第1341話 大地のうちに現れる大海
「まあ、この宝珠はとりあえず拠点に置いておけばいいとして」
「わたしたちの拠点なら、なんにも問題ないよね! 誰が来たって、やっつけちゃう!」
「そうとも。なにせ、こちらには私という最強の自宅警備員が居るのだから!」
「誇るな誇るな。というかセレステ、こっちじゃむしろあんまり自宅にいないじゃないか」
「む、確かにね。このゲーム、素振りではレベル上げられないからねぇ」
「上がらない方がいいってあんなん」
また延々と素振りだけをする羽目になる、それは遠慮したいと真っ先にユキが反応した。
「私も早く<神槍>みたいなスキルを発現させたいものなのだけれどね? あのヤマトとやらに、コツでも聞いてみようかな」
「なんなんだろうね? しかし、もしかしたら人間限定のスキルって線もあるからなあ」
「むっ、神差別かいそれは? まったく嘆かわしい」
「よく言う。君らのゲームこそ、僕お断りだったじゃないか」
「ははっ。その文句は、どうかアメジストに言ってもらいたい。スキルシステムを作ったのは、彼女なのだからね」
そのアメジストのスキルシステムが、この世界でも正式採用され始めた。その影響というのは今どのくらい出ているのだろうか。
また、彼女に会いに行って聞いてみたい気もするハルだ。もっとも、素直に答えるアメジストであるとは思えないのもまた確かなのだが。
「ともあれ、今は拠点に宝物を置きに戻っている場合ではないよハル? この噂が拡散される前に、第二第三の枯渇地帯を制覇していかなければ」
「確かにその通りだ。……アイリ! 地質調査はこのくらいにしておこうか!」
「はい! ルナさん、飛空艇に戻りましょう!」
「そうね? 変わった素材が多いから、もう少し採取したい気分だけれども」
どうやら、ここは<採取>地としても優秀なようだ。竜の力にあてられた素材が、変質でも起こしたのだろうか。
ハルもそこに興味はあるが、その調査はまた今度にしよう。この地の力を支配する権利を得たのだ、またいつでもゆっくりと調べられるだろう。
一行は飛空艇に乗り込み、早くも次の枯渇地帯を目指し出発する。
「じゃあ、出撃する、よ。飛空艇シリウス、出撃、だね」
「よろしくねモノちゃん。エンジンはどう?」
「今は、ドラゴンがいなくなったから、かな、それなりに飛びやすい。でも、現状でも地味に、風属性によるエンジンへの干渉を、感じるよ」
「なるほど。土地自体に影響は残っちゃうのか。便利なのか不便なのか、判断に困るところだね……」
特に、属性石を多用するハルたちにとっては決して無視できない問題だ。
別に今はこのエリアに入らなければいいだけの話だが、将来的に世界全てが同様の状況となったりすれば、ハルたちの技術が根幹から否定されることになりかねない。
そしてそれは、決してないとは言い切れない事態だ。
エリクシルならやりかねないという以外にも、変化していく世界の方向性として、かなり考えられる内容でもあるからだった。
いずれ、世界が属性の力に満たされる。全体にとっては輝かしい成長なのだろうけれど、そのぶんプレイヤーも変化への対応を余儀なくされるだろう。
「……今から、属性の空気への対策を考えておくか。それとも、この環境を崩壊させる方法の方が容易いか?」
「ハルさーん、言ってることがマジ魔王っしょそれ」
「そうかい?」
「そうじゃんさ、どう聞いても。そもそも、運営の決めた環境を自分に都合よく変えちゃおうとは思わないってフツー」
割と思う、というか何時もやっている、とは言わないでおくのが吉だろう。また魔王疑惑が深まるばかりである。
とはいえハルが口にせずとも、リコもなんとなく察してしまったようだ。ここ三作品、意外と行動を共にしているだけはあった。
各所でロールは違うので、あまり意識はしてこなかったのだが。
そんなハルたちを乗せた船は一気にこの空域を離れ、龍脈通信の示す次なるポイントへと向かう。
今のうちに、どれだけの利権を手にすることが出来るか。それが勝負。ここでのスピード感こそが、命であった。
*
「ハル、次の『海域』が、見えてきたよ」
「どれどれ。おお、本当に海があるね」
空域を離れ向かった先は次の海域だった。これは、別にモノが船長らしさを演出するために言っている訳ではない。いや、その部分は実はあるかも知れないが。
ともかく、ハルたちの進行方向の先には陸地の中に突如として海が広がっており、土地そのものを飲み込んでいる。
陸地に囲われた水辺なのだから『湖』ではないか、という意見をハルは聞く気はない。あれはまさに、どう見ても『海』そのものなのだから。
「おおっ! うみだぁー! 海だよモノちゃん♪ 私たちの時代だね♪」
「いいや、マリンは、時代遅れ、だね。ぼくはもう、大空どころか宇宙をいく、宙の艦長、なのさ」
「ぶーぶー♪ 宇宙だって、星の海っていうからには海なんだぞ♪ だからそっちも、私の世界♪」
「こじつけ」
その名の通り海辺の国の守護神でもあるマリンブルーが、彼女の得意とする領域に興奮を隠さない。
モノもその平坦な口調を崩さないが、彼女もまたそのマリンの守護する海底に最近まで本体を沈めており、その関連性は深いのだ。
そんな、突如として出現した海に沈んだ枯渇エリア。そこに現れたのは、当然ながら水属性のドラゴンだろう。
この地は特にプレイヤーによる攻略が進んでおらず、周辺に陣取った国の者達からは、『ハズレを引いた』と嘆きの声がハルの元にも届いていた。
「……まあ、ここは確かに、いっそう人間には攻略は厳しいだろうね」
「ですねー。まあー、正直風の所もたいがいだとは思いますけどー。いちおう、頑張って歩いてドラゴンの元まで行けるだけマシではあるんですかねー?」
「どの属性が、いちばんマシなのでしょうか!?」
「難しい問題だねアイリちゃん。ただやっぱ水は、人間の体の構造的にちょっちキツイ。一段と」
「……そうかしら? 正直どこも、大差ないように思うのだけれど。それこそ虚空属性なんてどうなの?」
「それはだルナちー。このボディなら真空だろうが、問題なく活動は出来るから……」
とはいえ、急に真空に投げ出されれば困惑するだろう。このゲームの真空は体調に影響は出ないもののダメージは受ける。
「それより、ここではどうしようか、ハル。船らしく着水、する?」
「うーむ、止めた方がいいんじゃないのモノちゃん♪ ここでの水は、敵の領域だぞ♪」
「そうだね。マリンちゃんの言う通りだ。さっきと違って、空は逆に比較的、安全地帯といえるだろうし」
「分かったよ、ハル」
エリア内に飛空艇は侵入するも、海面には下りずにその海上の空を飛翔し様子を見る。
眼下の水面をハルたちは観察するが、まさに陸上に突如出現した海、としか言えない。
その暗く深い藍は見る者に根源的な恐怖を想起させ、覗き込めば吸い込まれそうな錯覚を覚える。
波も湖にしては妙に荒く、この地は常に荒れているようだ。これでは、飛び込み泳ぐにも勇気が要るだろう。
「よし! じゃあさっそく飛び込んでいこう!」
「まてい」
そんな恐るべき海面にも、ハルたちメンバーの中でも特に蛮勇なソフィーが、早速飛び降りを決めようとしていた。
これは勇気があるというべきか、恐怖心が欠如しているというべきが。
「あっ、分かった! 水着だよねハルさん! もー、ハルさんもえっちだなぁ」
「違うよソフィーちゃん。そもそも、泳いで水竜と戦う気?」
「うん!」
「元気なお返事どうも。まあ、悪いとは言わないけど、さすがに対策した方がよくないかな」
「……でも、風で吹っ飛びながら戦うのも、水に突っ込みながら戦うのも、不便さで言えば同じじゃない?」
「おっしゃる通りで……」
……間違っているのはハルの方なのだろうか? 確かに、水だからといってここだけ特別に対策するというのも変な話なのかも知れない。のか?
「まあまあソフィーちゃん♪ 確かにハルさんの言うとーり! 海を甘く見ちゃダメなんだぞ!」
「マリンちゃん! じゃあ専門家さんとしては、どうするのかな!?」
「それはぁ~~? じゃじゃーん! お魚さんに乗って戦いまーす♪」
「おお!」
「お魚さん……」
マリンブルーに、お魚さん。なんだか愉快な記憶が蘇る気がするハルだ。ビームでも出さないだろうか、そのお魚さん。
「懐かしいね! こっちでも捕まえたんだ!」
「そうだぞ♪ 魚が出るまで、苦労したんだ♪ ハルさんが♪」
「……本当にね。湖で出しても水辺の動物ばかり出るから、最終的に地形ごと作り変えることになった」
「あなたが運営より先に海を作ってるんじゃないの……」
「いや、あれは釣り堀だよ」
湖では深さが足りないと考え、ハルたちはそれこそ龍脈に突き当たるまで掘削を決行した。
その甲斐あってというべきか、見事マリンブルーの望む魚風のモンスターを引き当てることに成功したのである。
「恐らくは水の下にある地盤の属性の影響が、ってこの話は今はいいね。まあここではせっかくだから、マリンちゃんの魚にでも乗って戦うように」
「はーいっ!」
「普通の人間達は、どうしたらいいのだろうね? 生産スキルに、造船のようなものはあるのかな?」
「できなかないよセレちん。<建築>資材を上手く組み合わせれば、簡単に形は作れる。しっかりした船に仕上げるには、知識が必要になるだろーけどね」
「ふむ? ネットにアクセス出来ないこの世界、自前の知識と技術がものをいう訳か」
それこそ、学園で戦った軍艦好きの生徒など来ていれば活躍するかも知れない。
ただ、そうした知識を持つ者が、都合よくこの近くに飛ばされているかどうかという問題もあるが。
この世界、適材適所の仕事を見つけてもそこまで移動できないマップの広大さという壁もある。
「まあいいや♪ よーしみんなぁ、いくぞぉ♪」
「おー」
少々の不安を残しつつも、マリンブルーを代表として近接戦闘の四人が降下していった。
……カナリーなどは、のんきに返事をしていたがどう戦う気なのだろうか。また水中でも、無限コンボを決める気なのか。
そんな愚かな人間の登場を察知し、その海の中から巨大な水竜が顔を出す。
今度は翼をヒレとした、泳ぎやすそうなスタイルのドラゴンだ。海蛇状というか、いわゆる『龍』形態ではないらしい。
「《潜ったままでいればいいのに♪ おばかさん♪》」
「《うんうん! 水中でじっとしてれば、まだ無事に済んだかも知れないのに!》」
「《私たちは潜るの大変ですからねー》」
「《ふん、ナメないでもらおうかカナリー! この私の華麗な泳ぎを、見せつけてやるとしよう!》」
「《あーこらー。ハルさんが水に入るなって言ってたでしょー》」
「《ははは! まどろっこしいね!》」
「《あーズルい! 私も!》」
結局、魚から飛び降りて泳いで竜に接敵するセレステとソフィー。カナリーは、のんびりと魚に乗って向かうようだ。十分に高速だが。
そんな彼女らの活躍によって、また容赦なくドラゴンのHPは削られてゆく。
一気に半分まで討伐が進むと、またお決まりのパターンで周囲の状況は変化していった。
海は時化り空には分厚い雲がかかると雨まで落ちてくる。ここからが、水属性の竜本来の戦いという訳だ。
しかし、なんだか今回は様子が大人しいというか、予想したほどの時化とならない。
ハルの想像では、大船も転覆させるほどの波が立つと、風の時の状況からは考えていたのだが。
「……これは、また対策されてる? あまり龍脈の力をエリアに充満させすぎると、僕にまた利用されて殺されるから」
さて、どこからどう伝わったやら。どうやら竜同士は、裏で“攻略情報”を共有している疑惑が出て来てしまったのだった。
※誤字修正を行いました。サブタイトルの話数が間違っていたのを修正しました。(2024/9/9)




