第1339話 並列魔法循環
龍脈から溢れる風属性の力の奔流が、竜の周囲を渦巻きはじめる。
魔法ではなく純粋な属性エネルギーの塊のようだが、その威力、その属性効果は、大魔法以上であると思っていい。
「これで、僕がいくら魔法を放とうが、全てアレに食い取られてしまうという訳だ」
風のドラゴンがハルに対抗する為の、決死の覚悟で見せた切り札。龍脈を吸収する力は、ここまでになるのか。
攻防一体、物理的な破壊すら伴ったそのエネルギー流は、例え火や闇、消滅相性の地属性以外の属性であっても、強引に飲み込み砕いてしまうに違いない。
そんな中でも、ハルは余裕の表情は崩さなかった。もはや魔法はもとより、接近しての攻撃すら見込めぬ状況であるというのに、自身の勝利を疑わない。
いやむしろ、この状況を使って何の実験をしてやろうかと、玩具を見つけた子供のように目を輝かせていた。
「やっぱり、<属性振幅>がいいだろうかね。ここからまた龍脈を乗っ取ってやるのも面白そうだが、あれはちょっと手間だしね」
それに、出費が激しい。短期間で龍脈を乗っ取るには、どうしても龍脈アイテムを注ぎ込む時の力を使って、『道』をこじ開けなくてはならない。
龍脈ボスと戦うたびにそうしていたら、すぐに在庫が尽きてしまいそうだ。
そしてハルは何も魔法を発動しないまま<属性振幅>を起動すると、渦巻く大気そのものを対象に属性の力を操作し始めた。
吸収相性を操るこの力だが、正確には相性効果そのものではなく属性それ自体が持つ内部構造のようなものを操っている。
まるで電磁気力制御で、結合力を強めたり弱めたり、そんな感じだとハルはイメージしていた。
「そして、その吸収効果は増幅するだけでなく弱めることも出来る。属性中毒で訓練したことの応用だね」
このままでは、あらゆる火と闇の魔法を強引に吸収するであろう風属性の根源たる力を、ハルは少しずつ少しずつ、丁寧に弱めていく。
そうしていくうちに、竜を取り巻く風の力そのものは変わらないまでも、何故かなんとなくその存在感が希薄になったような、そんな錯覚が芽生えてきた。
その証拠に、ハルが控えめな炎の魔法を手のひらの上に発生させてみても、その力は風に吹き消されることはなく、また竜の方へ流れてもいかない。
先ほどまでならば、種火が暴風の中かき消されるくらいに一瞬で、その輝きを終えていたことだろう。
それどころか逆に、酸素を吸って燃え上がるように徐々に大きくなっている。
よくよく観察してみれば分かるが、これは、竜の方から少しずつ風の力が流れ込んできていた。
本来はまだまだ反応距離には至らないが、元の力が大きすぎるため、このままの立ち位置でもその力を絡め取ることも可能であった。
「この魔法自体も<属性振幅>によって力を弱めてあってね。吸収し大きくなりすぎて自爆、なんて結末は起こらないので期待しないように」
ハルは、聞かれてもいないのにこちらを睨む竜に向かって講義を始める。自慢の研究成果を、誰でもいいから聞いてほしい子供のようだ。困ったものである。
竜は、聞いているのかいないのか、油断なくハルの方を警戒するばかりであった。
「ご清聴感謝する。それでね、暴走しがちな中毒魔法をマイナスの<属性振幅>で弱めてみて面白いことが分かったんだけど、今の僕が使う魔法は、どうやら他属性も内包しているようなんだ。だから暴走する」
この手の上の炎もまた、内部に他の十一属性を内包している。
ハルが<属性振幅>で抑え込む前は、それが内部で勝手に反応を引き起こすことで、結果的に魔法が暴走するような挙動を引き起こしていた。
いわば、無秩序に十二の属性を全て同時に発動したようなものである。カオスな反応を楽しむには良いが、その分狙った成果は期待できないのは当然だ。
だから吸収効果による増幅を狙う際は、火、風、闇、暗黒、虚空、雷、といったように、小さい方から順にして階段状に発動することが肝となるのであった。
「僕はこれを魔法の直列接続と言っているけど、かといって並列がある訳じゃなかった。これまではね。だが今は違う! 魔法の中に勝手に多属性が混ざり込む反応を利用すれば、こんなことも可能になる訳だ!」
ハルは大仰に両手を広げると、その身の周囲を取り巻くように、順に属性魔法を展開し始める。
どれも、<火魔法>と同様にごく小規模なものだ。パフォーマンスに、ドラゴンはまだ脅威を感じず風の防御を緩めない。狙い通りだ。
雷、水、地、光属性と順番に、ハルは更に魔法を繋げる。そうして、神聖、星、生命ときて、最後にまた火属性に繋がる円環が完成。
ハルの周囲には、時計の文字盤のような配列で、輝く十二の小さな魔法が並んでいった。ちょうど、対角線上にある属性が対となる消滅相性である。
「こうしてみると、上級魔法使いっぽくない? まあ、とはいえこれはカッコつけでやってる訳じゃなくてね。まあすぐに分かるさ」
ハルは準備時間を会話で繋ぎ(といっても相手が人語を介しているとは思えないが)、仕上げのための準備に取り掛かる。
ドラゴンは訝しむように身じろぎはするが、周囲を固める力の奔流のせいで動けない。ハルもまた、いつ遊びを止めて暴走する大魔法を撃ってくるか分らないのだ。
そんな状況をセッティングした当人であるハルは、己の筋書通りの展開にほくそ笑む。この状況ならば、誰にも邪魔されずに実験し放題だ。
ハルの周囲の十二の玉は、互いに吸収されることもなく均衡を維持している。
本来ならば、これらどれかを起点として連鎖吸収が始まり、『ちょっと強い魔法』となって終了だ。それがハルの言う『直列接続』。
「だが今は違う。十二属性が等価に、並列で存在している。これが、それぞれ内部にある他の属性力の影響だね」
そのままでは内部で勝手に無秩序な反応を繰り返し暴走するだけだが、<属性振幅>を逆に掛け抑えることで、それが安定剤として機能した。この発見をしたとき、ハルは大いに喜んだものである。
とはいえ拠点で大規模な実験もできず、またエネルギーも足りない。そこにきてこの純粋な風の力は、まさに渡りに船。
「こいつらは互いに、力を隣の属性に伝達できる特性をもっていてね。分かるかな? 少しずつ大きくなっていくのが」
このあたりから、ハルの表情が徐々に邪悪な笑みを形作ってゆく。ドラゴンは果たして、人類の表情に詳しいだろうか?
ハルには竜の表情は分からない。竜も同様だとしたら、待っている結末は少々悲惨だ。
竜を取り巻く風の力は、その勢いを徐々にハルを取り巻く属性円環に吸収されている。
それは、最初はほんの微々たるものだったが、次第に円環を粒子加速器のように循環する力はどんどんましてゆき、そのぶん吸収量も増大する。
今はもう、属性球はそれぞれハルの身の丈ほどにも巨大化しており、火と闇の玉が風の力を吸い取る勢いも、そのぶん大きくなっていた。
あとはもう、雪玉が転げ落ちるが如くだ。加速度的、雪だるま式、アイリスならば『複利効果』などと言うだろうか?
ドラゴンがそのエネルギー量を警戒するラインに来た時には、もう時すでに遅し。その段階になればあとはハルでさえ吸収力の増大を抑えることは出来ず、綿あめでも巻き取るかのように周囲の風をひたすら食い尽くし巨大化するのみ。
「さて、仕上げだ。最後はカオス現象の観察でもして、締めといこうじゃあないか」
ハルは回転する円環をゆっくりと頭上に持ち上げると、その半径を収縮させながらドラゴンにむけて勢いよく射出する。
同時に、<属性振幅>でマイナスに抑えていた毒性中毒の反応を解き放つ、いや逆に振れ幅を一気に大きくしてやると、すぐに暴れ狂ったかのような反応を見せた。
風のドラゴンには、もはやそれに対抗する策はない。頼みの龍脈の力も、ほとんどがこの邪悪なわたあめの一部となっており、最後は爆発の燃料として、一片残らずこの暴れ狂う十二重振り子の餌と化してしまったのだった。
*
「うーん……、爆発の衝撃で吹き飛んでロクに観察が出来なかった……」
「当たり前でしょう……、馬鹿ね……」
「そもそも、よく生きてた、ね?」
「凄い爆発でしたものね! ご無事でなによりでした!」
「ああ、なんとかねアイリ。癪だけどジュースの力がなければ即死だった」
無駄に上げておいた体力が、ずいぶんと役立つ回だった。
まあ、その体力がなければハルも今回のような無茶をしようとはそもそも思わないので、感謝をするのもおかしいかも知れないが。
ハルは派手に吹っ飛んだところを、飛空艇から降りてきたルナたちに救助される。
竜のいた爆心地はそれはもう凄惨な状況で、元から脆くなっていたのも合わせて地下に至るまでの大崩壊を起こしていた。
「まあ、全部ドラゴンがやったことにしよう」
「死竜に口なし……、なのです……!」
「あなたたちねぇ……」
少々厳しい責任転嫁をしようとする二人を、ルナが呆れたジト目で見やる。アイリの国虐ジョークも健在だ。
「……それで、なにか勝利の成果などはあって? この地が平和になって、それで終わりかしら?」
「いや、一応あるみたいだよ。ルナたちは?」
「私たちは誰も」
「そうか。なら、MVP報酬ってところかな。また少し荒れそうだ」
「ハルさんが全てのMVPをかっさらうから、荒れることはないのです!」
「そうだねアイリ。そうしたいところだ」
そう語るハルのその手の中には、ドラゴンの『ドロップ品』である、『龍宝玉』なるものが握られているのであった。




