第133話 皇帝の憂鬱
「やっかいな事になったね」
「目立つのを承知で魔力を集めた結果よ? 受け入れる覚悟は出来ていたのでなくって?」
「そうだけどね。マイナスのランダムイベントは、ストレスには違いない」
王城の客室で、ルナと語らう。果物の香料をたらした、非常に良い匂いのするお茶を楽しみながら、硬めに焼き上げられたお茶菓子を口の中でほぐす。
ハル達は今、再びヴァーミリオンの王城へ招かれていた。
隣に座るのはルナと、そしてアイリ。ユキは欠席だ。堅苦しい会談の席は苦手そうなので、無理はしないようにと言っておいた。
「この映像の記録というのは素晴らしいですね。見所が分かりやすく抑えられています」
「それは、マツバや神様の編集技術の賜物かな。結構難しいんだ、あれ」
「そうなのですね!」
アイリは、先日行われた対抗戦の様子をまとめた生放送のリプレイを鑑賞して過ごしている。動画視聴の文化が無い彼女にとっては新鮮だ。
自分が映画の登場人物であるようだ、とのこと。
ハルが気になったのは、再現されたコメントの一部。
「紫のお姫さんとやらが、何か画策してるみたいだね。下手に政治と絡んでるから、タチが悪い」
「……来るとすれば、そちら方面からでしょうか?」
「そうね、アイリちゃん。武力では、敵わないと思い知ったはずよ」
自惚れを除いても、今のハルに勝てるプレイヤーは居ない。仕様を超えた力を多数操るハルに、仕様内で対抗出来はしないためだ。
その力を対抗戦で目の当たりにして尚、ちょっかいをかけて来るとなれば、それは武力に頼らぬ力、権力の方向からと考えられる。
「嫌いな考え方だ。オーキッドと契約するだけのことはあるよ、そいつ」
「セレステも謀は得意じゃん」
「いやいや。私がするのは戦うための謀だよ、ハル? 戦わないための謀略はするつもりはない」
「じゃあ僕の事も嫌いかな?」
「見くびらないで貰いたいね。君がするのは、戦う価値の無い相手をあしらっているに過ぎない。好ましいよ君は、とても」
「脳筋なのに口が減らないんだよなあ、セレステは」
「ははっ」
そして、今日も同行する神がひとり。ヴァーミリオンに行こうとするとセレステが何処からともなく現れてついてくる。
ヴァーミリオンが好きで趣味で遊びに来ている、のではなさそうだ。
「セレステは今日はお目付け役で来たの?」
「護衛だよ。君らのね。……言の葉を翻すようで忌々しいが、武力ではなく、政治力としての剣となる。そのための私だ」
「王よりも上の、神としてか」
「マゼンタの奴が何を考えているのか、イマイチ判明してはいないのでね」
こころなしか、前回よりも説明が詳細な気がする。神を撃破した事で、そのあたりの規制が一部解除されたのだろう。
この地、ヴァーミリオンは神を信仰する事を止めた土地だ。住民や、王であるクライス個人の考えはともかく、国是としてそう定まっている。
言い換えれば、運営の管轄を外れた土地。
そんな中にプレイヤーであるハルたちを出向かせるにあたり、運営としてサポートに着いているようだ。
「ハルは政治的な拘束など意に介さないだろうけどね。我慢してくれたまえ」
「いや、助かるよセレステ。ルナも居るし、アイリを引き合いに出されたら堪らないしね」
「ははっ、その時は私がするのはこの国の護衛かも知れないね? お姫様を引き合いに出せば、この国が滅ぶ」
「君の時のように、って? しないってば」
「ならばその時の対応はわたくしにお任せください! わたくし、慣れていますので」
自分の話題が出た事で、アイリがモニターから顔を上げる。
確かにハルは戦闘は得意だが、政治慣れはしていない。目の前の相手を陥れる事は簡単だが、群体の動きを操るのは難しい。そういった事はルナの方が得意だ。
アイリの手腕も頼りにさせてもらおう。政治から離れた立場であるが、逆に言えば王女という身の上でいながら、隠居の立場を勝ち取った実績がある。
「セレステも人心掌握得意だしね。……もしかして、僕が一番できない子?」
「方針はハルにしか決められないのだから、好きにおやりなさいな。軌道修正はするわ?」
「うむっ。もしノープランだったら、君はそこで威圧感を放って居てくれればいいぞ」
「それを傘に、わたくし達が進めますので!」
なんとも頼もしい女性たちだ。セレステも、戦う事しか頭にないように見えてAIだ。その計算力は既に証明されている。
「……いやちょっと待って。威圧感って、セレステ、これ君の分の威圧感も入ってるでしょ。君の神気は君が担当してよ」
「良いじゃあないか。今更だ。こういうのはリーダーに纏めておいたほうが良い」
「そもそもどうして僕に神気が移ったんだよ……」
「君のメイド達にストレスを与えないようにするには、こうするしかなかった。現在、君の精神はそこのお姫様だけでなく、メイド達とも接続されている」
「……初耳だが?」
「言ってないからね。メイド達がメニューを視認できるのはそうした理屈だ。故に、メイドたちはハルの気配にだけは寛容なんだよ。自分の一部のようなものだからね」
「自分の匂いは、気にならないような物か」
「まさしく」
<神殺し>を得て、一気にセレステの口が軽くなった。疑問が明らかになるのは喜ばしいが、サラリと恐ろしい事実を告げてくる。
メイドさん達にもメニューが見えるようにした時にカナリーが行ったのは、どうやらそういう処理らしい。つまりはハルの感覚を通して、メニューを見ているのだろう。
それを頼んだのも、気配を抑えてくれと頼んだのもハルなので、強く言えなくなってしまった。
「でも言質を取ったからってやりすぎ。気軽に買い物にも行けないじゃん」
「どうせ君は屋敷から出ないのだろう?」
「引きこもりね、ハルは」
「わたくしと同じです!」
出ない事と、出られない事は違うのだ。ご理解願いたい。
そうして会話に花を咲かせながら待つことしばし。以前と同様、マゼンタの信徒カナンを伴って、この国の<王>、皇帝クライス=ヴァーミリオンが姿を見せるのだった。
◇
「遠路はるばる良く来てくれた、ハルとその妻達よ」
「こんにちは、クライス。距離は僕らには問題じゃないよ。……と言いたいけど、心理的な遠さはあるか」
「うむ。我が国は閉じておる。例え隣国であっても、見た目以上に遠く見えるものだ」
「君も大変そうだ」
この国は鎖国中だ。強硬派の皇帝として、本来その鎖国を制定しているはずのクライスが、愚痴を語るようにそう漏らす。
それも当然か。言うなれば、国交を閉ざすというのはゲームで言えば強制的な貿易の禁止プレイだ。国主としては頭を悩ます問題だろう。
ハルのよくやる戦略ゲームでは、貿易の重要度は高い。
自国に欲しい資源の採取ポイントが無かった場合、それは他国との貿易で手に入れる。無ければ生産もままならない。
貿易禁止の場合どうするのかと言えば、それはもちろん戦争で奪って来るのだが、この国は侵略もする気は無いようだ。
それ自体は褒められるべき事だが、皇帝として悩みの種は尽きないだろう。
「急に呼びたてて済まぬな。貴公らに確認せねばならぬ議があったゆえ」
「こっちこそごめんね? 把握してるよ。忙しい中に君自ら顔を出してもらって」
「構わぬ。どうせ妄言を垂れ流すだけの、実の無い会議よ」
ハルが呼ばれた理由とは、勿論マゼンタの件だろう。
正確に語るなら、マゼンタが魔力の覆う国境の範囲を広げた事で、それに反応した地中の古代兵器が目を覚ましてこの国の兵士を襲った事。
そしてその兵器は、神の使いを名乗る謎の覆面ヒーローが突然現れ、討伐された事。
まあつまりは、ハルとマゼンタの戦いの余波で迷惑をかけたのである。呼ばれれば説明に来ようというもの。
「しかしすぐ呼ばれなかったのはこちらとしても助かったから、実の無い会議に感謝しようかな?」
「よせよせ。その時は我が待っておれば良いだけのこと。むしろ待たされるくらいが、我も休暇になって良いくらいだわ」
おかげで、というのも変な話だが、ハルもアイリ達とプールで遊ぶ時間が出来た。
──いや、そもそもだ。真に対処に奔走すべきはマゼンタなのに、奴はどこで寝ているのか。まあ、また余計な事されるよりはマシだろうけど。
「……確認すると、僕に聞きたい事ってのは遺産の暴走についてで良いんだよね?」
「その通りである。加えて言えば、それを収めた使徒が貴公と、そしてマゼンタ神の遣いであったとの証言を受けている。それについても聞きたい」
「あーうん。それも間違ってないよ。まあ、順を追って話そうか」
「うむ。頼むとしよう」
さて、どこから話した物か。とりあえず、ハルとマゼンタが戦う事になったのは伏せても構わないだろう。原因ではあるが彼らには関わりが無い事だ。
となれば話の始まりは、地下から遺産、古代兵器が出てきた事だろう。
「遺産が地下から出てきた事について、原因は理解してる?」
「いや、解ってはおらぬ。妄言と言ったのもそこだ。やれ神の怒りだの、いや神の自作自演だの、憶測に憶測をぶつけるだけだ」
「どちらにせよ、未だに君達の中では神様の存在ってのは比重が大きいんだね」
「神を人の尺度で捉えておるのが、人世ボケしておるがな」
「陰謀論はどこの世界でも尽きないものさ」
それに今回の場合、あながち外れとも言えない。マゼンタはハルの陣営に加わってしまった為だ。ハル陣営のマゼンタが遺産をけしかけ、ハル陣営のアルベルトが倒して解決した事になってしまう。
まあ、そんな事を言っても詮無い話だ。そしらぬ顔で通そうと思う。
「まあ、原因については難しい話じゃない。あれは魔力に反応し動き出した、それだけの事だよ」
「魔力にか? 今までは、特に反応を示さなかった物が何故急に」
「国境を定める魔力の壁、それが広がったのは知ってる? ……いや、襲われたんだから、そこまで気にする余裕は無かったね」
「ほう? しかし何故このタイミングで。貴公がこの地に来た事と、関わっているのだろうか」
「一応関わってはいるけど、これは完全に神様の都合だね」
対抗戦が行われると、正確には使徒が大量に集まると魔力が生まれる。
勝敗による報酬で分配はコントロール出来るが、生み出される量の多寡に関しては神ですら制御できないだろう。これについてハルは明言を避ける。
「議論になっているのは他には、遺産が危険な物が否か、って感じかな」
「然り。これも神への帰属を謳う者が危険と断じ、旧文明への回帰を謳う者がそれを否定する。水掛け論だ」
「学術的知見もなにも無いね。まあ、危険な物もあるのは確かだろうさ」
「それが何であるか解っていないのに、ありがたがって使っていたツケであるな」
これに関しては少しハルも耳が痛い。二つの世界に満ちるエーテル、これが何であるのか、深く理解しているとは言いがたい。
しかし、ヴァーミリオンの遺産の場合はもう少し根が深い問題だ。例えるなら、子供が銃を持って、何故引き金を引くと弾が出るか分かっていないが、強い武器だから使っているような物だ。
「まあ、君らが今使ってる武器が、突然暴れだして襲い掛かってくる事は無いと思うよ」
「……実際に、装備を手放す者も出る始末だ」
「それはまた、混乱が大きいね」
マゼンタが何を狙っていたかは定かではないが、彼の冠する『変化』はこの国に大きく出ているようだった。
このまま遺産を使っていていいのか疑問に思う者。いまさら手放せぬと見て見ぬ振りをする者。
遺産を悪と断じ、命を救ってくれた神に信仰を新たにする者。まあ、これはハルの介入した結果だが。
色々と、考え方の違いが出ているようだ。
「箝口令を敷いてはいるが、効果は期待できぬだろうな」
「積極的に広めようとする派閥も出るだろうからねえ」
未だ神を信仰している者にとっては、喜んで広めたい事件だろう。水面下で、しかし急速に広まって行くと思われる。『人の口に戸は立てられない』、を体の良い言い訳にして。
姫プレイヤーの居る紫の国の動きも気になるが、この赤の国も政治的に動きが大きくなっているようだった。
※誤字修正を行いました。「オーッキッド」→「オーキッド」。OH! 名前ミス失礼しました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/7/5)




