第1319話 小さな街の占有権
チャットルームの中にある街から、どよめきが起こる。いや、正確には口のきけないちびキャラたちはどよめきは起こせないのだが、そんな気配がした。
驚いた様子のプレイヤーたちが、一斉にハルの方を振り返る。ハルが、施設を一気に開放したからだ。
そんな注目を一身に集めている自身の様子に少しも構うことなく、ハル本人の人形は悠々と、次の施設へと向かって行った。
「まだアイテムには余裕があるね。この際だ。ここの街の施設は全て僕らが開放してしまおう」
「買占めですよー。乗っ取りですよー」
一度拠点に戻ったハルたちは、倉庫からアイテムを引っ張り出して、城の中にて改めて『龍脈通信』と向き合っている。
モニターの中の街には用途に応じた複数の施設があり、そのどれもが最初は封鎖され開放ゲージによって縛られている。
まだ誰もが様子見し手をこまねいている中、ハルは全ての施設を豪快に次々と解禁して回った。倉庫の中の在庫が、次々と減っていく。
「大盤振る舞いですよー? ……なんとか足りましたが、これはー」
「うん。さすがに全ての街の全ての施設を、僕らだけでアンロックするのは無理そうだ」
ミニチュアの街の施設には、さまざまな便利機能を持つ物があるが、その総数が少々多い。
それを、ワールドマップに点在するそれぞれのポイントの数だけ乗算して解き放つには、どう考えても手持ちのリソースが足りなかった。
「でもさでもさ? もし仮にそれが可能だったら、結構な優位に立てるよね? これ、慈善事業じゃないぜハル君?」
「はい。施設ごとに特別な、『開放者特権』があるのです……! ここはほぼハルさんが開放したので、特権を独り占めです!」
「本来は、開放に費やしたリソースの割合ごとに権利を獲得するようね? さしずめ大株主、ってところかしら?」
「100%持ち株会社ですよー」
厳密にいえばそれぞれのプレイヤーによるこまごまとしたリソース投入があったので100%ではないが、全ての権利をハルが有しているという意味では大差ない。
そしてその権利の中に、ハルにとって決して見過ごせない機能があった。
「多少無理してでも、この『記憶の泉』、いわゆる掲示板の所有権だけは全て抑えておきたい。情報は確実に、掌握しておかないと」
「管理者様の面目躍如ですねー。というかこれだけ、特典がおかしくないですかー……?」
「そう感じるのは僕らが管理者だからかもね」
まるで通常のネットの書き込みを管理するかのように、記憶の泉の開放者特典はその書き込みを管理するための機能が付属していた。
不適切な書き込みの削除権限はもちろん、情報を残した人物の特定、投稿履歴、閲覧履歴、果ては入退出ログの参照まで、おおよそ必要となるだろうあらゆる権限が付与されていた。
現実の管理者でも、ここまでの権限を持つ者はほぼ居ないだろう。政府か。
「本当、政府かと。これだけバグってるだろ。何かの罠か?」
「エリクシルちゃんがハルさんに無駄遣いさせようとしてるんですかねー?」
「これは有用な買い物だから無駄じゃないよ」
「……なんだか中毒者の言い訳みたいになっているわよハル? しかし、確かに先行投資としては破格ね?」
「だろう?」
「情報を統べる者が、世界を統べるのです!」
残念ながら、女の子たちの中にはハルの暴挙を止める者は誰もいなかった。
多少の躊躇はありつつも、ハルは次々と各地の掲示板を開放していく。
その際に、ついでなので今回実験的に一つの街を完全開放したことを書き込んでおくことにした。
「『……なので興味のある方はその街にお集まりください』。ああ、街の場所が分かりにくいね」
「名前が、変えられるようなのです! 変えてしまいましょう!」
「最も貢献した人が命名権を持つんですねー」
「なんにしましょうか?」
「そりゃ、『魔王領直轄地』よ! 決まってない?」
ユキの、悪乗り全開の提案に、残念ながら反対者は居なかった。
ハルも今回は、自分が魔王プレイしていることに反論はできない。ノリノリで山の麓を『魔物の領域』として作っておいて、どうして否定できようか。
こうしてシノの領地エリアにあるポイントにも関わらず、そのチャットルームの名前は完全に属国扱いとなってしまったのである。また戦争でも起こされそうである。
まあ彼の龍脈リソースは、そのハルとの戦争でボロボロにされてしまったので、どのみち彼には開放の術はなかっただろう。諦めてほしい。
「『……あとは天上のブドウ、これらのアイテムに心当たりのある方はご一報ください』」
「ああ、ドーピングフルーツジュースの材料も、ここで情報収集すればいいんだ」
「ドーピング言うなユキ。まあ、素直に教えてくれるとは限らないけど、闇雲に探すよりね」
「エメの努力も水の泡ですねー? かわいそうですねー?」
「そ、そんなことありませんよ! 掲示板じゃ大雑把な位置しか、分からないはず、です?」
「そうだよアイリ。むしろ、エメの地図と照らし合わせて、初めて生きる情報だ」
大雑把にでも位置が特定できれば、あとは穴埋めパズルのように一気に解析が進むかも知れない。
エメの不眠不休の努力は、無駄ではなかったのだ。多分。
「その他にも、多少後ろ髪を引かれる特権もあるけど、さすがにもうリソースがないね……」
「すっからかんだねぇハル君。また頑張って生み出してね。研究にも支障が出るし」
「他には、どんな特権があるのでしょうか!」
「交流ホールは、イベントの開催権限や、開催の許可、またチャットの制限設定なんかも行えるようね?」
「これはいくつも要らないかな。ただ、一つは確保しておきたいからここの保持は無駄にならないね」
ホールは、雑多にユーザー同士が交流する為の場として以外に、その集まった人の前で特定の人物に注目を集める設定も可能らしい。
変な言い方だが、アイドルなどのライブを思い浮かべれば近いだろう。壇上で注目を集めて、自分だけが発信できる。一つホールを確保しておくと便利だ。
「……逆に、これは一つもいらない。完全に無駄だった」
「むむむ! どれどれ? 『祈りの祭壇』ですね。ここにポイントを集めると、該当地域のボスとの戦闘で優位となる……」
「アレだよアイリちゃん。他ゲーでいう、『武器庫』とか『兵舎』みたいなもの」
「なるほど! 軍事力が、向上するのですね!」
「確かに、ハルはそんなものなくても、現状のままで撃破可能ですものねぇ……」
「まあー、撃破した際の報酬も多くなるようなので、いいんじゃないでしょうかー?」
「せめていい報酬であることを祈っておこうかね」
周辺の龍脈から力を吸い取り無敵になっているモンスターを、ここで龍脈を正常化し倒すギミックという訳か。
そのシステムの完成前に強引に撃破してしまったので、ハルたちの戦ったあのブラックドラゴンは、“ああ”なってしまったという訳だ。
運営のエリクシルですら現在も改修不能。本来ハルの支配するはずだったチャットルームは、黒く塗りつぶされたご覧のありさまだ。
「逆にまだ欲しいのは、『マーケット』だね。ついにこのゲームにも、まともなショップが登場した」
「制限は多いようですけどねー」
「その制限も支配者がある程度弄れるのが特権になっているのね? 確かにこれは欲しいわ?」
「むしろ普通の人は、こっちに飛びつくんじゃないの? 己の利益を求めてさ」
「だからこそ、残しておいた方が良いとも言えますよ。自由に商売が出来ないとなれば、反発を招きやすいですから。ある程度は、お目こぼしが必要なのです」
「なるほど、流石はアイリだ。王女様だね」
「アイリちゃんの国は、商業の中心地でしたからねー」
「えへへへへ……」
「まあ情報を握ってればー、いくらでも流通もコントロールできることですしー」
「実は全く自由なんてなかった!? 全ては支配者の手のひらの上かぁ、おのれぇ」
「己の意志で稼いでいる、という優しい錯覚は必要よ?」
「最も潤うのは、動くことなく『上がり』をせしめる魔王様なのです……!」
「また人を影のフィクサーみたいに言うのは止して欲しい……」
とはいえ、何か必要になれば彼女らの言うような事も可能ではあるだろう。
逆に、他のプレイヤーが限られた利権によって市場を支配しようとしても、ハルの力でそれを止めることも出来る。
マーケットを一つ占有していることで、そのストッパーにもなり得るだろう。
とはいえ、まだまだマーケットが本格稼働するのは先のことだろう。掲示板も同じ、書き込みが溜まるには少々かかる。
逆に、今この時点で確実に動き出している施設が存在する。交流ホールだ。
この、仮に『チャットルーム』と呼んでいる龍脈通信。その中で正しくチャットルームとして機能する施設は、きっと大盛況であると思う。
ハルとしても、開放した手前、そこに目を向けない訳にはいかない。だが少しばかり、気の重くなる感情を隠しきれないハルであった。
◇
「……行きたくないなぁ」
「覚悟を決めなさいハル。雑音を処理するのは、得意でしょう?」
「そうなんだけどね。今回ばかりは、彼らの不満の原因に、僕も責任を感じざるを得ないというか……」
「中は、大変なことになっているのでしょうか……!」
「そら、大荒れよアイリちゃん。現状への不安と、運営への不満で大パニックよ」
「暴動が起きますよー?」
「ひええ……」
「平気よ。彼らはただ文字を書き連ねるしか出来ないわ?」
「まるで心の無い悪徳運営みたいに言うのやめよう?」
運営者はエリクシルであり、ハルはむしろ彼女を止めようとしている立場だが、それでも数少ない裏の事情を知る者の一人だ。多少の責任は感じてしまう。
しかしながら、それをハルに言われてもどうしようもない。もちろん、ユーザー同士で語り合ってもどうにもならない。
ならばせめてハルに出来ることとしては、混乱する彼らに指標を与え、言い方は悪いが一時でも目を逸らさせてやることだ。
ハルがエリクシルにゴールを、『目的設定』を求めた背景には、そうした彼らを思っての事情も含まれている。
「……仕方がない。さっそくホールの権限を使ってイベント設定をして、プレイヤーの前でスピーチでもしようかね」
「その意気よハル。世界征服の宣言をなさいな」
「その日人類は、魔王の復活を知るのです!」
「市民会館で演説する魔王様ウケるんだけど」
「ウケないで? ただ、そのくらい強引な方がいいのかもね。魔王はともかくね?」
「寄り添ってもきっと、食い物にされるだけでしょうからねー」
押し寄せるだろう彼らの要望を、全て丁寧にこなすことは出来ない。ハルが潰れてしまうだろう。
ならばいっそ、魔王のごとく傲慢に突き放すのもありだろうか?
……いや、彼女らの悪乗りに流されてはいけない。後悔することになるのはハル自身なのだ。
「まあとりあえず、今は例外的に全ての地域のプレイヤーが一か所に集まっている。上手く利用すれば、遠方の動向も僕らに都合よく左右できるはずだ」
「利用するとか言っちゃうのが魔王なんよねぇ。でもさハル君? 他の指導者は、同じように考えなかったのかな?」
「考えただろうけど、さすがにリソースが貴重だ。一人では決められなかったんじゃないかな?」
「議会政治の欠点ね?」
そんな、周囲の腰が重い今だからこそ、全体の動きを一気に左右するチャンスである。
ハルは覚悟を決めて、ホールへと入場し舞台袖から内部の様子をうかがうのだった。




