第1324話 人間に用意された餌と蜂の餌
その後は、実際に打つ手がなくなったのも事実なので、宣言通りに龍脈へと果物を流し込み、その原産地へと逆流させてみるハル。
挙動は特に問題なく、遠方の大樹へと向けて、果実はラインを逆流していった。
「ふむ? ちょっと経路がおかしいね」
「確かに。妙に迂回していますね。これは、あの龍脈通信の影響でしょうか」
「おそらく」
イシスと共に龍脈の浸食を進めるハルは、その果物の逆流ルートに妙な違和感を覚える。
最短ルートを通らずに、妙にぐるりと大回りをしてそれらは生まれた樹へと戻って行った。
これは、確実に例の追加モンスターが原因だろう。
あれらが出現し枯れてしまった周囲の龍脈は、現在は通行不能状態として扱われている。
まあ、素直にあの土地を通られても、対策をしないとすぐに力を吸い取られてしまうので、オートで避けてくれる分にはありがたい限りなのだが。
「しかしハルさん。今回の対象は支配領域からかなり離れた場所ですよ? 龍脈を確保しておく意味はあるのでしょうか?」
「まあ、取ったところで維持も大変になるしね。まあ今回のは実験の意味がほとんどだよ。ロイヤルゼリーに関することと、今後に対する布石としてね」
「そーなんですね? よく分かりませんが、精一杯お手伝いします!」
イシスの補助も受けながら、ハルは徐々に細く糸のように通されていく龍脈のラインを太く大きく浸食していく。
ただ、今回は龍脈の内部全てを埋めきるまで徹底的にやるつもりはない。
距離が増える分、いわば『パイプの中の水』の体積も膨大になり、完全掌握には時間が掛かりすぎるためだ。
だが逆に、距離があるぶん、糸を一本通すだけで稼げる体積もまた馬鹿にできなくなる。
その様子を見るのが、今回の実験の目的の一つであった。今後に対する布石として、慎重に様子を観察したい内容だ。
「まだ詳細なところは見えてこないけど、今後、あのチャットタウンのマーケット機能で、遠方のアイテムも手に入って来る可能性は高い」
「ですね。ちょっとわくわくします」
「だろう? するとどうなるのか。当然、今のように龍脈に流す用の龍脈アイテムも、直接足を運ぶことなく入手できるわけだ」
「いやいや。『当然』ってハルさん、その考えは当然じゃないですから。まず龍脈アイテムは、流してライン作りに利用するための物じゃないですから……」
「そうかい?」
ハルにとっては、ごく当たり前の認識だった。
近隣の物に限るが、今までもマリンブルーたちが行商で買い集めた龍脈アイテムも、使わずそのまま放り込むことで産地の龍穴の特定に使っていた。
それが今後は全世界が対象になることで、この場に座しつつもあらゆる龍脈に手が届くということになる。
「その為の資金が必要だ。忙しくなりそうだよ、楽しくなってきた。龍脈資源を買い揃える為の、元手を稼がないとね」
「うわ本気だよこの人……」
「当然」
「そうやってマジに龍脈から世界を支配するつもりなんですか? そう都合よく可能なんでしょうか?」
「まあ、やって出来ないことはないんじゃない? 世界を手中に収めるのも、最近は慣れてきたし」
「サラっととんでもない事言ってますねぇこの人……」
異世界の国々と神界、神王として君臨した花の世界、アメジストの異界、そしてこの世界。世界を支配するのも慣れてきた。本当に魔王のようだ。
月乃に聞かれれば、『その調子で日本も支配しよう』などと言い出しかねないので、あまり滅多なことは言えないのだが。
「……まあ、何も出来そうで楽しくなってきちゃったから、っていうだけではないよ。このまま龍脈を放置していると、危険だと思ったのも大きい」
「私のように、記憶を持ち越す人が出て来かねないからですね?」
「うん。むしろ、もう知らないところで出ている可能性だってある。そのことを主張しなければ、誰にも分からない訳だからね」
「私は、少し考えなしでした……」
「まあ、そのおかげで僕らと出会えた訳だから」
「そこは、感謝してますねぇ。よくやったうっかりな私! って感じですよー」
「今後は気を付けようね」
龍脈に関するシステム追加で、この存在がこのゲームの根幹を成す物だと察した者も多いだろう。今後は、<龍脈接続>を得る者も次々と増えるかも知れない。
そうなった時に、既に世界の龍脈を支配し尽くし、その面積、いや体積にて圧倒する。そんな体制を今のうちに構築しておきたい。そうハルは考えていた。
今はその為の実験だ。どうにかして各地の特産品を買い集められれば、同様の手順で次々と龍脈のラインを伸ばすことが出来る。
「まあ、今はまだ実験だけだね。実行にはまだまだ準備が必要。今回重要なのは、前者の方だ」
「えーっと、なんでしたっけ? あっ、ハチさんのアイテムですね」
「そうそれ」
入手手段が不明のアイテムであるが、確実にハチのガーディアンに関連する物であるのは分かる。
ならば、そのガーディアンの支配権が維持できている今のうちに、やれることは全てやっておくつもりのハルなのだった。
*
「はいみんな、集合ー。完全ではないけど、各地にラインが通ったよー」
「待ちわびたのです! ここからが、真の実験の始まりなのです!」
「まあ私は見てるだけだろうけど、がんばれハル君ー」
「なにをしようというのかしら?」
「おやつを食べながら見守りましょうー」
「……リンゴ味以外の物がいいわ?」
やいのやいの、と姦しく集まった女の子たちと共に、ハルは本命の実験をスタートする。
ハチのガーディアンから、どうにかしてロイヤルゼリーを生み出せないかの試行錯誤である。
「さて、ここに全国から集結した各地の女王蜂がいる」
「なーんで居るんですかぁ」
「それはねイシスさん。ガーディアンは龍脈のラインに乗って、支配者の好きな場所に召喚することが出来るからさ」
「そういえば戦争の時に便利な兵隊として使ってましたもんね」
そう、ガーディアンのユニット配置は、なにも大樹のダンジョンの中だけではなくて、繋がった龍脈上ならば何処でも行える。
もちろん、供給したリソースの範囲内で、という制限付きではあるが、ハルたちにとってその制限などあってないようなものだ。
「でだ。この瞬間だけは、全てのハチたちが僕らの支配下にある訳なので、どうにかこの期間になんとかしたい」
「それって、なにも今だけじゃなくて、ずっとあっちの樹も支配し続けてればいいんじゃないですか? リンゴの樹みたいに」
「遠すぎてちょっと現実的じゃないかなぁイシすん。メンテナンスに行くには、ちと距離がありすぎる」
「リンゴの奴の方はー、今は『魔物の領域』に飲まれてるんで放置してても楽なんですけどねー」
まあ、この女王蜂たちを最大限に強化して現地に戻せば、その力だけでそれなりの期間、守護を続けられるだろう。
しかし、強いとは言っても、新たに出現した龍脈モンスターほどではない。あれを討伐するほどの軍隊が結成されれば、いかに強化したハチとてひとたまりもない。
「ということで、思いつく限り色々とやってみようか。なにか案があるひと」
「はいはい! ここはやはり、女王蜂さんをはちゃめちゃに強化するのです! アルティメットクイーンになれば、その勢いで解決するのです!」
「脳筋だね。だけど嫌いじゃないよアイリ」
「それは、好きということでしょうか」
「もちろんだよアイリ。愛してる」
「ふおおおおおおおぉ!!」
「これは、何を見せられているんです?」
「慣れろイシすん」
寸劇はともかく、ゲームは結局ステータスを上げればそれで解決することは多い。
ロイヤルゼリーだって、女王蜂が最大限にレベルアップすればそれだけで生まれてくる可能性だってあるのだ。
という訳で早速ハルたちはメニューを開き、ガーディアンの強化項目を力の限り埋めていった。
女王たちは一回りも二回りも大きくなり、豪華で威厳の増した姿に変形したが、しかしそれだけだ。戦闘力は向上したが、特にアイテムは出てこない。
「……待機しているだけね?」
「まあ、敵いないもんねー」
「もしかしたらー、冒険者の屍を元にアイテムを生み出すのではー」
「なるほど! ここからは、ダンジョン経営ゲーのスタートなのですね!」
「プレイヤーが元となった食材とか嫌よ……?」
「あっはは。趣味悪いねぇ」
「エリクシルがそんな設定をするとは思えないけど……」
あの大人しそうなとぼけた顔で、裏ではそんな悪趣味なシステムを組んでいた、というのはあまり想像したくない。仮にも敵対中の相手に対して、夢を見すぎだろうか。
「そもそも、そんなんじゃ効率が悪すぎて非現実的だね。敵プレイヤー頼りの生成なんて、どう考えても果物の生成に追いつかない」
「別の手段であることを祈るばかりだねぇ」
「フルーツ料理からの脱出にならないものね……」
「では次は、ハチさんたちの合体なのです!」
「いい発想力ですよーアイリちゃんー」
「……でもアイリちゃん。これらのメニューは独立してますよ? メニューを越えて、ユニット間の処理は行えません」
「はっ! そんな……、融通がきかないのです……」
「あくまでゲームのシステムですからね。そんなものですよ」
魔法の世界に生きるアイリを、現代人のイシスが優しく諭す。まあ、実際そんなものだ。プログラムされていない行動は、やれそうに見えても無理なものは無理。
自分の住む世界であるカナリーたちのゲームが、異常な自由度の高さだったためそれを基準とすると少し厳しいか。
「それよりも、もっとリアルな理屈で考えてはどうかしら? あなたたち、ゲーム的な要素に染まりすぎよ?」
「さーせん。めんご、ルナちー」
「めんご、なのです!」
「つまりどうするのですかー?」
「そうね? 結局ハチの食料なのだから、それを作る元となる食材アイテムでも与えれば勝手に合成してくれるのではなくて?」
「ルナもルナで投げやりだなあ」
しかし、発想としては悪くないだろう。システム的にノーヒントならば、そうした現実的な部分がヒントとなっている可能性は十分にある。
「では、さっそく与えてみましょう! この、余りに余っている金リンゴを!」
「そうね? 糖分たっぷりでいい感じよ? ……嫌になるくらいにね?」
「ここで一気に在庫処理ですねぇ……」
皆の目が一斉に、余ったリンゴを押し付けるチャンスとばかりに輝く。普段は温厚で文句を言わないイシスも賛同ぎみ。
そんな押し付けられるように差し出された黄金の果実を、女王蜂は困ったように狼狽えた仕草で避けてしまうだけだった。
「やはりこの子も、リンゴは正直飽きてるのです……!」
「まあ、私たち以上に普段から身近に接しているものね?」
「いや、ちょっと待って。反応がおかしいかな。本当に不要なアイテムなら、こうして反応すらしないはずだ」
どちらかといえば嫌がっているというよりも、他に何かしたいことがあるが、自分では出来ないといった様子に見える。
「さっすがハル君。ハチの気持ちも分かるんだね」
「茶化すなと。ちょっと待ってね、こいつに無理なら、もっと小型のハチならば……」
色々と設定を変えてガーディアンをハルが呼び出していくと、その中の最も小さな働きバチのような個体が、ついにハルたちの差し出したリンゴにその足を伸ばしたのであった。




