めてくるイシスを無視し、笑いながら握力を全開にするハル。
しかし、その努力も虚しく、珠は壊れるどころか、ひび割れ一つ、軋みひとつ起こさなかった。
「ふむ。ダメらしい」
「ほっ……、心臓に悪い……」
「心臓無いけどねこの体。まあ、体力は上がっても筋力は上がってないからね。じゃあ次は、魔法での破壊を、」
「なんで続行するんですか!?」
「壊せる存在なのか否か、知りたいだろう?」
「それはまあ、知りたいですけど。って自分ので試す必要なくありません!?」
「皇帝が手に入れた珠を壊してしまえと。イシスさんも腹黒いところがある」
「言ってないですけど!? やってもいいですけど!」
「ははは」
まあ、結論をいえば、魔法で破壊を試みても龍宝玉は壊れることはなかった。普通に、非破壊属性のオブジェクトなのだろう。
だが、怪我の功名というべきか、ハルの放った魔法に反応し、珠は輝きをみせた。ここに、とりあえずの使い道が見えたようである。




