第1327話 属性中毒
さて、謎のステータス異常である『属性中毒』、その検証をしていく訳だが、しかし中毒と言われてもさっぱり分からない。
そもそもこの宝石のように輝くミックスジュースに、なんの属性要素が含まれているのだろうか。輝いているので光か神聖属性だろうか。
これが『果物中毒』だったり、『龍脈中毒』だったりするならまだ分かるのだが。
「アイリ、<鑑定>は出来る?」
「はい! ……うーん、すみませんハルさん。<鑑定>の対象にすること自体はできたのですが、わたくしのレベルが低いのか『謎の状態異常』としか出て来ません」
「なるほど。アイリで無理なら無理ってことだね。<鑑定耐性>が自動発動してないだろうね」
改めてチェックするが問題はなく、単純にこの異常を<鑑定>するための必要レベルが高すぎるということである。
アイリのスキルレベルは相当なもので、彼女にも無理だということは、それこそ相当にレアな異常を引いたということだろう。この事態の厄介さを物語っている。
「……ふむ? 異常の強度が足りないのかも知れない。毒を追加してみるか」
「毒ではありませんがぁ」
「いいや。よくよく見ると、『七色に輝くカクテル』とか、毒以外の何物でもないよね? 自然界に存在していい物体じゃない」
「そんなこと言いながら平気で飲まないの……」
「狂人でてきたねハル君」
「検証モードが、毒への嫌悪感を上回ったんでしょうかー」
「毒じゃあ、ありません~~」
未だに飲み干すたびに強烈な甘味が喉を焼くようだが、ハルはその感覚を並列思考に押しやり表の思考は冷静さを維持する。
今は無理にでもこのジュースを流し込んで、この中毒を強化していかねばならない。
「そういえばアイリちゃん。このジュースそのものに<鑑定>をかけてみたらどーなん?」
「確かに! 何か体に悪い物が入っていたら、分かるかも知れません!」
「カロリー表示とか、出そうですなぁ?」
「出たらたぶんめっちゃカロリー高いよこれ……」
「キャラクターの体が太くなる状態異常じゃなくてよかったわねハル?」
「……それだったら僕はただちに飲むのを止めているよ」
「おっかないですねー。そんなハルさんはだめですよー?」
「僕もそんなカナリーちゃんは見たくないからリアルではけっこう手間をかけてるんだよ?」
それでも自覚してもらうため、ある程度は残しているハルであるので、最近はちょっぴりふっくらしてきたカナリーだ。
ちなみに、『こういう体型が好みなんですかー?』、と本人はノーダメージである。むしろハルがダメージを受けている。
それはともかく、アイリによって行われた『世界樹の吐息』の<鑑定>結果が出たようだ。それに意識を切り替えるハル。
「出ました! 色々と設定のバックグラウンドが“ふれーばー”で出ていますがここは、飛ばして、主な効果はHPとMPの恒久的な上昇です」
「それは私らからも見える情報だね」
「さらに隠された<料理>効果として、属性魔法の威力向上を行う一時的な強化効果もあるようです!」
「それは知りませんでしたなぁ」
「スキル使用者本人すら知らない効果か」
「けど、これでハッキリしたね! ハル君の病気は、そのバフ効果を累積させすぎた中毒!」
「そもそもおりょーりの効果って累積するんですなぁ? ……おや? おやおやおや?」
「……また何か邪悪なことを思いついたんだろうけど、どうしたカゲツ」
「ならば、『属性中毒』以外にも、様々な中毒を発生させるおりょーりが、この世界には存在するのでは?」
「さすがに、中毒を発生させる目的で料理をし始めるのは料理人としてどうなのかしら……?」
「まあ、この属性中毒がどうにかなったらね」
「あはは。ハル君もハル君で、マッドサイエンティストなスイッチ入っちゃってるよ」
この、エリクシルの手のひらの上でのゲームプレイ。彼女を出し抜いてこのゲームをクリアするには、まともな攻略だけでどうにかなるとは思えない。
ならば外法も邪道も有用ならば迷わず使い、エリクシルの裏をかいてみせよう。そうハルは決意する。
……そう、例え、自分の身を実験台にすることとなってもだ。ある意味都合が良いとさえいえる。
ただ、その決意は決意で別にして、やはり強烈な甘さを続けざまに流し込むのは、どうにかならないのかと頭を抱えたい気分にはなるハルだった。
◇
「……うん。確実に威力は上がってるみたいだ。今のところ、中毒状態でも属性魔法のスキル発動は問題なく行える」
グラスを傾けながら、ハルは指先から<火魔法>を静かに発動させて様子を見る。
そうしている間にも、カゲツが出来る秘書のように、空になったグラスをさりげない仕草で交換してくれる。仕方ないのでまた飲み干す。
「とりあえず、魔法スキルが使えなくなるっている最悪の事態はなかったわけだ」
「中毒の進行度合いによっては分からないけどね」
「今のところは、良い効果だけなのですか?」
「それがそうとも限らないよアイリ。うん、少し危険かも知れないけど、やってみようか。離れてて?」
「はい!」
ハルはカフェの席から立ち上がると、やはりグラスを片手に今度は強力な攻撃用の<火魔法>を空中に放つ。
……しかし、本当にこのグラスがハルに付随する一種のアクセサリーにでもなってしまったようだ。
いわばキャラクターの“立ち絵”で、どんな時でも椅子とワインがセットになっている魔王のように。そのまま日常イベントに放り込まれると、途端に笑いを誘う。
「……いや、今は忘れよう。さて、見たかなみんな? 今の魔法は蛇みたいに空中をうねって進んだけど、本来は直線の火炎放射のような魔法だったんだ」
「へぇー。てっきりそういう軌道で敵を飲み込む範囲攻撃かと思ったよ」
「ですね! ありがちな演出ですから!」
「ということはー? 魔法の制御がきかなくなってる、ってことでしょーかー。威力の上昇と引き換えにー」
「そうなる」
一種の、暴走状態のようなイメージに近いのかもしれない。制御の効かない強力な魔法が、仲間を巻き込み暴れ出すあれだ。
先ほどは、魔法が使えなくなる訳ではないとは言ったが、症状が進行すると事実上、魔法の使用不可状態になると言ってもいいのかも知れない。
制御不能になり自爆にしかならないのであれば、それは使えないのと同義である。
「……そして、ある意味ここからが本番だ。この炎に、属性吸収させてみる」
ハルはもう一度空中を複雑な軌道でうねる炎を呼び出すと、今度はそれに対して吸収属性である<風魔法>を注ぎ込んでみる。
その風自体もまた暴走ぎみだったが、今見るべき部分はそこではない。風属性を飲み込み強化された炎は、四方八方に飛び散るようにその身を爆裂させた。
今までは、のたうち回っていたものの形を保っていた炎が、魔法としての形状を維持できず爆散してしまった、と捉えるのが自然だろう。
「ごめん。大丈夫だった?」
「いきなりなにすんじゃーハル君ー。めっちゃあちかったぞ」
「わたくしは、平気なのです! カゲツ様が、守ってくれましたので!」
「料理人に炎はききませんのでなぁー」
「そんな効果はない……」
「つまり、その属性中毒が真にその牙をむき始めるのは、属性相性を作用させたときということね? 致命的なのでは……?」
「んー、そうですねー。ハルさんの得意な必殺技は、一人で十二属性を完璧に調和させて吸収し、強大な魔法に仕立て上げることですしー」
その通りだ。ハルはその複雑な組み合わせを難なく使いこなせる存在として、個人でありつつ他のプレイヤーの軍団を相手に立ち回れる力を誇っていた。
もしそれが封じられるというならば、残念ながらハルなど、ちょっと強いだけの魔法使いプレイヤーである。しかも魔法は暴発する。
「んー。これは、止めておくのも一つの手ですなぁ。ウチのおりょーりで、この領地全体を危険に晒すわけにもいきません~~」
「どうしたカゲツ。そんな日和ったことを言って。さっきまでの勢いはどうした。お前には責任をもって地獄まで付き合ってもらうからね? ほら、次のグラス」
「いつの間にか立場が逆転してますねー。それでこそハルさんですねー」
「うんうん。やっぱりハル君が、一番の狂人枠だよね」
「勝手に変な枠に入れないでくれる……?」
それに、ハルだってなにも何の勝算もなくただ窮地に突き進んでいる訳ではない。きちんと、この地獄のような道の先には光明が見えていた。
「威力が向上しているのは確かなんだ。それに、属性相性の反応に今までにないパターンが見られた。これを応用すれば、魔法スキルの新たな可能性が見えてくるはず」
「まあ確かに、あなた言っていたものね? 『最近は魔法スキルが頭打ちになってきている』って」
「別に、あれが魔導の最奥ということでも納得はするのですが……」
「そだねぇ。隕石の雨降らせて一人で軍隊を壊滅させたりして、あれが到達点じゃなくてなんなん? って感じはする」
確かに、シノの国との戦争にて葬られた者達からすれば、もうあれ以上の魔法など、そんな物存在してほしくないだろう。
しかし、ハルがこれから相手にするのはプレイヤーではなく世界そのもの。ゲームクリアのため、運営であるエリクシルも想定していないような更なる魔導の極地へ至る必要があった。
「まあ、ノリではあったけど、『魔王』なんて名前で宣伝してるんだ。魔王専用の異常な魔法の一つや二つ、開発したいとは思っていたし」
「しかしー、制御できず自爆では話になりませんよー? どうするんですー?」
「そこはきっと、気合で『たあ!』って、抑え込むのです……! ぐぐぐーって……!」
アイリが空気圧がパンパンな容器でも抑え込んでいるようなかわいいポーズを取っている。
とはいえ、そうした気合と精神力でなんとかなる内容ではない。少年漫画の世界ではないのだから。
恐らく少年漫画の主人公たちは、脳内にカナリーの『幸運データベース』のような物に繋がるチャンネルを持っていて、気合を入れることで無意識にそこにアクセスしているのだろう。
「……馬鹿なことを考えている場合ではないね。アイリには悪いけど、気合でどうにかなる内容じゃなさそうだ。むしろ気合を入れないための、考えがある」
「さすがですー! どうするのですか……?」
「うん。<属性振幅>を使ってみよう。本来は吸収効果をより高める為のスキルだけど、これをマイナスに作用させて、暴走を穏やかに出来るか試してみよう」
そうして、ハルは手持ちの様々な手札を試しながら、この変わった状態異常をどうにか活用できないかの実験を続けていった。
怪我の功名か、夢中になるうちに次第に強烈なあの甘さも、なんとなく薄れていってくれた気がしてきている。
……いや、やはり気のせいかも知れない。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




