第1338話 風炎相食む地獄
遅れて申し訳ありません!
ハルの撃ち出す<火魔法>の数々は、自動で周囲の大気そのものに吸収されて溶けてゆき、その直後には妙な化学反応でも起こしたかのように爆発する。
属性中毒による魔法効果の変質により、毒と化したハルの魔法を組み込んでしまった風の力は暴走し、ハルが自由に扱える武器と化していた。
術者であるハル自身もその暴発に巻き込まれているが、当然ながら巨体である分ドラゴンの方が被害は多い。
風に曝したその全身を容赦なく、味方であったはずのその風に打ちすえられていた。
「む、しかし早くも対応してきたか。プレイヤーの攻略法を感知して対策してくるとか、本当嫌なボスだね」
対人戦ではないのだから、攻略法を見つけられたのなら気持ちよく倒されるべきである。
しかし、あくまでこれは倒せぬ壁として立ちふさがる為のコンテンツ。簡単に倒されないことも、彼の仕事だ。
竜はハルの攻撃を理解し、対策し、これ以上被害を出さぬように動いてきた。その鳥の翼を大きく広げ羽ばたくと周囲の属性の力は更に色濃く増していったのだ。
自分から余計に被害を広げるだけなのに何を、と思ったのも一瞬。ハルもすぐにその行動が冷静に計算された結果であると理解する。
圧縮され堅固になったその風が暴走をも押し込めるように、吸い取ったハルの毒入り魔法をも封じ込め、そのまま従来のように取り込んで撃ち放ってきたのだ。
「……やるね。魔法の構築強度を強固にすることで、多少の毒を仕込まれても強引に無毒化してきたか」
いわば、致死量に至らぬレベルまで無毒化してきたようなもの。その強力な風の砲弾を、ハルは何とか自爆覚悟で己の魔法で吹き飛びなんとか回避する。
被害は出たが、直撃よりマシだ。避けた背後を確認してみれば、地形ごと吹き飛ぶほどの空気の炸裂が再び大地の形を変えていた。
「これは、僕のやってることを理解して対策したと考えていいのかな、やっぱり。頭もいいとか反則だろこのドラゴン」
龍脈を突如侵略してきた蛮族のくせに生意気である。
……いや、もしや侵略者ではなく守護者であって、本来のこの龍脈の持ち主であったりするのだろうか?
「それなら魔法の知識が深いのも納得」
竜のやったことは、魔法の構成に影響の出ない程への希釈。つまり毒の影響を誤差にまで落としてしまうことだ。
毒も薬も、どう影響が出るかはその量で決まる。薬だって飲みすぎれば必ず毒となる。そしてその量は、体が大きくなれば余計に必要となってくる。
例え一部の構築をハルの中毒魔法が書き換えたとしても、全体の構造が強固ならその部分が抑え込み、取り込んで、『薬』とできる。
この一瞬でそれを理解したというのは、ある意味プレイヤー以上の対応力だ。
「……反則だろ。勝たせる気がないなこれ? いや、勝ちたいなら、まずこのステージギミックをどうにかしろってことなんだろうな」
龍脈通信の機能により、徐々にこの地を取り巻く風の力は弱体化が可能なことが分かっている。
本来ならば、それが完全に済むまでは絶対に倒させませんよ、というのがこのボスの設計思想であるのだろう。
「だがそれに律儀に付き合ってはやらない。龍脈通信への接続時間が長くなればどうなるのかは知らないが、きっとロクなことじゃないだろうからね」
なんとなく、時間をかければかける程にエリクシルの思惑通りに事が進むような予感がある。
のんびりと、そのギミック解除に付き合うつもりはハルにはない。
むしろ、想定される攻略時間を前倒ししてイベントを進行させて、エリクシルに次のアップデートを強要する。それがこの世界でのハルと彼女の戦いとなっていた。
「なので、やはりこのまま倒させてもらう。この程度で、僕を攻略したなどと思わないでもらおうか」
そのためには、こんなところで苦戦している訳にはいかない。
ハルは景気づけをするように、アイテム欄からすっかりお馴染みとなった金のリンゴを取り出してかじると、激しさを増すボスとの衝突に備えるのだった。
*
「っ、はははははは! 凄いな、まさに『発狂』だ! 人間一人に向かって放っていい技じゃあないぞお前!」
目障りな羽虫を叩き潰さんと、竜はその圧縮した風の弾を次々と放ってくる。
それはもう弾丸ではなく砲弾、いや、風でありながらも質量兵器のようだった。
「自分が空を飛べるからと、そうポンポンと地形を変えられても、ねっ!」
ハルは発狂したように次々休むことなく放たれるその超大口径弾を、自分は隕石の衝突を移動キー代わりにして縦横無尽と回避していく。
そうしながらも抜け目なく隙間を縫って<火魔法>を放ちドラゴンの体に命中させていく様は、まるで弾幕シューティングゲームの自機にでもなった気分だ。ジャンルが変わってしまっている。
そのハルの背後では回避された圧縮風弾が次々と炸裂し、木々を巻き上げ花を散らし、地形すらも根こそぎ崩壊させている。
巻き起こった風はもはや単純な一方向では済まず、花吹雪のダンスをかき混ぜたマーブル模様に複雑化させていた。
「……これは、いかにモノちゃんの操縦とはいえ飛空艇が心配になるな。さっさと決着をつけないとね」
ハルは今度は龍脈結晶を取り出すと、MPを回復する。ここでは敵地のため<龍脈接続>による無限回復がきかず、出番などないと思っていたこれ頼りだ。
その『上限までMPを回復する』という機能は実に優秀で、強化したハルの最大体力によくなじむ。
「カゲツに感謝を、これはすべきなのか……? いや、感謝すべきは、あの『世界樹の吐息』を休まず飲み続けた過去の僕自身だね……」
果てなき苦行により膨大となったMPが一瞬で全回復する様は、もう龍脈から無限の魔力を得ているのと変わらない。
これは、もはや決して『通常の回復薬と大差ない』、などと言えなくなっただろう。
その回復したMPを使い、再び同じような攻撃に転じるだけの反復はせず、ハルは戦法を切り替える。
敵が対応してきたというのならば、ハルもまたそれに対応すべきだ。
「とはいってもまあ単純なこと。毒が希釈されてしまうのならば、更に強力な毒を放てばいい!」
単に強引な力技だ。強化され膨大となったMPは、それだけ高威力の魔法の発射を可能とする。
以前はいかに無限回復しようと、最大値以上の火力は出せなかったハル。そこを、十二の属性を階段状に吸収させ強化することで器用に補っていた。
だが今は、ただの一撃で近い域まで到達可能。加えて属性中毒による暴発もあり、破壊力の面だけならば一層凶悪なものになっている。
「これは飲み込めるかな? いいや、ここまでくれば、逆に僕の魔法が喰い返してしまうかもね!」
戦闘でテンションの上がったハルは、魔法のチャージをしつつも隕石に衝突しながら敵への距離を詰めて行く。
凶悪な笑みを貼り付けて、高速で風の弾丸を的確に避けながら迫るハルの姿は、客観的に見れば恐怖しかないだろう。
しかし、これで敵は警戒しても逃げることは出来ない。魔法使いが大魔法をチャージしているのが分かれば、敵はそれに備えて防御に身をかためてしまうものだ。
もしくは、チャージ前に無防備な魔法使いをなんとか攻撃し詠唱を中止、または倒してしまおうとする。
しかし、その魔法使い自身が隕石のピンボールで勢いよく反射するように、自分に迫って来るのだからどうしようもない。
逃げようにも逃げられず、何とか叩き落とそうと放った風塊は、逆にハルにとって絶好のチャンスとなってしまった。
「いいタイミングの餌だ。じゃあそれを借りようか!」
ハルは直撃コースのそれを回避することなく、逆に詠唱の終わった<火魔法>を解き放つ。
今度は吸収され無毒化させられることはなく、いやむしろ炎が風を飲み込んで、逆に竜巻のように渦を巻く火柱へと成長していった。
まるで大規模なテルミット反応で生じた炎のように、それは閃光のように明るすぎる輝きを放ち燃え盛る。
炎の渦もすぐに素直な火炎旋風としての旋回を止め、狂ったように周囲に爆炎をまき散らし始めた。それが次々と周囲の風属性の大気に“引火”して、壮絶な連鎖爆発を引き起こす。
「周囲に力を凝縮したのが、また逆効果だったね。直撃弾としてのダメージ以外にも、さっき以上に大気の破裂も加速している」
炎に巻かれるのと同時に、炸裂する空気の刃にもドラゴンは切り裂かれる。
当然、ハルもその余波を受け以前なら何度も死んでいるレベルのダメージを受けていた。
さすがにこれが自爆覚悟では限界のようだ。リンゴの効果がなければ、これでも危なかった。
そんなハルの様子を、苦しみつつも感じ取ったのか、竜はこれが勝機とばかりにいっそう気合を入れた雄叫びを上げる。
それに呼応し、地下の龍脈からはもはや質量すら伴っていそうな風のエネルギーが噴き出すと、その身を覆いハルの炎を消化していく。敵もまた、奥の手を出してきたということか。
「力には更なる力で対抗ってことかな? 頭良さそうに思えて、やっぱり蛮族か。それを待っていたよ」
ただ圧倒的な力でねじ伏せるしか能がないというならば、底が見えたというものだ。
さて、最後の仕上げにどう料理してやろうか、そう舌なめずりをする気分のハルだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
なおMPのことを「体力」と表現している部分がありますが、あれは「魔力」とするとまた少しニュアンスが違ってきてしまう部分がありますし、HPも同時に上昇するアイテムを使ったためそう表記しているとお考えください。




