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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1335話 暴風に舞う豆粒のような

 高度をとり、悠々と飛び回る鳥の翼をもったドラゴン。飛空艇でゆく初戦の相手としては申し分ないスタートである。

 逆に、これは徒歩のプレイヤーによる通常攻略だと途端に厳しいだろう。

 空からの一方的な攻撃に加えてこの風だ。身体能力の高いプレイヤーであっても、戦闘以前にまず体勢がおぼつかないほどの嵐だった。


 本来は、龍脈通信内で祈りを捧げるという名目でアイテムや個人ごとにほんの少し持っているポイントを投入し、徐々にこうしたギミックを弱体化させて行くのだろう。

 ハルたちは分かりやすさ優先で『兵舎』と呼んでいる。シミュレーションゲームで兵士を増やすイメージに似ているからだ。

 まだまだ挑むには強化不足だが、だからこそ逆にチャンスだ。ハルたち以外には、手が出せないのだから。


「まずは飛空艇の武装テストかな?」

「いいや、待ちたまえよハル。ここは我らに、いや私にこそ一番槍を任せてほしい!」

「うんうん! せっかくの晴れ舞台なのは、私たちも同じだもんね! 最近はハルさんに、いいところ見せられなかったし!」

「確かに、このこところ僕は拠点に篭もりきりだったからね」


 一方で常に狩りに出ているセレステやソフィーとは、あまり接点のない日々が続いていた。

 彼女らはより一層凶悪になった『魔物の領域』のモンスター達と、常に戦いの日々を過ごしているのだ。


「マリンちゃんも行くぞ♪ この日の為につかまえた鳥さんで出撃だぁ♪」

「……飛べるの? この嵐の中」

「がんばれば飛べないことはないぞ♪」

「まあ、事故らないように。ちなみにあの竜は<調教>可能?」

「んー、無理かも♪ スキルが反応している気配ないし、テイムの対象外だと思うよ♪」

「さすがにそう都合よくはいかないか」


 万一可能なら、と淡い期待を抱いていたハルだが、そう上手くはいかないようだった。

 とはいえ、飛行可能な上級モンスターを従えたマリンブルーは貴重な戦力であることに変わりはない。頼りにさせてもらうことにしよう。


「ハルさんも乗っていくかな?」

「いや、マリンちゃんの思うようにやっていいよ。今の僕は、ちょっと状況が特殊だからね」

「あいあいさー♪」


 ハルは今恒常的にステータス異常の『属性中毒』に侵されている。そのためマリンブルーのテイムモンスターの背に同乗したら、彼女に迷惑をかけてしまうだろう。


「みんなやる気十分ですねー。私で付いて行けるでしょうかー」

「風に飛ばされないようにねカナリーちゃん」

「がんばりまーす」


 そして我らが前衛カナリーも揃い、ここに討伐の精鋭部隊が出そろった。

 彼女らは飛空艇の巨体から見ると手狭な甲板かんぱんに整列し、戦闘開始の時を待っている。


 敵の方も当然ハルたちを、というよりこの巨大な飛空艇を認識しており、既に攻撃姿勢を取っている。

 しかし、モノによる巧みな操縦によって、まだ微妙に交戦には至らぬ位置関係を維持していた。


「《そろそろ、突っ込むよ? 『風防』を開けるから注意、して》」

「うん! わかった!」

「唐突にこのなぎから嵐の中に放り出されるという訳だ。腕の見せ所だね」

「飛ばされるぅー♪」


 この甲板がやたらと狭いのは、飛空艇の周囲に満遍なく張り巡らされたフィールドの関係だ。

 真空と重力場、二種のフィールドがこの巨大な船体の飛行を支えている。それを、これから一瞬だけ解除するという訳だ。


 互いに遠巻きに様子を見ていた両者だったが、ついに飛空艇側が急旋回。風のドラゴンへと向けて一気に艦首を向ける。

 そのまま風に乗りつつ猛スピードで加速し、交戦距離へと迫る。


 竜の方も当然それに気付く。そしてただ黙って見てはいない。突進してくる自らの身より巨大な飛行体を、好きにはさせないと妨害に入る。

 その鳥のような翼をはためかせると、周囲に竜巻じみた暴風を発生させた。


「わあ♪ 吹き飛ばされる~♪」

「《もちろんそんなヘマは、しない。この程度でぼくの船の突進は、止められない、よ》」


 まるで大きすぎるサーフボードかのように、風の波を器用に捉える飛空艇シリウス。暴風に流されながらも、進行方向は直進の道を曲げずに竜へと迫る。そして。


「《今、だよ。バリア解除》」

「よーしっ! いっくぞー!」

「うむっ! 皆、飛び込め!」

「しょうがないですねー……」

「じゃあねハルさん♪ 吹っ飛ばないようにね♪」


 真空の壁、という矛盾した防壁が一時解除され、飛空艇は一気に揺らぎ傾く。

 その揺れをものともしない三人と、流されるまま風に巻かれ吹き飛ばされて行くカナリーが、竜をたんと飛び出していった。


 ハルは必死に姿勢制御をしつつこの場に残ると、ほどなく周囲は何事もなかったかのように、元の凪を取り戻すのだった。





「《さて、食らうがいい化け物! 我が神槍しんそう、受けてみよ!》」

「《わっ! ずるい、伸びた! よーし、まっけないぞー》」

「《みんな器用ですねー》」

「《カナリーはもうちょっと頑張らないと、置いてっちゃうぞ♪》」


 シノ軍との戦争でも見せた、自在に形を変える武器の力により、宣言通り一番槍はセレステが決めた。

 ドラゴンの表情など読めないが、突如落ちて来て吹き飛ばされるだけだったはずの人間が、急に槍を伸ばしてきたことには驚愕しかないようだ。


 ファーストアタックを奪われたことに悔しがるソフィーも負けてはいない。

 アイテム欄から板状の建材を取り出すと、飛空艇がそうしたように器用に風を掴みタコのように流れに乗る。

 終いにはその上に乗って直立し、サーファー状態で竜に肉薄し、直接その刀を叩き込んでいった。


「《うわかったっあ! でも、堅いならそのぶん何度もたたき切ればいいだけ!》」


 ソフィーはそのまま竜の身に取りついて、空中で暴れまわる安定性のかけらもない姿勢からお構いなしに連撃を叩き込む。

 ダメージが1しか与えられずとも、百万回斬れば100万ダメージだとでも言いたげに、ソフィーはその手を決して休めない。


 とはいえ、ただそのままそれを許して死ぬボスでもない、小さい邪魔な外敵は、無造作に風で吹き飛ばすに限ると暴風でソフィーを弾き飛ばした。

 ご丁寧に、今度は風に乗っては戻ってこれないコース。


「《面倒な真似を! ふーんだ。この土地は風まみれだもんねー。すぐにいい風見つけて、もっかい取りついてやる!》」


「……そういうアクションゲームかな?」

「あはは。ソフィーちゃんだけ別ゲーやってるね。いや、セレちんもか」

「うわぁなにあれ。伸ばした槍で風を掴んで? 飛んでんの? もう別ゲーどころか別システムじゃんさ……」


 一般人ドン引きである。飛空艇の設計者であるユキとリコ、そしてウィストも遅れて甲板までやってきた。

 どうやら、人の身による突撃だけでなく、これより砲撃も加えていくようである。


「《その必要はないぞソフィーちゃん♪ つかまれ~~♪》」


「あっ。マリンちゃんがキャッチした。そんでまたすぐ風サーフィンしてる。真似されちゃったねハル君」

「いやー、真似できるのおかしいっしょ。流石はソフィーちゃん、準ハル級なだけあるよ」

「なにその準ハル級ってリコさん……」

「人外検定」


 なんと嫌な検定なのだろうか。まあ、実際にその身が人外であるので、『ハル級』が人間の枠の外であることを否定はできないハルだった。


「そいや、ユキちゃんは行かないの?」

「私は今回、戦闘能力にビルド振ってないからね。動けるは動けるけど、今は船の様子見たい」

「そだよねぇ。やっぱ我が子の調子をチェックする喜びには、なにものも変えられないよね!」

「いや我が子とかまるで思わんけど……」


 ユキは生産系も割と好きだが、あまり成果物に思い入れを持つタイプではない。当然だ。もしそうなら空中で爆発四散ばくはつしさんするような乗り物は作らない。


 そんな手塩にかけた成果物である飛空艇から、一斉に魔導砲台が火を吹いた。ドラゴンに直撃すると、確かなダメージを与える。

 しかし、見守るユキたちの表情は硬い。どうやら、思ったような結果が出ていないようだった。実証結果が計算と合わない研究者の顔だ。


「むー……、なんだろ、もっと強い予定だった気が……?」

「そだねユキにゃん。スペック通りの性能出てないよコレ。大木戸様、これはどうして?」

「この場の属性干渉力による減衰げんすいだろう。空気抵抗をゼロにして、試射シミュレートしていたようなものだ」

「確かにそりゃ現実じゃ上手くいかなくて当然とーぜんかぁ。しかし大木戸様? 風属性に影響を受けるのは、地、火、闇だけのはずでは?」

「だが属性干渉を受けた際の反応なのは間違いない。これは、まだオレ達の知らぬ法則が存在するな」

「ふむ? このエリア特有のものかな」

「フン。そこは貴様が調べろハル。お前の仕事だ」

「ごもっともで」


 龍脈に関することは、ハルが一手に引き受けている。確かに、ハルの仕事である。むしろウィストは、十分にヒントを与えてくれたといえよう。

 彼の言った『属性干渉特有の反応』という考察はきっと正しいのだろう。その道の第一人者が一目で断言したのだ。

 あとはそれを手がかりにして、ハルが原因を突き止めるだけである。


「《砲弾撃ってー! もっと撃ってー! 私に向けてー!》」


「……それより、弟子への教育方針はもっと考えた方がいいぞ?」

「……別に弟子じゃないから。あれは彼女の持って生まれた才能だから」

「いや、どう見てもハル君師匠を見て学んだ結果でしょ」


 そんな砲撃を見てソフィーは、吹き飛ばされた際のリカバリーの手段として、それがちょうどいいと判断してしまったようだ。

 ……いったい、誰を見てそんな風に育ってしまったのだろうか? まあ、きっと彼女の破天荒はてんこうな祖父に違いない。ハルはそう責任転嫁して、いっとき現実逃避にふけるのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 風があるなら風に乗って戦うのは当然ですし、味方が復帰を手伝ってくれるなら空を飛び続けるのは当然ですし、味方の砲撃に実体があるなら砲撃を足場にするのは当然ですねー。ステージギミックを活用しな…
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