第1318話 龍脈通信
龍脈通信。その名からは、大きく分けて二種類の用途が想像できる。
一つは、そういう名前をした運営からのお知らせ、広報であるということ。よく『〇〇通信』といった名でありがちだ。『エリクシル通信』と言い換えてもよし。
そしてもう一つが、『通信』のその名の通りに、遠隔で交信が出来る機能のこと。どうやら、この龍脈通信はそちらの機能を持ち合わせているようだった。
「さあハルさん、このマップの光点から、好きなの選んで押してみて! そこに入室できるようになってるよ!」
「……入室? チャットルームか何かなのかな」
どうやら本当にそのようで、ハルが適当にポイントを選ぶと簡易的な電脳広場のようなスペースが映し出された。
ハルの姿も可愛くデフォルメされて、その場に出現している。
ここは既にゲーム内ではあるが、要するにモニター型のゲームをプレイしている時と同じような状況だ。
その場にはハルの他にも、複数のプレイヤーのアバターが闊歩し、出たり入ったりを繰り返していた。
ハルもまた、退室と入室を繰り返し、さまざまなチャットルームを見て回る。
「……ふむ? しかしチャットルームというには、誰も喋っていないようだけど」
「お話しするには、コストが必要なんだよ!」
「課金制かよ!」
「ハル、このゲームは完全無課金だぜ? コストは当然、ゲーム内アイテムよ」
「ある意味課金制の方がマシかも知れない……」
そう言われて詳しく見てみれば、本当にごく稀にだが、ミニチュアの街を歩く人々の中に、頭の上に一言メッセージを乗せている人も存在した。
その内容はまだまだ手探りで、単に『こんにちは!』といっただけのものであったり、『団員募集中』といった特定組織の宣伝であったりするようだ。
「ハルもやってみなさいな」
「え、嫌だよ、恥ずかしいし」
「オメーほど場慣れしてる奴が何言ってんだハルぅ! ……しかしまあ、今は安易に行動しない方が良いってのはオレも同意だ」
ケイオスが、うんうん、と訳知り顔で頷くのは、その行動のためのコストを知っているからだろう。
この龍脈通信の内部における行動コストは全て、いわゆる龍脈アイテムによって統一されている。ハルたちでいえば龍脈結晶などを投入すれば、アイテムの価値に応じた行動ポイントが得られるのだ。
……正直、高すぎるとハルは感じる。龍脈アイテムを手に入れられる者など、リーダークラスのごく限られた者だけだ。
「こんなんじゃ、すぐにこの機能過疎って廃れちゃうよ?」
「もともと、各地のリーダー同士で連絡を取り合うためだけの場なのかしら? 一般人はお呼びじゃないと」
「今まで長い距離を歩いていかないと駄目だったのですから、お手紙程度でもかなりの進歩ではありますよね?」
「いや、そうでもねーんだルナちゃん、アイリちゃん。このチャットルーム内の施設には、その中でだけ誰でも自由に発言が可能になるってモンもある」
「なーる。それを使えば、持たざる者でも安心と。どこだいケイオス。さっさと教えなさい」
「それがなユキちゃん、まだ未開放なんだよそこは」
「なーんだつまらん」
ケイオスの指示に従って、ハルは画面内のキャラを移動させる。
街の一角にある大きなホールに表示された説明を見ると確かに、この内部であれば、誰でも自由に発言が可能になると書かれている。
その説明欄の上部には何やら別の表示があり、ほぼ上限まで満たされたゲージと、そのゲージの残量を表した数値が記されていた。
「そこにチャージをすると、ゲージが減るよ! チャージは誰でも少しだけ出来るんだってさ!」
「なるほど。そこで、持たざる者にも活躍の機会が出来るって訳だ」
「数の力を結集して、ということね? しかしそれも結局のところ、その数を先導できる指導者クラスが有利なのではないかしら?」
「ルナちーが言うと先導じゃなくて扇動に聞こえる……」
「まあ、間違いではないと思うわ?」
例えばシノなり、例の帝国の皇帝なりが、住民に向けて公布を出し『全員でここの施設にポイントを集中させるように』、などと言えば話は早い。
一気に人数が集まり、開放が進むことだろう。その点でもやはり、持つ者有利ではあった。
その他にも、持つ者有利のポイントが存在すると言うケイオスに教わって、ハルはまた別のポイントへと移動する。
そこには見上げるような巨大なボード、掲示板が存在しており、既にいくつかのメッセージが記入されていた。
まあ今さら言うまでもないが、その掲示板への記入にもまた、龍脈アイテムが必要となる。
「どれ? 『一番乗り!』……、いやこれはいい……」
「『全員でまずはホールを開放しましょう』、『いや大掲示板が先です』。どうやらどこを先にするかで、割れているようですね?」
アイリが読み上げてくれるが、どうやら異なる勢力のトップ同士で判断が割れているようだった。
この場合、より発言のためのアイテムを持っている方がやはり有利になるのだろう。流れを作るのは、結局力ある者だということだ。
「大掲示板とは、なんなのでしょう?」
「これかな? 『記憶の泉』。誰でも残留思念伝達が出来るらしい。っと言っても意味不明だから、フリーの掲示板ってことで通してるんだろうさ」
「なるほど!」
支配階級にコストを使わせ、その恩恵で一般人にも利便性を与える。いまいち用途が謎だった龍脈アイテムにも、少々強引にだが意味を与えている。
確かにハルの要望通り、ゲームは一歩次の段階へと進んだのだろう。
「……しかしこれは、逆に言うとプレイヤーにより龍脈への意識を向けさせる為の意図であるとも読み取れる」
「そうですね……、思うように流行らない<龍脈接続>の代わりに、このシステムを媒介に、強引に龍脈に関わらせたいのかも知れません……!」
「ってことは、ずっとこのチャットルームにアクセスしてると、それだけでイシスちゃんみたいな人が現れる?」
「分からないけど……」
だが、ユキの言う懸念も決して笑い飛ばせない。
世界は単純にハルの要望の通りにだけでなく、エリクシルの目的もまた、同時に進行するように進んで行っているようなのだった。
*
「そんでハルさんはどーするのさ? やろうと思えば、今すぐ好きな施設を開放することも出来るんじゃない?」
「かもね。慎重になるのも当然必要だけど、ここで大胆に動いて先行者利益を得ておくのもいいかもね」
「あらゆる施設を、大人買いだぞ♪」
「それは無理だってマリンちゃん……、僕が持ってる龍穴は、地下の源泉とあとはリンゴの樹だけなんだから……」
世界全体の龍脈アイテムの総数に対して見れば、ハルの支配している物などたかが知れている。
まあ、そうは言えども、その限られたポイントから産出される総量は他とは比較にならない異常な数値に膨れ上がっている訳なのだが。
「……ふむ? 倉庫に大量に積み上がってるリンゴを、この際ここに突っ込んでしまうか」
「オススメしないなぁハルさん……、カゲツがブチ切れるよ……?」
「カゲツちゃんは、怒ると怖いしねちっこいぞ♪」
「ですよねえ」
別に『ブチ切れ』といった怒り方はしないだろうが、笑顔で静かに圧をかけてくるに違いない。しかも長期間。
正直食べ飽きたリンゴの在庫処理にしてしまいたい所だが、まあ使うなら龍脈結晶の方にしておこう。
リンゴの方も、今後カゲツの<料理>で使う計画も進行中だ。
「そっちも手を付けないといけないの思い出しちゃったなあ……」
「がんばれハルさん♪ こっちでもお仕事は山積みだぁ♪」
「うわぁ、ご愁傷様。でも巻き込まないでよね、ボクをね」
「そんなこと言う生意気なガキは全力でこき使ってやる……」
とはいえ、正直ハルにしか出来ないことも多い。これも、月乃の言ったように人を使うのが下手なハル自身が招いた結果なのであろうか。
「とはいえ、龍脈通信に関してはさほど労力が必要なこともない。今のところ、どこにリソースを使うのかの決断だけだ」
「在庫はそこそこあるもんねー」
「どこにするのかな♪ よりどりみどりだぁ♪」
「もちろん今居るここ。僕らが陥落させたポイントだ。と、言いたいところだけど……」
「ここは入れないんだぞ♪」
「そうなんだよね。黒くなってて反応しない」
そうなのだ。マップ上で唯一、攻略済みとして光点の消灯しているこのポイント。ハルたちの崩壊させてしまった現在地は、開放するための拠点としては選べない。
指で黒くなったポイントを押してみても、他とは違い何の反応もしなかった。
「これって、クリアしたら龍脈通信から消えるってこと?」
「倒させたくないのかなぁ~?」
「どうだろう。ここがバグったから、メニューから封鎖しただけって可能性もあるが」
後者が濃厚だが、エリクシルがクリアさせたくないからそうした仕様にしているという線もありえる。
楽しいチャット機能を失わせないように、ユーザー同士で足を引っ張り合わせようとでもいうのだろうか?
「まあ正直、消えてくれるならそれに越したことない。むしろ積極的に消しに行きたい」
「広域での情報交換なんて、されても百害あって一利なしだもんねぇ」
「独裁者の発想だぁ♪」
「いやボクは別に……」
「僕も別に……」
……元管理者と管理AIの悪いところが出てしまっただろうか。ハルとマゼンタは揃ってバツの悪そうな顔を見合わせた。
とはいえ、ユーザーと現実への悪影響を考えると、あまり情報共有の加速は好ましくないのも事実。
イシスのような記憶の持ち越しを可能とする者を使って、さまざまな秘密を持ち帰り暗躍しようとする者が出かねない。
「そう考えると、僕の手で開放をするのも少し憚られるけど、とはいえ僕がやらなくてもいずれ誰かがやるのは避けられない」
「そうだねー。ならいっそ、先駆者としてハルさんがコントロールできる地盤を作っておくのがいいんじゃない?」
「チャットルーム管理人のハルさん、誕生だぁ♪」
「その管理者は特にやりたくないかなあ……」
色々と面倒くさそうだ。だが管理人はともかく、このゲームは共有部のゲージを大きく支配すればそれに見合ったご褒美があるのは最初から示されている。
スキルの浸食レベルと同様、ここでも高額出資者にはなにかしらの特典があるはずだ。
その特権を期待し、ハルは自らが初の施設開放者となることを決めた。
狙いを定めたのは、シノの領地の付近に存在するだろうポイント。ここから、最も近いエリアである。




