第1321話 狭くなったこの広い世界
ハルが演説を終えると、直後から世界はにわかに動きを見せ始める。
あの放送は、全ての地域のプレイヤーが同時に視聴できる形。そこが問題だ。
全てのライバルも同時に詳細な特典を把握している。その危機意識が互いに互いの行動を焦らせて、リソースの投入を加速させてゆく。
ハルが高みの見物をしていると、見る間に各地の施設ゲージが増加していく。皆、自分が覇権を取ろうと、または相手の独占を阻止しようと必死のようだ。
「……しかし、案外誤算だったのは、各勢力の保有資源が思ったより少ないってことだ。もちろん、領主が自分の権限のみで使えないっていうこともあるけれど」
「そら、龍脈アイテムは溜め込んで眺めて、ニヤニヤ嬉しい骨董品じゃねーかんな。商品なのよさ。商品は売らねーと意味ねーのよ?」
「アイリス。嗅ぎ付けてきたか……」
「ど、どもー……、なんか、少し見ない間に大変なことになってますね……」
「イシスさんもこんばんは」
「嗅ぎ付けるとか人聞きが悪いのよ!」
いつの間にかハルの傍にはアイリスと、彼女のログインの元となったイシスがことの経緯を見守っていた。
強制メンテナンス期間を挟んで、一日ぶりの再会だ。
「こうしちゃいらんねーのよ。私も、マーケットの一つでも確保しとくかな!」
「おい。そんなリソースどこから」
「商人をナメてもらっちゃ困るんよ? 在庫を大放出すれば、そんくれー!」
「……僕のマーケットを使えばいいだろ。そんな無駄遣いしなくても」
「えー。お兄ちゃんの息のかかったとこじゃ、自由にやれねーじゃん。私は、もっと大っぴらにぼったくり商売をしたいのよ!」
「まあ、任せるけど……」
しかし、いくらアイリスがアイテムを抱えているとはいえ、それは今後の商売に使う商品だろう。
恐らく全放出に近い出費となり、行商としての規模はゼロに戻りかねないのだが、大丈夫なのだろうか?
まあ、その辺のバランスを見誤る彼女ではない。と思う。たぶん。
多少の不安は残るが、ハルはアイリスのやりたいようにやらせることにした。
「ねえアイリス? 今の話だけれど。詳しく聞いてもいいかしら?」
「おー? どーしたルナちゃん。ルナちゃんなら分かんじゃねーの? ああ、そいやこっちはノータッチだったか」
「ええ」
「うちら行商でそこらを回ってっからよ、その辺の事情には多少詳しいんだけど。龍脈アイテムの流通ってのは思った以上に分散してんのよ。一極集中は起こりずれー」
「ハルのように、独占して溜め込むなんてことはしないのね」
「そだなー。する意味がねーし、そもそもできねー」
「というと? 溜める自体は、誰でも出来ると思うけど」
「そんなお兄ちゃんと同じようにはいかんのよ……」
まあ、そこはハルも反省しないといけないポイントかも知れない。貴族階級が、庶民の生活に首をかしげているようなものだ。
その感覚のままでいれば、後々痛い目を見ることは確実だろう。交渉も上手くいくまい。
誰もが、ハルのように山頂に難攻不落の城塞を構えている訳ではない。
倉庫に溜め込んだせっかくのアイテムを奪われては無意味であり、アイテム欄に入りきらない分はゴールドに換えてしまった方が無難というものだ。
「それによ、なんだかんだアイテムはそれぞれ、使用価値が高い。要はみんなすぐ使っちまうんよ」
「あんなのが?」
「だからブルジョワ感覚やめろー! 庶民の心が分からない邪悪な魔王めー!」
「その庶民から分かってて搾取するアイリスの方が邪悪なんじゃ……」
「それはそうな?」
「……あはは。認めんだ。でも確かにそうだよね。シノ軍の兵士も、宝珠を中心にばんばんアイテム使ってたし」
「そーなんよユキちゃん? 回復アイテムも、お兄ちゃんにとっては無価値でも奴らにとっては秘蔵のお守りよ! エリクサーよ!」
「死蔵しそー」
「確かに! 無条件全回復のようなお薬は、未だ存在しませんものね!」
「そーよ?」
つまりは、一般のプレイヤーにとって龍脈資源は、手堅くゴールドを得る為の『特産品』であり、また戦争に役立つ『軍備』なのだ。
ついでに言えば、各資源の産出ポイントの管理は国主による一元管理ではなく、その周囲に陣取った小勢力に委託している所がほとんどらしい。
君主は部下である彼らに報酬を支払い、中央に資源を買い取っている。なるほど中々に手間だ。
「例の帝国は中央で一元管理してるんじゃなかったですかー?」
「ええ。そうですね。恐らくあそこには、相当な資源が保管されてたと思いますよ。安全ですしね」
「……誰かさんに空から襲撃されたけどね?」
「確かに。安全神話は崩壊してたんでした……」
「まあー、そうした万全の中央集権化を成しているところは逆にー、国主の一存では資源を気軽に使えないんでしょうねー」
「王だからと、好き勝手しては制度が成り立ちませんからね!」
「ええ。きっちり管理されてるはずですね」
あちらを立てればこちらが立たず。そんな誰もが動けぬ状況で、ハルだけが一人自由に好き勝手に行動できた。
漁夫の利、とは少し違うが、睨み合いの間隙を都合よく突けた結果だろう。
「……しかし、この状況もエリクシルの手の上か。彼女が、そうした各勢力の資源状況を分かってないとは思えない」
「ですね! これは、やはり罠なのでしょうか!?」
「ハルさんを都合よく誘導するために、掲示板なんて作ってみせたー?」
「かも知れない。ただ、もしそうだとしてもやっぱり情報統制は無視できない。不可避の策なら、考えても無駄か」
「そーそー。今はそんなこと考えてる暇はねーんよお兄ちゃん。……それよかさ? あとちょーっとゲージが足りねーんで、その。お小遣いちょーだい?」
「こいつは……」
手持ちの商品を全てつぎ込んでも、微妙に制圧には不足しているらしいアイリスに、ハルはため息をつきながらも新たに採取した龍脈結晶を分けてやるのであった。甘やかしすぎである。
*
「しかしだハル君」
「なにかな?」
「世界が一歩先に進んだのは喜ばしいが、これは由々しき事態でもある!」
「聞こう」
「ほら、この状況じゃもうさ、メテオバーストの強襲が使えなくない?」
「あー……、確かに……」
「どうしたんですか? また誰かをさらって来るんでしょうか?」
「まあ、リアルの知り合いを拉致して働かせるのもありだけど、今のところは保留中だね」
「記憶を引き継いじゃうもんねー。拉致対象は慎重に選定しないと」
「ミナミとか欲しい人材だと思うんだよね。ああしたスピーチには、奴の力が必要だ」
「確かにだ!」
「あのー……、冗談だったんですけどぉ……」
まあ、ハルたちの方も冗談だ。半分くらいは。
さて、拉致はともかく、今後はイシス強奪の時にやったような空からの強襲をそう気軽に行えない。
何故かといえば、今後はそうしたあからさまに目立つ行動を取れば、すぐに龍脈通信で情報が広まってしまうからである。
「……今までは世界が広すぎて、どれだけ噂になろうがどうせその地方だけの風聞にすぎない、と高を括っていられたんだけど」
「そうなー。私らはそこそこ遠くまで足伸ばすけど、商人の噂や情報網つっても、確かに知れてるってもんよ? 空飛ぶ棺桶が突然突っ込んでくる話なんて、都市伝説にすらなっちゃいねー」
「しかし、今後はそうも言っていられない、ということですね……! “ねっと”が出来た今、情報は高速に伝播していく……」
「そうよアイリちゃん? これは婦人の間で口さがない噂が広まるよりも、ずっと早いと思っていいわ?」
「それは、とんでもないのです!」
……逆に、女子の間で噂が広まるのはどれだけ早いのだろう。ネットと比較するレベルなのだろうか? 半ば恐怖を覚えるハルである。
「……女の子の噂はともかく、今後はそういった目立つ行動が取りにくくなったといえる。というか、イシスさん救出の件も軽率だった」
「そうよ? 反省なさいな」
「で、ですねー。もう少し他の方法があれば、ありがたかったかなぁ、なーんて……」
ルナとイシスはどちらかといえば、あの小型艇の乗り心地に文句があるようだが、申し訳ないがハルが反省しているのはそこではない。
当時は世界の広さにかまけて、情報の隠蔽を全く考えず、『遠方だから』と好き放題にやってしまった。はしゃいでいただろう、と言われても反論できないハルだ。
とはいえ、他にいい方法がなかったのも事実。帝国はあまりに遠すぎた。
……ただ突入方法は、もう少し慎重に何か考えても良かったのかも知れない。少々あの状況にハイになっていたのも否めないハルである。
「これも、僕の行動を咎めるエリクシルの嫌がらせってわけか……。なかなか、やるじゃあないか……」
「どう考えてもあなたの自爆でしょうに……」
まあ、考えが浅かったのはハルの責任だ。なんでもかんでもエリクシルに責任を押し付けてはなるまい。
……とはいえ、本気でそういう意図があった可能性もなくはない。それくらい厄介な相手であるのも確かだ。
「まあ終わったことを言ってもしゃーないよハル君。それよか、今どうするかだよ。すぐにもう一度出撃しない?」
「しかしユキさん。そうしたら、掲示板でバレてしまうのではないでしょうか!?」
「どのみちなんだよアイリちゃん。どのみち帝国への突撃が、いつか掲示板に書き込まれる。結構な騒ぎになったんしょ?」
「ええ。大きなギルドの、本拠地が一瞬で破壊されたようなものですからねぇ。現地はそりゃあ大混乱でしたよ」
「じゃあやっぱいつかは掲示板に書き込まれる。そうなる前に、同じ手が使えるのは今のタイミングしかないんだ!」
「一理ありますねー」
「……ユキあなた。とかなんとか言ってまたあの空飛ぶ棺桶を飛ばしたいだけなんじゃないの? そもそも、あれはもう作るなって言ったわよね?」
「やべ。しまった。でもごめんルナちー。実は秘密裏にもう一機すでにほぼ完成してる」
「この子は……」
悪だくみ大好きなユキだ、やめろと言われたくらいでやめはしない、むしろ燃えてしまう厄介なユキである。
まあ今度は、ルナを乗せずになんとかするように設計しているので、それでなんとか許してほしい。
「……はぁ。まあいいわ? それで、今度は何処に行く気なのかしら? 本当にミナミを連れてくるの?」
「いや、さすがにそれはやらんてルナちー。ミナミん別に捕まってる訳じゃないだろーしね。多分」
「あいつ前も追われてたから、説得力ねーけどな?」
「そうではなく、果物を取りに行くのですね!」
「そゆことアイリちゃん。どうせ遠いんだろうし、このタイミングしかないんじゃないかなー」
問題は、まだその正確な位置が特定できていないことだ。さて、何か有力な情報提供でも、都合よくあればいいのだが。




