第1337話 毒入りの魔法
ハルは暴風吹き荒れるバリアの外へと踏み出すべく、その身を一歩前へと乗り出す。
察した仲間たちは、そそくさと甲板の入口へと退散し、がっしりとその縁に掴まった。
それを確認しハルがモノへと指示を出すと、ハル本人が何もすることなくとも、その身はすぐさま宙へと投げ飛ばされた。
首だけで背後を振り返ってみれば、仲間たちが必死な形相にて扉の端に吹き飛ばされまいと掴まっている。
「防壁を解いただけでこれとは、凄い風だね」
応える者の居なくなった空で、余裕そうに一人ごちるハル。だがその身は落ち着いた口調と相反して、上下左右に一切の自由なしのきりもみ回転を続けていた。
だが、そこはハル。通常の人体よりもずっと強化されたこのゲーム内の肉体をもってすれば、そんな吹き荒ぶ突風の中でも体勢を立て直すのは容易だ。
ハルは竜巻のようにドラゴンの周囲を旋回する風に身を任せ、その中心に佇む敵に視線をロックした。
「やあハル! 君も来たのかい? 一緒に奴を屠ろうじゃあないかっ!」
「ハルさんも乗るかな? 動物さんの背中、ちょーっといっぱいだけど♪」
「いや、遠慮しておこう。君たちがお乗り」
「動物さん、二匹連れてくればよかった♪」
「まあ、それはそれで騎手が居ないからね」
セレステあたりなら難なく乗りこなせはしそうだが、カナリーやソフィーではきつかろう。
ハルはアイテム欄からある属性石を取り出すと、そのまま起動し周囲へ効果を展開する。
「わっ! 髪の毛が楽になった! ばっさぁーって、ならなくなったよ!」
「これは飛空艇のフィールドですかー?」
「小型艇の方のだけどね。風属性のフィールドだ。単純なホバリング効果がある。僕はいま魔法がちょっとアレだから、アイテム頼りだね」
「ふむ? そんな体たらくで、活躍できるのかいハル? 大人しく船で、待っていなくて平気かな?」
「まあ見ていなよセレステ。別に、魔法が全く使えなくなった訳じゃないんだ」
「えー。ここはハルも剣で戦おうよぉー」
「妙なゴネかたをするな……、今さら近接がもう一人増えても仕方ないだろう……」
嵐も恐れぬバーサーカーとなって、このまま五人で文字通りの竜巻を泳いで、風竜に突撃するというのも悪くないが、せっかくなので今回はこの属性中毒の実践をしたい。
今までは拠点で威力を抑えて実験しており、それも勿論重要なのだが、やはりこうして広い場所で破壊の被害を気兼ねることなくぶちかましたい。その絶好の機会だった。
「ということで、中毒魔法の初お目見えだ」
「使いこなせるようになったのハルさん!」
「まあ多少。まだまだ、完璧とは言い難いけど」
「確か、<属性振幅>をマイナスに掛けることで反応を抑えて、安定して運用できるようにするのだったね?」
「でも、そんな遠慮して慎重になったよわよわ火力で、あのドラゴンを倒せるのかなぁ~♪」
「うん。だから、今回はあえて抑えずにいく」
「わぁ♪ ハルさんやる気だぁ!」
属性中毒の効果は、<属性振幅>によりその暴発を抑え込めることが分かったが、当然ながら抑えているぶんその威力は限定的になりやすい。
安定運用できるといっても、それでは普通に魔法を使っているのと同じ、いやそれではある意味で下位互換だ。それならば中毒を避けて普通に魔法を使っている方がいい。
……まあ、あのジュースを飲むことは避けられそうにないので、事実上中毒も避けられそうにないのだが。
解毒剤でもあればいいのだが、あの量を解毒していたら今度は解毒剤中毒にでもなりそうである。
「幸いというべきか、今回はこのフィールドそのものに属性の力が満ちている」
「風属性だね!」
「そう。そのせいで、飛空艇の航行にもちょっと支障をきたしちゃってるんだけど」
「飛び方が見てて心配になりましたー」
「心配かけたねカナリーちゃん。でも、飛空艇も君らに飛び方どうこう言われたくないと思う……」
皆それぞれ、飛び方が実に個性的だ。暴走運転のマリンブルーが一番マトモに飛んでいるというのは、本当にどうなのだろうか?
板材で風サーフィンを決め、砲弾を足場にするソフィー。長すぎる槍で風を掴み舞い上がるセレステ。空中コンボのカナリー。
「まあかくいう僕も、これからマトモじゃない飛び方するんだけどさ」
「君の場合は予想がつくとも。魔法の爆風を、推進力にするのだろうさ!」
「お察しの通りだよセレステ」
言ってしまえば、生身でやるミーティアエンジンだ。正気の沙汰ではないが、残念ながらハルはこうした飛行は慣れっこである。
前回、『魔王ケイオス』もそうしていた自爆航法。あれより以前に、ハルが異世界で行っていた高速飛行に歴史は遡る。要はお馴染みということだ。本当にどうかしている。
神剣が空間を切り裂き爆発させる、その勢いにより光の筋を後に残しながら高速飛行する。その飛び方に比べたら何の危険もありはしない。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい♪ おみやげよろしくぅ~♪」
「ドラゴンステーキできるかな!」
「攻撃力が上がりそうですねー」
「またカゲツが喜びそうなのはどうかと思うが……」
だがあれを倒したらドロップ品が何かあるのか、それに期待しないといえば嘘になる。最初のブラックドラゴンは、ドロップどころかその身が地形ごと消滅してしまったので。
ハルは、手に持つ属性石の発動を止めると、防風のフィールドを解除する。
途端に吹き飛ばされ手を振る仲間たちとは離れてしまうが、むしろ好都合。手の中の石を別の物と入れ替えると、迷わずそれを起動した。
「さて、なんだかんだ色々と皆には言ったが、僕が一番狂ってそうだ。人間ミーティアエンジン、とくとご覧あれ」
人間、自分のことになると気にならなくなってしまうものだ。特に、ゲーマーに『効率化』という言い訳を与えたら。
ハルが使った石は、あの空飛ぶ棺桶『メテオバースト』のエンジンを担う、隕石発生装置。その隕石に乗るように、狂った手法でハルは翔ぶ。
当然、その身は隕石直撃のダメージを受けるが、ハルの体力はあの連日飲み続けた『世界樹の吐息』で大幅上昇している。今さら、隕石の一発や二発撃ち込まれたくらいではびくともしない。
荒れ狂う竜巻、竜の風も、天より飛来する星の勢いにはさすがに対抗出来なかった。当然だ、宇宙規模だ、現象のレベルが違うのだ。
「まあ単に魔法の出力差なんだけど、っと。流石に本体には通らないか!」
突如飛来した隕石は、風竜の吐く風のブレスのような衝撃波で粉砕される。迎撃能力も向上しているようだ。
ハル自身も当然その直撃をもろに受けるが、やはりこの程度なんてことはない。
「はは! この時の為に罰ゲームじみた液体を飲み続けたんだ! このくらいは顔面受けしておけないとね!」
まあ、受けられるからといって受ける必要はないのだが、避けるのも手間だ。この強風の中、自在に動けるドラゴンの攻撃を全て回避しようと思うと、反撃のチャンスがほとんど存在しない。
そんな一分の隙を見極めながら、ちくちくとHPを削る職人芸も悪くはないが、今回はもっと派手にいかせてもらおう。
ハルは二発三発と、隕石を乗りこなしながら竜との距離を強引に詰めてゆくと、ついに魔法の発動体勢に入る。
暴走しがちな毒性中毒下の魔法行使となるが、当然、防御などは考慮しない。
今までは拠点を破壊しないために抑えていたが、ここではその必要はない。心配なのは我が身のみだが、それも異常なHPがケアしてくれる。
「では食らうがいい、一切の制御なしの暴走魔法を!」
ハルが発動したのは、風と相克する<地魔法>、ではなく吸収関係の<火魔法>。単純なファイアボールのような単発の魔法を、いくつも発射する。
これはドラゴンの風属性に吸収されるどころか、下手をすれば周囲に満ちる風にすら吸い取られてしまいかねない。普段なら、複雑な属性相性に慣れていない素人にありがちなミス。
「だがそれでいい。中毒魔法の場合は、これでいい」
その制御を失い飛び方のいやに不規則な火球は、誰もが予想したように周囲の濃密な風の気に食い散らかされるように消えていく。
飛空艇のエンジンすら不調にするこの大気の中、炎による攻撃など嵐の中でマッチでも擦るに等しい。
だが、今のハルが放つ炎には、内部に猛毒を含んでいた。
「自分の風に刻まれるがいい!」
火球を食らい取り、そのまま彼方へ流れていくだけのはずだったその風が、突如として豹変し周囲に牙をむく。
それは、術者であるハルも、風の支配者であるドラゴンもお構いなしの、完全に無差別。
属性中毒により滅茶苦茶となった魔法構成を吸収した魔法は、それもまた同様に暴走してしまう、という恐ろしい性質がある。
まさに毒でも飲み込んだかのように、苦しみ悶え風は荒れ狂う。それは主人でさえもお構いなく、その翼を大きく切り裂くに至った。
「ははははは! これは、なかなか楽しいね! もちろん僕もダメージを受けるが、なに、そこはこのライフでカバーだ。ゴリ押しすれば、実質損は敵だけさ」
謎の理論で、次々と多様な<火魔法>を放つハル。それらは、周囲の大気そのものを爆裂させるように、次々にまた凶器へと変えていく。
こうしてフィールド全体を属性の力で覆ってしまっている以上、残念ながら敵にもはや逃げ場は存在しないのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




