第1340話 竜なき土地の権利書
さて、無事に風のドラゴンを撃破できたはいいが重要なのはここからだ。あれを倒す事それ自体が、目的ではない。
強敵を倒して目標達成、と喜ぶのは普通のゲームの場合。この世界の場合は、むしろそこからが重要だった。
とはいえだ、今この瞬間くらいは、勝利の余韻に浸りつつ、手に入れた成果物等々の検分といこう。
「さてと、とりあえずみんなお疲れ。ささやかながら、祝勝会といこうじゃないか。あ、ジュースいる?」
「飲み物は私たち用のものがあるから結構よ? それは、きちんとハルがお飲みなさいな」
「そう……」
「お疲れ様でした! わたくしは特に、なにもしておりませんが……!」
「そんなことないよ。アイリの応援があったから、勝てたのさ」
「まぁ……」
「いや応援であんな破壊力出せたら苦労せんてハル君。どんなバッファーかと」
「すごい力でしたねー」
会話の内容は当然、ハルが風竜に止めを刺したあの大技、属性循環の円環が中心となってくる。ハルの使う魔法の中でも、あの破壊力は随一だ。
「あんなん使えるなら、もうあれだけでよくね? ハルさんが行ってドカン! で全部終了じゃんさ」
「そう簡単にもいかないよリコ。あれはあくまで、ドラゴンが龍脈のエネルギーを取り出して、近くに持ってきてくれたからこそ可能になった訳で」
「んじゃ、ここ専用ってこと?」
「残念ながらね」
戦いの度に、自由にあれで決着をつける、という訳にはいかない。
とはいえ規模は違えど、似たようなことは出来る。今後は、ハルの戦いに戦術の幅が広がったことは間違いないだろう。
「反省会もいいけど、戦利品の確認をしよう!」
「そうだぞ♪ ソフィーちゃんのいう通りだぁ♪ この土地がはれて、ハルさんの所有物になったんだからね♪」
「いや、厳密にはそうとも言えない。そもそも飛び地の管理は面倒だからやりたくないし」
「ハルはいつも言っているわよねそれ」
戦略ゲームが好きだからだろうか。どうしても、陸続きで補給線が繋がっていないと嫌な気分になるのがハルだ。
そうでなくても、この世界はとにかく広い。そんな世界で遠方の土地の維持管理自体が、手間ばかりかかってメリットが感じられなかった。
版図を広げていこうと頑張るシノや皇帝達はよくやる、と本気でハルは感心する。
「厳密には、ってどういうことハルさん? そりゃま、マーキングアイテム使って領土主張してる訳じゃないけどさ」
「それは、こちらをご覧くださいリコさん!」
「どれどれ? ああ、龍脈通信?」
「はい! 今回の戦いの結果が、既に反映されているのです!」
そう熱く語るアイリの元に、皆で集合して彼女のモニターを覗き込む。冷静に考えれば、各自で自分のメニューを見ればいいのだが、それを言い出すのは野暮というものだろう。
「おお、この位置のマスが明るく輝いてるね。これが、攻略完了ってことね。最初に倒したのとはえらい違いだ」
「こっちは真っ黒じゃんー。ユキちゃんこれはどーゆーこと?」
「わからん! ともかく、この黒いのは倒した証じゃないってことだ!」
ハルたちの領土にある龍脈を枯渇させるボスのポイントは、バグにより崩壊しその表示は真っ黒になっている。そこはチャットルームも使えない。
もしかすると、竜を倒した地点は表示がそうなるのかとも考えたが、どうやらあの地はシステム上も根本から事情が違うらしい。
「まあ、それはともかく、今はここのポイントの状況を見ていこう」
「そうしましょう! 戦闘では活躍できませんでしたが、ここからがわたくしの出番なのです!」
「頼りにしてるよアイリ」
「はい!」
アイリの<鑑定>が、実地調査でここから活躍することだろう。ハルの手に入れた『龍宝玉』も、アイリに調べてもらえば何か分かるかも知れない。
「まずはー、この龍脈通信のチャットルームですねー。街に変化がありましたー」
「なんだか賑わってるね! お祭りかな!」
「ある意味ね。ハル君があいつ倒したから『祭り』状態だろうさ。まあそういった賑わいよりも、街の雰囲気がアップデートされたのが重要だね」
なにか大きな出来事が起こって、コミュニティが盛り上がることを『祭り』と言ったりする。
そちらもまあ後で見るとして、それはプレイヤーの事情なので今はシステム上の変化を見ていこう。
「まず焦点になっている『土地の権利』だけど、これはシステム上どうやら本当に僕に割り当てられたらしい」
「ハルが大半を、保有しているね。でも、なんだかぼくにも、その権利の一部が、入っているよ」
「うん。モノちゃんの言うように、今回の戦闘に参加したみんなにも、特権の一部が割り当てられている。貢献度比例ってとこかな」
「ぼくは、飛空艇からの砲撃が、ぼく自身の貢献として評価された、ってこと、だね」
「私も結構もらえたようだな! まあ、前哨戦を削っただけの活躍にしたら、まずまずか!」
モノの他にも、ソフィーやセレステなどの出撃チームが多くを手にしていた。
残念ながら、ルナたちなどの後詰めや、リコたち飛空艇建造チームは大した貢献としてカウントされていないようだ。
「別に、残念でもないわ? こんなの貰ったって、どうしようもないもの。私たちのチームで、大半を占有していることが重要よ?」
「ルナちーのいう通りじゃ。管理するのもめんどい」
「そう? ならユキ、権利を取引材料に使えるらしいわよ?」
「いや、貰えるものはもらっとく」
ある種のリソース、事実上の通貨として、この権利は龍脈通信の中で活用できると説明があった。
これは、憶えておいていいだろう。使う側ではなく、むしろ受け取る側として。
「ただー。この権利を手にしたのは、戦闘に参加した私たちだけじゃないようなんですよねー」
「そだね。うちらの全部足しても、100%までは届かない」
「これはきっと、例の『兵舎』の建築ボーナスだぞ♪ ここでボスを弱体化させた分が、何もしなくても貢献度として分配だぁ!」
「うむっ。後方支援の対価ということだろうね! アイリスの奴なら、『不労所得』などと言い出すだろうさ」
「いや働いてポイント入れてんじゃーん」
本当に労働していないかどうかはともかくとして、ポイントを入れボスの弱体化に寄与した人も、その割合に応じて権利が貰える。
とはいえ、ハルたちの得た割合が大半を占め、その総量は微々たるもののようだ。
「これ失敗した? 兵舎の建築は、この街以外は他の連中にとられちゃったよ?」
「いや、失敗とは言えないよユキ。どうやら建築の際の貢献は、内部の祈りポイントの一部を割合で入手できるって物らしいから。僕にもその分が入ったけど、まあ誤差だね」
「『上前をはねる』ってヤツだ! そっちが真の不労所得だったかー」
「つまりは、祈りポイントが少ないうちに倒したら、作り損ということね?」
流石はルナだ、投資に関しては理解が早い。
ちなみに、『祈りポイント』と言っているのはこの施設が祈りを捧げる神殿に近いからだ。『兵舎』はあくまで俗称である。
「……とはいえ、無視していいものでもない。これで、この事実は一瞬で各地に知れ渡るだろう」
「ですねー。そうなれば、みんなこぞって、一斉に兵舎にポイントを入れ始めますよー。そうなれば倒しても、こっちの取り分が減ってしまいますー」
「弱体化なんて必要ないのにね! 最強状態で戦いたいのに、むしろ邪魔だよ! ハルさん、こうしちゃいられないよ! はやく次に行こう!」
「待てまてっ、その前にもう少し、ここで状況の確認を終えてからだ」
権利の配分については理解した。だが、その権利によっていったい何が受け取れるのか? そこを、きっちりと確認しておかねばならないのだった。
*
ハルたちは一度飛空艇から出て外にくり出すと、様変わりした大地の状況を見つつ実地調査を行う。
周囲は激しい戦闘と、竜による龍脈からの強引なエネルギー徴収で、地底に至る深い亀裂を含むボロボロの状態だ。
しかし、吹く風は穏やかに変わり、草木もみずみずしさを取り戻している。
風はなんとなくそれ自体が輝いているようで、空間そのものから確かな力を感じるようだった。
「出ました! この土地は、どうやら特別なエネルギースポットになっているようです! この場に居るだけで、様々な恩恵が受けられるのです!」
「特に風属性の、ってとこかなー?」
「正解ですユキさん!」
アイリの<鑑定>により、この地の真実が明らかにされる。アイテムに限らず、実に便利だ。
ここは土地自体がある種の拠点効果を有しており、ここで活動するだけで多大な恩恵にあずかれる。
「……特に、討伐貢献度が高い程にその割合も高くなる、ってことか」
「ここに住むかしら、ハル?」
「まあ、別荘でも建てるかねえ……」
とはいえやはり拠点から遠い飛び地なので、ハルとしてはどうにも乗り気にならなかった。
別荘を建てたとして、確実に今後ここに押し寄せてくるだろうシノの国のプレイヤー達に、壊されないとも限らない。
「そしてハルさんの持つその珠が、この力を自在に操る王の証なのです!」
「王ではないが、そのようだね」
「まーた面倒なことになったねぇ」
「そーだねーユキちゃん。これはあれっしょ、宝玉を求めてプレイヤー間の争いが起こるし、誰がMVP取るかでモメるよねー」
「協力させたいのか、争わせたいのかわからないね!」
「ぶっちゃけ運営としてはー、どっちもしてくれると良いと思ってるでしょうねー」
特別な報酬を求めて我先にと競うことで、討伐の機運が高まるともいえる。
それに、実力はあるが指導者の立場にいないためくすぶっているプレイヤーが、この宝玉を手にすることで一気に成り上がりを見せるかも知れない。
ハルとしては、それこそがエリクシルの狙いなのではないかと踏んでいた。
ただ政治の上手いプレイヤーだけが活躍するゲームではなく、あくまで才能の高い者に力を与える。そうした設計がシステムから見え隠れするためだ。
「まあ、そのキーアイテムは僕がこれからごっそりと回収してしまう予定なんだけどね」
「流石はハルさんだぞ♪ よっ♪ 管理者っ♪ 根っからの体制の犬♪」
「お前も体制の犬だろうに……」
「しかも今はハルさんの犬ですよねー? お座りするんですよー?」
「わんわん♪」
まあ、正直に言ってしまえば、ハルは力ある個人が安定したシステムを乱すことを抑える立場だ。
ハル自身が、圧倒的にその力ある個人である、という点はここでは考えないものとする。
別に、そうした立場からの行動という訳ではないが、エリクシルの描いた進行計画を崩すことは方針としても問題はない。やはり、このまま攻略を進めることにする。
「しかしだ、ハル。この地の力が今後のアップデートで重要になり、君がそれを独占していることで何か支障が出る可能性はないかな?」
「……んー、まあセレステの懸念も分かる。『世界の力を結集して!』、なんて展開になったら、僕じゃ半分も活用できないかも知れないからね」
「各地を巡るだけでも、一日が終わってしまいます……!」
「だろう? ならばいっそ、攻略を放棄して他者に任せる、という選択もアリではないかな?」
「まあアリだ。とはいえ、やっぱりこのまま進めることにするよ」
「その心は?」
「エリクシルの思うような展開にさせたくない。あと、本気で必要そうならこの龍宝玉を各地の指導者にばら撒けばいい」
「ははっ。今日もハルはフィクサーの顔をしているねぇ」
別に、そんな顔はしていないはずなのだが、やっていることは陰からの支配者そのものであるのは否定できないハルだった。
「ところでハル? いつまでその石を持っているの? 貴重品なのだから、早くしまいなさいな?」
「ああ、これね。なんだか、アイテム欄に入れられないみたいなんだよね」
「それはまた……」
またなんとも、これも争いを加速させたいとしか思えないようなシステムなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




