第1314話 結局世の中は
「ようこそいらっしゃいましたハル様。あら、本日は地球での奥様もご一緒で」
「結婚はしていないわ。それと、その呼び方は母を思い出すからやめてちょうだい?」
「あら残念。ですが式がまだでしたら、その時は是非にお呼びください」
「本体で来る度胸があるなら、歓迎してあげてもいいわよ?」
「……君たち、顔を合わせるなりバチバチしないの」
「あら? こんなのじゃれ合っているだけよ?」
「ええ。わたくしとルナさん、なんだか上手くやっていけそうですの」
「それはそれで勘弁してほしい複雑な気分……」
お嬢様のルナと、お嬢様っぽいアメジスト。何か通じ合う部分でもあるのだろうか?
今は半ば敵対しているとはいえ、仲良くなるなら特に止めたりしないハルではあるが、この場合はその結果、被害を受けるのがハルになりそうなので、別の意味で警戒してしまう。
まあ、今はそんなお嬢様同盟の結成などよりも、ここへ来た本来の用事を済ませなければ。
という言い訳によって、多少強引に同盟の締結をハルは阻止し、会話の主導権を握ることにした。
ハルたち二人はまず真っ先に、例の音楽室からの異空間へのログインに直行。
ここは以前と何も変わることなく、相変わらずの見渡す限りの平和な草原が、ハルたちを出迎えてくれた。
今のところこちらのゲームの運営も、また平和に進行しているようだ。
「さて、本日はどのようなご用件でしょうか。ずいぶんと、派手に動かれていたご様子ですが、なにか進展がございましたか?」
「目ざといね。気付いていたんだ」
「ええまあ。こう見えて、わたくしエーテルネットにはそこそこ通じていますので」
「いやどう見ても神の中でも相当レベルが高いだろ……」
アメジストはその能力の特性上、他の神よりエーテルネットへの干渉に長けている。
それこそ、日本に住む人々本人たちすら気付いていない超能力に関するデータについて、秘密裏に調べることすら可能なくらいに。
そんなアメジストは、昨日ハルが行った大規模なログイン制限についても、当然のように察知していたようだ。
それとも、ハルの動きそのものは分からずとも、それによって変化した人々の状態から、その裏側を推測したのだろうか。
いずれにせよ、彼女がやり手であることには変わりはないだろう。
「それが実はね、例のゲームの運営と接触してさ」
「あら。それでは、捕まえたのですか?」
「いや。それは君と同じだよ。夢の中ではどうもね、雲を掴むような話だから」
「なるほど。といっても、“このわたくし”とは少々事情が異なるものとは思いますが、ここはわたくしをその方並みに評価していただいたと考えましょう」
「どちらかといえば非難だけどね?」
この目の前のアメジストは、彼女の姿を取ってはいるが実体はない。遠隔操作の人形のようなものだ。
一方エリクシルの方は恐らくあれが本体だと思われるが、逆にあの世界ではハルが力を行使できない。
両者とも状況は正反対に異なっておれど、互いの存在のかみ合わせが悪いという点では一致していた。二人とも、実に厄介だ。それは同じこと。
「して、その運営者の方と、わたくしがどのような関係が?」
「それなんだけどね。その人が出した交渉の条件に、『アメジストの持つスキルシステムをフルで使わせろ』ってのがあってさ」
「お断りしますわ?」
「まあそう言わずに」
「……だってハル様? わたくしに、なんのメリットがありまして?」
「まあそう言わずに。僕を助けると思って」
アメジストはその幼い顔を嫌そうに歪め、唇を突き出して『むすーっ』と不満をハルに主張してくる。
まあ、当然の反応か。これはハルとエリクシルの取引。そこに、突然自分を引き合いに出されても困るだろう。
まるで、横で見ていただけなのに勝手に彼女のチップを使って賭けに出るようなものだ。
「……はぁ。ひとまず、詳細に事情を話してくださいまし。事情によっては、手助けできることもあるかも知れません」
「助かるよ。流石はアメジスト。チョロくていいね」
「言っておきますが、まだ了承した訳ではありませんから! あくまで聞くだけですからね?」
「言いくるめられちゃう子のセリフよね? しかし、こういうハルも新鮮だわ? 外ではいつもこうなのかしら。イシスさんもこうやって引っかけたの?」
「人聞きの悪いことを言わないでもらいたい……」
ひどい風評被害だ。まるでハルが普段から、女の子を強引に口説いて遊んでいる奴みたいである。
強気なのはアメジストが今は敵だからで、普段はむしろルナたちが逆に強すぎるのでハルが押され気味であるのだが。
そんな感じで、いまいち締まらない雰囲気のまま、ハルたちの交渉は進んでいくことになったのだった。
◇
「……なるほど? わたくしが承認することでハル様がたの契約は正式なものとなり、例のゲームにはクリア条件が設定されると」
「そういうこと。悪くない話じゃない? クリアしてさえしまえば、今の無断使用状態も解消される訳だし」
「そうですわね。ですが、お断りしますわ?」
「……まあ、そうなるよね」
「それって、貴女としては現状はそこまでの被害には感じていないということかしら?」
「そういう訳でもありませんよルナ様。非常に疎ましくは思っています。ですがそれ以上に、ゲームは続いていた方が、わたくしにも好ましい状況というだけです」
「……貴女は、あちらの世界への干渉手段が無いのではなくて?」
「ええ。今は。ですがどうやら、その方の力とわたくしの力は類似した物である様子。いずれわたくしの側からも、逆にその方のシステムを横取りすることが可能になるはずです」
「頭の痛くなる仮定はやめてくれ……」
それは本当に、最悪の接触と言わざるを得ない。
エリクシルだけでも手に負えないでいるというのに、このアメジストまでもが夢世界でも暗躍し始めたらと思うと、収まったはずの頭痛がぶり返す気分のハルである。
「……まあ、その為の布石として、いっそ逆に許可してしまうのもアリかとも思うのですが。その方が、逆探知もまた容易になりましょう」
「それを聞いて僕はなんだかこの話を白紙に戻したくなってきたよ……」
「あら。わたくしはハル様のその苦しそうなお顔を見て、『やってもいいかも』と思えてきましたわ?」
「なるほど? 趣味はいいようねあなた」
「わたくしもルナ様とは、仲良くしたく思っておりますわ?」
「勘弁してくれ……」
いたずらっぽい表情で、二人してハルの顔を見上げるように覗き込んで来るお嬢様二人。いじめっこの目である。
もちろんハルとしてもやられっぱなしでいる気はさらさらないが、反撃したら反撃したで、それこそ彼女たちの思惑通りな感じがするのも厄介なところだ。
「……相手にとって都合の良い話を嫌がるのは当然分かるけど、それ以外に君にとってのデメリットって何かあるの?」
「そうね? 心情的なものを除けば、むしろ今の話を聞くと、提案を飲んだ方が合理的なのではないかと思えてくるわ?」
「『心情的に嫌だ』、ではいけませんか? ……とはいえまあ、確かにわたくしたち神は合理性を重んじるもの。そこは実際、おっしゃる通りではありますわ」
「明確なデメリットがあると」
「ええ。お金がかかります。資金繰りが大変なんです。ぶっちゃけた話」
「確かにぶっちゃけたね……」
優雅でお嬢様然としたアメジストの口から飛び出すには、少々似合わない言葉であった。同じ幼女でも、アイリスあたりが言っていそうなセリフである。
「確かに、君のスキルシステムは、特に超能力関係のものは、使用料が半端なくかかるんだっけ?」
「そうね? 以前はカナリーがよくぼやいていたわ? というよりも今は、私の会社が代わりにそれを支払っている訳だけれど……」
「いつもご利用いただき、まことにありがとうございます」
これもアイリスが良く言うセリフであるが、言い方の優雅さに天と地の差があった。言葉の響きに厭らしさがない。
流石はゴスロリの似合うお嬢様である。アイリスも、見習うべきなのである。
「別にわたくし、守銭奴という訳ではないのですよ? ですが“こちら”での活動には、どうしてもお金が掛かりますので」
「きちんとエーテルネット使用料払って活動してるんだね……」
「意外ね……」
「誰かさんと一緒にしないでくださいまし。完全無料でやりたい放題に出来るのなんて、あなた様とカナリーくらいですわ」
「また本人の居ない所で謎にカナリーの株が上がっていく……」
最初に出会った神であり、ハルたちにとっての基準値となるカナリーだが、実は神の中でも突出して凄い奴だったようである。
……本人を見ていると、とてもそんな気はしてこないのだが。
「まあそんな訳でして、システムの一部はこちら側のネットが処理することで動いております。そこで下手に負荷をかけられては、わたくしが破産してしまいますわ?」
「そりゃ大変だ」
「各所への賄賂も安くありませんの。こうして暗躍できるのも、そうした工作費あってのこと……」
「……むしろ僕ら側から負荷かけて、こいつ破産させた方が世のためなんじゃないか?」
「今のは冗談です」
まあ、ハル側としても半分ほどは冗談だ。彼女のスキルシステムがなければ、今はルナの会社で買収したゲーム二種も立ち行かない。
結局のところ、エリクシルだけではなく、ハルたちでさえもこのスキルシステムというものに依存している。
アメジストなしでは、いつの間にか世界は回らなくなっているのだ。
「まさしく影のフィクサーに相応しい立ち回りだね」
「なにをおっしゃいます。ハル様と比べればわたくしなど、とてもとても。順調にこの社会も、ハル様抜きでは回らなくなってきているではないですか」
「……むしろ僕は、僕ら抜きでも回るようにと考えて動いているつもりなんだけど?」
「見解の相違ですね。お気になさらず」
このアメジストの活動活性化も含め、最近は行動が裏目に出てばかりでハルも少々自信がなくなってきた。
ハルの考えが浅いのか、アメジストが自分に都合よく言っているだけなのか、はたまた何か呪われてでもいるのだろうか。
そんな、自分の決定に自信のなくなってきたハルの代わりに、隣で進行を見守っていたルナが、紫髪の少女に向けて口を開いた。どうやら、彼女が交渉のカードを切るようである。
一歩前に出ると、神に対しても何を臆することもなく、堂々と啖呵を切ってみせる。
「ではこうしましょう。その契約により生じた損害、その全てを私が代わりに補填するわ?」
「あら?」
「いいわよね? 今の話からすると、問題になるのはお金だけなのでしょう? なら、何の問題にもなりはしないわ? むしろ、お金で解決できるなら話が早いわよ」
「いいのですか? そんな安請け合いしてしまって。どれだけ高額になるか、わたくしですら見当はつきませんよ?」
「安い脅しね? 問題にならないと言ったはずよ? 普段から貴女に使用料を払っているのは他ならぬ私。どのくらいの規模になれば、幾らになりそうかなんて手に取るように分かるもの」
「これは少ししくじりましたかね……」
アメジストは提案を拒否する言い訳に、金銭面での問題を前面に押し出して語ってしまった。
いや、実際に高くつくのは事実なのだろうが、逆に言えばその問題さえ解決すれば提案を飲むと言っているようにも取れる。ルナは、そのタイミングを逃さなかった。
ことお金で片が付く問題であるならば、このお嬢様の領分。完全に彼女の得意分野。
それを全て支払うというのだから、当面の障害は全て解消されてしまったことになる。
もちろん、ここで『そういえば他にも』と追加の条件を持ち出すことも出来るだろうが、なんとなく、プライドの高そうなアメジストのことだ、そんなみっともない真似はしないようにハルも思う。
同じお嬢様として、そこを的確に突いたのだろうか。先ほどまで二人で意気投合していたかと思えば、いやはや恐ろしいものである。
「どう? 悪い話ではないでしょう」
「……そうですね。わたくしも、活動資金が増えれば色々とやりやすくなるというものです。今回は、ルナ様に花を持たせてあげるのも一興ですか」
それとも、アメジストはそれすら見越して、この会話の流れを調整していたのだろうか? 何か資金が必要な、よからぬ事でも計画しているのかも知れない。
いや、よからぬ事は常に計画しているだろうから、そこは考えても虚しいだけかも知れないが。
「しかし、本当に平気、ルナ? いくら請求されるか分かったものじゃないけど」
「平気よ。だからあなたも腹をくくりなさいな。ああ、支払いはカードでいいかしら?」
「ええ、よろしくてよ?」
「そういう訳よ?」
「親の金かい……」
言いながらルナが取り出したのは、黒光りするブラックカード。まあ要するに、月乃のカードである。
最終的に被害を被るのは、この場に居ない無関係な第三者であった。さすがに同情する。
まあ、月乃もこの件の解決をハルたちに命じた者として、責任を果たしてもらうとしよう。
ハルもまた、その資金を使ってアメジストが何か動きを見せないか、責任をもってより一層監視の目を強めることにした。
ついでなので、またしても無関係なアイリス辺りも巻き込むことにするとしよう。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




