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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1303話 大規模夢検問を実行せよ!

 そうしてハルは、いや“僕は”意識拡張にて思考をエーテルネット全体へと広げ、そこに流れるデータをも掌握しょうあくしていく。

 今回狙うのは、疾病しっぺい管理センターへと流れる個人の体調データ。

 眠りにつく寸前の者を全てピックアップし、彼らが夢の扉を開けるのを封じていった。


「……この時間に寝始める人は、さすがに少ないね」

「そぉー? お昼まで好き放題に遊んで、倒れるように眠る! これこそ黄金パターンじゃないのかな?」

「ダメだよヨイヤミちゃん。そんな生活を続けていちゃあ」

「大丈夫! 次の日は、夕方くらいまでは起きてるから!」


 いや、そういう問題ではないのだが、今はヨイヤミの乱れた生活習慣に関してはいいとしよう。

 病棟に閉じ込められるようにして生活していた彼女だ、今は自由に、彼女の思うように遊ばせてやろう。データ制限のチョーカーの実験にもなる。

 ルナや月乃が厳しくしつけていない以上、こちらから口出しをしなくても構わないだろう。


 ……まあ、ルナも月乃も、ヨイヤミが可愛いので単に甘やかしてしまっているという可能性はなくもないのだが。


「しかしお昼といえば、お昼寝の時間なのです! お日様のあたたかな日差しのなかで、うとうとするのですー」

「そうだねアイリ。ただ、お昼寝するといっても、それも人それぞれだ。『お昼寝の時間』なんてものが決まっている訳じゃない」

「そもそもー、お昼寝程度ではログインが発生しないことが多いですしねー」

「そうなのですか、カナリー様?」

「ですよー? どうやって判別しているか、まだ分かっていないのですけどねー」


 そう、夢世界へのログインは、本格的に睡眠を取る際にのみ表れるようだ。

 僕には分からぬ感覚ではあるが、恐らく眠りに入る際の気の持ちようというか、意識によって左右されるのではなかろうか。


 そうした者はそもそも、管理センターへ情報が回って来ない。電脳空間を経由しないからだ。

 僕はとりあえず軽いお昼寝の者は無視して、これから本格的な睡眠に入る者だけを回廊の入り口から締め出していった。

 予想通り、まだまだ人数はまばら。まずは僕の方も、軽い準備運動といったところだ。


「でも、ハル君? 気になったんだけどさ。眠ってゲームに入った人が、途中で起きたらどうなるの? というか起きれるの?」

「ああ。それは起きられるよ。完全に意識不明になったら、さすがにそれは事故が怖いしね」

「ただー、普通より反応が鈍くというかー、起きにくくなってはいるようですねー」

「そうよ? ハルが眠っているユキの体にどれだけえっちなことをしても、あなた起きなかったもの」

「は、ハル君そんなことしてたの!?」

「してないしてない。風評被害やめてね? ルナのいつもの妄言もうげんだよユキ」

「そか。よかた、よかた」

「あら、していたじゃない? ハルが身体を揺さぶると、この大きなおっぱいがぶるんぶるんと……」

「ふえっ!?」

「すごかったですー」


 きゃいきゃいと女子トークを始めてしまう女の子たちに集中を乱されつつも、僕は煩悩ぼんのうを払い処理に身を入れてゆく。


 まだまだ人数が少ないということもあろうが、予想の通りに処理負荷はそれほどでもない。

 ヨイヤミのように一人につきっきりになっている訳ではなく、眠りに入る短時間のみを手伝ってやればいいだけなので、僕が同時に相手をする人数はそう大したことはない。


 意識拡張した処理能力自体の拡大もあって、今のところは順調に人々に平和な睡眠時間を提供できていた。


「あれー? それならさお兄さん。今寝てる人を全員たたき起こして回っちゃえば、ゲームから強制的に叩き出せるんじゃないの?」

「なにを恐ろしいことを言い出すのかなこのヨイヤミちゃんは」

「だってだって、そうすれば解決じゃない! そうだ! ゲームから叩き出すあのにっくきアラートを改造して、眠った人を定期的に叩き起こすシステムを作ろう!」

「やめんか! 国民の平均睡眠時間が伸びたかと思ったら、今度は全員が慢性的な睡眠不足に陥るっての……」


 ……まあ、それなら僕がこうして手動で介入せずとも、全自動で動き続けるシステムが組めなくもない。

 完成すれば、エリクシルのゲームを瓦解がかいさせる事それ自体は達成可能になるかも知れない。多大な犠牲を払いつつ、ではあるが。


「……とりあえず今は、そんなことしなくても数時間、六時間から八時間程度待てば、ほとんどのユーザーはゲームから排出されるさ」

「そうね? あなたの体は、その程度は持つのかしら? 意識拡張は、短時間でも負荷が高いのではなかったかしら。心配だわ?」

「今は接続率を抑えてるから平気だよ。君たちのおかげで、全開にしなければ意識拡張それ自体の負荷は大したことないんだ」

「問題になるのはー、休む暇のない脳そのものの負荷ですねー」

「そうなるね」


 今は僕と同様の肉体を得るに至った、カナリーの理解が深い。

 僕がこうして意識拡張を行うには、大きく二つの障害が立ちふさがる。一つは、自分の意識がネットの海に流出し、そのまま戻れなくなる危険性。これは、彼女らがまた『命綱いのちづな』となってくれることで回避できる。

 そしてもう一つが、そもそも分割された脳の部位をフル稼働させた状態でなければ、意識拡張は出来ないという部分だ。


 ハルは睡眠がとれない代わりに、脳の各部をローテーションで休息させている。それがなくなれば、まるで前時代のパソコンのCPUが熱暴走オーバヒートするように、次第に機能が低下してきてしまう。


「ただまあ、それもそうすぐさま問題が出ることはないさ。当のエリクシルのおかげで、さっきまで完全に休眠状態だった訳だし」

「ハル君が全力出したのって最大でまる一日超えてるよね? そのくらいは平気ってことだよね?」

「ああ、昔あったよね。ユキと二人で世界を相手に喧嘩を売ったことが」

「あの戦いは激しかったねー。私も何徹なんてつすることになったっけ」

「すごいですー! ぶゆうでん、ですね!」

「なになに? ゲームの話? 聞きたい聞きたい!」

「教育に悪いわ……、おやめなさいな……」


 そんな風に、実質的にはただ待つしかない穏やかな時間の流れの中、僕は一人ひとり、夢世界への検問と通行止めを行っていった。





「……よし。そろそろ内部はほぼ無人のはずだ。これからピークタイムにかかってくるが、目的の第一段階はほぼ達成されたと言える」

「《ハルお兄さんお疲れ様ー。私も、いっぱい喋って疲れちゃったな》」

「だいぶ、ヨイヤミちゃんのお喋りも上手くなったね」

「《おくちがいたーい。やっぱりスピーカーが楽ー》」

「ならまずは、もう少しおしとやかに喋りましょうか? でも、よく頑張っているわねヨイヤミちゃん? 上手になったわよ?」

「《えへへ~~。ルナお姉さん、厳しいけど優しいから好きー》」


 肉体制御の訓練もかねて、最近は自分の口で喋る努力を続けているヨイヤミだ。

 インドア派を気取ってはいるが、やはり狭い病棟に閉じ込められていた彼女は、自由に広い世界を、自分の身体で飛び回りたいという欲求も強いのだろう。

 サボってゲームばかりしているような事を言いつつも、努力を欠かしていないようだ。


 それをよく知っているので、ルナや月乃も生活習慣の乱れには厳しく言わないのかも知れない。

 いつか、ヨイヤミを連れてどこか景色の綺麗な所にでも遊びに行きたいものである。


「……さて、じゃあそろそろ本当に、ヨイヤミちゃんの言ったように今もしぶとく内部に残ってそうな人を叩き起こして回るとしようか」

「疲れ切ってたまの有給を泥のように眠っているOLの、熟れた体をまさぐって起こすのね?」

「なぜルナの発言はいちいち犯罪くさいのか……」

「あら? ハルは自覚がないようだけれど、そもそも自宅で無防備に眠っている人間の体に介入する時点で重犯罪よ?」

「……返す言葉もありません」


 つい、自分の行いについては僕は無意識に甘くなってしまう。

 これは、他人に厳しく自分に甘いというよりも、管理者としての特権意識が強いためだ。

 もしそのあたりの罪悪感が強く働いてしまえば、プライバシーに関わるデータ処理など何も出来なくなってしまう。


 アメジストやエリクシルの行いを非難しつつも、こうして僕もはたから見れば同類か。

 逆に言えば彼女らも、そうした独自の基準と正義で動いており、そこを見極めることが、彼女らの企み阻止のキモとなることだろう。


「さて、では密室で眠る被害者の体に、周囲のエーテルを介して軽い電気ショックでも流しつつ」

「うわ! この人開き直って密室殺人の完全犯罪はじめた!」

「殺してないよユキ。殺してないから。あと密室かどうかはさすがにここからじゃ分からない」

「でもとりあえずー、これで、エリクシルちゃんの世界は人っ子ひとり居なくなった訳ですねー」

「はい! きっと、今ごろ悔しがっているのです!」


 地団太じだんだを踏むエリクシルの姿を想像し、少し可笑おかしくなる。

 あの覇気のない無表情で、長い髪を引きずりながら、だむだむ、と足を踏み鳴らすエリクシル。ただ可愛いだけだった。


「《お兄さんの作戦では、これでれてあっちから接触してきてくれる、って期待してるんだよね》」

「端的に言えばそうなる。もし、内部の人口が彼女の計画に必要ならば、今の状況は致命的なはずだ」

「《みんなを人質にして、『返してほしくば言うことを聞けー』って迫るんだね!》」

「そうとも。ただ、言い方が悪いよヨイヤミちゃん。人質ではなく、手札と言うんだ」

「民間人を手札扱いしている時点で最低には変わりないわよ……」


 そんなどちらが悪か分からぬ会話を続け、食事を含めた日常生活を続けつつエリクシルの接触を待つが、なかなか彼女からの干渉は確認されない。

 次第に普通に就寝する者も増え、僕も徐々に処理が増えて忙しくなってきた。


「《来ないねーお兄さんー。私、眠くなってきちゃった~~》」

「寝ちゃっていいよ。ヨイヤミちゃんも今日は、ログインしないでゆっくりお休み」

「《えへへー。守ってねお兄さん、おねがーい。でも、これが持久戦だったら大丈夫?》」

「んー、少々きつい」


 膝の上に頭を乗せじゃれついてくるヨイヤミをあやしつつ、その可能性も視野に入れておく。

 当然、あり得る話だ。エリクシルも、この体の特殊性についての知識はあるだろう。過去のなにげない発言もくまなく記録しているくらいだ。


 そんな彼女が、僕がバテるまで待つことを選択したとなると、今後の戦いは厳しいものとなるだろう。

 脳のオーバーヒートを抑えるため、管理者の身とて休息を余儀なくされる。その間は当然、人々にログインを許してしまう。

 それに長期に渡ってそんな生活が続けば、僕や仲間たちも疲弊ひへいを免れない。


「んー、もしかしたらー、接触したくても出来ない状況とかー?」

「……なくはない。あの子は、あの暗黒の世界で生まれ、そこから外に出る術を持っていない、とか」

「それは、可哀想です……」

「そうだねアイリ。それを解消するために、あのゲームを使っているとするならば、僕としても協力してやりたいところだけど」


 だがまず、そのためには彼女から正直にその身の置かれた状況を聞き出さねばならない。

 しかしそのためには、再び僕があの世界に出向く必要がある。

 しかしそれをすると、人々の睡眠への干渉が途切れ、再びログインが発生してしまう。とんだジレンマだ。


「…………いや、どうやら来たらしい」


 しかし、僕がその難題に取り組む必要は、どうやらなくなったらしい。

 脳裏によぎるこのノイズは、明らかにエーテルネットへと、どこからか大規模な干渉を受けているそのサインなのだから。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
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