第1336話 嵐に舞う風花と化す
飛び出していった女の子たちは四者四様に空を舞い、風竜に執拗に取りついて攻撃を加える。
基本に忠実な風乗りアクションをこなすソフィー、自身も翼の生えた動物を駆り自在に空を飛ぶマリンブルー。だが残りの二人が、少々おかしい。
まず異様に長く伸ばした自身の槍がそれだけ風に巻かれるのを利用して、疑似的な翼のように宙を踊り続け滞空するセレステ。
そしてカナリーは、いつもの多種武器の切り替えによる連撃によって、常に竜の周りに張り付き続けていた。
「《ちょあーっ》」
「相変わらずカナリーのはなにかおかしい……」
「フン。仮にも神であったならば、あの程度は出来て当然だ。むしろスキルに頼らねばならないとはな」
「でもウィストも運動音痴じゃない?」
「大木戸様インドア派だからねー。運動不足なのは仕方ないかぁ」
「やめろ。オレは運動不足ではない。そもそも、移動も戦闘も魔法で事足りるのに、なぜ動く必要がある」
実に運動不足だった。お手本のような言い訳である。
まあ、人間と違って筋力が衰えるという事は起こりえない神々だが、身体機能にはそれなりに皆差があり、得手不得手がある。
トップを走るのは当然セレステであり、マリンブルーもかなり活発な方だ。
そして我らがカナリーはといえば、割と絶望的に身体制御センスがない。機能をそちらに割り振るのを怠った、という意味では立派に運動不足だと言えるだろう。
そんな彼女だが、ゲーム内のスキルが勝手に体を動かしてくれるために、それの組み合わせで異常な挙動を見せている。
武器スキルにはもちろん対空攻撃、空中攻撃といったものもあるのだが、それを連続発動することで、強引に空中に留まり続けていた。
「まるでコマンド式の対戦ゲームみたいだね」
「空中コンボだ、空中コンボ。連続発動に制限かけた方がいいんじゃないの?」
「たぶん制限はあるんだよね。武器を持ち替えてるから、そこから逃れてしまっているだけで……」
運動は苦手だが、反応速度や判断スピードだけは恐ろしく早い。カナリーは武器を一撃ごとに持ち替えることで、本来不可能なはずの無限連続攻撃を決めていた。
これまでゲーム内ではそれなりの人数と戦ってきたハルたちだが、セレステに倒される時より、カナリーに殲滅されている時の方がプレイヤーの顔の絶望度は高かったのが少し面白いところだ。
確かにまあ、理解できぬ理不尽さを感じるのは分かる。理論上は可能だが、やろうとして真似しても他の者ではただの器用貧乏で熟練不足なマルチウェポンにしかならないだろう。
「なんか、楽勝じゃん? このままいけちゃいそー」
「油断するなリコちん。しかし確かに、前回のブラックドラゴンよか攻撃通ってる気がすんね?」
「……うーん。恐らくだけど、吸い取った龍脈の力をどこに使ってるかの違いなんだと思う。ブラックドラゴンの方は、単純な防御力と再生能力。こっちは、」
「見ての通り嵐を起こすパワーってことか!」
「うん。だから本体の方は、“攻撃が当てられさえすれば”現実的な防御力で収まってるのかな」
「やっぱ、小賢しい真似するボスほど攻略法が確立されれば雑魚扱いになるのはお約束だよね」
「いやぁ……、頑張って超火力出すより、この曲芸やる方が一般人にはキツイってば……」
一般人代表のリコが『理解できぬ』というようにぼやく。大変申し訳ない。
ハルたちとしては逆で、高火力で防御再生を抜くほうは準備が整っていなければどう足掻いても無理なぶん、要求がテクニックのみであるほうがまだ易しく思える。
まるで、RPGの高難度ボスか、アクションゲームのそれかの違いが出ているような印象も受けた。
とはいえ普通に挑めば、どちらもあえなく全滅、という憂き目を辿るという意味で同じように強敵なのだろう。
「あーでも、確かこっちの国にもバカ強プレイヤーは居たんでしょ? 確か<剣術>の上位スキルにハルさんたちを差し置いて至っちゃった人」
「ヤマトだね。彼はなんというか、まあソフィーちゃんの同類かな」
「うわぁ。んじゃ、そのおじーちゃんが本気出したら先に倒されちゃってたかもね」
「いや、そうもいかないよリコ。彼とソフィーちゃんでは狂い方が違うし」
「言い方よ……」
ヤマトは言うなれば、一対一の対人剣専門な部分がある。まあ、スキルによる二次被害はその範囲に収まらないのだが。
それだけ、文字通り『地に足のついた』戦い方だ。こうして器用に、空を飛んだりするのは得意じゃない。
……いや、得意としているのも冷静に考えればそれはそれで、どうかと思うのだが。
「……ふむ? そう考えると、『覚醒』スキルの習得条件も何となく見えてくるか。不器用な一芸特化で、強力ではあるがそれだけで龍脈ボスを倒せるようなバランスにはならない」
「エリクシルちゃんがそう調整してると?」
「仮説だけどね」
覚醒スキルというのはハルたちが勝手に呼んでいる便宜上の名だ。もちろん、今回がたまたま不運にもヤマトと相性が悪かっただけで、あれを覚えることこそが攻略の鍵である可能性もある。
しかしなんとなく、ハルたちのように何でも器用にこなせる者よりも、一芸特化を極めた者に与えられるイメージが強い。
そしてこの龍脈ボスとの戦いは、個人の英雄が無双するデザインではなく団体戦。
協力し軍団であたる事こそに、重きを置いているのだろうと感じている。
この風竜が暗黒竜と比べて弱く感じるのも、『兵舎』の拡張が少しではあるが進んだ影響だったりするのかも知れなかった。
「まあ、そんなこと言ってる間に、少数の英雄たちが無双してボスのHPも、もう半分か」
「いやいや、ウチらの作った飛空艇の砲撃あってこそっしょ! そこ忘れないでよねーハルさんさぁー」
「確かに。そういう意味では、僕らも兵器という軍事力をもって参戦してしまった訳だ。なんてことだ、エリクシルの思うつぼじゃないか」
「いやどう考えても想定外っしょ」
とはいえ、爆弾アイテム一つあればそれを推進力に空を飛ぼうとするのがプレイヤーだ。ゲーマーという人種に自由度を与えれば、こうもなる。
さて、エリクシルがそれをどこまで想定しているのか。お手並み拝見といこう。前回は見ることの出来なかった、ボスの『発狂』による後半戦である。
*
「おっ。くるみたいだ!」
ユキが敵HPが半分を切ったことを告げ、すぐに皆の目にも分かる形でドラゴンの身に変化が表れる。
その翼を広げ叫び猛る巨大な咆哮を上げると、その体中から風のエネルギーをほとばしらせた。
「《わぷっ! もー! 全身から攻撃とか可愛げがないんだから!》」
「《張り付く隙を見せないのは反則ですよねー》」
「《そう言いつつカナリーちゃん張り付いてるじゃん!》」
「《対応できる属性武器が揃ってますのでー》」
噴出する風属性の力を、必死で地属性武器で相殺し続けるカナリー。とはいえさすがに空中コンボも途切れてしまい、あえなく強風に飛ばされ成す術なくきりもみ状態になったところを、なんとかマリンブルーに回収されていた。
「《ははっ! 風が強くなってきたね。なんの、地に堕ちる心配がなくなったというもの! しかしこれは、規模が大きい》」
異変は、なにもボスの身のみではない。このエリア全体が、今まで以上の暴風の渦へと叩き込まれたように、その脅威を増している。
今までなんとか耐えていた植物たちも、その葉を引きちぎられ、枝を折られて、風のパレードを彩る紙吹雪の役をさせられてしまっていた。
そして異変は、ただ風が強まるだけに留まらない。
足元に目を向ければ、大地は割れてばっくりと亀裂を作り、そこからも湧き水のように風が噴き出してくる。
「いや、あれは風というよりは、風属性のエネルギーそのものか。龍脈のものだろう」
「このエリア全体が、変異したということだな。お前たちが事前攻略した時は、このギミックが間に合っておらずエリアそのものがエラーを起こし消滅した、ということか」
「恐らく」
「いや大木戸様、ハルさん! 落ち着いて考察してる場合じゃないっしょ! 今はこの船がまさに、エラー吐いてまーす! というか外の子らは平気!?」
「大丈夫だって。この程度の事でどうにかなるタマじゃないさ。外の子らは兵器」
「ニュアンスちがくない!?」
見れば勢いを増した風の中でも、どうにかそれに乗って活用してやろうと楽しそうにしている。
それよりも今は、この船の方が問題だ。周囲には異常を知らせる赤い警告色が点滅し、警報も鳴り響いている。
あれだけ揺れの少なかった船体も不安を煽る振動を繰り返し、このまま墜落するのではないか、と最悪の予感をさせた。
「モノちゃん。どうなってるかな?」
「《周囲の属性力に、エンジンが押されてるね。魔法を使って飛んでる以上、この影響からは逃れられない、よ? 虚空や星に影響のある、属性じゃなくてよかった、よね》」
「確かに」
「まあ、自由に舵が取りにくくなっただけで、浮遊機関が生きてれば落ちたりはせんよ。いざという時は、私がこのボタンを押せばニトロのようにミーティアエンジンが……」
「それが原因で大破しそうだからやめてユキちゃん~~」
「冗談だって、冗談。しかし、オール魔法化の弊害が出たね」
属性石が発動する魔法の組み合わせによって、この飛空艇は動いている。なので、エリアそのものでそれに干渉されてしまってはどうにも厳しい。
ここは、何かしら改善と対策が必要だろう。まさかエリクシルによる対策ではないだろうが、このボスとの相性はかなり悪かった。
これではこの船も風に舞う木の葉と同じように、ただ飛ばされ流されるだけの身となってしまう。どうにかそれは避けたい。
「よし。僕が出よう」
「大丈夫ハルさん? 毒物の接種しすぎで、体やられてるんじゃ?」
「……カゲツに聞かれたら怒られるよ? まあ大丈夫。別に、魔法が使えなくなった訳じゃない。あの程度で、僕封じにはならないとエリクシルに教えてやろう」
「いや別にハル君が勝手に飲んだだけなんだけどね実際は」
それを言ってはお終いである。自己責任なのである。これはエリクシルのせいなのである。
ともあれ、属性中毒はなにも悪いことばかりではない。その証明をする、今回は実にいい機会となりそうなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




