第135話 皇帝とは
それからハルは順を追って、クライスに前回の会談以降に起こった事を説明して行った。
自分達も魔力圏の外に探索に赴いた事。その外の世界で、魔力に反応する遺産に出会った事。使徒同士で競い合う模擬戦があった事。その模擬戦に勝利したチームには、報酬として魔力が支払われる事。
「とは言っても、別に使徒に報酬が出る訳じゃないんだけどね。その使徒を守護する神に報酬が出る」
「まあ、つまり私達は、神の代理戦争をやっているような物ね。これは殆どの使徒は知らないはずよ?」
「なるほど……」
全ての情報が、普段は己に関わりの無い事だ。クライスは慎重に情報を噛み砕いて行った。
「では、その試合とやらに勝利したのはマゼンタ神のチームということなのか? この国の魔力が増えたという事は」
「そこが少しややこしくてね。勝利したのはカナリーの所だよ。つまり僕らだね」
「では、何故?」
「途中、彼の、……マゼンタだね。彼のチームが自陣の魔力を全て神に預けて他チームへの侵攻を願い出たんだ」
「ですがマゼンタ神はハルさんに破れました。その時、消費し切れなかった魔力がこちらへ持ち帰られたのです」
「神を、破った、だと……!?」
「こっちにもカナリーが付いてたんだ。そう驚くことじゃないよ」
この世界の人々にとって神は神聖にして絶対不可侵。倒される事など考えてもいないだろう。
あるいは、この情報はヴァーミリオンの民、特に反神派には伝わってはならない情報かも知れない。
神は倒せる存在だと知れれば、自らで神を打倒しようとする動きも出るやも知れない。
……しかし、どうしてそこでセレステが得意げな顔をするのか。同じ神だろうに、自分も。
「……うむ。ではもう一つ。貴公らは既に魔力の庇護の外へ出たという話だったな」
「ああ、前回ここに来た後だね。僕らも気になったから、行ってみた」
「そこで我らの兵と同様、遺産に襲われたとの事だが、魔力の無い土地で、何故?」
「ああ、僕らは魔力を放出できるんだよ、こうやって。……といっても、ここじゃ分からないか」
「ハル。僕ら、ではないわ? 出来るのはあなただけよ?」
これにも同じように、クライスとカナンは驚愕を顔に貼り付けていた。
魔力というのは吸い込んで利用するだけの存在。逆に吐き出せるなど思いもよらない事なのだろう。
アイリやメイドさん、お屋敷の人たちの間ではもう当たり前の事になってしまっていたので、そのあたりは頭から抜けていたハルである。
「では、それを使えば人類の活動圏が広げられるのだろうか?」
「あまりやる気は無いよ、残念ながら。何が起こるか未知数だし。それに無料で生み出せる訳じゃない。カナリーの魔力を別の場所に移し替えてるだけだ」
この辺りは、為政者の思考といった感じだろう。生活圏の拡大がもたらす物は大きい。新たな資源が得られる可能性もある。
この国は、魔力圏の外から遺産を発掘しているので余計だろう。
ただ、あまり広くなっても管理しきれなくなるので、良い事ばかりではないとハルは思うのだが。
特に国取りゲームの終盤、もう維持する意味の無くなった拠点の管理ばかりが増える煩雑さを思い出して、一人で辟易する。
「どうかしたのか?」
「気にすることは無いわ? どうせ、どうでも良いことを思い出したのよ」
「きっとゲームのことなのです!」
嫁達の理解が深い。内心を暴露されてしまったが、これは会談の席で思い出し辟易したハルが悪いだろう。
「まあ、少し離れた山中に古代の街の跡を見つけて、そこを仮拠点として使ってるけど。領土として主張する気は今のとこ無いよ」
「そこは主張しておきなさいな。魔力があるからと言って、ここの兵士に居座られたら困るでしょうに」
「その時は魔力を引き上げるから平気」
「酷い話だわ……」
特にあの土地に思い入れがある訳ではない。その時は別の場所に拠点を移すだけだ。
そうなったら兵士の皆さんには気の毒な事だが、元々無かった物だ、諦めていただこう。
「待て。街の跡、だと? 遺跡を見つけたと言うのか、貴公らは」
「遺跡って言っても、建物は無いよ。たぶん君らも何処かで見つけてる。地面が不自然に、四角くへこんだような所さ」
「それが、遺跡であると?」
「遺跡だよ。間違いなく。……地下から変なのが出てきた事を除いてもね。自然に出来る構造じゃない」
火山活動や潮流などで、幾何学模様や直線構造、球形などが形作られる事はあるが、街の跡は出来ない。
あれは立派な遺跡だ。考古学者が見たら大喜びするレベルで情報が残っている。
と、ここまで考えてハルは気づく。この世界、考古学が存在しないのだ。
歴史が開始して、百年そこそこ。長く見積もっても二百年。そのスタート地点は神によってもたらされた文化。
昔の事を考える余地は無い。全てはハッキリしている、『神様のおかげ』だ。
だとするならば、彼らは遺産をどうやって見つけているのだろうか。
「その地で、暴走する遺産に襲われたと?」
その事を尋ねる前に、クライスから質問が来てしまった。
「ああ、そうだね。……一つ、訂正をしておくと、あれは暴走じゃないだろうね。アレが持つ機能が、正確に働いた結果だ」
「と、言うのは?」
「あれは元々、都市に配備された防衛機構だろう。無理やりこちらに当てはめれば、騎士団みたいな物だね? それが、都市の内部に侵入してきた僕らを排除しようと襲って来た」
「他国民、であるからか」
「正確に言えば、自国民ではないから、だろうね」
あの古代兵器、動作パターンの単純さから、そこまで高度なプログラムが搭載されていたとは考えられない。
武器の威力に任せて、何とか兵器として成立していただけのように思える。
そこから導き出せるのは、対象を外見的特長などから算出していたのではなく、既に登録してあるパターンの対象外であれば、問答無用で敵と認定しているだろう事だ。
住民登録してある者以外は全て敵だ。その方が、プログラムの難度は易く済む。
「なので、貴方がたが使っている遺産が明日にでも暴走して襲ってくるのではないか、という不安は杞憂ね?」
「伝えるかどうかは任せるけどね。伝えなければ、勝手に遺産から離れてくれる人も多いだろう」
「……いや、伝える。いたずらに不安がらせるのは我の本意では無い」
やはり、根が優しい人間なのだろうとハルは思う。王としては、やや優し過ぎるきらいがあるようにも思えるが。
ゲームをする時の指導者のように、数字だけを見る非情の者になれとまでは言わないが、一人ひとりの人間に心を通わせすぎても、また政治は成り立たないのではないか。
その優しさのせいで、事態が停滞している面もありそうだ。
「ならその際、注意しなきゃいけないのが、遺産が“正しい機能で”明日にでも襲い掛かって来る可能性は、ゼロじゃないって事だ」
「なんともややこしい話だ……」
「貴殿らは、そうした物に手を出しているという事です。自覚するいい機会ではありませんか?」
「王女は手厳しいな。だが、その通りやも知れぬ」
熱心な神の信徒であるアイリは少し辛辣だ。神に寄り添う国に戻したいと言うならば、遺産はすぐにでも否定すべき、という立場なのだろう。
ゲーム内に、魔力の範囲内には遺産は存在しない。つまりそれは、神が遺産を否定したということに他ならない。
そうした神側の理屈を抜きにしても、気をつけなくてはならない。
例えば銃があったとする。その銃が、“弾切れになったら自爆して爆弾としても使える便利な機能”が搭載されていないとは言い切れないのだ。
あり得ない話だが、構造を理解せずに使うとは、つまりはそういう事。
「今までは、こうした事は無かったのかしら?」
「地下から遺産が出来てきて襲ってきたりね」
「無かった。地面の下に何かを見つけた、という報告は受けた事はあるが、結局それは開けることも動かす事も適わなかったようだ」
「魔法が使えませんものね、外では。使徒さま方の世界ならいざ知らず、わたくし達の世界では、そうした大規模な工事は魔法に頼る部分が大きいですから」
「そうなんだね?」
アイリが補足して説明してくれる。
どうやら、格納庫を見つけてはいたようだが、それに手出しは出来なかったようだ。それは幸いだったのだろう。
もし国内へ運んできてしまったら、その場で起動し、大惨事になっていた。
「僕らから語れるのは、まあそのくらいかな?」
「非常に参考になった。感謝する」
前回の会談からあった事はこのくらいか、とハルが話を締めくくろうとすると、後ろで静かに控えていたカナンが遠慮がちに、しかし少し慌てて声を上ずらせて質問を上げてきた。
「あ、あのっ! 失礼ながらお聞きします。ハル様は、マゼンタ様と何かご関係があらせられるのでしょうか? 兵をお救い下さった使徒様は、マゼンタ様だけでなく、ハル様の遣いだと仰っていたようなのですが……」
「ああ、うん、まあねえ」
何と言って良いものか。『今はマゼンタも僕の配下だ』、と正直に言う訳にもいくまい。
ただ、アルベルトに宣伝を任せたのはハルだ。そこの責任は果たさなければならないだろう。
「マゼンタとは面識があるよ。兵を助けるよう、あの怪しい黒スーツを向かわせたのが僕なのも確か」
「やはり……!」
「そうであったか。我からも感謝しよう」
「いや、マゼンタが魔力広げた結果だからね。事後処理って奴だよ?」
「しかし、我らの安全を気にかけてくださった……」
結果的には自作自演に近い。この辺はあまり感謝されてもハルとしては困る。ハルの名前を宣伝したのも、アルベルトの好きにやらせた結果だ。
「神は、未だに我々を見ていて下さっているのですね」
「そりゃね。多少の反抗心くらいで、どうこう思う彼らじゃないよ」
ただし、人間に興味が無いという意味だが。物は言いようだ。
セレステが小さく、ふっ、と笑うのが見えた。ハルも釣られて苦笑を浮かべる。
「しかし、貴公はカナリー神の使徒ではなかったか? その貴公がマゼンタ神とも面識が?」
「別に驚くような事じゃないさ。神界に行けば誰でも会えるし」
「神界ですか!」
「カナン、少々声が大きすぎだぞ……」
「し、失礼……」
なんだかこの辺りはアイリと近いものがあるようだ。やはり熱心な信徒なのだろう。
「ですが、兵の報告によれば、ハル様はもっとこう、マゼンタ様と親密であられるらしい、とか」
まあ、間違っていない。殺し合うほどの仲である。
「謎の使徒様が語るところによれば、『自分が黒いのは、七色の神全ての加護を受けたハル様の遣いであるからだ』、と」
「何勝手なこと言っちゃってんのあの仮面アルベルトマンは!?」
──怒られるぞ? 未だ面識の無い橙色とか藍色の神様に。
セレステもたまらず大爆笑している。彼女にしてみればそれは愉快だろう。未だ配下に無い全ての神に喧嘩を売ったに等しいのだから。
今まで一言も発しなかった彼女が反応する事に、クライスは疑問符を頭上に浮かべ、カナンは緊張に身を縮めていた。
……セレステがハルの傍に居る事が、アルベルトの言の裏付けになってしまっているのが困った所だ。カナンには彼女が神である事が見えている。
「全ての色を混ぜたから、黒なのですね! わたくし、目からうろこです」
「単に素材が黒いだけだよあのスーツ……」
物は言いようにも程があった。
◇
その後も情報交換を続けるハルとクライスだが、互いに現状の報告以上の効果は得られない。
遺産が正体不明であるからだ。魔力に反応して動き出すのは分かっているが、正確な仕組みについてはハルも未だ解明できていない。
「すぐに調べたいところだったけど、さっき言った試合があってね。その準備が優先になっちゃった」
「構わぬ。調べてもらえるだけで有り難い」
「そういえば、破壊した兵器の残骸はどうなった?」
「その、アルベルト様、ですか? あの方が全て回収なされたと聞いています」
「ああそっか。現物無くて平気?」
「むしろ感謝している。残骸とはいえ、そんなものが城内にあっては寝るに寝られぬわ」
眠らない身としてはいまいち分からない例えだが、そういうものなのだろう。
「まあ、今後も何かあったら協力するよ。カナンに言って呼んでもらえれば」
「お任せください、ハル様」
「そちらから、我が国へいらしていただいても構いませんよ。隠居の身とはいえ、歓待の宴の準備くらいはさせられましょう」
ハルの協力者となるからか、アイリも王女としての立場を使ってくれるようだ。
しかし、クライスは、というよりもこの国は鎖国中ではなかったか。おいそれと皇帝が国外へ出て行けるのだろうか?
「考えておこう」
「おや? 意外だね。出ては来れないと思ってたよ」
「ふははは! 頭が固いと思われてばかりでは困るのでな。柔軟な所も見せてやらねば」
「陛下……、そんな意地で国の決まりを破られては」
言いつつも、カナンは少し嬉しそうだ。
その調子でもう一つの決まりのほうも破ってもらいたいと期待しているのだろう。
「とは言え、目的が無くてはな。友人に会いに行く、というだけではおいそれとは国を空けられないのが皇帝だ」
「では、わたくしの結婚の祝いにおいで下されば良いのでは? わたくし達、結婚したのはつい最近なのです」
「ほう。既に熟年夫婦といった睦まじさであるというのに、それこそ意外だ」
「まあ、お上手なのですね!」
夫婦仲を褒められると、アイリはすぐに機嫌を良くする。
その様子はとても微笑ましいが、自分のことでもあるので、ハルとしては気恥ずかしい。
「しかし、皇帝に対して『足を運べ』ってのは、上から目線で問題になるんじゃない?」
「問題はありませんでしょう。我らの国は、神から見離された哀れな国。今も神の恩寵を受ける偉大な国より、下位の存在と言っても、過言ではありますまい」
「カナン……、お前な……」
「だいぶ不満が溜まってそうだねえ……」
ここぞとばかりに、ずばずばと皇帝に切り込むカナン。
しかし、言いたい事が言える程度には信頼は厚いのだろう。ここからも、皇帝の人徳と信仰心の高さがうかがえる。
信仰の無い者に対して、神の信徒が心を開きはすまい。
「しかし皇帝が王の下って。……ん? この世界、皇帝っていう概念はあったの?」
「どうした? 皇帝というのはただの呼び名に過ぎぬ。<王>から脱却するためのな。貴公にも見えての通り、未だに我は<王>のままよ」
「その名前を決めたのは? 君のおじい様?」
「然り。初代皇帝だと聞いている」
「ふーん……」
その話は、少し興味深い。皇帝というのは、王を束ねる存在を表す言葉だ。
王と言っても場所によって様々。必ずしも皇帝が王よりも上であるとは限らないのだが、その皇帝が王の下と言われても疑問一つ抱かないのは、少し考えておくべき事実だろう。
少なくとも、王の上に立つ存在として制定された制度では無いのは確かだ。
これはヴァーミリオンの国が、他国に侵攻する意思が皆無である事からも見て取れる。
この世界で王といえば<王>。神によって任命された各国の代表者だ。それを束ね、世界を支配するという意思の下、決められた名前かと最初ハルは少し警戒した。
ならば、偶然の一致だろうか? それも少し考えにくい。
そうしてしばらく今後の事について調整を加えながら、今回の会談はお開きとなった。




