第1322話 魔王軍の強襲強奪部隊!
その後、有志からの情報提供により、掲示板にて求めた『天上のブドウ』の位置が明らかとなった。
だが、その内容がどうにもパッとしない。自国の資源の情報を提供してくれている体なのに、肝心のその資源位置は曖昧だ。
まあ、この世界、フィールド上の詳細な位置を説明するのは難しいので、一応それが確実に怪しい投稿とは言い切れないのではあるが。
「罠かな? なーんか怪しいんだよね。ハル君もそう思わない?」
「自国の資源を餌に、ハルさんの反応を見ようとしているのでしょうか!?」
「うん。まあ罠というか恐らく、この情報提供者も本当は詳細位置を知らないんだと思う」
「ナニそれ。あっ、分かった。流通品を見たことがあるから、近くにあるのは知ってるけど、肝心の資源ポイントが何処なのかは知らないんだ」
「なるほど。そうなると……、むしろこの方の敵国に、ハルさんを差し向けようということなのでしょうかね……?」
「アイリの言う内容で正解だと思う。都合よく利用して、ダメージを与えたいのかと」
「小癪なのです!」
「そうだねアイリ。悪知恵のはたらくやつだ」
「んじゃ、この書き込みはスルーするん?」
「いや行く。罠だろうが陰謀だろうが、ここに資源があるというならどうせ行くしかない。そうしなければ、僕らはいつまでもリンゴ味の料理から抜け出せないんだから」
「あはは……」
乾いた笑いを上げるユキも、あらゆる食事が『系統樹の果実』、黄金リンゴの味に染められた今の食卓には思うところがあるようだ。
そんなリンゴ地獄から抜け出す為にも、早々にアレを専用レシピとやらに隔離してしまわねばならない。
「しっかし、通信手段が出た途端にみんな色々考えるもんだねー」
「ああ。思った以上に、『ガチ』めな人が多いみたいだ。ここで指導者やってる人たちは、こうした情報の使い方に、長けているんだろうね」
「めんどくさー。ゲームなんだから、ゲームらしくしろー!」
「まあ悪いことばかりじゃないよユキ。そうした策略を積極的に張り巡らせてくれるほど、彼らの考えもまた透けて見えるというものだ」
「ハルさんは、掲示板の管理人さんですものね」
「そうだよアイリ。書き込みが溜まってきたら、一緒にそれを眺めてみようか」
「はい! 楽しみです!」
ただ、今はともかくリンゴのことだ。あれをどうにかしてしまおう。しかも可及的速やかに。
リンゴ地獄から逃れるためという以外にも、『メテオバースト』で現地まで飛んでいくという手が、龍脈通信により一瞬でバレるという危険性もある。
ハルの必要としている資源は公開しているのだ。手口が明らかにされれば、もたもたしていると二個目以降は警戒される。
「しかし今のうちなら、彼らも『どうせハルの物理的位置は遥か遠くだ』と油断してくれているはず。その間に一気に決めよう」
「おー! がんばります!」
「他のって、ブドウ以外も明らかになったん?」
「それはまだだけど、これを見るんだ二人とも」
「なになに?」
「ふんふん!」
ユキとアイリがハルの手元を覗き込むように、両側から身を寄せてくる。
アイリは寄せるどころかハルの腕の中にすっぽり収まるように積極的に、一方のユキは顔は寄せはすれど、体は決して触れることのないように控えめに身をよじっている対比が面白かった。
「エメの作った資源マップ、その試作完成品だ」
「試作なのか完成しているのかハッキリしろーい」
「完成した、試作機! これは、“ぷろとたいぷ”ですね!」
「あれだね。何故か正式版よりも強い奴」
「試作機はデータ取りのために、過剰な兵装をありったけ積み込んだ“ぴーきー”な機体なのです!」
「まあ、実際は最適化し調整された量産機の方が強いだろうけどね」
「夢がないぞーハル君。ただまあ、最近は私もなんとなく分かる。調整不足の試作機は、爆発するもの」
「……出来れば爆発させない程度に試作して?」
ユキの作ったメテオバーストの一号と二号、詰め込みすぎで儚くも空に散ったまさに『プロトタイプ』である。
結局、量産可能となった三号の方が性能もよい。まあ、量産などルナがさせてくれないだろうけど。
「とまあコレはちょっと違ってね。解析自体は完璧に完成したらしい。ただ、それでも候補地のパターンが絞り切れなかった。最終的には、どれか一つを実際に確定させて初めて機能する」
「……どういうことなのですか?」
「そこはアレだよアイリちゃん。『連動する宝箱』だ」
「おお!」
「アイリは本当に、なんでもゲームで通じるようになったねえ……」
「私が鍛えてっからね!」
ルナお母さんに叱られない程度にしてもらいたい所である。
まあそれはともかく、連動する宝箱とは、開ける前は全ての箱の中身は未確定だが、一つ目を開けた時点で他の全ての箱内も確定する、そういった類の物だ。
ちなみに量子力学とはあまり関係はない。バランス維持のための物が多い。
複数の箱に大当たりが重複してしまってはやりすぎなので、当たりは必ず一個、といったように調整されてしまうのだ。
「この場合は、箱の分布はいくつかのパターンに分けて推測されてしまうんだけど、一つ目の箱を開けると、その瞬間に他の箱の位置も確定する」
ハルが適当にマップ上の光点をタッチすると、その瞬間に幾つかの点だけを残し、他の全てが消失する。
触る場所を変えると、配置パターンもまた変わる。しかし、根本の分布法則の解析は完了しているので、あとは実際に確認をするのみだ。
「シード値の特定ってやつだ。んで、情報によればここが怪しいと」
「うん。情報提供は曖昧だが、その範囲にある光点はこれだけ。なので僕らは、ここを目指そう」
「がぜん、楽しみになってきました!」
今回、再生メテオバースト、三号改に乗って行くのはこの二名。
ルナは断固拒否し、カナリーも留守番するとのことで同行者はアイリとユキに決まった。
元気で積極的な二人だ。今回は逆にハルが、ブレーキ役にならなければいけないのかも知れなかった。
*
「ひゃっほぉーう! かっとばせー!」
「いけいけメテオバースト、なのです! ハルさん、もっとスピードを上げていいですよ!」
「……君たち、頼むから落ちないでね? 本当にね?」
「なに、構うことはない。落ちても死ぬだけだよハル君。拠点に戻るだけ」
「Uターンして、迎えに来て欲しいのです!」
「なに、このスピードなら引き返すのもすぐさ」
「引き返す手間を取らせないように……」
まあ、楽しそうで何よりである。
大変に元気である二人は予想通り怖がらないどころか、後部ハッチを開けて外へと大胆に身を乗り出している。
この船には窓がないので、『外が見られなくてつまらない』とのこと。
「ルナちーもいっそ、外の景色見てればよかったのに」
「ですね! がたがたと振動する密室にいるから、こわいのです!」
「無茶を言うな無茶を……」
風景を一気に置き去りにする小型艇の圧倒的速度は、この広大なマップを持つゲームの風景すら置き去りにする。
前時代にあったという、地上を飛ぶように走る高速鉄道からの車窓も真っ青だ。
「おっ、ハル君、早くもつきそうだぜい。ちょっとズレてるから微調整した方が良いかも」
「了解」
まあ、このヒヤヒヤする乗り方にも利点がある。ほんの数度のズレが致命的な到達位置の隔絶となるこのフライトで、そのつど微調整がきくのはありがたい。
密室のままだと、一度ミーティアエンジンを、隕石の衝突を停止させてからの調整となるので、加速時間のぶんロスが出るのだ。
「見えた! やっぱ合ってたよハル君! 盆栽っぽいデカイ木がある!」
そんな、まさに隕石そのものとなって飛びっぱなしで航行するこの飛空艇は、早くも情報提供のあったポイントへとたどり着く。
エメの予測通り、『大樹系資源』とでも言うべきか。系統樹の果実と同系統の資源生成のされかたをするポイントがあるはずだと、予言されていた。
その複数あった候補地は、なんらかの思惑をもった情報提供者によりこうして絞り込まれ、ピンポイントでハルたちは一気に到着する。
まさか彼らも、こんなに素早く、しかも正確にたどり着くなど思ってもみなかったことだろう。
「エンジン停止ー。このまま木の頂上に横付けしちゃおう!」
「あれですね! 『おーらい、おーらい!』、なのです!」
「そうそう急には止まれないよ。一度、追い越しちゃうから、あとで微調整を、」
「なんの! この三号は『改』だからね! こんなこともあろうかと、逆噴射機能も付けてある!」
「急ブレーキ! です!」
「……ルナを乗せてこなくて本当によかった」
ぐりん、と機体の両サイドに飛び出た『エンジンボックス』が、丸ごと180°回転する。
その状態で再始動されたミーティアエンジンは逆方向に向けて隕石を吐き出しはじめ、まるで衝突事故にでもあったかのような衝撃と共に一気にその機体速度を落としていった。
あわや速度と共にアイリとユキも振り落としそうになった所を、ハルが必死に魔法で押さえる。
そんな乱暴すぎる運転ではあったが、ユキの速度調整は繊細で天才的なもの。ぴったりと、奇妙な形をした樹木の頂上付近で静止していた。
「うっしドンピシャ! これで、下からチマチマ攻略して昇る必要なんてなくなったわけだ!」
「すごいですー! まさに想定外の奇襲! ですね!」
「持ち主泣くぞこれ。僕らも、自分の樹に対策を設置しておかないとね……」
本来、ハチ型のガーディアンが群がる下層部から、順にこの頂上を目指し攻略して行かねばならぬこの大樹。
こんな攻略のされかたをしては、必死にリソースを振り分けてハチを配置した所有者も報われないだろう。だが今は実に都合が良い。顔も知らぬ誰かには、涙を呑んでもらうとしよう。
「おっ。ここにも女王蜂がいる。でもウチのよりずっと弱そうだ。そーれ、エンジンを直で食らえー」
「登頂どころかボス戦も適当……」
頂上に実る果実、ひいては資源ポイントそのものを守るガーディアンのボスも、ユキが取り外したエンジンの石による隕石の直撃を受け、あえなく陥落してしまった。
所有者には再び、涙を吞んでもらうしかない。
「んじゃアイリちゃん。あの資源を手に入れてしまうのだ!」
「はい!」
そうして一切の攻略の苦労なく、ハルたちは求めていた資源の一つをその手の内に収めてしまったのだった。




