第1329話 比翼連理の樹
天を覆い尽くすようなこの世界樹。その種となる輝く宝石のような果実がハルの手元に複数存在する。
目下の問題となっている『世界樹の吐息』の材料集めの際に、せっかくなのでと作っておいたものだ。
これを植えれば、この拠点の新たなシンボルとなっている巨大な世界樹を、果実の分だけ用意できる。
……ただ問題があるとすれば、これは既に一本ですら持て余しているほどの巨大さであるということだ。
「ただでさえ城の日照権を気にしなきゃならないほどのサイズだというのに。ウィストめ、いったいどれだけの大きさの飛空艇を作る気なんだ」
「そりゃ、出来てのお楽しみだね。というか、私もよー分かっとらん」
「あなたね……」
「だってさぁルナちー。ルナちーは飛行機の部品だけ見て、全体の大きさを当てられる?」
「それは、無理だけども……」
「だしょー。既に設計は、私の許容値を超えているのだ!」
「流石は神々の技術なのです!」
「やりすぎだろどう考えても……」
「子供の工作に大人が乗り込んで来たようなものですねー」
しかも日曜大工とかそういったレベルではない。プロが工作機械まで持ち込んで、商品として売り出せる精度で完成させにきたようなものだ。お子さんドン引きである。
その子供とは、なにもユキだけのことではない。ある意味、この世界そのものだ。
エーテルネットと隔絶されたこのゲームは、いかに現実ではプロとして活躍している者であっても、十全に力を発揮できない。
現代では知識も技術もエーテルネット依存の者は多く、プロであってもそこから断たれた者は現実と同様の結果を出せるとは限らないからだ。
「その点でゆーと、リコちんは流石だよね。私と違って、神様の設計についていけてるみたいだもん」
「あの学園の教育方針って、無駄じゃなかったんだね」
そうした現代のあまりにエーテルネット依存の環境はよろしくないと、ネットの無い世界でも通用する人材を育成する。それがあの学園の掲げる『建前』だ。
実際のところはどうなのか、とハルも在学中から疑問視する部分はあったのだが、こうして結果は出ているらしい。
「まあー、今はそれよりも、完成した飛空艇の置き場の話でしたねー」
「うん。なんでもこの世界樹でも、まだ足りないんだとか」
「大きいですねー。やりすぎですねー。それで、世界樹を増やして対応するんですかー?」
「まあ、こいつもどうにかしないといけないからね……」
「ノリで作ったはいいけど、持て余してるもんね」
「後先考えず、作れる物は作るのです!」
悲しいゲーマーの性である。なにせゲーマー三人で飛び立ったものだから、ストッパーが誰も居なかった。
「といっても、ここは山の頂上で、植えるスペースなんてないわよ? 城を捨てる訳にもいかないし……」
「山のふもとを囲むように植えるか!」
「面白そうだねユキ。山がすっぽり隠れて、見えなくなったりしてね」
「樹の結界、第二段ですね!」
第一弾は例のバグによって虚空に消えた大地を覆い隠した世界樹の壁だ。
あれはこの世界樹から根を伸ばすことで、分身のようにそこから森を生やすことで発生させている。なんとも器用なことだ。
それを今度は世界樹そのもので豪華に行ってしまう、というのも面白いが、それではそもそもの目的が果たせない。
「広範囲に広がったら、飛空艇を収めるスペースが取れないから駄目だよアイリ」
「そうでした! なら、ご近所に立てなくてはいけませんが……」
「家でも建てるみたいに言うねー」
「とはいえ、ご近所はすぐ急な斜面だ。斜面は工事も法律も面倒だ」
「知ってる知ってる。半地下ってやつでしょ」
「ユキも妙な事を知ってるね……」
「山の頂上で何が地下なのかという話よねぇ」
斜面に生やすと高さが合わない、という部分は、ある程度の自由な枝葉の操作がきくためさほど問題ではないが、それでも今回は見送ろうとハルは思う。
なぜかといえば、龍脈の問題があるためだ。世界樹は植えると、龍脈を目指して根を急速に潜行させはじめる。
それにより既に一本目の段階で、せっかく作った地下坑道がボロボロである。
ここから新たなルートを開拓されるとなっては、さすがにもう被害が無視できない。
「ということで、連理にしようと思う」
「連理って、ひよくれんりの、れんり?」
「そうそれ。接ぎ木とか癒着って感じのやつだね。複数の樹が融合して、一本の巨木になるものだ」
「私たちにぴったりね?」
「魂は溶けあって、ずっと一緒なのです!」
「山が持ちますかー?」
「……世界樹の根が補強してくれるから、大丈夫でしょ。たぶん」
カナリーの冷静なツッコミが一気に現実を突きつけてくる。果たして、一本でも異常な大樹を複数本融合させたものなど山頂に乗せて、果たしてこの山は大丈夫なのだろうか?
まあ、大丈夫だと信じるしかない。どうにもならなければ、これからは山ではなく世界樹の上に城でも建てよう。また再建の日々が始まる。
再びとなる城の再建のイメージが伝わったのか、ユキの『やれやれ』という呆れた視線が突き刺さる。
それに努めて気付かないフリで流しつつ、ハルは皆と現在の世界樹の根元へと移動するのであった。
*
巨大すぎるその幹に隣接したカフェから伝って、城の壁を乗り越え滑り降りるように世界樹の根元へとハルたちは降りていく。
既にこれだけで、一つの自然系ダンジョンであるかのようだ。ちょうどハチ型のモンスターも飛んでいる。
ハルはメニューからそれらガーディアンの配置を弄って避難させつつ、地面と接続部の見える位置までやってきた。
「それじゃあ、ここに植えてみよう。リンゴを植えた位置からは多少離れるけど、同じ根を伝って源泉を目指してくれるはずだから、被害は最小限に抑えられるはずさ」
「……城の被害はどうなのかしら?」
「……こっちは逆側だから、大丈夫だと思う。たぶん」
今も城は、カフェがそうであるように世界樹の木肌と直に接触している。新たな木に追いやられたら、まず崩壊することになるのはそのカフェだ。
皆の憩い場が真っ先に粉砕されるその予感に、ハルの背を嫌な汗が伝う錯覚に襲われる。
「やりたくなくなってきたが、うだうだしてても仕方ない。さっそくやるよ?」
「おー。まずはブドウからだね」
「……ブドウを房ごと地面に植えて、果たして芽なんて出るのかしら?」
「それはあれですねールナさんー」
「ゲーム的な、都合なのです!」
魔法の言葉によって、リアリティはめでたく無視された。そういうもの、なのである。
ハルは宝石のように輝く、まるごとガラス細工のように透き通ったブドウの房を、まるごと世界樹の根元へと植えてみる。
すると、反応はすぐさま表れた。まるで地震かと勘違いしそうな地鳴りと共に、種は芽吹きまずは栄養源を求めて地中に根を掘り進める。
その様子は、龍脈越しの視点にてハルには透視するかのように確認ができていた。
「……うん。予想通りだ。既存の世界樹の根に沿うようにして、素直に進んでいってくれている」
「坑道の被害はへーき?」
「ゼロとは言えない。根が二本になることで圧力が増し、圧壊した通路も出てきている」
「んー、こりゃ、今後何本も増えることを考えると、もうその通路は使えなくなると思った方が良さげだねぇ」
「そうなるだろうね」
追加の根はこの一本だけでは終わらない。ただ、その追加を続けて行う前に、ハルはまず地上部分の様子を確認してからにすることとした。
無事に龍脈からエネルギーを吸い上げて、世界樹はすくすくと育ち始める。
まるで天を目指し伸び続ける童話の豆の樹のように、異常なスピードで空へと突き進んで行く。
それは既存の世界樹に寄り添うように、二つで一つの樹となって溶けあうように並び立ってゆくのであった。
「ビンゴだ。メニュー的にも、表示が出た」
「『新たな世界樹が癒着を行っています。同一メニューとして統合しますか?』、です!」
「なんだか見透かされていたようで腹立たしくはあるが、利便性には代えられない。さっそく許可しよう」
「二倍世界樹の完成なのです!」
「……癒着、って、こういうものだったかしら?」
「分からん。そもそも、リアルでは植物がこんな速度で育つことないから、気にするだけ無駄だルナちー」
「融合エフェクト出てますねー」
ぐにゃりと、比喩ではなく全体が溶けあうように輝くエフェクトに包まれて、晴れて二本の世界樹は融合を果たす。
ひと回り大きくなった世界樹は、まるで元からずっとそうであったかのようにハルたちの頭上で雄大にその葉を揺らしていた。
物理的に何かおかしい気がするが、これも魔法の言葉で乗り切ろう。二本が融合したというのに、大きさは1.5本ぶんくらいしかないのも、また『ゲームではよくあること』だ。
「まあ、とりあえずこれなら何とかなりそうか。この調子で、次々と種を植えていこう」
「究極の世界樹を目指すのです!」
ハルは手持ちの輝く果実を同様の要領で次々と植えると、それらもまた既存の樹へと吸収され融合を果たしていった。
そうして誕生した新生世界樹は、全て一つのメニューへと統合され、ハルが自在にその操作を行えるようになった。
どうやら、『大して大きさが変わらないな』と思っていたのも杞憂でしかなかったようで、メニュー上ではここから更に成長が行えることが明らかになる。
逆に城の方は、そのおかげで大した被害も出ずに済み、この設定がいい方向に働いたと言えよう。彼女が意図して設定した訳ではなさそうだが、エリクシル様様であった。
「さて、これだけ大きくできれば、ウィストの要求も満たせそうかな。あとは、飛空艇の完成を待つばかりだね」
「うい。頑張る。その間、ハル君はジュースでも飲んで待っててよ」
「せっかく忘れようとしていたのに……」
……今回の世界樹強化で、気がかりなことが一つあるとすれば、この強化によって、あの無限に生産されるジュースの原料が、さらに活性化され増産ペースが上がってしまうのではないか、ということなのだった。




