第1350話 夢の記憶はどこからくるの?
「……という訳で、今日はとりあえず挨拶だけ。よければこれから、こちらでもよろしく。まあ、そうそう簡単に信じられない話かも知れないけどさ、ここを使ってるのが何よりの証拠ってことで。信じてもらえたなら、直接会って話そうよ」
《直接会っちゃっていーのー?》
《僕はいいんだよ。情報屋と違って、もともと面会予定だったんだし》
《あっ、そっか》
《彼がこそこそしているのも、僕や奥様にバレないためだろうからね。その本人なら問題ないのさ》
「それじゃあ、また日をあけて連絡をいれるよ。色よい返事を期待しているよ、『皇帝』」
《煽っていくぅ》
《向こうは気に入ってるかも知れないだろ。煽りなんかじゃあないさ》
もちろん煽りである。純粋な煽りである。
そんなメッセージをハルは送信し、この場での行動を完了した。これで、ほどなく通信は届き、彼を、そしてこの事態を大きく動かすための布石となるだろう。
しばらくハルとヨイヤミがそのまま待機していると、彼の持つ大きすぎるヘッドホンのような受信機がランプを点滅させ、データの受信に織結が気付く。
二度目の連絡に怪訝な顔をしつつも装置を耳に当てると、次の瞬間、驚愕の表情で目を見開く彼の様子が見下ろすハルたちの目に飛び込んできたのだった。
「《きたー! びっくりしてるびっくりしてる! あっ、きょろきょろしてる! さーて、見つけられるかなぁ?》」
「僕が相手だと分かると、まずセキュリティが破られていることを警戒する。まあ、そうなるのも分かるし彼が優秀な証拠だが、少し悲しいねえ」
「《日頃の行い》」
「おっしゃる通りで」
今最も警戒すべき相手であり、御兜と接触しモノリスの秘密も知った可能性もある相手、ハル。
そんな相手の声が、決してこの秘密通信の事を知られてはいけない相手の声が、その中から聞こえてきた時の彼の衝撃。それは筆舌に尽くしがたいこと間違いない。現に目を見開いて絶句してしまっている。
「《うーん。この表情をじっくり観察できるのは、俯瞰視点ならではだよねぇ。これはこれで》」
「良い性格してるねキミも」
「《でも、この取り繕った外面の裏で、内面はどんだけ動揺しているかを、主観で観察したくもある》」
「本当、良い性格してる……」
確かに、彼を襲ったであろう衝撃の大きさを考えると、表面上の変化はこれでも微々たるものだろう。
既にもう落ち着きを取り戻しており、その様子からも彼が百戦錬磨の傑物であることが分かる。
伊達に、若くして当主となってはいないということなのだろう。
「腹を決めて音声に集中しはじめたか。やるね。まあ、内容に意味なんてないんだけど」
「《お兄さんも性格悪いっての。でも、それでもやっぱし御兜のお爺ちゃんの落ち着きと比べればワンランク落ちるかなぁ~》」
「ヨイヤミちゃんは、天智さんの方が好みかな?」
「《ん~~? それって、お爺ちゃん好きの方が嬉しいってことぉ? ハルお兄さんも、そういえばお爺ちゃんだし、好きって言って欲しいのかなぁ?》」
「お爺ちゃん呼びはやめろ……、マジでやめて……」
確かに実年齢、というより稼働年数はそうなるが、実際に最年少のヨイヤミにそう言われてしまうのは、なんというか、思った以上に『くる』ものがあるハルであった。
「《ところで、意味がないメッセージ送るだけでいいの? ハル『お兄ちゃん』? もっとこう、それっぽい嘘で動きを誘導しちゃえばよかったのに》」
「僕がメッセージを送るだけで、十分誘導になっているのさ。事実、これで彼のこれからの行動は大きく分けて二種に限定された。無視はありえない」
「《ふむふむ。一つは、お兄さんとこのまま接触すること》」
「その通り。そしてもう一つは、情報屋と接触することだ。いや、もう接触してるけど、より接触を密にすることだね」
「《それはお兄さんを排除するため?》」
「うん。直接排除なんて出来ないからね」
自信過剰に聞こえるかも知れないが、事実そうであるのは間違いない。
本人も不気味に頭角を現しており、情報社会を牛耳る月乃の庇護下におり、盟約を結ぶ御兜とも友誼を結んでいる。
直接手出しをするには、少々危険な相手だ。よってその枠の外にいる情報屋に頼ることとなる。
「どちらに転んでも、事態は動く。そもそも、僕の目的は彼をどうこうすることじゃないからね」
「《あっ、そっか。情報屋、というか記憶の引継ぎをどうにかするのが目的だった! 忘れそうになっちゃってたよ。でも、そう思うとなーんかかわいそ。相手はこんなに敵視してるのに、そのお兄さんにはまるで相手にされてないなんて》」
「一応、かなり高い評価はしているんだけどね……」
どうしても、こうして後手に回ってしまっていることと、そしてあの御兜翁の後であるからそう感じてしまうのだろうか?
彼の持つ、静かでいながら他者を圧倒する不動のオーラを見た後では、多少の狼狽であっても未熟に見えてしまうものだ。年の功とは凄まじい。
「《若さが出ちゃったかー》」
「……そこで僕を見るのはやめい」
「《御兜のお爺ちゃんはここに居ないから、しょうがないね》」
そんな、青さを残す織結の当主の若当主も、ハルたちが馬鹿な事を言っている間にも落ち着きを取り戻している。
今は視線も落ち着きを取り戻し、装置もしまってどっしりと構えている。このあたりの切り替えの早さは流石だろう。
ただ、ヨイヤミの能力に頼らずとも、その内面は大きく感情の波が逆巻いていることは想像するに容易。
さて、ハルによりその心の内をかき乱された彼は、果たしてこれからどう動くのだろうか? お手並み拝見である。
*
「へぇー。あのイヤッホゥがねぇ」
「緑の髪の人ですね! 一番最初の方に出会ったので、印象に残っています!」
「本当に情報屋を名乗れるレベルの情報収集能力だったのね? 意外だわ?」
「あーんなふざけた態度でしたからねー」
ハルたちはあの後、ヨイヤミと共に病棟の人々の所に顔を出して、それからはまっすぐに帰宅し仲間たちに報告をしていた。
そのヨイヤミはといえば、外出の疲れと、生活習慣の乱れもあって、今はもう深い眠りの中だ。今ごろは夢世界でゲーム中だろう。
……最近あちらで顔を合わせていない気がする。完全に夜型だ。
「悪いね。相談もなく動いちゃって」
「チャンスだったのでしょう? 仕方ないわ?」
「むしろハル君なら、情報屋の方と接触しそうなものだったのに、思い切ったね?」
「……いや、どちらかといえば、情報屋と接触する方がリスクが高いと踏んだ」
「あっちは、未だ詳細不明の現象ですからねー」
「うん。それで、その情報屋を制御できている織結の当主を動かすことで、そちらも間接的にどうにか、出来たらいいなあと」
「珍しく、ハルさんが行き当たりばったりなのです!」
それだけ、原因不明の現象であるということだ、夢世界からの記憶の引継ぎは。
それがない織結の方が、まだ御しやすい。
ハルの嘘は彼がゲームに戻ってしまえば一発でバレてしまうが、そのバレた事実も彼が起きれば全て白紙だ。
その事実は当然本人も理解するだろうし、きっとその事で夢の中でも苦悩するに違いない。
「罠だと分かっているのに、起きたらそれを忘れてしまう。見ものだよ、どんな反応をするか。あちらでも顔を見てみたいものだ」
「性格が悪いわよ、ハル?」
「しゃーない。ライバルに必殺のコンボが決まった時なんてのは、ゲーマーにとって最高に気持ちいい瞬間なんだから」
「ハルさんにとっては、社会の裏で暗躍する実力者もゲーム感覚ですねー」
「……うん。もう少し真面目にやります」
ただ、そんなハルであっても、記憶継承に関する事となるとお手上げだ。
そちらになると途端に、龍脈を封鎖してなるべく対象者の数を減らす、といった予防策しか打てていなかった。
「今回の秘密通信のシステムなら、まだ分かりやすいんだけどな……」
「いやそっちも全然わからんて……」
「そうね? 私もさっぱりだわ?」
「まあー、オフラインであるあの邪悪な学園からー、ネットに接続するなんてのは既にハルさんが毎日のようにやっていましたからねー」
「うん。今更驚くことじゃない」
「すごいですー! 授業しながら、ゲームなのです!」
「……すごいけど、やってることがなんともダサいわね?」
「ハル君だねぇ」
そう、ハル自身もいわば全く同じことが出来てしまうので、改めて新鮮味はないといえる。
こちらに関しては、引き続き調べていけばすぐに共通点が見つけられる気がしていた。
「そう考えてみると、なーんか似てるよね」
「何がだいユキ?」
「いや、だからさ、その秘密の通信機と、今回のゲーム」
「そうかな? 夢世界に関しては、まるで理解の範疇を超えてるんだけど」
「だってさ? ハル君が思うに、その通信は別の次元を経由して、空間ジャンプしてヘッドフォンに届くんでしょ?」
「そう考えてる」
「エリクシルちゃんの世界も、同じじゃん? 記憶が戻るのも、人間っていうヘッドフォンがデータを受信する準備が出来たからなんじゃないかなー、って」
「ふむ……?」
「興味深い意見ですねー」
確かに、筋が通っているともいえる。秘密の通信は、送信機と受信機がセットで正しく機能してこそ成立するものだ。
どちらかに問題があれば、喋った内容は誰にも届かずに宙に消える。情報屋も心配していた。
それと同じことが、夢世界の記憶でも起こっているとしたら。
この場合は送信側も受信側も同じ個人だが、受信する肉体の準備が出来ていなければ、脳は中で起きた記憶を正しく処理できない。
それこそあたかも泡沫の夢のように、全てあやふやになり消えてしまうことだろう。
「……つまり継承者は、『受信機』としての機能が整った人間、ということかな」
「いや、適当だよ、適当。思いついたままに言っただけ」
「でも、ハルさんがいつも言っているのです! そうした無意識の直感は、脳が潜在的なデータの数々を処理して導き出した答えだって!」
「いやハル君の直感ならともかく、私の妄想だからさぁー」
「ユキの直感こそ馬鹿に出来ないよ。調べてみる価値はありそうだ」
「そうね? 肉体的な機能に何かヒントがあるならば、ちょうどこちらの陣営に継承者がいることだし、イシスさんの身体を徹底的に調べあげましょうか。有無を言わさず」
「すみずみまで、ねっとりと調べるのです……!」
「二人とも、言い方がえっちだよ……」
「敵の情報屋の方が気兼ねなくやれてよくない?」
「敵には人権も、拒否権もありませんねー」
「二人とも言い方が邪悪だよ……」
まあ両名には、可能ならば協力して欲しいところではある。
その情報屋を動かすためにも、また彼に余計な事をされないためにも、織結に、『皇帝』に筋書き通りに動いてもらい、間接的に誘導していきたい。
そうして外からも技術的にアプローチを続け、エリクシルに直接こちらの手が届くようになれば、その時点でもうゲームを地道に攻略する必要はなくなる訳だ。
ただ、すぐにそう都合よく事は運ばない。ここからはまたゲーム内に戻り、そちらでも今まで通りに攻略を進める作業も必須だろう。
ハルたちはまた昼夜ともに忙しさを増してきたこの現状に圧倒されつつも、まずはやれることを一つずつ確実にこなすために、再び夢の世界にログインしていくのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




