第1304話 君の世界に届けこの言葉
投稿遅れてしまい申し訳ありません。
僕の脳内に、いや、脳内からエーテルネット全域に拡張した意識全体に直接、干渉してくるデータがあった。
それは、拡張し僕の支配下においた領域の内部から、直接発生したデータであるように見える。本来ありえないことだ。
「……コイツ、脳内に直接! なんて言ってる場合じゃないかな?」
「ふざけている余裕はあるようで安心したわ?」
「ピンチ、なのでしょうか!? わたくしには、よくわかりません!」
「あれだよアイリちゃん。ユニットを揃えて大軍を他国に向けて出兵させてたら、内部で反乱の兆しがあった」
「流石はユキさんです! それは、大変なのです……!」
「真空にしておいたのに、内側から空気が湧いて来た感じですかねー」
「僕ら的にはそんな感じかな」
カナリーの言うように、“本来ありえない状況”。真空のエネルギーが姿を現すような、既存の法則では説明のつかない現象だった。
「……僕の掌握した余剰領域は、今は僕だけの世界だ。他者が発生させたデータは、必ず外からやってくる」
それは、仮にヨイヤミのように他人の意識に介入する能力者であったとしても、原則を覆すことはない。
僕の意識拡張はそれほど強力で、他の追随を許さないものだった。
「だからこれは、侵入されたとかそういうことではなくて、僕自身が発生させているデータ、ということになってしまう」
「ハルさんの中に、もう一人のハルさんが!」
「エリクシルちゃんは、ハルさんの無意識の人格だったのですねー」
「うわー、見損なったなーハル君ー。まさかこの事件が、自作自演だったなんてぇー」
「棒読みやめてユキ? ……しかし、あの子の発生原因が僕にあるかも知れないという意味では、笑えなくなってくるね」
「気にしたって仕方ないことよ。それとも、心の奥では女の子だった、とからかわれたいかしら?」
「それは遠慮したい」
「ならば、現実に向き合いなさいな」
そうしようか。確かに、証明不能の予想に振り回されている場合ではない。手持ちのデータで分かっている物の中から、可能性の高い物を割り出すべきだ。
宇宙に存在するダークマターの正体が完全な謎であっても、人間はそれで詰みになって足を止めたりなんてしないように。
「エメ」
「はいっす!」
「このデータの発信源はエリクシルの居る夢世界、そこに存在した謎の想念の集合体だと断定する」
「それは、ヨイヤミちゃんが見たという奴っすね!」
「《うん、なんか不気味でまっくらで怖かった~》」
「僕はあれに、意識拡張と似たものを感じた。何か関連があるはずだ。それに、関連というならば、意識拡張の際にはネットの余剰領域を支配し、いわゆる『残留思念』を漂泊して僕で埋め尽くす。無関係とは思えない」
「敵の力も無意識に関わるものですしー、まだ私たちが知らない何かがあるかもですねー」
「そうだね。フォーマットしてまっさらになったと思っても、まだ物理的にはデータは丸々記録されたままだった、とか」
「マスター。その例え、現代では誰にも通じねーですよ」
「現代っ子ぶって、お前も理解してるじゃないか。ちょうどいい、白銀、お前も手伝え」
「もちろんです! 空木もやるですよ!」
「はい。おねーちゃん」
この残留思念、これはエーテルネット上では何の意味も成さない、ただ意味の消失を待つだけの無意味データだ。
だが、価値を見出していないのは地球人だけで、別の視点から見れば、その状態でもまだまだ利用価値があるのは、これまでの状況から明らかだ。
人がお金を使った際に発生する想念を利用し魔力を得るアイリス。モノリスの知識から得た原初ネットにそうしたデータを流し込み、別次元からエネルギーを取り出すアメジスト。
そうした彼女らと同様に、エリクシルもそのデータの利用技術を持ち、それを逆流させるようにして僕の意識へと直接干渉している。そう考えるのが、現状では妥当だ。
「……これはなかなか、興味深いデータっすね。っと、おっと! 今はそんなこと考えている場合じゃないっすね! 発信源の特定が先っすかね、それとも、データの内容解析が先っすかね」
「内容解析を優先だ。発信源はどうせ分からない、というか、あの謎の空間だろう」
「通称『夢世界』です!」
「夢世界はゲームの中ではないのですかおねーちゃん?」
「あ、あそこもきっとその一部です! 空木はこまけーのです!」
「《でも確かに、夢の泡があの世界にあるもんね。でも、あわあわが途中で消えちゃったから、更に別の世界がどこかにあるのかなー?》」
そのデータが探れれば理想なのだが、エーテルネットから見ればあの世界は未解明物質と同じ。現行の方法では、アクセスできない。
だが、逆にあの世界からのアクセスも、こちらに来ればエーテルネットのルールに従わざるを得ない。そこに、僕たちにとっての活路がある。
「よーし、やるっすよ! 確かに、発信源不明は不気味っすけど、逆に言えばただそれだけのこと! こっちにはハル様と、わたしたちドリームチームがいるっす! たった一人だけで敵地に殴り込んで、ただで済むと思うなよ、っす!」
「白銀たちはドリームです!」
「エメ、おねーちゃん。そういうのは自分で言っては説得力がまるでありません」
だが、強力な面々が揃った夢のチームなのは間違いない。
その夢の力をもって、夢世界からの侵略へと対抗していくとしよう。
*
「あー、ぜんっぜん分からんっすねえー……、空が白んできたっす……」
「これが、徹夜空けのデスマってやつですか!」
「おねーちゃん。そもそも私たちは寝ませんから、徹夜もなにもありません。手を動かしてください」
「そうは言うですが空木! 調べても調べても、ノイズしか出てこねーです! そもそもこれは、攻撃なんです!?」
「それは、空木にも分かりません……」
解析して対抗してみせる、などと意気込んだはいいものの、あれから数時間、僕らはまるで何の成果も得られていなかった。
恥ずかしい、とは言わない。解析作業とはこんなもの、というのは毎度の話なのだから。
しかし、今回に限っては少々困った部分もある。僕の意識拡張の、制限時間のことだ。
負荷はなるべく低く抑えているとはいえ、前提条件である脳の全領域の強制覚醒はどうにもならない。
常人にとっての徹夜と同様に、働きっぱなしの脳がそろそろ悲鳴を上げる時期だ。
「……これ、実は特に何も意味なくって、僕に解析させることで無駄な負荷をかける為だった、とか?」
「嫌がらせっすか!! 次元を超えてまで嫌がらせに全力っすか!! ……いや無いとはいえないのがツラいとこなんすよね。有効な手段であるのは事実ですし。逆に、それだと敵には有効な攻撃手段がないのが確定にはなるっすけど」
僕がダウンしてしまえば、このプレイヤーログイン禁止の状況は終わる。それならば、嫌がらせでもなんでもやって、一秒でも早く僕に限界を迎えさせようとするだろう。
「何かの言語である可能性が高いとは思ったんだけど……」
「メッセージっすね。ハル様とコンタクトを取るための」
「白銀たちであらゆる言語、あらゆる暗号と照合してみたですけど、その全ての解が『ただのノイズ』です」
「エリクシルからコンタクトを求めるメッセージである可能性は否定されました、マスター」
「勘が外れちゃったか」
状況から見て、僕と交渉を求めた対話の申し出ではないかという判断、そして、何よりも最初に僕の感じた直感。
これは、エリクシルの発した“言葉”である、あのノイズからは、そうした強烈なイメージを受け取った。
だが、解析結果はこの通り。特に、どんな言語でも暗号でもある可能性はないようだった。
「……しかし、その直感は大事にするべきだと思うっす。直感とは無意識のデータ統合の結果っすよ。特に今のハル様は、脳機能を常人の何倍も何倍も、ものすごーーっく増してる訳っすから、その無意識の計算力も、それだけ高まってるはずっす」
「その力まさに、未来予知です!」
「エメもたまには良いことを言います」
「そうでしょうそうでしょう? ってたまにじゃないっすよお! いつも良いこと言ってるっす!」
「しかし、何度調べても『言語ではない』って結論なんだろう?」
「そうなんすよねえ」
結局、ただの気のせいということだってある。固執しすぎても他の視点を見失う。
……とそこまで考えて、何か妙に引っかかるものがあった。これが、無意識の導いた閃きというものだろうか?
「視点、視点、他の視点か。なんだろうな、視点についてが引っかかるのか?」
「視点っすか? ハル様はいつだって、広い視野で物事を見てるっすよ。流石っす」
「おべっかはいい」
「でも今のマスターは、意識統合しちゃったことで自分の俯瞰がおろそかになってるですけどね」
「けなすのもやめて?」
「視点というと、言語というものに対する認識の違い、でしょうか? 例えば、どこからを一文字と数えるか、とか」
「それだ! 空木、ナイスだ。ついでにエメと白銀も」
「な、なんすか!? どういうことっすか……」
僕らは今まで、この脳内に直接語り掛けるデータを、その膨大さからかなりの文章量だと考えていた。
それだけのパターンがあるのだから、解析できないならばすなわち言語ではなくノイズなのだろうと。
だが、それは文字ひとつのデータを近くで見すぎていた、細かい単位で見すぎていたから起きていた齟齬なのだとしたら?
「もっと広い視野で、データを俯瞰してみよう。例えば、ここからここまでを、一文字だとすると……」
「デカすぎねーです?」
「えーっと、『ぷ、れ、い、や、ー、た、ち、を、か、え、し、て、く、』」
「『プレイヤー達を返してください、管理者様』、でしょうか?」
「短けーです!! こんだけ送るのに、何時間かかってるんです! 昔のパソコンでも、こうはならねーです!!」
「どうやら僕らは、ずいぶんと大変な世界を相手にしているようだ……」
「いや、どう考えても世界じゃなくエリクシルの問題じゃないすかね……?」
僕らは揃って脱力しつつも、一晩かけて送信されたその短いメッセージを、しばらく眺めているのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




