第1328話 魔法神様のありがたい授業
それからはしばらく、ハルは属性中毒を使いこなすべく応用の研究に明け暮れていた。
暴走する属性反応は一見規則性がなく、すぐに制御を離れ爆発してしまう。爆発といっても現実のそれとは異なり、ただのイメージであるのだが。
魔法として構成されていた構造が崩れ去り、その内容物である魔力と、その成果物である様々な物理現象が周囲にまき散らされる、といったところか。
当然、その際には相応の破壊が伴うので、城は少々吹き飛んだ跡が目立つ。
ハルはぷんすかと怒るユキによって城内での実験を禁止されてしまい、今は丈夫な世界樹の樹上にて研究を余儀なくされている。
「ウィストはどう思う? このシステム、恐らく君のものからの流用だろう?」
「知らん。確かに属性相性自体はオレたちのゲームからの流用だろうが、逆に言えばそれ以外は別物だ。オレならばこんな無意味に不安定な仕様にしたりせん」
「確かにね。君の組む魔法設計は病的に緻密というか何というか。安全対策もばっちりだもんね。例の強制解除には助けられたよ」
「フン。あれは使い手が未成熟であっただけのことだ。今後あのような活用の機会が訪れるとは思わんことだな」
まだエーテルを名乗っていたころの空木との戦いで、彼女の大規模魔法を強制解除し、ハルが戦いを優位に運んだことがあった。
それというのもこのウィスト、『魔法神オーキッド』が魔法の構築式に混ぜ込んだ強制解除キーのおかげ。
一見なんの変哲もないはずの魔法構造が、鍵となる式を撃ち込まれた瞬間パズルのように構造を変え強制停止コードとなる。
その忍ばせ方は芸術的で、未熟とはいえ神である空木ですらその存在に気が付かなかった程だ。
停止方法も、魔法発動を逆順になぞり丁寧に現象を無力化するというもの。後には純粋な魔力しか残さず、このような暴走など起こさない。
「暴走が起こるという時点で、構造としては欠陥品と言える。間違っても、オレの作品と一緒にしてくれるな」
「ふーん」
「……おい。実験を再開しようとするな。オレが巻き込まれる」
「大丈夫だってウィスト。小規模のもので観察をするだけさ」
「やめろ。貴様にとっては小規模でも、オレには致命傷になり得る……」
「まあ確かに。最近一人だけ体力が上がってるからね……」
つい加減を適当にしてしまいそうになる危険性は否めなかった。
ハルはステータス向上アイテムである『世界樹の吐息』によって、HPが仲間たちの中で飛びぬけて向上している。
これにより、魔法の暴走事故を起こし周囲を巻き込んで大爆発しても、しれっとハルだけは生き残ることだろう。
「……これは、属性中毒に気付かず仲間の近くで魔法を放ってしまい、暴走事故を起こして自分だけが生き残る。そんな悲劇が見えるようだよ。……これがエリクシルの書いた脚本ってことか」
「フン。心に傷を負った主人公の生い立ち、といったところか。ヒロインの当て馬にされて死ぬのは、更に勘弁願いたい」
恋愛ゲームで、他者との触れ合いを避けがちな主人公のバックグラウンドとしてありそうだ。
そしてそんな頑なな主人公の心を、ヒロインたちが時に優しく、時に強引に解きほぐしていく物語という訳である。その過程でちょっぴりえっちな展開にもなる。
「だがその点、オレの魔法ならばそんな悲劇は起こりえないがな」
「学園ものに最適だね。優しい世界だ」
「実際は恋愛にうつつを抜かす暇があったら独りで研究に打ち込む、つまらん世界だろうがな」
「やめよう?」
もしウィストの魔法を学ぶことが出来る魔法学園などあったら、エリート魔法使いたちがこぞって入学を希望することだろう。なにせ神のお墨付きだ。
そんな学園生活には恋愛などという甘っちょろい感情の入り込む余地はなく、寝る間も、いや息をする間すら惜しんで、例外なく全生徒が研究のみに没頭することだろう。
「……これはあくまでオレの勘だが」
「構わない。聞こう」
「属性相性のそれ以外は、この世界の魔法は異世界のそれとはまるで異なる原理で動いている。エミュレーターですらないということだ」
「確かにね。僕もそれは感じていた。なんというか、使っている感覚がほぼゲームのそれだ。魔法欄から魔法を選んで、MPを消費するだけで発動する。まあ、ゲームなんだけどさ」
「だが、ただ簡易なゲーム要素としての味付けというには、本格的が過ぎる」
「確かにね。この世界じゃ空気抵抗すら計算される。面倒なことだよ」
そのせいで、ユキの『メテオバースト』シリーズは、そして今この目の前のウィストも開発中の大型飛空艇は、かなりの余計な追加機能が必要となっている。
空気の壁による飛行の邪魔を低減する為の、風の属性石による防壁は必須。当然、巨大になるほど重力にも逆らわないといけないだろう。今度は星の属性石をその為に使うそうだ。
一方、アイリスやカゲツたちのゲームである『フラワリングドリーム』では、その点は簡易だ。
こちらよりも時間と人手をかけて作られたにも関わらず、空気も重力もあの世界には実際には存在しない。
可能な限り運営による計算をせずに済むようにとの省力化。最適化。
そこには、美しさを感じる程の彼女らによる血のにじむような研鑽の結果が表れていた。
「……この世界にはそれがない。それがないのに、ある意味こんな雑なままで成立している」
「そうだ。当然、エリクシルとやらが規格外に優秀であった、という可能性はあるが、オレにはそうは思えない。魔法の実装方法を見れば分かる」
「流石は魔法神。達人の目線だね」
「フン。そんなものではない。お前にも分かるだろう、ハル。この世界は規模だけはデカいが、細部に目を向けてみれば雑なツギハギだらけだ」
「まあ、そうだね。モンスターも出来はいいが、どこかで見たようなものばかり」
「オレたちならば、あんな単純でひねりのないドラゴンなど出さん」
「いや……、君らはもっと普通なドラゴン出そう……?」
根源的恐怖を覚えるようなクリーチャーも、それはそれでどうなのか。確かにオリジナリティはばっちりだが。
「そうしたある種の細部の『雑さ』は、奴が万能の創造神ではないことを物語っている。ならば魔法もまた同じだ。外側はオレのもの、中身もきっと何処かからの借りものだ」
「アメジストのスキルシステム?」
「いや。あれも魔法部分は、オレのオリジナルに近い。少なくとも直接ではないだろうな」
断言しないのは、ウィストにとってもスキルシステムにはブラックボックスがあるためだ。
「逆に言えばだ、その出どころが割れれば、こんな地道な実験など必要ないともいえる。何年かかるか分からんぞ?」
「なるほど。助かるよウィスト。忠告感謝する」
「フン……、これ以上、拠点とこの身を吹き飛ばされたくないだけだ……」
「また素直じゃないんだから。それなら、今日はなんでここに来たのさ?」
「ああ、そうだった。用事を忘れるところだったな」
「おいおい」
魔法談義に夢中になり、つい忘れていたらしい。彼らしいことだ。
さて、となると現在開発中の、大型飛空艇に関することか。さて、こちらはこちらで、また無茶な要求でなければいいのだが。
◇
「それで、どうしたの? 材料なら好きに使っていい、というか生憎今回は僕じゃ素材に関してはどうしようもないんだけど」
「珍しいものだ。いや、今のところ問題はそこではない」
「となると?」
「保管場所だ。そろそろ、やや置き場がなくなってきた」
「ややなくなったか……」
やはり、コンパクトには纏めきらなかったようである。『あまり大きくしすぎるな』とは言ってあるが、それでも技術的な限界はある。
先の例によって、大型艦を浮かそうとすればそれだけ必要な魔法も増えてゆき、その分の属性石機関を搭載しようとすると、またそれだけ体積が増えて、とままならない。
「……仕方がない。地下坑道に放り込んで、いや、いっそ地下一層をくりぬいてしまって、大規模倉庫にするか」
「いやそれも問題だが、そうではなくてだな。完成品の置き場がなさそうだ」
「世界樹の上を飛行場にして、そこに普段は置いておくんじゃなかったっけ?」
この生い茂る葉の中に隠された秘密飛行場。なんともロマンを感じる光景だ。ハルとしても完成が待ち遠しい。
しかし、その夢の計画に、どうも問題が生じてきてしまっているようなのだ。
「心配しなくても、こいつは頑丈だ。僕の暴走魔法にも耐えるくらい」
「それは心強いのだがな。問題は広さが」
「……足りない?」
「ややはみ出す」
「どんだけデカくなりそうなんだよ……」
まあ、『やはりこうなったか』と言うべきか。ユキとウィスト主導で作られる飛空艇。それが、ロマン満載の肥大化の一途を辿らないと考える方が甘いというものだ。
それでも、この気を付けて葉の位置を調整しないと眼下の城を覆い尽くす程の枝を伸ばす世界樹に収まりきらない程とは、ハルも想定外なのだった。
「……まあいい。ある意味、想定外が想定内ともいえる。なんとかしてみよう」
「フン。最初からそう言え」
「偉そうだな! 企画書を無視しておいて! 予算部門からの突き上げも覚悟しておくといい……」
皆の大切な資源、無駄遣いしたとなればアイリスがお怒りだろう。
なお、最も厳しそうなシャルトはこちらには不参加だ。皆の抜けた穴を埋めるために、現実の方が大変らしい。毎回、苦労人である。
「そうだね。お説教は今度にするとして、どのみちこの世界樹に関するネタも保留にしたままだ。それを片付ける意味でも、今やっておこうかね」
ちょうど、魔法実験も煮詰まってきたことだ。ここは、あのどうしようか保留にしたままの虹色の果実、世界樹の種となるレア果実を、覚悟を決めて地に撒いてみることにしたハルである。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




