第1308話 龍脈を食らう邪悪
エメと二人でアップデートを確認していくハル。なんだか、アップデート直後のゲームにイの一番で乗り込んで更新を確認する、あのワクワクした気分を思い出させる。
だが、今は遊びに来ている訳ではない。ハルは気を引き締めて、内容をチェックしていくことにした。
「どれ、追加内容は、『龍脈通信』の実装と、マップの龍脈上に現れる、強力な敵モンスターの追加か」
「しょぼいっすね」
「この短期間で無茶を言うなエメ。それに、これはあくまでエリクシルが更新の意思を示したというだけのこと」
「本番は、ハル様がアメジストとの交渉を成功させてから、ってことっすね」
「恐らくは」
確か、更新にはスキルシステムの無断使用のままでは行えない内容も含まれているらしかったし、今はまだ不可能な部分もあるのだろう。
ただ、世界を前に進める意思は見せてもらった。これで、エリクシルも一歩引けなくなったのは間違いない。
「誠意は見せてもらったってことでいいのかな? あとは、僕がアメジストを納得させる番か」
「お待ちをハル様。これはあくまで、予定していた機能の前倒し実装に過ぎない可能性があるっす。これで『仕事しましたーよー』感を出して、ハル様をまんまと動かす気に違いないっす!」
「まあ、そうなんだけどさ。ここは信じてあげようよ」
「かあーっ! ハル様は相変わらず神に甘々っすねえ! あと奥様にも! アメジストとの交渉にも、言われるままホイホイと対価を差し出しちゃうに決まってるっす! なんすか? ハル様はお父さんっすか? 可愛い娘にお小遣い上げてる気なんすか?」
「いやそんなこと言われても……」
「まあわたしが言えた立場じゃないんすけどね」
「急に冷静になるなよ」
まあ確かに、ハルは神様に甘い。月乃は、また少し別だが。
だがどちらにせよ、ハルは彼女らをかけがえのない家族のように思っているのは事実。甘くなってしまうのはそのせいだ。
「お気持ちは分かるっすけど、エリクシルちゃんは特に警戒した方がいいのは前に言ったとおりっす。わたしたちとは出自が違うっすから、これまでの神の基準で語れるとは限りません。足元を掬われるっすよ」
「肝に銘じておくよ」
「ただ、それはそれとして、わたしもこのまま進めちゃっていい気はしてるっすけどね」
「おい……」
「いや忠告も事実っすよ!? この程度で、ハル様は気を許しちゃダメなんす! ですがまあ、この更新内容はわたしたちにとっても都合が良いのは事実。これは双方の利益のために合意を得たとして、先に進めて構わないかと」
「龍脈に関わるシステムが更新されたから」
「っす」
今回の二つの更新は、どちらも龍脈に関わること。
それはエリクシルが、やはり龍脈のシステムを最重要視していることの証左である。
これがハルの指示による更新だったとしても、元々のエリクシルの計画だったとしても、ハルたちの利益になる変化であることには変わりない。
龍脈に対する追加要素は、そのぶん龍脈に流れるデータを増大し複雑化させる。それを解析することで、ハルたちにとっての新たな発見もまた増えるという訳だ。
そして、追加要素を増やす程に、エリクシルの目的もまた明らかとなる可能性は高まってゆく。
当然彼女も、自分の利益になる更新を繰り返すだろう。読まれまいと欺くよりも、自己都合の優先が先に来るのは自然なことだ。
まるで、捨て札の内容を見て現在の手札を推測するかのように、要素が増えるごとにハルの読みの精度も鋭くなってゆくのである。
「特にこの、龍脈通信ってのが気になるっすね。スキルじゃないようですけど。ハル様たちはもう、これに頼らずとも遠隔通信は出来るのですよね?」
「疑似的にね。世界樹の根を通してだから、根の通っている場所でしか行いえないけどね」
「根ットワークっすか」
「根ットワークだね」
だがどうやらこれは、龍脈上であれば誰でも利用可能の機能らしく、<龍脈接続>のようにスキルを覚える必要もない。
メニューの中に組み込まれており、全てのプレイヤーがアクセスできるようだ。
これで、この広すぎる世界が少し縮まることになるのだろうか? 確かに、時代が一つ進む準備となるかも知れなかった。
「それと、敵モンスターっすね。ボスっすね。これってどんくらいの相手なんでしょうね?」
「どれ、少しカンニングしてみようか」
「ズルいっすね<龍脈接続>は。鬼に金棒、ハル様に遠隔視っす」
「まあ、敵のステータスまで見れる訳じゃないけど……、っと、おや……?」
「どーかしたっすか?」
「いや。どうやらカンニングは禁止らしい。敵の姿が見えないよ」
「龍脈の外に居るんすかね? でもお知らせには、龍脈上に出現するって。嘘だったっすか? やっぱエリクシルは嘘つきっすか? 尻尾を見せたっすね! やっぱ最初から怪しいと思ってたんすよねえ」
「落ち着けエメ」
流石に、嘘をつけるとしてもそんなつまらない所でその切札を切るような真似はすまい。
ハルの<龍脈接続>から見えない事情には、実に分かりやすい回答があった。
「これ、龍脈が寸断されてるね。どうやらそのモンスターとやらに、龍脈自体が食われているようだよ」
*
ハルはエメ以外の仲間たちも集めて、ここまでに分かった事情を伝えていく。
とはいえ今のところ判明した情報も大して多くなく、話は自然と新たなモンスターに関する話題となる。
「討伐しよう! 今すぐしよう!」
「ユキさん、やる気ですね!」
「……お待ちなさいな。今は、私たちしか居ないのよ? こういうことはもっと、仲間がきちんと揃って入念に準備をして、でしょう?」
「甘いぜルナちー。だからこそだじぇ。ファーストアタックと最速撃破。これゲーマーの誉れ」
「そんな蛮族の誇りは捨ててしまいなさい」
言われてしまった。確かに、理性的とはほど遠い行動である。
だが、ゲーマーとは我先にメンテ明けにログインを連打し、新仕様と聞けばロクな準備も整えぬままに突撃し、最新モンスターに挑みそして玉砕するものである。偏見だろうか?
もちろん、その初回挑戦で倒せるとは限らないが、もし負けたとしても、その新鮮な体験を武勇伝に、酒場で味気ないゲーム食で乾杯し語り合うのだ。
……いや、今はカゲツの働きもあって、ゲーム食も急激にその味を向上させていたのであった。
まあ、何故かユキを筆頭に、それを寂しがるプレイヤーも一定数いるのが面白いところだが。
「んー、まあよくあることですよねー。運営としてはー、その日のうちに攻略されちゃうことはまあ想定してはいるんですけどー」
「倒せないようには作っていないのかしら?」
「怒られちゃいますからねー。そもそも、更新の前には上位のプレイヤーさんはもう相手が居ないほど鍛えているものでー。その挑戦相手として調整する部分もありますからー」
「だから現行の最上位、つまり私らがギリギリ倒せるくらいの強さな訳だ!」
「ユキ。このゲームはマトモじゃないから、そうした一般的な調整は期待しないように」
「ハルさんもマトモじゃないですけどねー」
「カナリー様たちのゲームバランスを、ハルさん一人で崩壊させてしまったのです……!」
「なつかしいね」
「笑い事じゃないですがー」
実際、そうした一般的な事例が当てはまるゲームではない。ログアウトのないゲームに何を期待しているのか、ということだ。
「特に今回は、その僕の力が通じなさそうなのが痛い。<龍脈接続>で見えるこのマップ、これを見て欲しい」
「おや? 一部が、暗くなっているように見えます」
「うん。そこに、恐らくそれぞれ新モンスターが配置されている。龍脈資源のような感じに各地に追加されているようだね」
「この魔物の領域たる私たちの領地付近にもー、おっきいのがひとついますねー」
「でもその姿は、ハルにも確認できないのね?」
そう、新モンスターは、龍脈を寸断しその姿を<龍脈接続>から隠している。ネタバレ防止ということだ。
それどころか、新たにハルが<龍脈構築>でラインを伸ばそうと試みても、そのエリアにラインが進出した瞬間、ハルの制御を離れてしまうのだった。
「これが仮に、龍脈のエネルギーをボスが吸収しているのだとすれば、僕とすこぶる相性が悪い」
「ハル君の魔法スキルは、龍脈からの無限供給ありきでその力を誇ってるところあるもんね。龍脈なきゃ、ただのひ弱な美少年だ」
「失敬な。そこそこ以上には働ける。ただ、一騎当千とは行かないのは確か」
「これは、エリクシルさんによる、ハルさん潰し、ということでしょうか!」
「そうだねアイリ。その可能性は大きい。このボスを使って、僕を足止めし時間稼ぎをする気かな」
「あの子は今必死にもっと根本的なアップデートを裏で作ってるんすねえ。ブラックっすねえ、涙ぐましいっすねえ。顧客を人質にして強引な仕様変更を迫るクライアント……、泣けて来るっす……」
「最近色んな角度から僕に風評被害押し付ける遊びとか流行ってない?」
とはいえ、戦いとなれば少々厳しいのは間違いないだろう。これがカナリーの語った運営のセオリーとは逆に、『攻略させない』ための敵であることも。
エリクシルはクリアされては困る立場なので、こうした設定にしてしまうのも当然のこと。その傾向から、今後の展開も少しずつ見えて来ようというものだ。
「よし! んじゃ、そいつの顔を見に行ってみよう!」
「……どうしてそうなるのかしら? ……と言いたいところだけれど、もう慣れたわ」
「さっすがルナちー」
「ですがきっと、今行っても負けてしまうのです! ハルさん、よろしいのでしょうか!」
「まあ、別にいいよ。負けそうになったら逃げるから」
「あはは。昔からよくあったよねー」
「ユキは死ぬまで食らいつくタイプだったね」
アイリたちと出会う前からも、こうしたやり取りは慣れっこなハルだ。今回も、そんなユキに付き合うとしよう。
なにより、現地で情報を得ねば分からないこともある。新たな龍脈のデータも取れるかも知れない。
それに、他に誰もログインしておらず、新仕様の完全実装がまだである以上、それしかやることがないのも事実。
ログアウトしようにも、ハルの疲労がまだ抜けきっていない以上、今はこの夢世界に留まり肉体は休めておくのが吉であろう。
「うっし! そんじゃ一番乗り行ってみよう! 初邂逅の称号は、うちらがゲットじゃ!」
「このゲーム、称号システムないけどね」
「じゃあ今度エリクシルちゃんに会ったら要求しといてハル君」
とはいえ確実に、ハルたちが一番乗りになるのは間違いないだろう。
ハルもなんだか純粋にわくわくとする気持ちを自覚しつつ、皆と共にその龍脈の途絶えたエリアへと飛んでいくのであった。




