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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1317話 運営を倒すと言うこと

「とうちゃーっく♪」


 マリンブルーの動物に乗って、虚無きょむの大穴へとやってきたハルたち。

 その周囲には神様たちと仲間のプレイヤーの手によって、既に立ち入り禁止の防壁が建設されている最中だった。


「おう! 来たなハル! 見ろよ、なかなか様になってるだろ? まあ広すぎて、一部だけだがな、だっはっは!」

「材料が足りないんだよね! でもケイオスさんすごいんだよ! なんでも出来ちゃう!」

「おうよ! 器用貧乏と言ってくれよなソフィーちゃん!」

「それでいいのかお前?」


 現地では器用貧乏ことケイオスと、剣術少女のソフィーが出迎えてくれる。

 ソフィーは実に珍しく、戦闘以外の作業に従事していた。いや、そんなことを言っては失礼か。


「リコちゃんも来てっぜ」

「おい君たちね。時間をバラしてくれなきゃ困るだろ。君らが居ないと、神様たちはログイン出来ないんだから」

「そうは言ってもよぉハルぅ。オレらメンテ明けを、今か今かと待ちわびてたんだぜ?」

「うんうん!」

「メンテ中は寝る訳にもいかんから、連絡来た瞬間一気にバタリよ! 時間バラすなんてできんできん」

「普通と真逆なのが面白いよね……」


 通常、メンテ時間は眠るなり体を休めるなりして、メンテ明けのプレイに備えるというのがありがちなパターンだが、このゲームは眠りこそがプレイ時間だ。

 眠らずにメンテを待たなければいけないというのが、真逆でなんだか面白い。


 まるで、前時代におけるいつ終わるとも知れない緊急メンテを、更新ボタンを定期的に押しながら眠れずに待つプレイヤーのようである。

 まあ、現代でもそうした事例がまるでない、とは言えないのだが。


「それに起きたってまた寝れっから。余裕よ、よゆー」

「よゆー!」

「その時はどっちかずらそうね……」


 どうしようもない廃人ぶりだが、今はそれが頼もしいのが困ったところ。

 しかしそんな廃人たちの力を借りても、この広大な穴の、更に余裕をもって広げた外周に防壁を張り巡らせるのには苦労しているようだった。


「ハルさ~ん。こんなの無理だってばー。ボク、サボれるからこのゲームに来てるってのに、これじゃリアル以上の重労働だよぉー」

「泣き言いわないのマゼンタくん」

「だって言いたくもなるってばぁ。こっちじゃ全部手作業なんだよ? 歩くのも自分の足だしさぁ」

「いやそれが普通なんだが……」


 そんな大規模すぎる土木作業従事者の中には、赤い髪をした背の低い男性、いや男の子の神様、マゼンタも居た。

 体の大きさに合っていないぶかぶかな洋服が、実に作業に向かなそうである。


「魔法で何でもやっちまう神様にとっては不便だろーな。まあ、その不便が楽しいんだが!」

「限度がある! 土木工事は楽しめない!」

「うんまあ、さすがにこれは、いつ終わるかも分からないしね」


 ケイオスたちは楽しんで土木工事にあたっているようだが、攻略に向かうための効率面でも、いつまでもただ壁だけを作っている訳にはいかない。

 なんとか効率的に切り上げて、攻略のための仕事タスクをこなさねばならなかった。


「まあ私が来たからには安心っしょ。<建築>のプロ、クリエイト特化にお任せあれー」

「わたくしも、どんどん材料を集めるのです!」

「いや、ユキたちこそむしろ、拘束する訳にはいかない。むしろすぐにでも拠点に戻って、大型飛空艇ほか新兵器の開発にあたってもらいたいところだ」

「オレらはいいんかーいっ!」

「そーだそーだ! ボクらを差別するなー!」

「やかましい。別に、君らもここに拘束するつもりはないよ。今作ってる、北側の防壁だけ完成させてくれればそれでいい」

「なーんだ。まあそれくらいなら」

「マゼンタきゅん、根が働き者だわな……」

「実はね」


 素直に仕事に戻ろうとして、ハルたちの会話で、びたり、と体を硬直させるマゼンタ。

 怠け者を自称しているが、その本質は実のところ誰よりも全体の利益を尊重していた。


 彼によるその否定のための言い訳を聞き流しつつ、ハルはこの作業を手早く終わらす算段を脳内でシミュレートする。

 まあ、脳はここにはない訳だが、ともかくシミュレートする。そういえば、そうした計算は今なにが補っているのだろうか?


「……まあ今は余計なことはいい。それより、他国に、他のプレイヤーの居住区に向いてる方角は、威圧の為に立派な防壁が必要だけど」

「他はいいのかな? でもハリボテだと、ぐるっと回り込まれちゃうよ!」

「そこも考えてあるよソフィーちゃん。すぐに壊されるような壁を、作るつもりはないさ」

「だが強固な壁にするにゃ、素材も時間も相当かかるだろ?」

「まあ見てなって」


 だがそのためには、まず人口の壁によってこの地の所有権が人間にあると主張しなければならなかった。“それ”だけやっても、新しいダンジョンか何かだと間違われる。


 脳内でその為の指令を龍脈に流しつつ、ハルは種明かしで彼らを驚かすその瞬間を心の中で待ちわびるのだった。





「って世界樹の根かーいっ!!」

「わあすっごぉい! おっきぃー!」

「いやハルさんこれ出来るなら最初からやっといてよ! ボクらの地道な労働はなんだったのさ!」

「いやそれも必要なことだったんだってば」


 未完成部分の外周を取り囲むように、世界樹の根がこの場まではるばる拠点から伸びてくる。

 次々と地面から突き出した根は壁のように連なると、その場から新たな木を生やし天然の壁を生成していく。


 この木のみでこの一帯を取り囲むことも可能であろうが、それだと見た目がどうしても『新たなダンジョン』にしか見えなくなるのだ。


「プレイヤーメイドの壁があることで、ここが僕らの領土だと指定できる」

「まあ分かるような、分からないような……」


 いまいちに落ちなそうなマゼンタだが、世界樹の根が誇る防御力を思い出し考えるのを止めたようだ。

 ヤマトの<天剣>すら防ぐ耐久力は、破壊工作を無意味にするに違いない。

 もっとも、新たに生えてきた木の方はそこそこの防御力しか持っていないので油断は禁物だが。


 そんな、徐々に緑の壁に囲われていくエリアの中に、皆は作業の手を止めて入り込んで一息をつく。

 広大なはずのエリアだが、向かい側にある壁まで問題なく見通せる。


 ……当然だ。遮る物が、何も無いのだから。


 壁の内側にはいったい何が隠されているのだろう、と期待に胸を膨らませて忍び込んだ侵入者がいれば、唖然あぜんとすること間違いない。

 そこには本当になにもない。いや、『なにもない』が在るのだから。


「真ん中まで伸びてる道が、飛び込み台みたいだね!」

「怖いこといわないでソフィーちゃん! ……あそこには、龍脈が走ってんだよな?」

「うん。だからこそ消失を免れたらしい」


 その大穴の中心に向けては一本だけ道が延びていて、周囲は切り立った崖となっていた。

 逆から見ると、確かに飛び込み台にでもなっているようだ。そのまま崖下に飛び込むと、いったい何が起こるのだろうか? 今は試す気になれない。


「……さて、現状把握と対処の目途が立ったところで、その他の報告も聞いていこうか」

「うん、おっけー。といっても、詳しくはボクも知らない、というか直接見た訳じゃないんだけどね」

「お知らせが来たよ! 珍しいよね!」

「マジ舐めてるよねここの運営?」

「……ナチュラルに運営に文句を言う癖はよくない、と言いたいがケイオス。今回は実にその通りだ」


 プレイ方針の導線は引かない、お知らせは出さない、お問い合わせの方法もない。ついでに言えばログアウトも出来ない。

 こんなゲームを出したら袋叩きは避けられないだろう。起きたら記憶が無くなっているので、叩かれていない、というか叩きようがないだけだ。


「もう見たとは思うけど、なんでもね? 龍脈を枯らす邪悪なモンスター達が出現したから、皆の力を集めてそれを打倒しようだってさ」

「イベントだね、レイドバトルだ!」

「その方法が書いてないみたいなんだけど……」

「それに関しては、『自分達で見つけてね』ってことなんじゃないのぉー?」

「エリクシルめ……、僕はクリア条件を設定しろって言ったんだが……」

「きっと今頑張って作ってるんだよ!」


 まあ、そうかも知れない。無茶な納期で、無茶な仕様の実装要求を出したのはハルの方だ。多少、高難度で遅延させて場を持たせる程度のことは許容すべきだろう。

 彼女は約束を果たした。正式にお知らせを出したのも、ハルがアメジストに協力を取り付けることに成功したからであろう。


「しかし、つーことはオレらが攻略の第一号で、現状唯一の攻略者であるってこったな!」

「まあね。これしかないってタイミングに滑り込んだ結果だろう。しかし、これを攻略と言っていいのかねケイオス……」

「ぶはははっ! いや、これ以上ない攻略じゃねーの!? 祭りになるの間違いなし!」

「拡散されて、緊急メンテだね!」

「最近はほとんどそういうことないみたいだけどねー」


 運営からしてみればたまったものではないが、ユーザーからしてみればこれ以上ない『攻略』だ。

 モンスターではない。運営を攻略したのである。いい迷惑である。


「しかし、『現状唯一』とは限らないのではなくて? いえ、百に一つもないでしょうけれど、万に一つくらい他にも討伐パーティが居るかも知れないわ」

「いや、そんな事はないんだぜルナちゃん。それは確定してる」

「ちゃんと見れるんだよ!」

「そうなの?」


 アイリたちと穴を覗き込んでいたルナが、ここで会話に加わってくる。

 ケイオスの発言にげ足を取る訳ではないが、『現状唯一』と断言するあたりが気になったようだ。


 当然、実際に戦ったハルたちは、あれと同等のボスがそう簡単に撃破されないだろうことは知っている。

 しかし、万が一ということも無いとは言えない。ヤマトのような上位のスキル持ちも出てきたことだ。ハルたちの知らない強力な力も存在するかもしれない。


 しかし、ケイオスたちは自信をもってそれを否定する。何やら、断言できる根拠があるようだ。


「ルナちゃんメニュー見て、メニュー! 『龍脈通信』ってのが追加されてるでしょ?」

「あるわね。でも、私が開いた時は、何もなかったわよ?」

「それなんだがな、確かお知らせと同時期あたりで、変化があったんだよ。オレも常時チェックしてた訳じゃないから、正確なことは言えねーけど」

「なるほど?」

「完成したから本実装した、ってことかな」

「あるいはハルが約束を守ったから、解禁したのね?」


 そういうことだ。ソフィーたちに急かされるように、ハルたちも新メニューの龍脈通信を開き表示する。

 そこには、通常のフィールドマップとはまた別の、何かのマップが真っ先に、一面に表示されていたのであった。


「ここ! ちょうどまんなか! ここが現在地だよ!」

「黒くなってんだろ? これが撃破アイコンだ」

「バグアイコンじゃなくて?」

「公式がそんな表示出すワケねーだろぉハルぅー! 考えてもの言えよなぁ! ってか説明書見ろみろ!」

「悪い」


 この運営エリクシルに関しては、つい弄りたくなってしまうハルだった。

 彼女はひとまず、あの戦いをハルたちの勝利と認めてくれたようである。マップ上のアイコンが、撃破を表していた。

 逆に言えば、彼女もこの事態を収拾できる目途めどが立っていないと、自白しているようなものである。


「それでね! 龍脈通信にはまだ他にも機能があるんだよ!」

「なるほど?」


 得意げに語るソフィーに従って、ハルたちはその新機能の詳細を続けて見ていくことにした。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 無残にテクスチャが剥がされ、フレームが剥き出しとなったモンスターを引きずりながら、運営にお問い合わせ(物理)を行い、運営の陥落をもって『攻略完了』宣言ですねー。否定しようがないよう運営を支…
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