第1334話 暴風に浸食された地
ハルたちを乗せ、輝く巨体は空を往く。その航行は実にスムーズで、加速、減速の急制動も非常に機敏。大きさにそぐわず、小型快速艇のように乗りやすい船だった。
余計、マリンブルーには舵を握らせられないといえる。小型艇のように動かせるからといって、本当にそんな激しい軌道をされたらたまらない。
「とはいえ、最高速はメテオバーストシリーズには及ばないね。んまあ当然か」
「このくらいでいいわよ。あちらの方が好みなら、ユキは一人でそうしなさいな……」
「わりかたわりかた。拗ねないでルナちー。私も普通に、こっちのが快適で好きだよ」
「その感性はあるのに、なんであんな物が出来るのかしら……」
それは、十分に快適さの重要性も理解したうえで、なお速度を追い求めたからである。その誘惑の前には、他のあらゆる要素は『余分』と化すのだ。
「このお船のエンジンも、やはり隕石の衝突を使っているのですか?」
「うんにゃ? それは無理だったよアイリちゃん」
「この巨体を動かすほどの隕石群をぶち当てまくったら、うるさくってしょうがないでしょうねー」
「そんな船じゃなくて本当に良かったわ……」
「まあ、大量に必要なぶん、個々の衝突タイミングのバラつきで航行にブレが出そうだしね。それに、衝突板の交換を、さすがに手動じゃ行ってられないさ」
小型艇、メテオバーストの動力は、隕石を機体に取り付けた板に衝突させた勢いで進む、という豪快なものだ。
当然、フィルターと呼ばれるその板はすぐに破損し、プレイヤーの手作業による交換が必須となる。
この船の規模でそんなことをしていたら、手間も素材も、すぐに許容値をオーバーしてしまうだろう。
「それもあるけど、星属性のミーティアエンジンを積むスペースは無かった、ってのもある。どうしても虚空属性と干渉しちゃうから、どのみち無理だた。この船は普通に四属性で動かしてるよ」
「雷属性石で電気を起こし電動で、という案も出たのだが、同様の理由でボツだ。あれもどうしても、虚と近いからな」
静かに聞いていたウィストが、最後にそう補足してくれる。巨体であることに加え、最高出力もそんな感じで下がった飛空艇は、“比較的”のんびりといった空の旅を進行してゆく。
とはいえそれもまた世界の広さからくる錯覚にすぎず、実際の速度は現実の飛行機よりもずっと速いだろう。
「この速度、なら、目的地の枯渇地帯までは、あっさりと到着する、よ」
「むー♪ もっと最高速上げようモノちゃん♪ ケチケチしなーい♪」
「マリン、大人しくしよう? 今は、機体動作のチェックの、段階だ」
「それならそれで、もっと右に左にぐわんぐわん揺さぶろう!」
「マリンちゃん……、大人しくおすわり……」
「むむぅー♪ がるるるるー♪」
ハルは猛る猛獣を手なずけてなんとか座席に抑え込み、決してモノの握る操縦桿を握らせないように気を配る。
彼女が船を動かせば、すぐさまこの飛空艇は真横に向かって飛びそうだ。砲撃には便利そうではあるが。
「それに、せっかく重力制御を使ってるんなら、重力で飛べばいいのに♪ なんでわざわざ風とかで飛んでるのかな♪」
「確かに、だね。ぼくの戦艦がそうしているような、重力操作の再現も、出来たんじゃない、かな?」
「そうだそうだー。そのくらい、マリンちゃんのモンスターだって出来るんだぞー♪ オーキッドは怠慢だあ♪」
ここでいう『モンスター』は、この世界で<調教>し捕獲したモンスターではなく、異世界にてマリンブルーが作り出したボスモンスターのことである。
あれは確か重力制御というよりは空間制御だった気がするが、似たような挙動で進むことには違いない。
「あー、あの『前方に引っ張られるように進む』とか意味不明のやつ。理屈はなんとか分かるけど、ウチの手には余るかなぁ」
「オーキッドの努力不足だぞ♪」
「フン。これだから素人は。確かに星属性による重力航行は可能ではある。しかし、その力は急な加減速の際の慣性制御にあてている。乗員の安全を守るのも、設計者の務めだ」
「流石はウィスト、意外と面倒見がいい」
「やめろ。ただの職業意識にすぎん」
「でも助かるわ? 実際?」
特にルナにとっては、最重要事項だったに違いない。丁寧な仕事に感謝しなくてはならないだろう。
今もモノがテストで右に左に機体を揺らしてみているが、内部は驚くほど揺れや慣性により引っ張られる衝撃はなかった。
ちなみに虚空属性の方でも、急停止の際には真空を解除して空気の壁をブレーキにするなど応用が利くらしい。
一方で、マリンブルーの設計にもそれはそれで興味のあるハルだ。彼女が安全度度外視な上級者向けの設定で組み上げたら、いったいどれほどのスピードが出るのだろう。
そちらも、口には出さないが見てみたくはあった。まあ、ユキのメテオバーストで十分といえばそれまでだが。
「うん。だいたいわかった、かな。それじゃあ、そろそろ真っ直ぐ目的地まで、行くよ?」
「おー♪ のりこめごーごー♪」
船の癖を確認し終わったのだろうモノが、艦首をシノの国のある南に向ける。
いよいよ、例の龍脈枯渇ポイントに赴き、その支配者の討伐の時である。
*
「見えて、きたよ」
静かに告げるモノの言葉に皆が窓の外に注目すると、そこには一目で異常が分かる変質した大地が広がっていた。
大地はある地点を境に異様な形で削り取られ、それでいて時に磨かれた牙のように、尖った奇妙なオブジェが突き出している。
その大地にしぶとく生える植物たちは、それらを引き起こしたであろう犯人の力にさらされ、常にその葉をなびかせることで分かりやすく力の存在を教えてくれていた。
「風か。ここはボスの力で、風属性が暴走してるとか、そういう」
「どういう理屈なん?」
「知らん。きっとゲーム的な都合だ」
「ですよねー」
魔法の言葉で乗り切るゲーマーたち。ありがちな地形ギミックだが、思考停止せずによくよく考えてみると、納得できないことも多い。だが野暮というものだ。
「確かこの地は、例の『風の神殿』が近いはずです! そういった関連性も、あるのかも知れません!」
「確かにそうですねー。そういった属性にまつわる龍脈施設ゆかりの、影響がなにかあるのでしょうかー?」
「そうかもね。ただ、僕らの拠点の近くに湧いたボスは確か、暗黒属性のドラゴンだったよね……?」
「はい! ……確かに、近くにあるのはお山の龍脈結晶と、リンゴの樹ですね!」
「魔王ハルさんの暗黒オーラに当てられたのではー?」
「ふふっ。そうね? きっとそうに違いないわ?」
「誰が暗黒魔王だ誰が。まあ、全てが意味ある設定とは限らないし。いや、あのリンゴがきっと邪悪なんだ。そうに違いない」
ハルはそんな邪悪な果実の絞り汁が含まれた邪悪な液体を、新たに一杯喉の奥に流し込む。美味しいが、続けて飲むには甘すぎてくどいその味わいが口の中に充満する。
こうして常にジュースを飲み続けないといけないある種の罰ゲームをハルが課せられているのも、あのリンゴが邪悪であるからに違いなかった。
「……いやそんな事はいいとして」
「ですねー。突っ込むんですかー?」
「もちろん。モノちゃん、行ってくれる?」
「あいあいさー、だよ。ぼくは船長の命じるままに、何処にだっていく、からね?」
「僕的にはモノちゃんが船長なんだけどねえ。まあいいや。では、突入だ」
「らじゃー。飛空艇シリウス、突入、するよ」
その暴風吹きすさぶ嵐の領域に、巨大な飛空艇は突っ込んで行く。
技術の粋を集めた最新型とはいえ、その巨体だ。この暴風にその身をあおられたり、はしなかった。航行は変わらず静かなものだ。
「わあ♪ この風でもなんにも影響がないね♪ すごいすごい♪」
「フン、当然だな。そもそも大気の影響を極力受けぬように作られている」
「本来天敵であるはずの風ギミックも、この船には逆に効果がないのか……」
「そうでも、ないよハル。確かに艦そのものが、風に飛ばされることは、ない。でもね、エンジンは影響を受けて、しまってるよ」
「……なるほど。エンジンは地水火風の四属性で動いてるから」
「うん。この周囲にはどうやら、風の属性力が満遍なく、満ちている。属性相性の影響を受けないのは、水属性、だけ」
「面倒なことだ」
それでも船は強引に進行し、そんな暴風を引き起こしているだろう犯人が見えてきた。
どうやらこの地のボスもドラゴンのようで、風属性らしく既に飛行している、鳥のような巨大な翼をもつ存在だった。
龍脈の力を吸い取るモンスターだから、皆ドラゴンで統一でもされているのだろうか?
ハルたちは艦橋から出ると、臨戦態勢をとり艦の外へ出る為にそのハッチを開けるのだった。
また少し短くてすみません。属性相性はこんな感じになってます。雷と虚、星と命は繋がってます。
星⇔聖⇔光⇔地⇔水⇔雷
虚⇔暗⇔闇⇔風⇔火⇔命




