第1333話 静天の星
そして、ついに飛空艇は完成の日を迎え、出航の時がやってくる。
世界樹の葉の中の秘密基地にて完成した大型飛空艇の、進空式が本日執り行われる。
船は一通り実働テストを行った後、そのままの足でボスモンスターの攻略に直行する予定だ。
その為の乗組員として、神々の中でも戦闘に長ける者、そして、飛空艇といえば忘れてはいけないこの人、その技術は神々で随一の、モノ艦長がここでも操舵を務めてくれる。
「モノちゃん、どうかな? まあ飛ばしてみないと、詳しいことは分からないかも知れないけど」
「いいや、大丈夫そう、だよ? 流石はハルの仲間だ、ね。良い腕を、しているよ」
「いやー、私は言われた通りに組み立てただけだから。神様製の設計図が良かったんだよ」
「いいや、そんなことない、よ? 正直設計なんて、ぼくらなら誰でも出来るから、ね。現場の作業員こそ重要、さ」
「神様たちの基準がすげえ……」
正直ハルでも、現実には存在しない属性石という特殊な機関を使って、巨体を正確に飛行させるギミックを組むなどという仕事には相当苦心すると思われる。
もちろん、何度も大破させての実証試験を繰り返せば、最適なバランスを見つけられるという自負はあるが。
相変わらず神様同士の同族嫌悪なのか何なのか、微妙な当たりの強さはあるようだが、ウィストの仕事は認めてやってもいいとハルは思う。
「今回は主砲も付いていないようだしね」
「フン。これで主砲まで詰め込んでは、機体の安定性が担保出来なさそうだったからな。残念ながら今回は、見送りだ」
「付ける気ではあったのかーい……」
お披露目された飛空艇の見た目は、なんとなく異世界の宙に浮かぶハルたちの旗艦、『天之星』と似通っている。
飛行機というより宇宙船といった羽の無い見た目は、先端の尖った輝く流線形が美しい。
その艦首にはあちらのように巨大な穴は開いておらず、彼の趣味である主砲は非搭載であると一目で察せられた。
「主砲の設計自体も巨大になってしまったからな。それを積むとなると、船体のサイズを更に倍にしなくてはならん」
「主砲も設計してたんかーい……」
やはり、付けられるのであれば付ける気であったようだ。油断も隙もない。
「でも、武装自体は付いてるよ。だよねー?」
「フン、当然だ……」
「ノリノリだったよねー大木戸様。あっ、ウチが説明してもいい?」
「好きにするがいい」
「ういっす! そんじゃまウチから!」
「よろしくねリコさん」
「任された! えっとね。大木戸様の好きな大砲は付いてないんだけど、それでも副砲っての? 機銃みたいなのは付いてるよ。もちろん属性石の魔法攻撃で、十二属性全てに対応済み」
「豪華だね。全部のせだ」
「特定属性のみ弱点の敵とか出てきたら対応しきれないからねぇ。でも、ハルさんが乗るんだから心配はいらないかぁ」
「いや、前も言ったけど、僕が前提になるような設計じゃ、意味がないよ」
「ハルが動力なら、都市レベルの要塞でも、安心なんだけど、ね?」
「要塞王ハル君だ」
「王どころか電池扱いとか余計に勘弁……」
ただでさえ指導者的立場には辟易しているのだ。その上国の動力炉もまかなえとは、もう王様なのか奴隷なのか分かったものではない。
まあ、嫌になったら気分一つで、都市国家の動力全てをいきなりダウンさせることが出来るという点は、爽快そうではある。
「……いや、性格の悪いことを考えてる場合じゃない。リコさん、続きをお願い」
「了解っ。砲台は機体側面に並んでて、そこから砲撃だね。一応、操縦者の人でもブリッジから動かせるようにはなってるけど……」
「ぼくが操舵している時は、余裕、だね。他の人がやってる時は、砲手をつけた方が、いいかも、だね」
「マリンちゃんも、操縦しながらぶっぱなすくらい朝飯前だぞ♪」
「……マリンちゃんの操縦は危ないから大人しくしてようか」
「ぶーぶー! 事故ったことなんてないんだぞ♪」
「でも事故りそうにしか見えないんだよなあ……」
運転が非常に荒いことで有名なマリンブルーである。ただ荒くはあるが、テクニックは本当に随一なのだが。
あれでも当神の中では、精密に計算された『あんぜんな航法』なのかも知れない。
とはいえ、またルナや、もし乗ったらイシスからも苦情が来てしまいそうなので、マリンブルーに操縦桿を握らせるのは厳禁だ。
「砲は船の腹に付いてるってことは、攻撃時は横向きになるのかな」
「ん、お腹見せることになんねー。被弾注意……、はする必要ないか。一方的に撃つだけだろうしぃ」
「分からないよ? 僕らが戦ったドラゴンみたいのが相手なら、ブレスを届かせてくるかもだからね。正面への攻撃は?」
「そりゃラムアタックじゃん! は、冗談としてー」
「尖ってるから出来るけどね? ハル君のために、衝角は硬くしてあるよー」
「確かに衝角戦は嫌いじゃないけどさ……」
とはいえハルも他人を乗せて航行する飛空艇で船首突撃を決めるような戦いをする気はない。今のところは。
あくまで運搬手段として、出来る限り安全運転でいくとしよう。
「一応、魔法銃座の方向もある程度前側に向けられるけどねぇ。でも、航行中に攻撃するならもっとオススメの機能があるんだ」
「これ私が考えたんだよー」
「ユキが? へえ、やるじゃあないか。どんな武装なの?」
「えっへん。とはいっても、武装として詰んである訳じゃないんだけどね。飛翔機関のベクトルを変えることで、副産物的に生まれる現象を攻撃に利用してんの。バグみたいなもん」
「……なんだか雲行きが怪しくなってきた」
「まあ聞けハル君。おもろいから。機関は知っての通り、星属性と虚空属性の二つを主に使ってる」
「不遇属性をこんだけ使ってんのなんてウチらくらいっしょ」
「実は強かった四不遇。まあ、飛空艇飛ばすエネルギーを攻撃に使えば何だって強いだろうけどねー」
「取説によれば、星の攻撃転用は、空間圧縮による超高圧攻撃、みたいで、虚の方は真空断裂ブレード、いわゆるカマイタチ、らしいよ?」
「そんとーりモノちゃ!」
「とうぜん考えなしに使えば、そのまま落ちるだけ、だから、むしろスピードの乗った時にこそ使いやすい攻撃、だね。腕が、問われるよ?」
「なんか危なっかしい武装だな……、流石はバグ技……」
どうやら浮力を得る為に、大量に同系統の属性石を積みすぎてしまったために起こった想定外の仕様のようだ。
使い方は一癖あって難しそうだが、モノに任せておけば問題はあるまい。
「あっ、そうそう、攻撃も全部属性石だからさ、エネルギーは船で全部共通っしょ? 使えば使うほど、その分飛べなくなるから注意ねー?」
「確かに。攻撃にかまけて燃料切れなんて、笑えない。ここに、大量に龍脈結晶を積むみたいだけど、燃料はそれを?」
「いや。それも可能だが、あくまで予備と考えろ。燃料は直接、龍脈から補給可能なようにしておいた」
「それは助かるよウィスト。欲を言えば、果物で動くようにしてくれればなお有難かったけど」
「無茶を言うんじゃない……」
果物を食べて飛ぶ飛空艇。実にファンタジーでいいではないか。ついでにハルも『刑務作業』から解放される。
当然、艇内にも次々と生産され増え続ける『ノルマ』も積んでいく予定だ。まあ、空の旅の共とすれば、気がまぎれ、いや、優雅な気分になれることだろう。たぶん。
「当然だが、貴様が確保した龍脈からしか補給はかなわん。航続距離を伸ばしたければ、中継地を多く用意することだな」
「……なるほど。これは、龍脈支配の理由がまた一つ増えたみたいだね」
色々と癖は強そうだが、なるほど思った以上に便利な船に仕上がったようだ。この船はきっと、物理的にもこの世界の距離を縮めてくれる。
龍脈通信により新たな何かが加速しているだろうこのゲーム。エリクシルが目的を遂げる前に、ハルが先に、このゲームを制する方法を見つけてしまわなければならなかった。
*
そうして、世界樹の葉をかき分けて、飛空艇は出航する。
外から見る者があれば、突然木のなかからこんな巨大な船が出てきたらそれは驚くことだろう。
もしかすると世界樹のサイズ感に脳がバグり、ミニチュアの船でも出てきたように思えるかも知れない。
「進路、クリア。視界、良好。む、船体にダメージが入ってるよ、ハル」
「世界樹の枝でひっかいたか。無駄に頑丈だからねあれ。次からは、ハッチのように穴を開けておくよ」
「開閉式にできたら、ベスト」
「まさに秘密基地みたいでかっこいいね」
「そうでしょ。ぼくも、そう思う、よ」
微妙にケチのついた処女航海だが、無事に進空式は完了した。
船は世界樹から少し離れた所で静かに静止し、高度を全く変えることなくホバリングしている。
これも、遠方から見ていたら錯覚を起こすだろう。静かすぎて飛んでいるというよりも、空中に縫い付けられているか、絵でも描いてあるようにしか感じられない。
「虚空機関、星天装置、ぜんぶ異常、なし。理論どおりに、飛んでる、ね」
「よかたよかた」
「理論間違ってたらウチら全員纏めて死んでっけどねぇ。……いやマジよかったぁ」
「やめろ。この程度は当然だ。計算をしくじるオレではない」
「いやーでもさ、組み込みはウチも手伝ってたし、なーんかミスしてたらって不安で」
「リコも意外と心配性なんだね」
「ハルさんたちが図太すぎるだけだってばぁ!」
確かにこれだけの大掛かりなギミックを、しかもほぼ確実に運営側の想定外の仕組みで組むとなれば不安も出よう。
特に、この飛空艇計画はハルたちの計画の根幹にあるもの。もし想定通りに飛ばなければ、全てが狂うことになりかねない。
しかし、結果は皆が見ての通り、リコは期待以上の仕事をしてくれており、ハルが満足の旨を伝えるとようやく彼女も肩の荷が下りた様子であった。
「律儀だねリコちん。誘拐されて、強制労働させられたも同然だってのに。見事に調教されてやんの」
「調教言うな! 仕事に責任感持つのは、当然っしょ」
「根は真面目ギャルだ」
「いいから、さっさと次は加速テストだ」
相変わらず騒がしく、ハルたちのパーティは空を往く。この空気を変えるためにも、ここはひとつ発艦の掛け声でも必要だろう。
「そういえばウィスト。この船の名前は決まってるの? ここは、君が決めていいよ」
「そうだな。天に縫い付けられた星、『シリウス』なんてどうだ?」
「いいじゃないか。なかなか詩人だね」
「やめろ……」
なんとなく、『天之星』を連想させる名前である。こう見えて、あちらも気に入ってくれているのだろうか。
「じゃあ、モノちゃんお願い」
「うん。それじゃあ、『シリウス』、発艦する、よ」
こうして、ハルたちの切り札となる船、シリウスがついに動き始めた。




