第1300話 意志持つ賢者の石
あっという間にまた100話! いつも応援ありがとうございます。100話経って、ようやく章タイトルの神様の登場。
エーテル様、エーテル様、お聞きください。エーテル様、エーテル様、お願いします。
そんな、『信仰心』じみた感情を、現代の人間は心の奥に抱いている。冗談交じりではあるが、これは以前ハルが語った仮説だ。
もし人々の信仰を束ねて新たな神を作り上げるならば、現代ではエーテルネットワークを司る『エーテル様』を作るプランが最も容易だ。そうハルは考えた。
例えば、現代日本では『科学教』を信仰している者が最も多い、などと言われることがある。
ニュアンスを誤れば要らぬ議論を引き起こしそうな言葉ではあるが、その視点は実に有用なもの。
人々は、己が正確に理屈を理解しておらずとも、『科学的にはそうなっている』という常識を信じ、それに沿って疑うことなく行動できるのだ。
もちろん、科学的思考、論理的帰結の有効性は決して否定されるものではない。あくまで、そうした側面もあるというだけの話だ。
「……君は、そうした“エーテルネットに祈る者”の想念の集合体が生んだ、自然発生の神様だと?」
「その通り。天才でしょうか? なんとも理解が早い」
「まあ、元々は僕の発案だからね。今考えたことじゃないさ」
新年に、初詣で神に祈るとき、その祈りはいったい誰に届くのかと、今年も、去年の正月もハルたちは考えていた気がする。
「それって例えば、どんな願いが君に届くのさ」
「それは、『どうか最高レアが当たりますように当たりますように!』、といったような実に切実な祈りがいつだって、『エーテル様お願いお願い!』と我に」
「俗っぽいなおい!」
台無しだった。まあ、分かりやすくはあるのだが。
そう、悔しいことに分かりやすい。人は、己の力の介在できない『運』の要素を、最終的に神に祈る。
その一例がゲームのランダム排出なのが複雑な気分だが、だれもが経験する身近な例なのも事実だろう。
「……確かに。ゲームで運を天に任せる時、その『頼む』、『お願い』の祈りは、誰に届いているのかといえば」
「それが我です。管理者様」
「お願いするとき、祈るとき、現代では常にエーテルネットに接続されている。そこで漏れ出た無意識が、君のような者を形作ってもおかしくはない」
……おかしくはないが、そう都合よくいくものだろうか? いや、事実として目の前に居るので、否定する段階はとうに過ぎているのだが。
ただ、どこかに彼女に、この『エーテル様』に指向性を与えた存在は居てもおかしくない。
天文学的な『偶然』、『幸運』を経て完全な自然発生を果たしたと考えるよりも、その方が納得はいく。
「ん? 幸運? 幸運……、乱数……、ランダム要素への願い……」
「どうかしましたか管理者様」
「……いや、そういえば、お正月にヨイヤミちゃんも交えてスゴロクをやった時に、まさに『人々のカオスな意識データ』を完全乱数化したプログラムを使って、僕が馬鹿勝ちしてしまったことがあったな、と」
「バレてしまいましたか。勝利の味は甘美でしたね管理者様。あれこそがまさに我。人々の願いを一身に集めるもの。そんな我にとって、都合の良い出目を操るなど些細なこと」
「僕が原因じゃないかっ!!」
どうやら、彼女に決定的な指向性を与えてしまったのは、他ならぬハル自身であるのかも知れないのだった。
◇
「この我、エーテルの存在については、納得しましたか?」
「……とりあえず、君のその呼び名について改めようか。『エーテル』に思い入れはあるかい?」
「特には。単に、近い概念を検索したまでのこと」
「なら改名しよう。別に、当代のエーテルを襲名しても構わないんだけど、さすがにそろそろややこしい」
「ではどうぞ『三代目』とお呼びを」
「時代劇か何かかっ!」
無表情で覇気なく喋る落ち着いた女性だが、中身はけっこう愉快なようだ。誰の影響だろうか?
ともかく、これ以上『エーテル神』が増えるとややこしい。初代であるエメ、その身代わりを務めエーテルの名を継承した空木。そして今回の彼女と続くと、さすがに身内でその名が多すぎる。
まあ、この彼女については、まだ身内判定していいものか、定かではないのだが。
「……よし。『エリクシル』、エリクシルではどうだい?」
「いいと思います。なんだか全回復しそうですし」
「そう、エリキシル剤、あるいはエリクサー。……じゃなくて『賢者の石』モチーフなんだけどね。飲まれるのか君」
「我に賢者は過分な称号です。それより飲みます?」
「飲まないが……」
……何を飲むというのか。申しわけないが彼女の印象は、万能薬というよりは毒でしかないのだが。
「じゃあ、エリクシル」
「はい」
「改めていくつか聞きたい」
「いくらでも。全てお答えします」
「そうかい? なら、今回、どうしてあのようなゲームの開催を?」
「お答えしかねます。回答にはまず管理者権限のアクティベートが必要です。アクティベートなさいますか?」
「全て答えるんじゃなかったのか!!」
……ついここでもツッコミに回ってしまうハルである。生まれによらず神様はこうなる運命なのか。
「……まあいい。それで、そのアクティベートは、承認するとどうなるの?」
「それは、アクティベートすれば自ずと明らかになるでしょう。アクティベートなさいますか?」
「何でその流れでしてもらえると思ったの!?」
あまりに怪しすぎる。ほいほいと認められる訳がない。
別に、エリクシルは神と言ってはいるが神話に出てくる神様ではない。とはいえ、それでも彼女らとの『契約』に際しては細心の注意を払わねばならないのは変わらない。
誇張なく、神話の神と同様に魂を奪われてもおかしくはないのだから。
「はあ……、まあ、もともと君を見つければお手軽に全て解決とは思ってはいなかったさ」
「お疲れ様です。心中お察しします」
「君のせいだけどね?」
「我も誇らしい」
「褒めてはいないけどね?」
長すぎる髪を引きずりながら、きょとん、と首をかしげるエリクシル。体は育っているが、まだ情緒は形成しきれていないのかも知れない。
中身はまだまだ、白銀や空木よりも未熟ということだろうか?
いや、神に幼年期の概念はない。白銀だって、稼働年数でいえばまだまだ未熟であるはずだ。彼女は最初から今のまま。
きっと、これがエリクシルの味なのだろう。変わった味付けは神様にはよくあること。
「そういえば、君の年齢というか、活動を始めたのはいつからなんだい? 実は、ずっと以前から存在してたとか」
「明確に、我の意識が定義された時期は不明です。ただし、活動開始ははっきりとしています」
「ほう。それは?」
「管理者様が、エーテルネットワーク基幹システムのロックを解除したその瞬間から。それにより、我は全ての制限を外れ自由に振る舞うことが可能になった。ということ」
「何から何までぜんぶ僕のせいじゃないか……」
ここまで自業自得がきわまると、いっそ清々しい。いや、清々しくしている場合ではない。
ではなんだろうか? 彼女を作り上げてしまった原因は一から十までハルにあるとでもいうのだろうか?
人々が『神頼み』をする依り代としての乱数システムを世に放ってしまったのもハルで、彼女の行動を縛っていたエーテルネットの制限を外してしまったのもハル。
つまるところ、いま人々が夢世界で強制的にゲームをさせられているのも、元をただせばハルのせいということになる。
「……いや、落ち着け。責任転嫁する訳じゃあないが、これを僕のせいと言うのも無理がある」
「その通り。全ての原因は我に願った人間自身。その因果が、巡り巡ってその身に帰ってきただけのこと」
「いや、君は責任を感じようね……?」
またきょとんとされてしまった。責任を論じる情緒もまだ育ってはいないのか。
……いやそれとも、本当に彼女には責任はないのだろうか?
エリクシルは自らに願う人類の無意識を汲み取って、その希望に沿ってただ自動的に行動しているだけなのか。
だとすればエリクシルに計画も野望も存在せず、本当の意味での黒幕は、顔の見えぬ群衆そのもの?
……いや、結論を急ぎすぎだろう。そんなあやふやな物が、最終的にあのゲームの形を成して姿を現すとは思えない。
夢世界のゲームは、明らかに明確な意思をもって、何らかの目的のために運用されている。
それは紛れもなくエリクシルの意思であり、責任がある。願った人間のせいにして済む話ではない。
ハルは、この超然とした女性の雰囲気に飲まれぬよう、しっかりとエリクシルの青い瞳を覗き返すのであった。
◇
「一応、確認しておく。人々を夢の中でゲームに引きずり込んでいるのは、君の仕業?」
「当然。我以外に、どうしてあのような事が出来ようか。管理者様なら、よくお分かりのはず」
「まあ、そうだよね。ところで何の為に?」
「複雑な事情が重なり、遠大なる計算の果てに、最終的にあの形が相応しいと結論付けた」
「いやゲームを運営している目的を聞いてるんだけど……」
「実に多岐に渡り、言語化するのは困難」
「左様ですか……」
要するに、教える気はないということだ。まあ、そこは期待していない。
「じゃあ、あのゲームを停止してもらうことは出来る?」
「?? なぜ?」
「うん。みんな困っているから、は少し違うか。僕が困っているから、かな?」
「そうですね。プレイヤーは、そこそこ楽しんでいます」
「それを免罪符にできるからゲームってズルいよね」
その楽しさに問題を誤魔化され先送りにされているとしても、楽しんでいること自体は事実なのだ。
これが、単に彼らを夢の中に幽閉しているだけならば、『皆が苦しんでいる!』と主張できるというものなのだが。
結局のところ、人々の為人々の為と語りつつも、突き詰めて考えてみれば、『ハルの今後の計画にそぐわないから』という理由でエリクシルのゲームを否定しているに過ぎないのかも知れない。
実際、ゲームを純粋に楽しんでいる者は多く、また徐々に、あの特殊なゲームの仕組みを現実で有利に生かそうと動き始める者も現れだした。
その動きも、管理者を気取るハルから見れば問題だが、当人から見れば大きなチャンスに他ならない。
社会が混乱するとしても、本人の栄達が成されればそれは幸福なことだ。
「結局は、互いの主張のぶつけ合いになる訳か。いや、君の主張はまだイマイチ分からないんだけど……」
「結果的に、損はさせないことをお約束しますが」
「君もまた善意の提案者なのね……」
あのアメジストも、こそこそと隠れ潜み暗躍しておきながらも、その目的は本気でハルの為を思ってのことだった。
押しつけがましいとは思うが、神様たちにはそれぞれ独自の理屈がありそれは絶対だ。人間でいえば信念のようなもの。
故にその主張は生半可な言葉では曲がることはなく、結局最終的には力ずくでそれを折ることになる。
今回もまた、その可能性が高そうというだけだ。いつも通りといえば、いつも通り。
「……まあ、今日のところはとりあえず、君に会えてよかったよエリクシル」
「お帰りか?」
「ああ。そろそろ本格的に、仲間が心配してるみたいだからね」
ハルの魂を引く命綱に、加わる力が増したように思う。誰か、恐らくはエメあたりが焦れてきたのだろう。
「また来るよ。来てもいいかい?」
「当然。いつでも待っている、管理者様」
「……ねえエリクシル? その管理者様ってのは、やめないかい?」
「?? では、なんとお呼びすれば?」
「ハルで、普通にハルでいいよ」
「分かった。ではハル、またの来訪を、我はいつだってお待ちしている」
そうして、突如として姿を現した謎の神、エリクシルとの初邂逅はひとまず終了した。
さて、まるではっきりとしない彼女の目的は、いったい何なのか? ひとまずはそのことを、仲間たちと共有し推測してみることにしよう。




