第1330話 魔王流世界の壊し方
少々リアルが立て込んでいまして、今日はちょっと半端な所で終わっています。申し訳ありません。皆さまも、台風などお気をつけください。
ハルは更に巨大となった世界樹の頂点に座し、睥睨するように地を眺める。
元より高い霊峰の上から生えて、その身を底上げされている。その高度は、もはや雲すら見下ろす程となっている。
見渡せば小さくプレイヤーが作っただろう街が望めており、逆にあちらからでもこの樹の威容が空に霞みつつも遠方にそびえ立って見えることだろう。
「これは、一目でヤバくなったと分かる訳だ」
チャットルームである『龍脈通信』には、すぐにこの世界樹の更なる巨大化のことが周囲の国のプレイヤーから書き込まれて知れ渡り、ハルの力の異質さを知らしめた。
先の果物系資源の強奪事件のこともあって、どうやらハルはこの世界樹を育てる為に各地を強襲した、ということになっているようだ。
「これは単なる副産物なんだけどなあ。いや、副産物が大きすぎるとは自分でも思うが……」
見た目からは完全に、この世界樹こそがハルの切り札であり戦略兵器のような立ち位置となっているが、これはあくまでカゲツのための寄り道にすぎない。
誤解してもらう分には好都合だが、本来の目的のためには、あまり寄り道にかまけすぎるのもよろしくないだろう。
「サイドストーリーに夢中になりすぎて、本編が進まない問題。普通のゲームなら別にどれだけやってもいいんだけど、ここでは時間は平等に流れるから」
ラスボスを待機させっぱなしで、カジノに入り浸っている訳にはいかないのだ。
遊んでいる間も相手は待ってくれず、主人公がカジノに引き篭もっているうちに世界は崩壊してしまうだろう。
そうならないためにも、ハルはこの眼前に広がる広大な世界へも目を向けていかねばならないのだった。
「……とはいえ、どうするか。他国を侵略したところで、それがゲームクリアに繋がるとは思えないし。大見得をきった手前、そろそろ何か方針を打ち出さないと示しがつかない」
ゲームクリアに向けて歩み出すと宣言したハルに、賛同してくれる者はそれなりに多い。プレイヤーたちも内心、この夢を捕らわれ、夢に囚われている状況に不安をつのらせていた。
今までは初対面の仲間ばかりでその不安を共有できる者がいなかったところに、龍脈通信が現れて一気に爆発したのだろう。
その気風が蔓延しパニックが起こる前に、旗印として動けたのは良かったと思う。
しかしこのままでは、煽っておきながらも道を示せぬ指導者の烙印を押されてしまいかねない。
「それどころか、現状ただ侵略準備を着々と進めているだけなんだよね僕ら。まあ、魔王軍らしいとは言えるけど」
他国の資源を奪い、拠点を強化し、魔王の力を増し、侵略用の飛行兵器を建造中。統一勝利の日は近い。
ただそんな事をしても、このゲームが終わるとは到底思えない。そもそも、国家という区切りなどゲームシステム上は存在しないのだから。
「とはいえ、まるで無駄だった訳じゃない」
この世界樹の強化、なかなかに良い面もあった。それはこの目立っている地上部分ではなく、むしろ地中に張り巡らされた根の方だ。
複数の世界樹がより合わさったこの複合世界樹、当然その根も同様に数段強化されている。
世界樹の植わっている側の山の斜面には、山肌と一体化するようにその根が這い降りて見る者のサイズ感を混乱させる。
そちら側から登ろうとする者には、もはや山登りではなく『根登り』となることだろう。
山中にもびっしりと根が張り巡らされており、坑道を一部使用不可にする代わりに岩盤の強度をしっかりと補強してくれていた。
しかしそこも本質にあらず、重要なのはその更に奥の方だ。
根は山中の地下深くに眠る龍穴へと浸透し、そこから力を吸い上げる。それどころか、その先に続く龍脈のラインに沿うように無限に伸びてゆき、そちらの補強をも行ってくれていた。
「これは嬉しい誤算だったね」
「なにがです? というか、こんな所に居ないでくださいよ。エレベーターあるといっても、大変なんですから……」
「ごめんイシスさん。少し、天から世界を見下ろしてみたくなって」
「まあ樹に触れてれば何処でも作業できるんですから、地下よりこっちのがいいですよねぇ」
「うん。監禁地下労働の気分はしばらくいいや」
「ジュースも進みます?」
「……それは地下の方が気分が出るかも知れない。エナドリがぶ飲みで徹夜作業ごっこというか」
「なんですかその地獄のようなごっこ遊びは……」
ちょうど、その力に関わる者、イシスがハルを探してこの空の上までやってきた。
彼女もまた<龍脈接続>を用いてハルを補佐してくれており、この世界樹の根の恩恵を受けている。
この根はハルの支配する龍脈に沿って異常な速度で伸びてゆき、その支配領域を強固なものとする。
根の張った位置の龍脈は、敵の龍脈使いからの逆侵攻を完全に遮断し、ハル側の支配を盤石のものとした。
これにより、支配域が広がるほどに懸念されていた敵からの反撃の激化も、ある程度抑えられる。
根が浸食した位置からの反撃はもう考慮する必要がなく、ハルたちはひたすら外側にだけ目を向けていればいい。
とはいえ、やはり面積が広がるほど、相手にしなくてはならない人数が増えることは間違いないのだが。
「<龍脈接続>を取った人には申し訳ないと思うけど」
「完全に死にスキルになっちゃいますもんねぇ」
ハルに、いや世界樹に支配された位置に住む龍脈使いは、完全にそのスキルが機能不全となる。このゲームには珍しい改善不能ポイントだ。
支払ったスキルポイントは戻らず、今までの努力は無駄となる。普通のゲームなら完全にお問い合わせ案件だ。
だが、悪いとは思いつつもハルはこの龍脈からの侵略を止める気はない。このイシスのように、記憶を持ち越す者を可能な限り出さないためだ。
その為ならば。他人の頑張って覚えたスキルを無にすることも厭わない。文句はエリクシルにお願いしたい。
「……エリクシルは、この事態を想定していたんだろうか?」
「龍脈が根っこで押さえられちゃうことですか? まあ、想定していたとしても、まさかこんなに早く達成されると思ってなかったんじゃないでしょうか」
「だとしたら想定が甘すぎると言わざるを得ない。彼女は、他のゲームを僕がどうやって台無しにしてきたかも見てきたはずなんだから。エンドコンテンツだからー、なんて甘えは通用しないよ」
「いったい何して来たんですかハルさん……」
「ちなみにユキも同罪ね」
条件が厳しいから、多少攻めた効果で設定しても現実的に問題はないだろう、などという一般論はハルには通用しない。それは彼女もよく知っているはずだ。
ならばそこには、やはりウィストの言うようにある種の『雑さ』があるように思えてならない。
彼女ただ一人ではこの広い世界と複雑なシステムを支えきれず、ある程度は自動生成に頼らざるを得なかった。
それによって、こうした歪みが出て来てしまっているという訳だ。
「そうした過去の運営たちと同様に、今回もそこが隙になる気がする。なんとかして致命的な欠陥を見つけて、軌道修正不能なレベルでこの世界を壊せれば……」
「ゲーム壊すこと前提で話を進めないでくださいよ……」
「まあ今のは例えだから」
「物騒な比喩ですねぇ。でも、相手はまさにこの世界の神様でしょう? いくら頑張っても、それこそいくらでも軌道修正されちゃうんじゃないですか?」
「そうだね。例えば追加で新たな龍脈を配置するとか」
「そうそう。お手上げじゃないですか」
「そうでもないよ」
もちろん、そうなれば今度はハルの苦労が台無しになる。しかし、そのぶん歪みもまたそれだけ大きくなるのだ。
いたちごっこの継ぎ接ぎ作業はそのぶん全体の強度を低下させ、ついには修正不能な致命的な崩壊を招く。そうなればハルの勝ちだ。
一手一手、そうした詰みに追い込んでいくのがハルの腕の見せ所といえよう。
「……まあ、それは半分は与太話として、現実的にはやっぱり飛空艇の完成が鍵になるね」
「完成したら、どうするんで? 他国を空から?」
「いや。新しく配置された龍脈を吸うボスが居るでしょ? あそこに順番に乗り込んで潰して行ける。ボスも、勝てる強さなのは証明されているからね」
「確かに。正式に倒すと何が起こるんでしょうね?」
与太話はともかくとして、これがエリクシルにより提示された現状のゲームクリアへの道のはずだ。
その攻略に積極的になることは、ハルの宣言とも矛盾しない。
さて、エリクシルは果たして、その先となるコンテンツを準備できているのだろうか?




