第1343話 海中をゆく飛空艇の大戦果!
水中をゆくハルたちの飛空艇から、次々と魔法の砲弾が発射される。
さすがに水中は海上よりも属性の力が強く、船のエンジンや射出される砲弾にもそこからの干渉が生じてくる。
しかし、とはいえ風のフィールド程のことではなく、水中を航行すること自体に関しても船外のバリアでまるで問題がない。
空気抵抗を無効化するための真空の壁が、そのまま水の影響からも防御してくれているのだ。
「さすがに微調整が必要だね。水に影響される砲弾の出力を調整しないと、狙った通りに吸収が発生しなくなるか」
「いややってることヤバいってハルさん。なにリアルタイムでそんな細かな計算して調整しちゃってんの」
「そう厳密に計算している訳じゃないよ。勘で微妙にバルブ弄ってるようなものだ」
リコが驚愕の表情で呆れてくるが、たぶん彼女にも出来るのではないだろうか。
まあ、そもそもの前提として十二門の砲台を全て手動操作で、しかも的確なリズムで微妙にバラけて発射するという訓練は必要になるが。
「威力は申し分ない。だが、ダメージが通っているようには思えんな」
「そうなんだよねえ。ウィストの言うように、周囲に属性力がなくなったから本来の威力は出せているけど、結局それらは全てあの竜の体内に凝縮されている」
「それゆえの防御力、だね。凝縮されたエネルギーに、砲弾が、弾かれてるよ」
恐らく水竜自体の防御力はそこまで高くはない。最初のブラックドラゴンのように、種族特性で防御と再生に優れている訳ではないだろう。
しかし、周囲の水属性エネルギーを体内に抱え込み、それ自体を盾とするように魔法を弾いている。
これは、ハルに環境を利用されない為の対応も含め、一石二鳥の策といえよう。
「手を変え品を変え、色々とやってくる。でも参考にもなるかもね。この飛空艇にも取り入れれば、そのまま魔力バリアって感じにもなるんじゃない?」
「くだらん。適当な思いつきを語るなハル。貴様らしくもない」
「だめかい?」
「デメリットが大きい。この船は精密魔道具の塊ともいえる。常時そんなエネルギーで満たしておけば、確実に不具合を誘発するだろう」
「そうそう思ったようには、うまくいかないね」
「フン。そんなものだ」
「それに、力を留めておくこと自体、ちょっと危ないみたい、なんだ。素材に込めれば内圧が上昇し、耐久力を、削るよ。最終的には、爆発する、かも?」
空気を強引にポンプで送り続け、どんどん圧力が高まっていくようなものか。
丈夫な缶やなにかであれば、それなりの力には耐えられるが、逆に耐えた力が大きければ大きい程に危険も大きい。
モノの発言でそのことを想像したハルたち三人は、誰からともなくその表情を人の悪い笑みに変換していくのであった。
「フン。ならば、オレたちのやることは決まったようだな」
「……えぇぇ、まさかですよね大木戸様。危ないですって止めましょうよ~」
「そのまさか、だよ。ぼくらはこれから、あのギュウギュウに内圧を高めた竜を、爆発させる、よ」
「覚悟を決めなよリコ」
「うえぇぇ~~」
乗組員の悲痛な叫びを努めて無視し、ハルたちは戦略と航路を新たに設定する。
距離を取り砲弾を浴びせるのはやめ、ここからは接近しての直接攻撃に移る気だ。
……見れば、ルナも少々呆れた目でハルたち『冷静なようでお子様三人組』を見ていた。ここから少し揺れることになる。イシスを連れて来なくて良かったかも知れない。
「ということだけどルナ、平気……?」
「あなたといるのだもの。今さらこの程度、問題ないわ。この船は大きくて、揺れも少ないですしね?」
「ルナさんが言外に、なにかを揶揄しているのです!」
「よっぽどメテオバースト三号がお気に召さなかったようだ。許せルナちー」
「もう……!」
「……という訳だモノちゃん。あまり、揺らさないように注意しよう」
「がん、ばる」
珍しく、自信なさげなモノだった。それだけ、ここからの航海は激しくなる。なるべく、乗客に負担をかけないように気を付けよう。
「それじゃあ、行くよ、ハル。航行モード、Bに移行。衝角出せ」
「了解。航行モードB。機関最大、障壁一部解除。艦首変形開始」
「ハルさん! 扱いが難しいから、くれぐれも注意しよ! 無茶しないよーに!」
「なるべくがんばるよ」
製作者の一人として、これから何が起こるかいち早く察したリコが揺れに備える。その姿を見て、ルナも察したようだ。彼女に続き、アイリを伴い共に手すりにしがみつく。
一瞬遅れて、船体を一気に断続的な振動が襲った。これは、まだ何か行動を起こした訳ではない。単に準備の段階で起こる変化だ。
虚空属性により生じた、艦を守る真空のフィールド。その一部が解除され、別の用途に組み替えられていく。当然、その部分には外気にあたる水が直接接触し揺れを生じさせた。
その解除された真空のフィールドは何処へと使われたのか? そう、当然艦首だ。
細く尖った近未来な船の先端部は微妙に上下に開閉し、その内部構造を露出させる。そこに搭載された属性石が輝きを放つと、艦首の表面には、通常より分厚く強力な真空の壁が、いや杭が形成された。
「虚空属性機関の、攻撃転用モード、タイプB、だよ。この刺突モード以外にも、かまいたちを発生させるタイプCも、あるよ」
「勝手に名前をつけるな」
「うるさいよ、オーキッド。艦長の命令は、絶対」
「……ちなみに本来は、こんなにがっつり構造変化する用途じゃなくて、船の周囲に取りついた敵を一瞬カマイタチの刃で払い落す想定の用途なんだよー」
それが今は、かなりの力を先端に注ぎ込んで凝縮している。敵が凝縮するなら、こちらも凝縮なのだ。
その明らかに殺意の増した飛空艇は、水中を一直線にドラゴンに向けて突進して行く。
当然敵も、こんな物騒な物に突き刺されてはたまらないので、スピードを上げ直撃コースからなんとか身を逸らす。
「やっぱり、水中では敵の方が、上だね」
「こっちは大幅に真空フィールドを解いちゃってるしね。水の抵抗をモロに受けるようになってる」
「だね。でも、この程度で、逃れたと思ったら困る、よ。ハル、やって」
「了解モノちゃん。グラビティフィールド展開」
虚空属性に続き、艦の飛行と安定に大きく寄与していた星属性機関も、その役割を攻撃に転じる。
逃げる敵の足を止めて引き戻すように、超重力が水を吸い込み水竜の動きをも止めていった。
なお、それにより安定を失った船の中は、揺れが更にひどくなったことは言うまでもない。
「ふおおおおおおおぉ!? これはすっごく、揺れるのです!」
「アイリちゃん、しっかり私に捕まっていてね? ハル、やりすぎよ。はやくなんとかなさい」
「ごめん。なんとか、しようとは思ってるんだけど……」
「ハル、あれだ。あの島の土台を、利用、しよう」
「あいさーモノちゃん」
海中は完全に障害物の無いスペースではなく、ところどころ島になっている部分や、これから島になるであろう土台が盛り上がって来ている所もある。
これから、などと何を言っているのかという話だが、これは恐らくプレイヤーの対処が進めば、この海に歩兵の足場となる島が次々と形成されるとハルは見ていた。
今ハルたちが目指す地点も、その一つだ。ハルは水竜を追い込むかのように重力を調整し、船と島で挟み込むようにしてその間に敵の身を押し付ける。
「捉えた、よ! 今だハル、串刺しに、しちゃえ!」
「よし、真空機関最大、並びに重力機関最大」
抑え込まれたドラゴンのボディを切り裂くように、飛空艇の先端から発生した巨大な虚空属性の『杭』がその身に突き刺さってゆく。
ついでのように、星属性の重力場で押しつぶし、逆側からもその身に負荷をかけていった。
「予想通りだ。エネルギーが漏れ出てきた。この機を逃すなよ、ハル? 艦首主砲、発射だ」
「主砲は搭載してないんじゃなかったっけ!?」
「こんなこともあろうかと、という奴だ」
まあ実際は、あくまで気分の問題のようだ。出力そのものは副砲相当。
しかし至近距離で、いや衝角に貫かれながらの体内に直接その砲弾を撃ち込まれるダメージは、まさに主砲の直撃のごとき威力。
「じゃあせっかくだ。最大チャージの雷属性弾を、オマケで<属性消滅>たっぷり乗せてくらわせてやろう!」
「やっちゃえ、ハル!」
「フン。浅知恵の末路を、教えてやるがいいハル」
「……あのー、お三方~~? 楽しそうな所わるいんだっけどー? そんなことしてこの船はへーき?」
「諦めいリコちん。ああなったハル君は、もう止められん」
「うぁー、ウチの船がぁ……」
当然、安全性の事も忘れてはいない。乗組員のことも考えている。当然だ。
「……発射と同時に重力機関、全力で通常モードに移行!」
「らじゃー、だよハル。真空機関は、どうする?」
「そちらは艦首に維持。爆風を受ける帆の形で、このまま防御に移行だ」
「あいあいさー」
ゼロ距離から撃ち込まれたとっておきの砲弾は、ぎゅうぎゅうに内圧の高められた竜の体内に予想通りに“引火”し、維持できなくなったエネルギーは水中で大爆発を生じさせた。
ハルたちの船が竜を倒したというより、正確には自滅の誘発をしただけではあるが、勝利は勝利だ。
飛空艇はその爆発に乗って、無事に海上へと帰還。重力制御はなんとか間に合ったため、ルナからのお叱りはどうにか避けられそうだ。
なお、船外に残してきた近接メンバーは、大爆発の起こした大波にもまれてしまい、そちらからハルがお叱りを受けることとなるのは、また別の話である。




