第130話 弾む彼女、弾ける彼女
少々遊び疲れたのか、アイリが眠そうにする。
ルナの指令により急遽お昼寝用のスペースが設けられ、アイリと、ついでにルナもそこで眠るようだ。
普通にお屋敷に戻って休めば良いとも思うが、イベントの特別感が必要なのだろう。
目が覚めたら何時もの屋敷、ではなく、目覚めたら皆の待つ水辺。体を起こせばすぐにでもまた遊びに加われる。そういった特別感。
広場の一角に大きな日よけを設置し、その下に柔らかいマット、そしてふかふかのクッションをたくさん。
可愛らしいぬいぐるみも散りばめて、完全に女の子スペースだ。ハルは眠らないので問題は無いが、ここで男子が寝るのは憚られる。
カナリーを表すのであろう、神秘的な鳥のぬいぐるみもある。
「……それと何でゾッくんのぬいぐるみがあるのか」
「私が作りましたー。需要がありそうだったのでー」
「需要て」
アイリはゾッくんのぬいぐるみを抱きしめて、幸せそうに眠っている。ハルを抱きしめていることを表していると考えると胸が温かくなるが、疑問は尽きない。
「ゾッくんの需要ってなんなのさ……」
「対抗戦の黄色チームのハイライトで、ゾッくんが有名になりましたからねー。グッズを出したら売れるでしょうかー?」
「売るな売るな」
マツバの撮影していた黄色チームの取材動画が、このたび編集されて公開している。
それにより、主にハルが対抗戦で何をやっていたのか、プレイヤー達の知るところとなった。
手の内を知られてしまうデメリットももちろんある。だがこれについては特に構わないだろう。
まず、全てをつまびらかにしている訳ではなく、例えばこのゾッくんにせよ、この形である必要はない。
今のハルなら、黄色の魔力内であれば実体要らずで、外であっても目玉以下の小ささで活動可能だ。ゾッくんが無いと活動出来ないと思わせられるのは、カモフラージュにもなる。
そして、“何だかよく分らないけど強い”、というプレイヤーよりも、“理由があるから強い”方が安心される。
限度はあれど、“よく分らないゲーム”よりも、“高みを目指せるゲーム”だと思ってもらった方が、やる気も出るし盛り上がる。
「……だんだん僕も運営視点になってきたな」
「一歩引いた立場はもったいないですねー。強い人が居たほうが、やる気が出るユーザーも居るでしょうにー」
「そういう人ばかりじゃあないよ。ゲームなんて、適当に遊んで気分良くなれれば、それで良い人が大半だ。そういう人には、手の届かない高みなんてストレスだよ」
「そういうものですかねー」
「そういうものだね」
「まーとりあえずー、次の対抗戦には出てくださいねー? 魔王ハル討伐戦やりますんでー」
「うげ」
強すぎるなら、倒すべき敵にしてしまえばいい。そんな理屈なのか、次の対抗戦で、ハルは最初から全てのユーザーに狙われるラスボスポジションになるらしかった。
ハルが自分の信条を曲げてまで対抗戦に参加し、反感を買う事を承知で圧勝するのは、対抗戦が魔力を生むからだ。
それを手に入れる事が、アイリの為になる。
「対抗戦じゃなくて、もっと平和で、プレイヤーがいっぱい集まるイベントなら良いんだけどね」
「遠足にでも行きますかー?」
「なんで遠足なのさ……」
対抗戦のシステムの一部である建築、あれを目当てに参加しているプレイヤーも多い。そういった人にとっては、戦闘はむしろ邪魔だ。
戦いは怖い、建築だけやっていたい、そういう声も多く聞く。
そういった人向けのイベントを企画してはどうか、眠るアイリやルナの傍で、カナリーとそんな事を話して過ごす。
「確かにもうハルさんの立ち位置は運営側みたいですねー」
「思い上がりかな?」
「いいえー。私はそれでも良いと思いますよー? この世界についても色々と知ってきていますしねー」
「まだ分らない事は多いけどね」
だが、カナリーが許しても他の神々が許しはしないだろう。マゼンタの話からすると、ただでさえハルは警戒されているようだ。
まあ、それは仕方ない。その気になれば戯れに世界を滅ぼせる力を見せてしまったのだ。
ゲーム運営としてより、世界の管理者として警戒をすべき対象だ。
「……危険分子としてアカウント停止されないか心配になってきた」
「私達、そういうことはしませんよー。勝負の条件に、盛り込んでくるかも知れませんけどー」
「嫌だなその勝負!」
「大丈夫ですよー。私が、ハルさんを守りますからねー」
「……そか。ありがとう、カナリーちゃん」
「いえいえー」
以前、ルナにも同じような事を言われたのを思い出す。『私がハルを守るから』と。
アイリにもだ。最初は彼女の方が圧倒的に強かった。今でも、政治的にはハルは守られている立場だろう。
ハルの周りの女の子達はみんな強い。
ユキくらいだろうか、ハルを守ると言わないのは。……彼女の場合、逆に狩ろうと襲ってくるのだが。
そのユキが、メイドさん達をぞろぞろと従えて、この広場へと戻って来るのが見えるのだった。
◇
ユキは広場に設置された浅いプールの中へ入って行くと、そこでメニューを開き、新しい建造物を設置していく。
「よし! ハル君もおいで! ビーチバレーやろう!」
「やろう、ではないが。……何で水の中にネット張ってんのさ?」
「その方がちゃぷちゃぷして楽しいし、涼しげじゃん?」
水の抵抗とか足を取られるとか、そういう事は考慮の外らしい。さすがユキだ。
メイドさんたちも特に疑問は示さない。前提となる知識が無いためだろう。ビーチバレーについて、間違った文化が流布されてしまった瞬間だった。
「ルナちゃんとアイリちゃんはお昼寝か。カナちゃんもやる?」
「やらないですー。見てますー」
「そかそか。ゆっくりお休み」
「僕にも拒否権が欲しいんだけど?」
ハルの参加は強制のようだ。渋々と立ち上がり、浅いプールへと足を踏み入れる。
「私やメイドちゃんの胸が揺れるのを、間近で見れるじゃないか」
「僕は目が良いんで、座ってゆっくり見てたいな」
「ご所望でしたら、後ほどご存分に」
「……ユキのせいだよこれは」
「……うん。なんかごめん」
またメイドさんに間違った知識が伝わってしまった。小首をかしげながらさらりと出る破壊力の高い発言に、ユキと二人で戦々恐々とする。
ハルも胸が揺れるのを見るのが好きな事は、まあ間違っていないのだが。
「ハル君は魔法で強化するの禁止ね。私もしないから」
「僕、生身なんだけどな。これでユキやメイドさんの相手するのキツイよ」
「あ、そうだった。まあ適当に楽しもうぜー」
そうは言うが、お互い勝負事だと熱くなる。適当になどする気は互いにさらさら無かった。当然のように、敵チームに分かれる。
チームは両チームとも三人。プレイヤーと、メイドさん二人。
「メイドちゃんはルール知らないし、適当にやろう! ボールが水面についたら負けね」
「そんな事言うと水面を持ち上げられるよ?」
「上等! そこにつく前に叩き返す!」
チーム分けが終わると、さっそくユキから最初の一球が放たれる。
細かいルールは無い。簡単に説明したのは、必ずネットの上を通る事だけ。何度ボールを回そうが、構わないだろう。
その程度に思っていると、メイドさんの反応は予想以上だった。
ネットの上まで一息で飛び上がると、ユキのサーブをそのまま敵陣に蹴り返してしまう。
「うわすごい! 超ファンタジックビーチバレーの開幕だね!」
そのメイドさんの超反応にも問題なくユキはついて行き、きっちりとボールを打ち返す。勢いを完全に殺し、自チームのメイドさんに向けて打ちやすい球を上げる。
だが、それを見逃すハルのチームではなかった。
「常識に囚われ過ぎだなーユキは。これは超ファンタジックビーチバレーなんでしょ?」
「うわっ! 汚っ!」
ハル側のメイドさんが魔法で風を起こし、もう片方は宣言通り足元の水を操作して持ち上げる。
勢いを失った玉を、手を触れること無く着水させる気だ。
「私は触れない! 頼んだ!」
「ユキはルール守るんだね」
「私が全部返したら面白くないじゃん!」
持ち上がる水に飛び乗ったメイドさんが、そこを足場に更にジャンプし、急降下してくるボールをやはり蹴り返す。メイド流ビーチバレーは、蹴るのが基本のようだ。
ハルもユキに習い、メイドさんが打ちやすいように、ボールの勢いを殺して打ち上げる。
「今だ! こっちもさっきみたいにお返ししちゃえ!」
「不可能のようです! あちらのフィールドは、旦那様によって完全に魔力の支配権が確立されています!」
「こらー! 汚いってハル君ー!」
「僕は魔法を使ってないよ。場を掌握しただけ」
非常に大人気ないとはハルも思うが、ハルに勝負事を挑んだユキが悪い。負けず嫌いなのだ、ハルは。
支配権の確立。セレステやマゼンタが自陣でやったものだ。普通、魔力は中立であり誰でも使えるものを、無許可の者には使用不能にする。
神に挑む際は、これの対策無しでは手も足も出ずに敗北してしまうだろう。
「少し強めに行きます。ユキ様、お覚悟を」
「くっそぅ。やってやろうじゃないかぁ!」
魔法の組み合わせは先ほどと同じ風と水。風の魔法を紡ぐメイドさんの足元を包み込むようにネットの上まで押し上げる。体勢を安定させて、強力な魔法を放つようだ。
打ち出された風の魔法はボールをしっかりと包み込み、暴風の弾となってユキに飛んで行く。
「にゃろめぇええええええ!」
あくまで正面から挑戦を受ける気だ。ユキチームのメイドさんが魔法で勢いを抑えようとするが、安定した場所で正確に込められた魔法と、高速で飛来するものにかける魔法では精度に差が出る。
ボールは勢いを保ったまま到達し、レシーブの構えで迎撃するユキの腕を砕いた。
だが執念でボールは止められ、空に上がったボールを間髪入れずにメイドさんがこちらへ蹴りこんで来る。
ユキの闘志も健在だ。高速でメニューを開き、回復薬を使用する。
腕の再生には少し時間がかかるが、それまではメイドさんよろしく、足で戦うつもりだろう。
「んー、ちょっとストップ」
「どうしたのさハル君! これからだよ! まだやれる!」
「水差したのは悪いけど、魔法禁止にしよう、とりあえず。怪我人が出ちゃったし」
「平気だって! 腕の一本や二本!」
「どうどう。平気じゃないから。それにメイドさんに傷がついてもいけない」
「そ、そうだね。つい熱くなっちゃった……」
ハルは放たれたボールをキャッチし、休止をかける。魔法ビーチバレーは楽しいが、危険も大きそうだ。
ひとまず禁止にした方がいいだろう。やりたければ、あとで安全なルールを練ってやろう。
「旦那様。でしたらパワードスーツの着用を許可頂ければ、私共は安全です」
「……なぜ君たちの素肌が堪能できるところに、全身スーツを着けねばならないのか」
「試合が更に別次元になりそうだ。私も魔法使っても良いよね?」
「いや着せないから」
スーツのメイドさん部隊も格好良くて好きだが、今は水着だ。それに、この水場を戦場にする必要も無いだろう。
スーツの威力はすさまじい。
「でもハル君。魔法無しだとハル君一気に不利だよ。あ、私がチームに入ってあげよっか!」
「舐めないでもらいたい。……ナノマシンエーテル、過負荷開放。リミッター解除レベルスリー承認」
「何してるか分らないけど、普通じゃない事は分った」
神経伝達を超加速し、筋肉や骨の負担を無視する。ダメージは体内で異常増殖させたナノマシンで軽減し、また即時回復させる。
これにより超人的な運動能力がハルに備わった。
「見せてやろう。この体でも、魔法無しの使徒など相手にならない事を」
「よっしゃ来い! 返り討ちだ!」
互いに余興のお遊びに本気になりすぎているが、止める者は居ない。ツッコミ不在とも言う。メイドさんも勝負事には真剣だ。
そんな風に、アイリとルナが起きるまでしばらく、ユキとビーチバレーをして遊ぶのだった。
◇
「おなかへった……」
「お疲れ様、ハル。お昼にしましょうか?」
「まあ僕も減ったは減ったんだけど」
「ナノさんが、おなかすいちゃったのですね!」
暴走させたナノマシンのエネルギー切れだ。ハルはいつもの栄養スティックを<物質化>すると、もくもくほお張る。
「またそんな物ばかり食べて……」
「仕方ないのだ」
ナノマシンの増殖には、専用の栄養素が要る。ハルが食事で満腹になっても、これは解消されない。
「でも良い時間だ、みんなでご飯を食べようか」
「わたくし達が、お昼寝しちゃいましたからね。えへへへ」
「寝顔かわいかったよ。……メイドさんに召集をかけようか」
メイドさん達には、全てナノマシンが投与されており簡易的なネットワークが使用可能だ。
カナリーにより、ゲームシステムにも接続されているようだが、こちらはハルにもまだ良く分っていない。メイドさんもウィンドウの画面が見られるようになった、というだけだ。
この世界ではゲームのシステムの方が当然使いやすいので、いつかメイドさんにも使用可能にしたいとハルは思っている。
そうして、各施設で、おのおの思い思いに遊んでいたメイドさん達が集合する。
ピクニック用のバスケットから、お出かけ用のお弁当が次々と取り出され、てきぱきと昼食の準備が整って行く。
「ユキはどうしたのかしら?」
「さっきまで一緒に遊んでた。多分いったんお屋敷に……、と、居た」
少し離れた所に、先ほどまでと見た目はほぼ同じ、しかし雰囲気がまるで違う彼女が様子を伺っていた。
食事時なので、本体の方で来たのだろう。相変わらず律儀だった。
ハルは<転移>させていないので、カナリーに頼んだらしい。
「ユキ、こっちへいらっしゃいな? 大丈夫、ハルも流石にここでは襲わないわ?」
「いや何処でも襲わないが」
「お、おじゃましまーす」
「ユキさん! いらっしゃいませ!」
元気なアイリに手を引かれ、ユキが輪に加わる。先ほどはアイリ以上に元気だったとは思えない変わりようだ。
「あはは、恥ずかしいな、これ」
「さっきと同じ格好なんだけどね」
「そうなんだけど……、どうかな、ハル君。似合ってる?」
「似合ってる。かわいいよユキ」
「うわー、ははは、ありがと」
大きな身体を縮めて、もじもじと恥らう。
そんな別人のような彼女と共に、皆で昼食を頂くのだった。




