第1331話 世界樹飛行場
ハルとイシスは世界樹の頂上より『樹道エレベータ』で中腹にまで降りてくる。そう、樹の中腹だ。もはや山の上にもう一つ山があるようなものである。
ついでにいえば当然のようにその葉の覆う範囲も非常に広大で、もはや山の上に深い森が生い茂っているようなもの。
そんな天空の森の内部に、包み隠されるように作られた一つの施設があった。
「……やはり広すぎる。更に巨大化した世界樹の内部を、ほぼこの空港だけで埋めてるのはどうなんだ?」
「そりゃあ山の頂上じゃ作れないはずですよねぇ」
何度見ても目を疑うその光景に、イシスと二人で呆れるように感嘆するハル。
枝葉の中に包み隠された秘密基地は、工場を思わせるようなむきだしの鋼板の床と、まるで真逆に自然を感じさせる枝葉の壁が、不思議と調和を保っていた。
まるで樹上に建てられた隠れ家、が行きつく所まで行ったらこうなるとでもいうかのようなその規模感は、ある意味真下の山頂に佇むハルたちの城よりも立派かも知れなかった。
その隠れ家の中は深い葉のカーテンに遮られた陽の光が優しく照らして、は、いない。
そんな生ぬるい日差しなどに頼っていられるかとでも言いたげに、次々と生み出される属性石の輝きが、眩く周囲を照らし出していた。
「ゲーミング飛行場だ」
「……どの辺にゲーム要素が? ああ、虹色で最高レアですか?」
「いやすまない。何でもないんだ」
多色発光の様子を揶揄してそう言ったのだが、イシスにはあまり通じなかったようだ。
この時代ゲームはフルダイブか、そうでなくても投影型モニター一つでプレイ可能なので、発光する周辺機器とはもう馴染みもなかった。
「しかしこの虹色の発光、夜になったら逆に葉の間から漏れ出て大変なんじゃないか?」
「いいんじゃなーい別に。幻想的な世界樹を演出できて、逆に映えるっしょ」
「あ、リコさんどうも」
「ちっすイシス姉さん。ハルさんも」
「幻想的って、世俗的の間違いでは?」
「外からじゃゲーミング発光と妖精さんの光の区別なんてつかないって。問題ない問題ない」
会話に入って来た、通じる方の女の子は最近仲間に入ったリコ。主に技術スタッフとして、ある意味イシス同様に捕獲された。
学園の研究生として培った機械知識と、魔道具の生産にも長ける魔法を使ったある種の回路構造との親和性の高さから、飛空艇建造を手伝ってくれている。
「それに壁なんて建てたら、地下室の作業と区別できないじゃん。やだよウチそんなん」
「……まあ、その気持ちは分かる」
「生産施設はずっと地下でしたからねぇ」
「そうだそうだー。日の光の入る大きな窓のある豪華なお部屋で、のんびり書類仕事するイシス姉さんには分かるまい!」
「いきなりこっちに文句言われた! というか、『姉さん』ってなんですリコさん。別に私、そんなに年上じゃないはずっていうか、むしろリコさんの方が?」
「いいや! 社会人はみんな年上に決まってる! なにせウチはまだ、学生なんだから!」
「その手使えるのズルいなぁ」
結局歳は近いのは事実なようで、なんだかんだ仲良くなったらしい二人である。記憶の引継ぎが出来るようになり、現実でも連絡を取っているようだ。
「それでリコ、飛空艇の建造は順調?」
「うい。順調じゅんちょー。このドック使えるようになって、作業も効率化されたしね。前は、足の踏み場もなかったよ」
「だからそこまで機体を肥大化させるなと……」
「とはいえ、現行のシステムじゃしょーがないところあるかんね。大木戸様の力をもってしてもどうにもならない」
「いや、絶対そんな事はない。確信できる」
「あっは。それはまあ、完成してのお楽しみ~」
ウィスト、魔法神オーキッドの変態的な構築力ならば、機体サイズを小型に収めることだって出来たはずだ。そこは彼を過小評価はしていないし、信頼しているハルである。
しかし彼はどうにも大艦巨砲主義のきらいがあるというか、ロマンを追い求めがちだ。まあ、結果的に世界樹に収まるサイズになったので良しとしているが。
「それで、具体的にはどの辺が難航してるのさ?」
「あっ、私も気になります。いや、聞いても分からないかもですけどもぉ」
「大丈夫、イシス姉さん基本的にかしこいから馬鹿のフリしてるのは、ハルさんにアピールするためだもんね?」
「誰が馬鹿ですか誰がぁ! ……それに、ハルさん相手ではほとんどの人が馬鹿になりません?」
「それはそう。賢いぶっている真の愚者は、ウチだった……」
「僕も各分野の専門家には負けるよ。というかコントしてないで、解説」
「コントじゃないし! ……コンビ組む?」
「嫌ですよぉ、なんのコンビですかぁ……」
なんのコンビなのかはハルにも分からないが、とりあえず残念な方面なのは間違いない。
そんなリコも、知識と技術はまぎれもなく一流であり、ウィストの意味不明で変態的な構築にも付いていけている。
これが普通の人ならば、人に説明するなど不可能なことだろう。ユキも、直感的にしか理解していない。
「あーなんだっけ。そうそう、機体がバカでかくなった理由ね。基本は聞いてるんだよね?」
「大きなものを飛ばすには、それだけたくさんの魔石が必要になって、そうすると結果的に更に体が大きくなってしまう。このループでしたよね」
「そーそー。それに加えて、もいっこ別の大きな理由があってさぁ。むしろこっちが現状解決不能というか」
「ウィストにも?」
「うん。ハルさんによる技術革新が無い限り無理だーってさ」
「頑張ってみるよ……」
結局のところ、動力の根幹はハルとユキによる属性石の開発力にかかっている。中でも、龍脈の調整はハルにしかできない。
ちなみに、今は世界樹の枝を伝ってその力を流すことで、この場で直に属性石を生産することが可能となっている。
「んでその解消不能のボトルネックが、星と虚の消滅相性なんだよね。これが両方欠かせないから、もう大変」
「星属性が天空と重力で、虚空属性が宇宙と真空でしたっけ? ……宇宙船でも作っているので?」
「そうかも。いやその気はないんだけどさ? 逆に宇宙船になるくらいのモン作らないと、大型飛空艇なんて成立しないんじゃん?」
「言われてみればごもっともだね……」
むしろそんな無理難題を成立させてくれている時点で、ウィストとリコには感謝しなくてはならないのかも知れない。
……いや、ここで絆されてはならない。絶対に趣味で、大きくなった部分はあるのだから。ハルは心を強くもつことにした。
「でだ、肝心の用途だけど、星属性が空に浮かぶための重力制御、虚空属性が空気抵抗を無くすための船体保護。これはどちらも外せない」
「小型艇なら、風属性のフィールドでなんとかなったんだけどね」
「このデカさになるとむーりー。それって要するに、この世界樹を包むレベルの風の結界を張り続けるのと同義だし」
「シノさんの国から採れる、風の宝珠にハルさんが力を込めまくる、とか……」
「空力制御だからね、単純なバリアとはまた別さ」
「そうそ。それで、船体各部にバラけて、真空の膜を張って、空気の壁に直接ぶつからないようにしたの」
それが、虚空属性の属性石が欠かせない理由。機体をすっぽり覆うように配置するため、石の無い部分は外周にはほぼ存在しないといえた。
そして、そこで問題となるのが対属性である星属性。厄介なことにこれも、また飛行をする為には欠かせない。
「虚空石と星石が近くにあると、互いに消滅反応を起こして機能不全を起こしちゃう。だから、干渉しない距離で配置できるように、どんどん船体は肥大化していったと」
「ままならねーなー。私も資金プールが肥大化する理由に、そーゆーの使えねーかなぁー」
「おっ、アイリスちゃんおっすー。お金の話は、場所とらないから関係ないかなぁ」
「おっすー。ダメかー。やっぱ時代は今こそ、金本位制ってことだわな」
「逆にね?」
エーテルネット上での決済以外はほぼ使われていない現代、ふらりと姿を現したアイリスの言葉は虚しく宙に消える。
残念ながら、金本位制度などゲーミングデバイス以上に現代とは無縁の言葉となっていた。そもそも金もエーテル技術で作れてしまう。
「まあそんな訳で、これでも干渉を避けるギリギリを攻めた設計をしてるんだよ?」
「なるほど。良く分かったよリコ。解説ありがとう」
「ハルさんのスキルで、消滅を抑えられないですかね?」
「それだと、僕が常に船に乗ってないといけないからね。そういう訳にもいかないし」
「そーそー。お兄ちゃんは、我が領土のトップにして切り札だかんなー。あちこち引っ張りだこよ?」
「アイリスちゃんも何かご用事?」
「そうなんよ! お兄ちゃんに任されてた、マーケットの裏側の調査がひと段落したんで知らせに来た!」
「ご苦労」
アイリスの言う『裏側』とは、実際に動いている内部システムのこと。十中八九、龍脈と同様のシステムを使っていると推測されるそれを解析できれば、この世界その物の攻略が一気に進む。
今回、龍脈通信を介してハル以外にもそのデータが収集できると分かり、外のエメと合わせてアイリスにも解析を頼んでいたハルだ。
「んでだ。結論から先に言っちゃうが、ちと厳しい。やっぱかいせきふのー」
「ふむ。まあ、そうかと思ってた」
「驚かないんな?」
「うんまあ。ウィストの言う『雑さ』のある表面上のシステムと違って、龍脈内は間違いなくエリクシルの本丸だ。セキュリティも桁違いだろうさ」
「だからこそ、そっちから直接攻められたら早かったんだけどなぁ」
「とはいえ、雑なこちら側から龍脈にアクセスする方法は色々ありそうだ。こんな、巨大な飛空艇が飛ばせてしまうところだったりね」
「ハルさんが本格的に世界壊し始めたって感じするねぇ。今回も楽しみぃ~」
「今回もって、いつもこうなんですか……?」
「そだぞー。私も、お兄ちゃんにえらい目にあわされた」
人聞きの悪いことだ。むしろ、壊さないといけないゲームを作る方が悪いと思ってほしい。
そんな、堅牢だったり穴だらけだったりと、ずいぶんチグハグなこの世界。そのチグハグさにこそ、ハルたちの付け入る隙は隠れているのかも知れなかった。
それを突くため、ここから本格的に動き出していくことにしよう。




