第1310話 龍脈を枯らす邪竜
太陽を遮るほどの竜の巨身に向けて地上から天へと向けて隕石が逆行する。
当たり判定もまた巨大なドラゴンだ、狙いは正確にその体に吸い込まれてゆくが、竜は特に気に留めた様子はない。
こちらを面倒くさそうに睥睨し、小石でもぶつけられた程度の反応しか見せなかった。
「アイリ、効いてそう?」
「少々、お待ちください! この相手には、<鑑定>が通りません! わたくしのスキルレベルでは、力不足のようです……!」
アイリが言うにはどうやら、<鑑定耐性>の高い相手に鑑定妨害をされた時のように、敵のステータスが確認できないらしい。
ドラゴンのARウィンドウにはノイズが走り、その内容を読み取れない。
かろうじて、HPバーだけが一瞬見えたようだったが、それもほぼ満タンのまま。見た目通り、ダメージが通っているようには見えないらしかった。
「……しかもあいつ、回復してなーい? 初手の突撃ではさすがにダメージ与えられたはずだけど、その傷も薄くなってるってーか」
「そのようだね」
「これじゃあどれだけ攻撃しても、永遠に倒せませんねー。それとも、回復リソースには限りがあったりするんでしょうかー?」
「どうかな?」
なんとなくだが、その期待は持てないと感じるハルだ。その回復力を上回る火力を用意しないと、決して打倒できないデザインになっている。
もしくは、ギミック系か。敵の回復を担っている何らかの要素を、知恵と工夫で停止して初めて、人類に勝機が見えてくるパターン。
なんにしろ、単純な力押しで倒すにはまだまだ火力が足りなかった。
「ハル君はどっちだと思う?」
「ギミックタイプかな。なにせ、こいつは龍脈ボスだ。龍脈に何かしら手を加えることで、突破口が開ける仕掛けがあってもおかしくない」
「そうね? それが自然だと私も思うわ?」
「ではわたくしが龍脈を<鑑定>してみましょう!」
「頼んだよアイリ」
足元で騒ぐ虫のあがきなど嘲笑うかのように、黒いドラゴンの動きはゆっくりだ。まあ、元々素早く動けないのかも知れないが。
こちらに狙いを定めたのは確実だが、まだ血相を変えて襲ってくるような様子は見えない。
その余裕につけ込んで、ハルたちはじっくりと作戦を練ることにする。
ただ、それでも油断は出来ない。その巨体のサイズ比から錯覚しそうになるが、相手は一歩でこちらの全力疾走並みに距離を詰めてくるのだから。
「むむむ! 出ました! どうやら、この下の龍脈は消滅した訳ではないようです! ほんの僅かですが、まだ力が流れているとのこと!」
「へえ」
「でも、ハルは<龍脈接続>が出来ないのでしょう?」
「そだね。意味なくないかな?」
「でもここから分かることもありますよー? 恐らくドラゴンは龍脈を破壊したのではなく吸収しているってことですー」
「それが、回復力の源!」
「ですよー?」
カナリーの言うことはもっともだ。これが、ギミックとなっている可能性は高い。
龍脈の力を吸い上げ土地を枯らすモンスターを、知恵を駆使して撃破し元の龍脈を取り返そう、というのがこの先のイベント展開か。
「けど、どーすん? 龍脈に何かギミックがあったとして、肝心のその部分はまだ未実装なんじゃ……?」
「あり得る……」
ハルの強引な要請により、エリクシルが突貫工事で出現したこのモンスターだ。実装完了はここまでで、その対処法はまだ開発中という懸念も十分にあった。
それとも、まずはそのまま戦わせてプレイヤーを絶望させ、皆が諦めたあたりで改めて、解決策を用意するような展開だろうか? いわゆる『負けイベント』である。
「ただまあ、僕にだけは現状でもこいつをなんとかすることは出来る」
「ハルさんは、龍脈の供給を停止させることが出来ますものね!」
「その通りだねアイリ。このエリアに繋がる龍脈を、全て寸断してしまえばエネルギー供給も途絶えさせられる。シノさんの部隊がやってたようにね。ただ……」
「なんか問題あんの? ハル君なら楽勝に聞こえるけど」
「この内部からじゃアクセス出来ないんだよねえ。かといって龍脈が生きてるポイントまで戻ると、今度は魔法の射程外になっちゃうし」
この敵を足止めしておけるのは、今のところハルだけだろう。だがハルが<龍脈接続>のためにこの場を離れてしまっては、それも出来なくなる。
龍脈を弄られる危機を感じ、ドラゴンがハルを追ってきてしまったら、その時点で計画は破綻だ。再びハルは吸収範囲へと逆戻り。
かといって、内部に留まったままでは、ハルは自由に魔法が使えない。戦力大幅ダウン。
「あちらを立てればこちらが立たず。さて、どうしたものかね?」
「……ゆっくり考えている暇はなさそうよ? そろそろ、敵の爪が届くみたい」
「おっと」
星の属性石を制御し巨体を睨むルナが、猶予時間の終わりを告げる。
ドラゴンはハルたちの元まで辿り着き、邪魔な虫を叩き潰すかのようにその鋭い爪を振るってきたのであった。
*
「ユキ! ルナを任せた!」
「あいさー! ルナちー、掴まって!」
まるで天から巨岩が降って来るような迫力で、ドラゴンの上体ごと右手が迫る。
その特大サイズの爪は豪快に地を抉り、一瞬前までハルたちの立っていた大地を粉砕し巻き上げた。
ハルたちはその攻撃から間一髪で離脱。ハルがアイリを、ユキがルナを、それぞれ抱えてその場を飛びのく。
それだけでは到底回避距離が足りないので、空中で自分たちに向けて魔法を放つことでブーストするように離脱を後押しする。ついでに、その魔法を竜の腕にかすらせるのも忘れない。
「むー。サイズ感が違いすぎますねー。大剣で迎撃しようにも、つまようじですー」
「カナちゃん!」
「へーきですー」
そんな中カナリーだけはその場に残り、指一本が自分の体よりも大きな竜の腕にカウンターで大剣を叩きつけていた。
その大剣よりも巨大で分厚い爪にカナリーが吹き飛ばされたかのように見えユキが慌てるが、すぐにそうではなかったと彼女も気づく。
飛び上がったのは、カナリーの放ったジャンプ攻撃の結果。インパクトの瞬間の武器持ち換えからの、次の技をキャンセル発動。
カナリーの得意とする止まることなき連続攻撃によって、至近距離を維持しながら曲芸のようにノーダメージで乗り切った。
「むー。しかしダメージが通った感覚がないですー」
「だいじょぶだ! そのままやれカナちゃん! 無傷で攻め続ければ、いつかは勝てる!」
「回復があるでしょうにユキ……」
「そ、それはその、そうだ! 敵は無理な姿勢で私たちを狙っとる! このまま続けさせれば、そのうち腰をやっちゃうに違いない!」
「ぎっくり! なのです! これはいけますよ!」
「ゲームに何を期待しているの……」
いつもは魔法の言葉、『ゲーム的な都合』で乗り切る二人が、現実的な展開に現実逃避をしていたので、珍しくルナが『これはゲームだ』と窘めていた。
まあ、確かに望み薄だろう。リアルな要素を重視したこのゲームであるが、それでもドラゴンの強靭な腰がぎっくり腰で粉砕される設定はしていないはずだ。
そこまで忠実ならば、天を衝く世界樹も、隕石で飛ぶ小型艇も物理法則の前に敗れ去っているはずなのだから。
「まあでもー、ジャストインパクトで防御できるのは分かりましたー。私がこのまま前衛をやりますー。その間にハルさんはー」
「ああ。魔法を撃ちつつ、なんとか突破口を見つけてみせる」
「別に魔法も要りませんよー?」
そう言う訳にもいかないだろう。カナリー一人に負担を押し付けてはおけない。
ハルは魔法の詠唱を始め、ルナとユキもアイテムに魔力を込めて魔法効果を発動させていた。
「ルナちー。こいつも組み合わせて使うのだ」
「これは、生命の属性石ね。星に吸収させる用かしら?」
「そう。『メテオバースト一号』を空中分解させた、すごい威力の隕石が出る!」
「なんで一号機から最大威力で試そうとするのかしらこの子は……」
ルナが持っていた石に取り付ける形で、ドリルのような螺旋状をした奇妙なオブジェクトが装着される。
それは、生命属性の石を中心に、周囲を小さな属性石が取り囲む形の増幅装置。
星属性と吸収関係にあるその力は隕石の威力を増大させて、さらに強力になってドラゴンを狙う。
ハルも、それに負けじと、いやそれに合わせるように、複合属性魔法を発動させる。
神聖属性を終点として、<光魔法>、<地魔法>、<水魔法>、<雷魔法>と吸収させてゆき、空中に輝く白い槍が複数物質化する。
槍は一斉にドラゴンを目指し飛ぶと、途中で<星魔法>扱いの隕石をも吸収し、更に強力になる。
最後には隕石を中心にして一本の巨大な槍と化し、カナリーを追い腕を振り回しているドラゴンの胴体へと突き刺さった。
まるで大楯のような巨大すぎる鱗を飛び散らせ、外皮を裂き体内にまで突き刺さった神聖な槍に竜もたまらず悲鳴を上げる。
どうやら、防御に暗黒属性の魔法が常時施されていたようであり、消滅相性の<神聖魔法>がそれを突き破ったようだ。
「おお! いけます、いけますよ! 一瞬だけ、HPバーが目に見えて減ったのが見えたのです!」
「ですがー、このダメージも回復されちゃいますよー? 間近で見てると分かりやすいですがー、再生速度けっこう早いですー」
「……やはり、根本的な対策が必要ということね?」
「対してこちらの回復は、限られている、と」
「だね。ルナ、龍脈結晶を僕に」
「ええ。あなたも今は、一発ごとにMPを回復しないといけないものね?」
「それもあるけど。ああ、もっとちょうだい? もっとごっそり、一抱えくらい」
「?? いいけれど。邪魔でしょうに」
ルナの<収納>した大量の龍脈結晶が、取り出されて形を成す。
受け取ったハルは両手が塞がるほどの結晶を抱え、落とさぬようにバランスを取る。どう見ても、戦に臨む者の趣ではない。
「その力を一気に吸って極大魔法を放つん?」
「いいや。それでもきっと倒せない。というかそこまでの魔法は撃てない」
「在庫も無限ではないわ? これが尽きたら、もう私たちはどうしようもないわね……」
「一方、敵はきっと僕の代わりに龍脈の力を吸って無限回復だ。まずは、それをどうにかしよう」
「龍脈を、なんとかするのですね!」
その通りだ。ハルはアイリに大地の下の枯れたラインの位置を<鑑定>してもらい、その直上まで疾走する。
そうして、何を血迷ったのか、その手に抱えた龍脈結晶を、その枯れた龍脈に向けて使用したのだ。
「ななな何やってんハル君!?」
「敵へのサービスかしら……?」
「まあ、見ていてよ。上手く転べば、これで奴に一矢報いることが出来るはずだからさ」
枯れた龍脈に水がしみこむように、結晶の力は一気にその内部へと流れて行ったのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




