第131話 そして、騒がしい一日は終わる
ゴールデンウィークは水着回といった感じでしたね。
そういえばこのお話は、話の始まりがゴールデンウィークのあたり、といった想定でした。カレンダーに関しては、今と大差ないとお考え下さって大丈夫です。
昼食を食べ終わってしばらくしても、ユキが屋敷へ戻る気配が無い。
どうしたのだろうかと見ていたが、カナリーが何処かへ行ってしまった為のようだった。あの神様は落ち着きが無い。
落ち着きの無さではユキも負けていないが、本体の彼女はずいぶん落ち着いている。落ち着きと言うよりも、おどおどした様子、だろうか。
「ユキ、お屋敷まで送って行こうか?」
「あ、ハル君。だいじょぶ」
「でもカナリーちゃんに逃げられちゃったんじゃないの?」
「へいきへいき。アイリちゃん、メイドのみんなと遊ぶって言ってたし」
ハルが<転移>すると、アイリも一緒になるので遊ぶのを邪魔してしまう、と危惧しているのだろう。普段から気が利く女の子だが、今は加えて自己主張が薄い。
ハルが行かないにしても、カナリーを呼び出せば良い話なのだが、一杯一杯でそこまで頭が回らないのだろうか。
「美月ちゃ、あーいや、ルナちゃんからも、頑張れって言われてるし」
「そっか、帰れないんじゃなくて、帰らないでいたんだ」
どうやら、帰れないのではなく、あえて留まっていたようだ。何時もと勝手の違うユキの反応に、彼女の内心を読みきれていなかった。
ハルも、ルナから勇気を出したユキに報いてやれと言われている。ルナも、なかなか進展しないユキとの関係をもどかしく思っているのかも知れない。
アイリとの関係が展開が早すぎただけで、ハルとしては、ゆっくりとした歩みのほうが好みではあるのだが。
「それでね、ハル君。えっとね」
「なにかな」
「デート! しましょう、か?」
「いいよ。いこっか。……この中で良いんだよね」
「ふえ? 他にどっかある?」
どうも、調子が狂うところがある。ユキが普段使う『デート』は、『ダンジョンに冒険に行こう』の意味である。
そうではなく、今日は普通のデートをご所望のようだ。
このプールには、雰囲気の良い場所も色々作った。その中の一つへ、二人で向かうのだった。
*
ハル達が向かった先は、山奥の川や滝をイメージした憩いの場。緑溢れる自然の中を、いたる所に水が流れ、湧き出し、またしぶきを上げている。水の出所は何処か、などとあまり気にしてはいけない。
ハルやユキにとっては、見慣れたゲーム的風景であり特筆すべき点は無いが、美しく、雰囲気が良い事は確かだ。
ごうごうと、岩の階段を成して流れる滝を遠目に、ふたりは山肌をゆるやかに流れ落ちる水に足をひたす。
「ハル君、手、つなご? 滑っちゃいそうだ、私」
「足場が悪いしね。……普段のユキならぴょんぴょん石の上飛んで渡りそうだけど」
「むー。猿のように言われた」
「いや猿がそんなに飛ぶのもゲーム内だけだと思うけど……」
ぴとり、とユキがくっ付いて来る。腕に大きな胸が押し付けられる感触に気を取られるハル。
ルナのようにわざとではなく、無意識の行動だろう。スキンシップの恥ずかしさよりも、足場の不安定さが怖いらしい。
「こうしてくっつくと、ハル君ちっちゃいんだねぇ」
「まあ、背が高くは無いよね僕は」
「ハル君は大きな女の子は、どうかな?」
「……好きだよ。大きいのも」
「うわっ! この人、胸見て言った! えっちだ!」
「仕方が無いんだよ」
男の子である。大きな胸はどうしても気になるのである。仕方が無いのである。
「でも良かった。ハル君、小さい女の子が好きなのかと思った」
「アイリのことかな。あれは、たまたまアイリが小さかっただけだよ」
「ルナちゃんも、縮めてるし」
「いや、あれは僕が指定した大きさじゃないから!」
背や、胸などの大きさにハルは特にこだわりは無い。だがどうやらユキは、若干その大きな自分に自信が持てていない様子だ。
この様子も、プレイヤーの時のユキには全く見られない。むしろその長い手足を便利とばかりに十全に活用して、格闘技に精を出していた。
ルナの言うとおり、ハルは身内の心はあまり読まないようにしているのは確かだが、ここまで本心を読めていなかったとなるとハルも少し自信を無くす。
肉体から切り離されて別の器に入っただけで、そこまで元の自分を忘れてしまえるものだろうか?
「ユキは、その体だとどんな風に世界を感じてるの?」
「世界を? 大げさな言い方だねハル君。でも、そうだね、綺麗に見えるな、こことかも。ハル君は、特に感慨沸かないんだよね、こういう景色見ても」
「まあ、綺麗だとは思うよ。でも、ゲームだし、この風景は。見覚えのある物、としか感じないかな」
「私も多分、キャラの体でいる時はそうなんだけど、今は綺麗だなぁ、って」
神界特有の色とりどりの幻光に照らされ、水たたえる山中は幻想的に輝いている。
非常に美しい。当然だ、美しく作ってあるのだから。だが変な話だが、美しすぎて見慣れた景色になってしまっている。
「見え方が違うんだ?」
「うん。なんだか生身でゲームの中に居るみたい。……あ、居るんだった!」
「はは、そうだね。でも僕は、どっちの体でも見え方は変わらないかな」
「んー、なんだろ。フィルター通して見てるみたいなんだ、この体。操作の難しいロボットを、遠隔操縦してる感じ?」
「フィルターか……」
意識のフィルター作用についてはハルも実感した事がある。だがユキの場合は、それはかなり根が深そうだ。
常識のもたらす壁、無意識下での有害情報の排除。そういった精神的な働きよりも上位に、肉体の側が与えてくる強制効果がある。そんな印象だ。
「そう考えると、本体と分身で感じ方の変わらない僕の方が、おかしいのかもね」
「そうなの? よくわかんないや。あ、またハル君が何か変わったこと考えてるのは、なんとなく分るよ?」
外界の刺激が精神に届くまで、くぐり抜けるフィルターの数は多い。
光も音も、直接脳に届かずに目や耳を通す。フルダイブのゲームは、それを通さずに脳に直接感覚を伝える、フィルターを廃した世界とも言える。
ユキがそちらの世界を好むのは、肉体のフィルターが厚すぎる事が原因にあるのだろうか?
「後で、ユキの体を見せてもらおうかな」
「ふぇっ!? い、今でもギリギリなんだけど! ハル君、この下も、見たいの……?」
「何の話だ、何の! そういう話じゃあないから! ……見たいけどさ」
「見たいんじゃん!」
まあ、水着でのデート中に考える内容ではなかった。話が固すぎる。こうして、えっちな話をしている方が健全だ。
しかしせっかくくっ付いていたユキが、飛びのくように離れてしまった。少し寂しい。
だが、前かがみになって体を隠すユキの姿は新鮮でかわいい。姿勢のせいで、その豊かな物が重力に引かれて谷間を強調しているのも素晴らしい。
薄く光が差し込むだけの森の中、なんだかいけない気分になってきてしまいそうだ。久々に脳の制御力を煩悩の抑制に回す。
「うー、私ばっかり不公平だ。ハル君の体も見せてよ」
「……君は実はわざとやってないかね? 天然だとしたら大したものだ」
「??」
制御をもう一段階、強化しないといけなかった。
「けっこう筋肉ついてるんだね。顔に似合わず」
「必要なだけね。無いと動けないから」
「そりゃそうだ。……効率重視ってこと?」
「うん。ムキムキにしても使いどころ無いし、維持費かかるし。逆に無さすぎると、リミッター外してもたかが知れてるし」
「ハル君にとっては自分の体もキャラカスタムと変わらないんだねぇ」
おなかの筋肉の流れを、ぺたぺたと興味深そうに触ってくる。天然とは恐ろしい。
脂肪のつき方をコントロール出来るのと同様に、筋肉の付き方もハルはナノマシンの制御によってコントロール出来る。緊急時に、理想的な動きが出来る程度の筋肉量を維持している。
そのため、服を着たラインから見える線の細さの反面、脱ぐとそれなりに筋肉質に見えるハルだ。
「ユキのおなかは余計な肉が無いね。ルナが羨ましがってたよ」
「あはは、私も直接、言われた。ルナちゃんもポッド漬けにしよう。それですっきりだよ」
「漬け、って」
あのポッドは医療器具であってダイエットマシーンではない。もちろんゲーム機でもない。無駄に太る事は無いが、基本設定では理想的に痩せられるものでもない。
ルナの体は現状で健康体だ。単に長時間ポッドの中でゲーム漬けにさせても、痩せて出てくる事はないだろう。適切な設定が要る。
やはりユキは、遺伝的にグラビア映えするスーパーモデル因子を持っているに違いなかった。
「ハル君のおなか触ってドキドキするのは、この体の方が上かな?」
「そりゃ、あっちは心臓が無いからね」
「そうだ。あっちに戻ったら、またおなか触って良い?」
「本体の君は、引っ込み思案なのか積極的なのか分かんなくなってきた……」
精神体と違い、肉欲が表面に出ているせいだろうか。この辺はプレイヤーの時の方が奥手だったように思う。
共通するのは、どちらのユキもマイペースで恥ずかしがりやな所だろうか。
ハルはしばし、そんな彼女との二人の時間と、彼女の水着姿を楽しむのだった。
*
その後も皆でプールを楽しんでいると、すぐに夕方が近づいてきた。地球で言えば、16時くらいだろうか。
「えー、もっと遊びたーい! ぶーぶー」
「子供かキミは。本体の時の落ち着きはどこに置いて来たんだ」
「うっ、本体の時の事は、あまり言っちゃダメだよハル君。あっちの事は、あっちに置いてきた……」
「……謎が多いねユキは。ユキくらい分りやすい人は居ないと思ってたのに」
ハルとのデートで雰囲気が良くなってくると、感情の許容値を超えてパンクしたのか、ユキは屋敷へと戻り、ログインしなおした。
普段肉体を起こしていない分、慣れない刺激が多かったのだろう。今後も機会があれば、少しずつ生身の彼女と触れ合って慣らして行きたい。
「まだまだ日も暮れてないぜハル君。まだ行ける」
「もう行けないよ。おゆはんの準備もあるんだから。それに夜勤のメイドさんにはそろそろ休んでもらわないと」
このプール計画の主役は、元々はメイドさん。彼女達を労うのがそもそもの目的だった。遊びの都合もメイドさんに合わせるべきだろう。
「大人の理屈を言い聞かせられる遊び盛りの少年の気分が、分かった気がする……」
「少女にしとけ少女に」
何でまだ日も暮れていないのに、親はもう帰ろうと言うのか? そのような、立場による世界の見え方の違い。それもまた、精神にかかるフィルターの一つだろう。
しかし、自分から子供であると主張するには少し無理があるだろう、この大きなユキでは。
「でもわたくしも、もうヘトヘトです! お昼寝もしましたのに!」
「水遊びは慣れないと体力使うからね」
「慣れても使うわ? 今回は、ハルが体温を奪われないようにしてくれたおかげか、さほどでも無いけれど」
「ルナは温泉入ってたしね」
アイリが疲労感を元気にアピールする。アイリこそ、その小ささも相まって子供らしい。疲れたと言いつつ、まだまだ遊べそうにしか見えない。
「まぁ、しょーがない。夜にでもまた来ようハル君!」
「それも良いわね。夜も雰囲気が良くなるように作ってあるのよ? ユキ、あなたもまた本体でいらっしゃいな。ナイトパーティーにしましょう?」
「……今日は疲れたから、ゆっくり休もうか!」
「弱い……」
「ユキさんの意外な弱点なのです」
どうにもまだ、肉体の方は不慣れのようだ。それでも、出来る限りそちらでも、ハル達の前に出て来ようとしてくれるのが嬉しい。
ずっとポッドの中に引きこもって、プレイヤーの体こそが自分だ、と押し通す事だってユキには出来るのだ。
そうせずに、向き合おうとしてくれる。
「メイドさん達は、楽しんでもらえたかな?」
「もちろんです! わたくしも、皆と遊べて嬉しかったですよ?」
「何して遊んだの?」
「波乗りです! 後は水中鬼ごっこも!」
「波に揺られるのは楽しかったですねー」
「カナリーもやったのね? 意外ね」
「いきなり高度な遊びばかりだね……」
それは疲れるだろう。聞けば、水中鬼ごっこは水上が安全地帯だが、一定時間水上に出ていると敗北になるらしい。皆当たり前のように水上を歩けるのも凄い話だが。
必然的に水中で動く時間が長くなり、体力を使う。メイドさんに持たせておいたエネルギー溶液の消費が激しい訳だ。
「……夕食は僕が作ろうかな」
「わたくし! またたこ焼きが食べたいです!」
「確かに今日も、お祭りみたいなものかね。あとタコ入ってないから正確にはたこ焼きじゃないんだけどね」
「ハル、こういう時は外食と相場が決まっているわ? 行きつけのレストランのコースをコピーしてきなさい」
「何で料理じゃなくて潜入工作しなきゃいけなくなってるのさ……」
「ハルさんアイス買ってきてくださいー。むしろプールにアイス屋さん設置してくださいー」
「まあ、アイスくらいなら」
なんにせよ、メイドさん達に楽しんでもらえたなら良かった。誘った甲斐があったというものだ。
ユキの二面性が、よく明らかになった日でもあったように思う。
後ろ髪を引かれる思いはハルにもあるが、今日はこのまま屋敷へと戻る。
皆、心地良い疲労感を感じている様子だ。今日はぐっすりと眠るだろう。翌日に疲労が残らないよう、夜中のうちは彼女らの体の調整をしてハルは過ごそう。
いかにほぼナノマシン任せとはいえ、やりがいのある仕事になりそうだ。
皆が寝静まった後は、夜番のメイドさんと静かにおしゃべりしながら、騒がしかった一日はそうして幕を閉じた。




