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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1345話 消せぬ巨人の航跡

 夢の世界から記憶を引き継ぐ者が現れた。怖れていた事態が、いや、来るべくしてきた展開がついに、といったところか。

 もちろん、イシス以外は誰一人として、記憶の継承けいしょうを起こさないに越したことはない。しかし、それは現実的に考えて望めるとは思えない。


 ハルたちは最初から後手に回っており、記憶が引き継がれる原理も原因も知らない。

 一応、ゲーム内の龍脈と何か関係しているのだとは推測しているが、その全てを封じるにも未だ至っていないのだ。


「私たちがドラゴン狩って遊んでる間に、こんなことにー」

「あら? ゲームの中はそんな楽しそうなことになってるのね?」

「……別に遊んでる訳じゃないけどね? むしろ、頑張って原因を止めて回ってるところでしょカナリーちゃん」

「ですかー」


 まあ、遊び気分がないとは言わないが、楽しんでやれるに越したことはないだろう。

 まあ、少々はしゃぎすぎた気もしないでもないが、それはそれだ。龍脈を我が物としていく行為に、矛盾はない。


「それはそれとして」

「あっ、ハルくん誤魔化したわねー? もっと他に何かいい手段を、思いついていたのでしょ!」

「まあ、それは。例えば協力者のみんなに記憶の引継ぎがないまま参加してもらって、強引に<龍脈接続>を取らせて、どうしたら記憶が戻るのか分かるまで延々と作業させるとか」

「悪くない手ね! でも、ハルくんがやるとなると、イメージ的にちょーっと問題かしら?」

「どちらかといえばお母さまがやりそうなことね?」

「ええ! お母さん、ハルくんの為なら喜んで悪に染まるわ!」

「別に誰の為でなくても普段から真っ黒でしょうに」


 月乃に辛辣しんらつなルナの言葉を、否定できる者は居なかった。


「でも、条件が分かったところで結局止めようがないのも事実よね? ゲームの龍脈も、かなり大きいのでしょう?」

「ええ。だから、原因そのものに誰もアクセス出来ないようにと、独占を目指して動いているのですが、それも厳しい感じですね」

「エリクシルさんが、次々と龍脈関連のアップデートをするのです!」

「ならやっぱり、早期発見しての事後対応、とするしかないわね。安心なさいハルくん、この世界、いつだってそんなものよ。大切なのは、そこからどうするか」

「分かってはいるんですが……」

「そもそもハルくんは、少しずつこうした秘密の事情を世に明かしていこうと思っているのでしょう? ならこれも、良いモデルケースができたくらいに考えなさい」


 ぐうの音も出ない。ハルは口では『二つの世界を徐々に近付ける』とは言うものの、その実目指していることは完全な秘匿ひとく隠蔽いんぺい

 こうして少しずつでも、世に秘密を知る者を増やしていかなければならず、それはハルの仕事ともいえる。


 ただ、ハルの考えとしては今はあまりに時期尚早じきしょうそう。もっとじっくりと時間をかけて、ゆっくり自然に浸透していくのがベストだと思っている。


 一方、月乃はまるで逆だ。可能なら今すぐにでも全てを公開し、その秘密を握り制御できる立場を十全に活用する。それがベストと考える。

 もちろん、本当にそれを実行に移すのは、少なくともハルの協力なしでは現実的ではないと理解しているので、月乃もそうした暴挙に出ることはないのだが。


「どのみち、今までにない常識が世界に新たに加わるのだもの。どう頑張っても衝撃と混乱は避けられないわ?」

「それは、まあそうでしょうね……」

「ならばいっそ一気に全てを公開して、民衆を混乱と思考停止に追い込んだ方が事は上手く回るといったものよ?」

「さ、参考になります……」

「……とはいえ、そうは言っても実際、ハルくんにすら制御できていない神様が主導しているのは問題よねぇ。これはなんとかしなくっちゃ」


 ようやく意見の一致をみた。いや、最初から結論は一致してその上でハルと月乃は協力しているのだが、それでもこの際いろいろと言っておきたかったらしい。


「もしや、エリクシルさんはハルさんが出来ないそうした行動を、代わりに実行していたりするのでしょうか!」

「けなげな子ね、エリクシルちゃん!」

「なにが健気なもんですか。そんなのはアメジストだけで十分ですよ……」


 実際、アイリの言ったような思想で動いているのが確定しているのがアメジストだ。

 動き出したハルの大きな計画の為に、『陰ながら』いじらしくも精力的にお手伝いしてくれている。

 なんともありがたいことだ。ありがたいので是非にでも陰から引きずり出して直接お礼がしたい。お礼参りともいう。


 ただ、否定はできない意見だった。目的は不明ではあるが、敵対しているといった雰囲気はない。それもまた一つの可能性。


「……とはいえ、今はあまり関係ありません。ひとまず、目の前の事件に対処しなければ」

「そうね? 説明を始めるとしましょうか」


 前座を終え、月乃が本題に入る。彼女が皆の前に、紙の資料を広げ始めた。

 これは、万一の際の用心のためだろう。データのモニター表示は必ずエーテルネットを介して行われるため、原理上覗き見が可能となってしまう。


 その点こうした物理媒体ならば、光学的にこの場を直接覗き見られない限りは内容の秘密は維持される。


「でもさ月乃ママ? ここには世界最高レベルのセキュリティが張ってあって、なによりハル君が居るのにそこまでする必要あるの?」

「確かにそうだけど、油断はよくないわユキちゃん。あらゆる可能性を、考慮すべきよ?」

「例えばヨイヤミちゃんみたいのとか?」

「まさしくその通りね。あの子のような超能力は、いくらエーテルネット上のセキュリティを高めても対処できない可能性があるわ?」

「……確かにそうね? 特に最近の動きは、なにかしら超能力と関係がありそうですしね?」


 ルナが警戒しているのはアメジストだろう。彼女は、確実に超能力関係の何かを進行しており、それは今もまだ継続中だ。

 学園のゲームはハルの監視下に入り、条件付きでの存続となったが、それが彼女の計画の全てとは限らない。


 そして、そのアメジストの技術を必要としたエリクシルも、動きは何か超能力と関連していないとは断言できない。


 そんな、常人なら一笑にす病的な警戒も、ここでは真面目そのもの。そんな極秘中の極秘の資料に、ハルたちは目を通していくのだった。





「……これは、株価のデータですね? 企業業績と」

「ええ。前にハルくんと話していた内容を、よくよく調べてみたわ? そうしたら、怪しい企業や個人が、いくつかピックアップされたの」

「まあ、最近いちばん怪しいのは奥様でしょうけどね」

「茶化さないの、もう! ……まあ、こいつらには私もそう思われているでしょうね?」

「『こいつら』というと……」


 月乃の資料にあった名前はハルもよく知っている。最近はなにかと縁のある者達が、そこには名を連ねていた。

 それは、例のモノリスを管理しているという三つの家の者達。ハルに友好的だった、御兜みかぶとの名がそこに無いのが多少の救いか。


「……また彼らですか。とはいえ、彼らは夢世界が関わらずとも、いつも十分に怪しいのでは?」

「それはそうなんだけれど、ここ最近は特に怪しいのよ。怪しさ大回転よ?」

「回るとどうなるのかイマイチ分からないですが、つまりどう怪しいので?」

「これを見なさいハルくん。ここ最近、彼らが急に各社の株を買ったり売ったりして活発に動いているでしょう? これは公開情報なので、どんなに暗躍していても隠すことはできないわ?」

「その動きが不自然だと」

「ええ。こうした動きには、パターンがあります。そして大きなお金を動かすほど、そのパターンからは外れたりしないもの」

「このデータはそれと反した動きをしていると」

「それだけで怪しいの? というか、記憶と関係すると決めつけられるの?」

「ええそうよユキちゃん。もし、ユキちゃんのゲームでの対戦相手が、突然セオリーとは全く別の構成で試合に臨んできたら? そしてそのメタが、今回からの新ルールに完璧にマッチしていたら?」

八百長やおちょうだ! リークだ! 許さん、ボコっちゃる!」

「そうよ! 八百長なの! 許せないわよね?」

「……お母さまが言う、それ?」


 まあ、どの口が言っているのかはともかく、つまりは彼らは本来知りえないデータを根拠として、普段ならば絶対にしないであろう構成で勝負に臨んで来たということだ。

 そしてそのデータは、夢世界からもたらされたと考えれば説明がつく。


 例えあちらの情報を一切ネットに書き込まなくとも、巨大な存在が動けばこうして社会に必ず痕跡こんせきを残す。

 まるで、軍艦が光学迷彩こうがくめいさいでその身を完全に透明化していたとしても、航跡こうせきだけははっきりと海に残るようなものだ。


 月乃の持ってきた資料には、そうした大きな動きの数々、例えば何故か好調なはずの企業の株を売ったりだとか、逆に振るわぬ株を大量購入したりだとか、株でなくともどんな企業に資金を注入したのかが、事細かに記されていた。


「……こんなことまで、分かってしまうのですね。この件がなくても、お金の動きをここまで握られていては、月乃お母さんには逆らえないのでは!」

「もちろんよアイリちゃん。お母さん、他人の弱みを握るのがお仕事なんだから!」

「なに堂々と最低なこと誇ってるのよ……」

「そしてハルくんも共犯!」

「なにしれっと巻き込んできてるんですか……、まあ、事実ですけど……」


 今は逆に月乃に任せてはいるが、本来は彼女の為にこうしたデータを集めていたのはハルの方だ。

 ハルならば公開データと言わず、秘されたデータであろうと簡単に暴きたてられる。

 しかし、その膨大なデータの中で、何が重要で計画に必要なものなのか、見極めるのは彼女のセンスあってのものといえよう。


「……普段なら私も、この程度気にもとめないかも知れないわ? 他人が変な事をしても、『ああ気でも狂ったんだな』ーって」

「人間、割と狂いますからねー」

「ねー?」

「……酷いこと言ってないで、これに着目した理由を話しなさいな」

「美月ちゃんこわーい。それじゃ、この期間に注目して? 動きがあったのが、ここ最近急にでしょう?」

「……イシスさんに遅れて、いや彼女に続くように既に、ってことですね。ずいぶんと後手に回った」

「仕方がないわよ。彼女のように言わなきゃ、分かる訳がないんだもの」


 ハルたちの警戒をよそに、すでに記憶の継承者はこの現実に現れていた。これが、もし月乃の睨んだ通りであれば、ハルも早急に動き出さねばならないだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりアメジストは裏方になんて回しておけない神材でしたかー。エリクシルともども華々しく舞台に立たせて「私がやりました」とプラカードを提げさせないといけませんねー。ハル様を陰から支えるアメジ…
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