第1311話 枯れた地に命の水を
龍脈を対象に『使用』された龍脈結晶は、エネルギーに還元されてそのラインの内部を流れて行く。
その際に、龍脈アイテムはある特定の挙動を示すことは以前より確認されていた。
それは、資源は龍脈を遡り、生まれた土地へと帰るということ。
「これを使って、僕は各地の流穴に糸を通すように辿り、その位置を特定し支配していったわけだ」
「すごいですー! ……そして、ここでも同じことを? わたくしたちの拠点に、繋がるだけですよね?」
「……なるほどね? やりたいことが分かったわ? この場合拠点に帰ること自体は重要ではなくて、そのいわば帰巣本能が、このドラゴンの吸収力よりも強いというのね?」
「その通り」
「な~る」
このエリアの龍脈は、一度全ての支配権がキャンセルされハルの物ではなくなっている。
そのため支配権を振りかざしドラゴンによる力の吸収に抗うことも出来ず、内部にエネルギーがないので再支配もできない。
いや、エネルギー自体は正確に言えばほんの少しは存在するのだろうが、供給と同時にドラゴンへと渡ってしまうので無い物として考えて問題ない範囲だ。
ならば、新たにハルがエネルギーを流し込んでやればいい。もちろんただ流すだけではこの邪竜に吸収されてしまうのだが、幸いなことに龍脈資源には帰巣本能のような性質がある。
当然のことだが拠点の霊峰はハルたちの背後に存在するので、必ず竜とは逆方向に向かい、逃げるように流れて行くのだ。
「エリアの外まで流れればそれでいい。これで……、よし、繋がった……!」
「やりました! これでハルさんに、無限の魔力が!」
「……いや、支配を維持するだけで精一杯だ! 全力で抵抗しても持っていかれそう!」
「ルナちー! ありったけの結晶を、ハル君に渡して!」
「わ、わかったわ……!」
こういう場面でユキの判断は適格で早い。ハルの思考を、正確に推し量って汲んでくれる。
ハルはルナの取り出した龍脈結晶を、惜しみなく次々と地面に吸い込ませていった。
魔道具として使っている属性石の燃料である結晶はこの戦いの切札であるが、どのみちこの在庫を全て使っても勝機は薄い。
ならば、攻撃手段を全て捨ててでも、ハルは一発逆転の一手に賭ける。
「……資源ポイント以外からでも、アイテムを流し込む練習をしていてよかった。やはり日々の実験は重要だ」
「ハルらしい用意周到さだとは思うけれど……、なんでそんな実験を……?」
「そりゃ、あれっしょ? 支配の行き届いてない敵地にメテオバーストで攻め込んで、強引にその土地の龍脈支配する訓練っしょ?」
「ユキ正解」
「敵地に輸送線を、一瞬で構築する裏技なのです!」
「悪魔のような発想ね……」
敵からすればたまったものではないだろう。いきなり超音速で空から突っ込んで来て、土地の龍脈も強引に奪ってしまう。
ルナたちは小型艇メテオバーストに苦手意識を持っているようだったが、ハルはそんなことを考える程度にはあの空飛ぶ棺桶を気に入っていたのであった。
大型飛空艇もいいのだが、あの方向でも並行して発展させてくれないだろうか?
「ハル、これで最後よ? さすがに私も、これ以上入れて来れなかったわ?」
「ありがとうルナ。なんとかなりそうだ」
「うちらもいくつか持ってるよー」
「持ってるのです!」
「それは、本来の緊急用に使うように」
ルナの大容量のアイテム欄、その中の全ての結晶を豪快に流し込み、それらが帰還する糸を紡ぎ、編み上げ、ロープのように太くする。
枯れていたこの大地に、再び龍脈のラインが通った瞬間だった。
今までは、各地から買い集めたアイテムだったので糸は一本のみだったが、自国の資源ならこの通り。
この策を用いれば、どんな場所からでも支配をハルに書き換えられる。
「面白くなってきた。想像するだけで夢が広がる」
「悪い顔をしています!」
「ハルくーん。悪用方法を考えて興奮してないで、目の前のことに集中しろー」
「……本当よ。もう、余裕ということでいいのかしら?」
「そうだね。龍脈の力が使える以上、あんなドラゴン程度、ただのデカい的だ」
「やってしまいましょう!」
……そう強がってみたはいいが、確実にこれまで戦ったどんなモンスターよりも強いだろう。対等な条件になっても、単純に強敵だ。
そのドラゴンが、目の前をうろちょろと飛び回る羽虫のようなカナリーを無視して、忌々しそうにハルを睨みつける。
どうやら当然といえば当然だが、彼の方にもこの龍脈強奪が伝わってしまったようだった。
◇
「ハルさんー、ヘイトがそっち移りましたー。もう維持できませんー」
「カナリー、よくやってくれた! あとは巻き込まれないように、警戒優先で!」
「はーいっ」
ターゲットを外されたカナリーは、振り落とされるようにドラゴンから置いて行かれる。
自分に向かって来ない状況では、攻撃モーションを移動代わりにするカナリーの戦法では追いすがるのが厳しい。
しかし問題ない。ここからはハルのターンだ。ハルは迫る竜の巨体にも引くことなく、一歩も動かず同じ位置をキープする。
エリア外と繋がったこの生きた龍脈の先端。ここを維持せねばすぐにまたドラゴンに吸い取られてしまうだろう。
「ハルさん! 右腕の爪で攻撃が来ます! 暗黒属性のオーラを纏って殴る気です!」
「ああ!」
迫る山のような巨躯の影。その根源的な恐怖を煽る威圧感に怯むことなく、ハルは不動で待ち受ける。
本来ならば、人が生身で相手にしていいものではない。そんな傲慢な挑戦は何の成果も成す事なく、地面に血の染みと消えるだろう。
だが、今のハルは魔法使いだ。夢にまで見た超常の力を振るう者。
その力の前に、この程度の体格差など意味をなさない。
「一層目、神聖属性のシールドで爪のエンチャントを消滅させる。二層目、水属性のシールドで、物理的衝撃を相殺」
「かっこいいです! でも次左手でも同じことする気のようです!」
「同じ手なら、何度やろうと同じこと」
「左手だから別の手だけどねー」
「ユキ。茶々入れないの……」
アイリの宣言通り、ドラゴンは怒り狂ったような勢いで強引にハルを叩き潰さんと両手を交互に振りかぶり爪撃を繰り返してくる。
時には冷静に属性を変え、ハルの属性シールドを無意味にしようと爪の付与魔法を変更もした。
だがそれは的確にアイリによって力の流れを<鑑定>され、ハルとのコンビネーションの高さにより完全に封殺されたのだった。
「おお! 今度は足で踏み潰す気なのです! 大丈夫でしょうか!」
「ははっ! やらせておけばいいさ! 小指をぶつけて後悔しろ駄竜!」
「乗ってきましたねーハルさんー」
「リズムゲー楽しそうだね」
「嫌よこんな命がけのリズムゲーム……」
タイミングよく対属性の魔法でジャストガードし、敵の猛攻を無効化していくハル。そのための膨大なエネルギーは龍脈から供給され、尽きることはない。
敵もまた条件は同じだが、何となく最初の時よりも、その身の魔力は力を失っているようだ。
これは、力の源である龍脈の一部をハルが奪い取ったからであろう。
であるならば全ての龍脈を掌握してしまえば、この邪竜もただの無害な大トカゲになるのかも知れないが、それはさすがに無理そうだった。ハルも現状維持で処理がギリギリだ。
「ならやっぱり、力で打倒するしかないよねえ」
ハルは天を覆い隠す巨岩でも降って来るような敵の踏みつぶしにも、決してその場を離れることはない。
度胸比べではないが、ここはビビって退いたら負けと同義。
その全体重をかけた渾身の踏みつけに、ここぞとばかりにカウンターを叩き込む。
「はははははは! 小指をぶつけるどころか、足の半分が吹き飛んだみたいだね!」
「内部に通った! そのまま部位破壊じゃハル君!」
「いえー。ここは体制を崩しダウンを取って追撃ですよー?」
「起き上がりを許さず、無限コンボなのです!」
足を丸ごと切り飛ばすまでには至らなかったが、踏みつぶそうとしたアリに手痛い反撃を食らったドラゴンはたまらず一歩二歩と後退する。
その足はハルを踏みしめること叶わず、ハルを自身の落とす影の中から解放してしまった。
ハルが何をしたかといえば、対ヤマト戦の時と同じ。敵オーラとハルのシールドが相殺する力を変換した<属性消滅>による魔力の爆発を、至近距離で敵の指先に叩き込んだ。
小指をぶつけるどころではすまないその威力、幻獣の頂点たるこの生物も、たまらず反射的に退いてしまうほどの不意打ちと化した。
「他愛ない。見かけ倒しか。最強生物の名が泣くね」
「やっぱり時代は、改造ドラゴンですねー」
「いや……、あれはあれで結構です……」
またあのクリーチャーたちを相手にするくらいならば、ハルはこちらのオーソドックスなドラゴンの方が良い。
情けないなどとハルは言ったが、龍脈の力を奪われていなければ現状のハルには手も足も出ぬ相手だったことだろう。
「!! 今度はブレスが来そうです! 火属性です!」
「ふむ。諦めてないか。じゃあルナ、ユキ、手伝ってくれる?」
「あいさー」
「わかったわ?」
予備にと残した緊急用の龍脈結晶と、ミーティアエンジンの残骸を使い、ルナたちが星属性の隕石魔法を発射する。
ハルはそれを直接ドラゴンに当てることなく吸収し、隣り合う生命属性の毒攻撃へと変換した。
その生命力を奪う毒の霧は、同様に隣り合う火属性のドラゴンブレスを飲み込んで、更に威力を増す。
破れかぶれに放った竜の炎など、<属性振幅>によって強化されたハルの魔法の敵ではなかった。
しかもどの程度の威力で相手をすればいいか、アイリの<鑑定>が逐一教えてくれる。完全な後出しジャンケンだ。
「おお! 効いています! 効いているのです! 敵のHPが、半分を割ったのが見えましたよ! きっと弱って<鑑定>耐性も薄れてきたのです!」
「よし、じゃあこのまま一気にみんなでトドメを、」
「!? 待ってくださいハルさん、なんだか様子が、おかしいのです!」
「お? どうした発狂か?」
「形態変化とか、そういうことかしら?」
「そうだぜルナちー。よくあるパターンだ」
「そうかも知れませんが、何か変です! これはなんだか、“ばぐってる”感じなのです!」
アイリの感じた違和感はすぐにハルたちにも理解できる形となって現出する。しかもこのエリア丸ごとを対象にして。
世界はノイズのような音と視覚効果に満たされて、今にも空間ごと崩壊しそうだ。
……まさかとは思うが、形態変化した後のデータが、まだ未実装なのではあるまいか。




