第1347話 夢の中で見たような顔?
ハルとヨイヤミは店を出て、並んで街をぶらぶらと歩く。二人はそのまま大型店に目をつけると、入って適当に商品を物色しはじめた。
一見、目的もなく買い物に来た家族でしかないが、二人の視点は、少し離れた織結の若当主にロックオンされている。
エーテルネット越しに監視カメラのように彼を追跡するハル。そして、それ以上に恐ろしいのが、“彼自身の主観を乗っ取って”監視しているヨイヤミだ。
まるで、織結本人になったかのように、彼の見ている視界をそのままヨイヤミがリアルタイムで確認している。
「《車で出るみたいだよー。金持ちは違いますなー》」
「あまり遠くに行かれたら厄介だね。ヨイヤミちゃん、能力の射程は平気?」
「《うん。一度捉えちゃえば、そこから射程距離の外に出ても問題ないけど、あまりびゅんびゅん遠くに行かれると、どうなるかは分からないかな》」
「まあ、その時は僕が追っておくから、無理に潜入し続ける必要はないよ」
「《むぅ。私が最後までがんばるんだもん》」
ハルの言葉に、ヨイヤミが『むすーっ』と頬を膨らます。まあ、一人で最後まで完遂したいという気持ちを尊重はしたいが、彼女の体調が最優先だ。
「《それよりお兄さん、遠くに行ったら私たちはどうやって追う? テレポ?》」
「自宅以外で<転移>はしません。僕らの行動も、記録には残るんだからね」
「《その記録を自由に参照できるのなんてお兄さんくらいじゃーん。月乃お母さんもそうだけど、警戒しすぎー》」
「奥様のは職業病だけど、僕もそこそこ自重はするし警戒もするさ」
とはいえ、普段はけっこうやりたい放題やっているのも確かなハルだ。ヨイヤミには、そのあたり見透かされている。
とはいえ、今は彼女の保護者として、なるべく規範を示してやらねばならない。
……規範を示す立場の者が、ストーキングの手伝いをさせているのもどうかとは思うが。
「《それで、お兄さんのことを警戒しているっぽい人はどこかに居た?》」
「いいや。今のところ居ないね。最近は僕もそこそこ名が売れてきたけど、それでも一般的に言う『有名人』とは少し違う。街を行けば誰もが振り向く、とはならないさ」
「《知ってるのは実業家とか有力者ばかり、ってことかー》」
「それでも、たまにこちらを注視する視線はあるけどね。でも、そのどれもが『興味』や『好奇心』といった感情であって、『警戒』をにじませる人は今のところ居ないよ」
「《自分が視点を飛ばせるだけじゃなくて、他人の視線すら分かるとかチートすぎじゃん》」
「そもそも僕自身が、常に自分で自分の事を俯瞰しているからね。それと同じ視線が増えたら分かるのさ」
こうして自分を客観視するハルとしては、元から人よりもそうした視線に気付きやすい。もし敵意や警戒心をもってこちらを睨む人間が出れば、すぐに気付く自信があった。
しかし、今のところ向けられる視線は学園に居た時に生徒たちから向けられるものと大差ない。二重尾行者の存在は、今のところ無さそうだ。
「《でも、どうせ隠れるならまた透明になっちゃえばよかったのに。そうしたら、わざわざ私と一緒に来る必要なんてなかったんじゃない? あっ! 私との仲良しを、世間に見せつけたいんでしょ~~!》」
「まあそれもある」
「《うっそ! まじで!》」
「……興奮するな。君が元気にしている所を見せておかないと、また人身売買だとか誘拐だとかロリコンだとか言われるからね」
「《ロリコンは否定できなくない?》」
「否定させてくれ……」
ただでさえ、黒い噂の絶えない月乃の家に引き取ったのだ。あらぬ噂はついてくるもの。彼女の元気な姿を見せることで、そうした噂の否定が出来るだろう。
「まあ、それはついでだ」
「《私、お兄さんにとってついでの女》」
「……聞け。今回はむしろ、その謎の対象に発見してされてもいいと、むしろ見つけて欲しいと思っている」
「《あー、こっちからは記憶継承者の正体が分からないから、あっちから見つけてもらおうってこと》」
「相変わらず賢いね」
「《えっへん。耳年増》」
「それは少し違う……」
いや違わないか。まさに年齢の割にいらぬことまで盗み見、盗み聞いているヨイヤミだ。
そんなヨイヤミに振り回されつつ、ハルはさりげなく織結の当主が乗った車の進行方向へと足を向ける。
幸い、そう遠くへは行かないようで、彼は未だヨイヤミの能力の射程の中だ。
ハルは適当にヨイヤミにプレゼントを見繕うとその場に近付くため、今度は二人で地下鉄へ乗るために駅へと下りて行くのであった。
*
「……んっ?」
「《どーしたの、ハルお兄さん?》」
「視線を感じるね。誰かが、あからさまにこっちを見てる。……こーら、きょろきょろしないように」
「《えへへー。ごめんねごめんね。どうにも、気になっちゃって!》」
「まあ、気持ちは分かる。どれ、僕の視界を貸してやろう」
「《わお! さっすがお兄さん! 器用~~》」
ハルの視界の一つを、ヨイヤミのそれへとリンクさせる。ちょうど、ヨイヤミの能力の逆バージョンだ。
自分の視界を、他者へと植え付けるように分け与える。慣れない者なら混乱しそうだが、自分の能力で普段から慣れているヨイヤミなら問題ないだろう。
「《おっ? おー? こいつかー。派手な服着た、若い男。知り合い? どっかで会った?》」
「いいや。知らない人だね。もっとも、ゲーム内で会っていたらキャラクター越しだから分からないけどね」
「《ふ~む。これは、そうですねぇ。こんな可愛くて小さな女の子とデートしているハルお兄さんが、羨ましくてしかたないんですぞ!》」
「なにが『ですぞ』だ。事情を知らない人が見たら、ただの仲の良い兄妹でしょ」
「《馬鹿だなー、お兄さん。兄妹ってのは、仲良くないんだよ》」
「……なんかまた急に闇の深い発言を」
……その発言の真意は今は置いておくとして。怖いので。
ともかくそのハルを遠巻きに見る男の視線は、明らかにハルを知っているものだった。
だが、ハルの方は彼に憶えがない。かといって、それだけで当たりと断定するのも危険だ。単にどこかのゲームでハルを知っただけのプレイヤーの可能性もある。
「僕は何処だって『ハル』だからね。そうした可能性だって、十分にあるが……」
「《ああ見えてどこぞの企業の有力者って可能性は?》」
「どうだろう? 無いとは言わないけど、最近僕や奥様が調べたリストには該当しないか」
「《じゃあちゃうか》」
「完璧とはいえないけどね」
なにせ、どこでどう人間関係が絡み合っているか、それを見極めるのは月乃ですら難しい。
重要度が低いと切り捨てた人物の中に、彼が混じっていても何も不思議な事ではなかった。
「ふむ? 久々に、彼の仕草や無意識に出す身体のサインなんかから、同一の特徴を持ったプレイヤーが記憶にないか探ってみるか」
「《それはもしや! あの伝説の法的に禁止された! お兄さんなら禁じられたデータにもアクセス余裕かぁ~》」
「何が伝説か。まあ、開発者が僕だからね。アクセスもなにもない」
「《わーお! すっごぉい! 私も使ってみたかったんだぁアレ。なにせ物心ついた頃には禁止されちゃっててさぁ》」
「何に使うつもりだったんだコイツ……、法律に感謝した方がいいのかも知れん……」
以前世話になった、有名プレイヤーのマツバも被害にあったという個人特定ソフト。その要領で、ハルはハルを監視する人物の『癖』や『無意識の仕草』を探ってゆく。
以前これで、神であるアルベルトの化けた姿すら言い当てたという、確かな実績を持つハルの特技だ。懐かしい話である。
とはいえさすがに、面と向かって話している訳ではないので、得られるデータに限りがあり難儀したが、幸いにも男は特徴的な部分があり、程なくして記憶から該当人物がヒットした。
「……ん、これかな? ゲーム開始当初に、会ったことがある人だ」
「《へー。見せて見せて。ってホントに見せられるのかーいっ! お兄さん器用すぎでしょ……》」
「いや見せてって言ったの君自身じゃん……」
ヨイヤミの要請に従い、ハルはその記憶を映像データ化してヨイヤミに渡し、彼女にもその姿が確認できるようにしてやる。
その映像の中には、派手な緑色の髪をした陽気な男が、ハルたちと接触している場面が再現されていた。
「《ふーん。情報屋なんだ、自称だけど。あはは、なにこれー、『イヤッホー』だってー! おっもしろーいっ》」
「こーら、静かに。さすがにそれ聞かれちゃ、相手も黙ってないよ」
「《おっと。めんご、めんご。許してよハル君》」
「ユキみたいに言ってもだーめ」
毎度のごとく危なっかしいヨイヤミである。まあ、そんな彼女を探偵助手に選んだのはハル自身だ。その責任を取るのもフォローをするのも、ハルの仕事。
ハルは咄嗟に彼女の声にフィルターをかけて、こちらを見る男へは決して伝わらないようにした。
もともと、重要な会話の内容は周囲の人間には意味のある言葉として届かぬように、いわばエーテルの『結界』により処理してある。問題はないはずだ。
周囲の人間には、何かは分からぬが仲睦まじくはしゃぐ兄妹にしか見えないだろう。
……ヨイヤミ曰く、兄妹は仲睦まじくはないらしいが。
「《その謎の情報屋さんが、あっちの世界から記憶を引き継いだ?》」
「その可能性はある。彼とは夢世界以外で接点はなさそうだしね。まあ、他のゲームでも一方的に知ってる可能性は十分にあるけどさ」
「《単に料理食べてた人、とかだったら分かんないもんね》」
「そういうこと」
「《ふーん。でも情報屋かぁ。ますますそれっぽいんじゃない? 中で得た機密情報を、引き継いできてこっちで有力者に売ってるんだ。やるじゃん》」
「確かに、やり手だね」
「《でも、彼は同時に夢の世界で自分が『イヤッホゥ』している場面も思い出してしまった訳で。どんな、気分なんだろうね……!》」
「急に笑いを堪えだすなこの不審者! 別に気にしてないかも知れないだろ!」
まあ確かに、起きれば忘れる夢として羽目を外していたとしたら、記憶が蘇った瞬間にベッドで悶える事になったかも知れない。
なにせ、奇声を上げながら全力疾走し、奇声を上げなら去っていったのだから。
ただ、何も悪い面ばかりではない。彼がそうしているように、『どうせ記憶には残らない』としてあの世界では羽目を外している人間は多いかも知れない。
そんな状況ならば、普段よりずっと口が軽くなり、こちらでは絶対に漏らさぬ情報であっても聞き出せるのかも。そうハルは推測する。
なんだか、繋がるピースの数々が、全て正解を引き当てたと語っているように見える。それとも、偶然の一致をそうこじ付けているだけなのだろうか?
「《それで、あの人はどこに行くのかな? ご当主さんと同じとこ?》」
「そうだったら一発だったんだけどね。どうやらそうはいかないらしい。まあ、彼は自分の会社に顔を出しただけのようだから、さすがにそんな露骨な場所では会わないか?」
「《分からないよー。『自分の城なら安全!』って思ってるかも。それで、どこ行きそう?》」
「まあ待てヨイヤミちゃん。それじゃあまた少し立ち止まって、行き先を見てみようか」
ハルたちは急にまた適当な店に入り、一時的に視線を切った。それでいてハルたち自身は、監視を続行できるのが強みだ。
そんな監視の先で、彼が足を向けたのは、どうやらあの学園であるようだった。これは、ますます怪しさが増したといえる。




