第1344話 落ち着く事態と動く事態
そうして次々と、ハルたちは竜に支配された龍脈を取り返していった。
いや、正確にいえば、元々はハルの支配していた龍脈ではないので、取り返すというよりも上書きしたといった方がいいかも知れない。
元々誰かが<龍脈接続>により支配していた一帯が、ドラゴンにより吸いつくされ枯渇する。
その地をハルが解放することで、権利はMVPの、というよりも龍宝玉を手にしたハルへと移る。
まあつまり、結果だけ見ればハルがまんまと広大なエリアの龍脈を奪い取ったに等しいのだった。
今もまた、地のドラゴンが激しく隆起させた荒ぶる土地を鎮め、ハルたちは現地状況の確認を行っていた。
「さて、また一つドラゴンを倒して龍脈を得られた訳だけど。徐々にルーチンワーク化してきたね」
「ルーチンワークは勘弁?」
「いや、この場合に限っては別にいいよユキ。戦うほどに強くなっていったら、最後には大変なことになるからね」
「結局、根本的な対応は出来なかったようだねこのドラゴン達は」
「まあ、まだ油断も出来ないけど」
なんとかハルにやりたい放題されないように、戦う度に竜たちは必死に対策をとるが、それでも大元の強さが変わる訳ではない。
結局はハルの魔法だったり、飛空艇の力だったりに押し切られ、最後には爆発四散しその力を地に還元してしまうのだった。
ただ、単純作業とはいえその舞台となる戦闘エリアはどこも個性的で、毎回新鮮な楽しみを与えてくれる。
炎の属性エリア、大地のエリア、それぞれに属性ごとのギミックが存在し、竜はそれを駆使してハルへと挑む。
……なんだか逆な気がしなくもないが、まあ今は細かいことはいいだろう。
「実際、油断していると一気に畳みかけられて負けかねないからね。敵の出力はそれだけ脅威だ」
「完封しないとこっちが危ないんだよねー」
ワンサイドゲームで簡単に見えるが、そうしないと逆に竜側のワンサイドゲームになってしまう。本来、今の段階で戦う相手ではないのだから。
「さて。何はともあれまた一つ僕らの土地になったから、次へ行く前にと……」
「まいどのやつだね」
ハルは新たに手に入ったこの地を去り、次の竜を狩りに行く前に、手に入った土地で必ず行っている、とある作業を実行する。
それは、この地の龍脈と、拠点のある霊峰の龍脈を接続すること。
あくまでこの地は拠点から見れば遠方に独立した『飛び地』であり、ここを離れてしまえば再び訪れるまでアクセス手段が無くなることになる。
既にハルたちは支配の及んでいない距離まで飛んできており、このまま何も対処せず帰るのは、少々危険だ。
「それでは、この土地の龍脈の上から、我が領土特産の龍脈結晶をぱらぱらと振りかけまして」
「おー、吸い込んどる吸い込んどる」
「あっ! ハルさんたちが『ふりかけ』をやっているのです! わたくしも、お手伝いします!」
「アイリちゃんはふりかけ好きよねぇ」
「あれは、とてもいいものなのです……!」
アイリが『ふりかけ』と呼び元気に反応したのは、ハルが龍脈結晶を地面に撒くこの作業。
大量の結晶を消費するので、大地のスケールから見ればふりかけの如しだ。
そんなふりかけは地面に吸収されて、地下の龍脈を流れてゆく。
それはふりかけの生産地である霊峰へと自動で戻って行って、そのライン上に軌跡を残す。それが、この地と拠点を繋ぐ道となるのだ。
「よし、繋がった。イシスさんは、と。まだ気付いてないね」
「盗撮か? 油断している女の子を盗撮なのかハル君!?」
「お行儀が悪いわ? あまり褒められた行動ではないわね」
「でも気になりますよね、ルナさんも!」
「……そうね? 彼女はなにを?」
「くつろいでるよ、ポテチ食べながら」
「ぽてち! わたくし、知ってます! セレステ様が、だらだらする時の必須アイテムだとおっしゃっていました!」
「何でポテトチップスがあるのかしらこの世界に……」
「それはまあ、じゃがいもがあってカゲツが居るからじゃない?」
休日の女性の部屋を覗き見したような、微妙な気まずさを感じる格好でいる画面内のイシスが、どうやらハルの行動に気付いたようだ。
といっても覗きにではない。拠点と新たな土地が接続されたことを、彼女の<龍脈接続>が通知した。
イシスは起き上がり姿勢を正すと、今はまだ不安定なこの直通ラインの安定化と拡張に努めはじめてくれた。
今回イシスを城に残してきた理由がこれである。空に出ては龍脈から離れてしまうので、常に龍脈に触れて管理してくれる人材が必要だったのだ。
「さて、これで、あとはイシスさんに任せれば大丈夫か」
「よっしゃ、次いこうハル君。次のドラゴン!」
「次もハルさんが、やっつけてくれるのです!」
「それなのだけれどね? 少々問題があるわ?」
「もしや! もう、起きる時間なのでしょうか……! もう少し、遊びたいのです!」
「……そんな目で見ないでアイリちゃん? それもあるのだけれどね。そのライン構築に必要な、龍脈結晶の在庫が尽きかけてるわ?」
「ありゃりゃ。ふりかけが」
「なんと! ふりかけが!」
「そうよ? これではご飯が食べられないでしょう?」
「いや別にそんなことはないけど……」
ハルの冷静なツッコミは、ルナお母さんにより華麗に無視されてしまった。
「ともかく、これでは竜を倒しても、その土地の龍脈が拠点と接続できないわ? 一度、補給に戻った方がいいのではないかしら?」
「ふむ……、確かにそうだね……」
「あちゃー。意外とこっちが持たなかったかー。でもさハル君? 龍脈結晶は、現地生産できるくない?」
「そうです! 出来るくありますよ!」
「……アイリちゃんに妙な言葉を教えないの。それで、ハル、可能なのかしら?」
「まあ、可能ではある。ただ、効率的ではないかも知れない」
以前ハルたち三人の悪ガキは、メテオバースト三号改に乗り果物強奪の旅に出た折、途中で燃料が尽きてしまったことがある。
燃料というのはもちろん龍脈結晶。その時は、<龍脈構築>によって強引に現地で龍穴を作り、その場で燃料精製を行ったのだ。
「この地のエネルギーは豊富だからね。やってみる価値はあるかも知れない。この龍宝玉の使い方も探ってみたいし」
「でも、その上でもなお非効率なん?」
「その可能性がある。なにしろ、既にどんどん拠点から離れてきているからね」
「そのぶん、結晶がたくさん必要なのですね!」
そういうことだ。結晶を地に流して強引にライン構築する際には、距離に比例して消費量が上がる。
今のやり方では、どんどん拠点から離れて行く枯渇地帯の距離に対応するのが少々骨だ。
龍脈結晶は、飛空艇の予備の燃料でもある。あまりカツカツにしすぎるのも、良くないだろう。
「うん。やっぱり一度帰還しようか、今日のところは」
「ですね! 船の補給は、重要なのです!」
「アイリちゃんの聞き分けがいいわね? こんどは海戦ゲームでもやらせたのかしらユキ?」
「なぜそうなる! まあ、やらせたけれど!」
めざといルナお母さんの追及はともかく、この件を抜いてもここで戻るという判断は妥当かも知れない。
なにしろ、帰るのにも距離があり、それはこの飛空艇をもってしても長大だ。
枯渇地帯を巡っているうちに、いつの間にか拠点との直線距離もけっこう開いてしまった。
そんな感じでハルたちは帰還を決め、本日の遠征はここまでとする。
とりあえず初回の成果としては、大成功であるといえよう。
*
「んー、次回からは、徐々にペースが落ちてくるかも知れないですねー」
「ですね! 片道の距離が増していくので、補給もどんどん大変になります!」
「やはり、現地での燃料生産をハルさんに頑張ってもらうしかないですねー?」
「まあ、今後はその方が、効率的な場面もあるかも知れない。あとはあまりに遠くなれば、支配だけしてそのまま放棄も視野に入れよう」
「そんなの駄目ですよー」
「そうです! あれら土地の全ては、ハルさんの物なのです!」
「君たちね……、目的を忘れないように……」
ログアウトしたハルたちは、今日はそのまま月乃の家にやってきていた。ルナの実家、一応ハルたち全員にとっても実家にあたるか。
まるでログアウト後もゲームの話をし続ける夢中な子供そのものの会話だが、今ハルたちにとって最も重要な会議なのは間違いない。
あの夢の中のゲームをどう攻略するか、そして夢に囚われた人々をどう救出するかが、目下最大の課題であった。
その影響を調べるために、ルナの母月乃も日々奔走してくれている。今日は、その件に関して何か報告があるとのことだった。
その月乃が部屋に入って来て、ひとしきりアイリたちとじゃれ合う。
だがそんな中でも、その表情はなんとなく精彩を欠き何か良くないことが起こったのだと察せられた。
「……さて、今日はハル君に、よくないお知らせがあります」
「でしょうね」
じゃれ合いを終えた月乃は、居住まいを正し改めてハルと向き合う。その内容は、やはりあまりいい話ではないようだ。
そもそも、通信ではなくわざわざ家に呼び出したという時点で嫌な予感はしていたのだ。何か、それだけ極秘の伝達事項があるということなのだから。
……まあ、彼女の場合は、ただハルたちと会いたいから、という理由で唐突に呼び出す事だってあるので、その辺は地味に読めないのだが。
「攻略が順調そうなところ悪いわね? ただ、危惧していたようにどうにも、そのあちらの世界から記憶を引き継いでいそうな人物が、調査に引っかかったわ?」
ついに、怖れていた事態が起きたようである。ゲーム内で事が大きく動けば、やはりそれだけ影響も大きくなる。
ハルたちはこちらの現実でも、また『攻略』を進めねばならないようだった。




