第1346話 二つ目の三家
織結家。ハルの接触した御兜家と同様に、現代まで続くモノリスを管理する三家が一つ。
今回、月乃による調査で疑惑に上がったのはこの家だ。
ハルは御兜に続き、この家の代表とも面談の予定を取りつけようとしていたが、その後のごたごたでキャンセルとなってしまった。
それからは、どうにも警戒されてしまったようで、今のところ会う予定は立てられずにいる。
「この家か。確かに、御兜のお爺さんの家とは雰囲気が違うというか、今風だったね。御兜の家の方は和風で落ち着いた佇まいだったのに対して、こっちはいかにもお金持ちのお屋敷、というか」
「なるほどね? こんな風に、積極的に資産運用にも手を出してても納得な雰囲気ってことか。でもなんだか、見てきたように言うねハル君?」
「そうね? 御兜の家と違って、こちらはお招きにはあずかれなかったんでしょう?」
「それはそれとして、忍び込んだのです……!」
「放置はできないからね」
モノリスを管理している者達とあれば招待されなかったからといって放置はできない。
あの後ハルは、雷都の家に行ったような『家庭訪問』を他の二家にも決行し、怪しいところがないかを調べて回った。
結果としては、モノリス関係以外は普通の家だったと言っていいだろう。家系の者も、恐らく一部しかあの設備と、中にあるモノリスの事は知らされていない。
「積極的に現代に順応した家ってことだ! お金持ちそう」
「あら、実はそうでもないのよユキちゃん。資産の額では、恐らく御兜がいちばんね。金融商品だけに絞れば、織結が多く所持しているかも知れないけれど」
「ほお、お爺ちゃんは実力者だから、どっしり構えてるのか」
「大きすぎて、資産を積極的に動かせないとも言えるけれどね?」
「でも月乃ママは動きまくってんじゃん」
「それはそれ」
逆に言えば、今一歩出遅れているからこそ、織結家は大きな動きをみせているともとれる。
三家の中で発言力がこれ以上低下しないように、いやこれを機に他より頭一つ抜きんでるために、ここで勝負を仕掛けたようにもハルは思えた。
「今の当主は若かったはずだしね。そうした事情も、関係してるのかも」
「若気の至りか。青いな……」
「……若いとは言ってもユキよりは年上だからね?」
「あくまで当主としては、って感じよね。でもそれを差し引いても、十分に若いんじゃない? ユキちゃんの言うように、血気盛んなところが出ていたりして」
まあ言われてみれば、こんな夢の世界でのゲームなどと荒唐無稽な話を聞いて、それを前提に現実で動こうなどと考えるのは若さゆえか。
歳を重ねる程に、そんな怪しい話には近付かなくなるような気もする。いや、お金持ちはチャンスと見れば歳は関係ないだろうか?
「その若きご当主さんがー、夢から記憶を持ち帰って活用してるんでしょーかー?」
「それとも、以前にハルさんが予測していた、アドバイザータイプなのでしょうか!?」
「そこまでは判断できないね。ただ、アドバイザータイプだと都合がいいとは思っているよ」
「ちなみに、それはなんでハル君?」
「それはねユキ、本人だったら、調べようがないからさ……」
本人が直接、夢から秘密の情報を持ち帰り、目覚めて誰にもその事を話さず、静かにポチポチとネットを操作して金融の世界にアクセスし資金を移動させる。
もう今の時代、どれだけその額が膨大だろうと、完全にことは個人で完結してしまうのだ。
問い詰めたところで、『勘でやった』と言われてしまえばそこまでだ。いかにハルとて、人の頭の中までは探れはしない。
「その点、本人はあくまで実行役で、情報提供者は他に存在するパターンならば、その人と接触する必要がある。その接点を押さえればいいだけだからね」
「はりこんで、証拠の押収なのです! あんぱんが、必要です!」
「今の時代だと栄養スティックじゃない?」
「張り込みも電脳世界で行う時代ですものねぇ。ハルくん? 今回はどうするのかしら?」
「……そうですね。覗き見で用が済めばそれが一番ですけど、雷都のような例もありますし、直接出向く必要があるかも知れません」
「あの家に“地下室”は?」
「ありませんでしたが、家で会うとは限りませんし」
月乃の言う『地下室』は、エーテルの大気を完全に遮断したオフラインルームの隠語だ。実際に地下にあることも多い。
織結の家はその点クリーンで、『家庭訪問』した際にそうした秘密の部屋は発見されなかったが、どこかに機密情報を取引する空間がないとも限らない。
月乃曰く、お金持ちはそうした秘密のやりとりが大好きだそうなので。実に説得力がある。
「……ちなみに、奥様は今回この織結家が売買した株の数々、手を出すことについてどう思います?」
「うーん。いくつか妥当なものもあるけれど、基本的に『正気か?』と思うものが多く混じっているわね」
「なるほど。世に出回っていない各社の情報を握りまくってる奥様でさえそう言うということは、余程の秘密を握ったのか、」
「それとも本当に気が触れたか、ね? 特に、この今をときめく大企業の株を空売りしているあたり、ちょっと普通の精神状態とは思えないわね」
「月乃お母さんなら、絶対やらないのでしょうか!?」
「やらないことはないけど、私がやると“犯行予告”になっちゃうから」
「この人はもう……」
要するに、『今からお前の会社の株価を下げてやるぞ』と言っているも同じ、ということだ。なので月乃は、あまり株取引で儲けたりはしていない。
「うーん、そうね? ハルくんが望むなら、これらの株をいくつか暴騰暴落でもさせて、織結の反応を探ってあげてもいいけれど?」
「やめましょうよ……、そんな、この程度のことでひとの会社の運命を左右しようとするのは……」
「あら? 歴史の転換点、人類にとって重要な局面よ? それこそこの程度、必要な犠牲と割り切っていいと思うけれど」
「どっちも『この程度』のスケールが大きいですねー」
「スケールについてカナリーに言われたくはない……」
「それはその通りね?」
「ですかー」
「呆れた規格外の集まりだねぇ」
「みんなすごいですー!」
茶飲み話で、世界の命運をも左右しかねない危ない席である。
とはいえ、そんなハルも、指先一つでどんな難題も一発解決できる訳ではない。むしろ、いつもいっぱいいっぱいで走り回っている気がする。
今回もまた、どうやら体を張って出向く必要があるようなのだった。
*
「《それで、これからその人のお家に乗り込むんだね? わくわくしてきちゃった!》」
「乗り込まない乗り込まない。物騒なこと言わないのヨイヤミちゃん」
「《なーんだ。私を連れて来たってことは、そういうことだと思ったのになぁ》」
「むしろ、そんな危険な事には連れ出しません」
「《危険なんてないよぉ。私とハルお兄さんがいれば、どんなスニーキングミッションでもおさんぽ気分で一発クリアじゃない》」
「それは事実ではあるのが困ったところ」
例え国家機密レベルの潜入工作任務であっても、エーテル技術と人の意識の両面から、完全に無効化できるハルとヨイヤミに敵などいない。
だが本日は、ヨイヤミを連れて来たのはそうした彼女の特技を目当てにしてのことではない。単純に、彼女の小さい女の子としての見た目が重要だった。
一応は重病となっている彼女のリハビリに付き合う名目で、ハルたちはいま織結の家に近い場所にある喫茶店になど来てくつろいでいる。
「君と一緒に居れば、そのぶん警戒も薄くなるだろう?」
「《幼女を連れ歩いてる危ない奴だって思われない!?》」
「思われません。保護者です」
「《まあ実際、一人ではおでかけも出来ないから、単純におデートでもありがたいけどー》」
「……窮屈かな? 今の生活は」
「《んーん、ぜんぜん。おでかけ出来ないってのは、私が怖くなっちゃうからだもん。外はまだまだおっかねーです。ずっと出たいとは思ってたけど、それはそれ》」
「あんまり活発な方じゃないもんねヨイヤミちゃん」
「《なにおぅ! 引きこもりじゃないもんねー! アイリちゃんのお家では、よくお庭で遊んでるもんねー!》」
要するに、外が怖いというよりは人が怖いということだ。
ずっと病棟で暮らすことを余儀なくされていた彼女にとって外は憧れであると同時に、得体の知れぬ恐ろしい世界でもある。
とはいえ、ハルが傍にいれば問題ないというもの強がりでもないようで、今も余裕しゃくしゃくに大きなあくびなど披露しているヨイヤミだった。
「ふあ……、《ねむ。最近この時間はあっちの世界に居るからなぁ》」
「……どうりで最近見ないと思った。別に、寝ちゃっても構わないよ?」
「《えー、眠った幼女を運んでたら、お兄さんが誘拐に間違えられちゃうよー》」
「間違えられません。社会的信用が違います」
「《有名人だもんね最近。だからこそ困ってると》」
「相手も僕の顔知ってるからねえ……」
特に、夢から記憶を引き継いだ者が近くに居るとなればなおさらだ。あちらでも、ここのところハルは派手に動いている。
現状、一方的にハルの方が認知されている以上、保護した少女をエスコートしているというカモフラージュくらいは必須であった。
「《……んー、動きがあった。出かけるみたいだよ、どっかに》」
「だね。流石はヨイヤミちゃんだ。僕より早いとは」
「《えっへん》」
そして、その彼女もただのカモフラージュ役で終わらない。ハルも彼女も、こうして話していながらも視点はずっと、疑惑の対象をそれぞれの特技で監視していた。
その対象が、動いたようだ。張り込みの二人は、あんぱん改め可愛らしいパンケーキを片付けると、続いて尾行任務へと移るのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




