第1295話 夢の深海へと侵入せよ
「という訳で、これが新しく得られた資源の分布。それと、ついでにイシスさんが憶えている範囲の、帝国の資源配置がこれ」
「ふむふむ。この配置パターンを見て、そこからお望みの資源が何処にあるのか特定しろってオーダーっすね! まっかせて下さいっすよ! いや無理難題言わないでくださいよ! う~~、せめて、いま判明しているアイテムの一覧とそれを使ったレシピの一覧もください……」
「任せろと言ったり無理と言ったり忙しい奴だな。はいこれ」
「うぅ、ありがとうございますハル様」
可能な限りデータを採取し起床したハルは、天空城のお屋敷にてエメに追加の龍脈データと、龍脈資源の分布図を渡して解析を頼む。
ハルたちの龍脈支配はイシスの協力もあって、そこそこ広範囲へと進出できている。だが、それも世界の広さから見ればまだまだごく一部。
そのごく一部だけのデータを見て、世界の全てを推測しろという指令なのだから酷な話だ。
だが、その無理難題を可能にするのがエメの、神様の計算能力。
元AIとして驚異的な解析能力を持つ彼女らの中でも、突出した有能さを誇る解析のプロがエメなのだ。かつてはその力にハルたちも苦労させられた。
「ふんふん。まあ、これらのアイテムを重要度別に分類し、その配置の傾向を読み解いて行けば、おのずと『運営の意図』は読めてくるものっすよ。どこにどの資源を配置することで、どうやって日本人の皆様の思惑をコントロールし操りたいか。その意思を逆に読み解くんす」
「理屈は分かるし僕も似たような推測はするけど、さすがにここまでの規模となると何をやってるのか意味不明だね」
「ジェードがゲーム理論どうこう言ってたっすよね。そうした計算結果から逆算して式を導き出すようなもんっすよ。今、プレイヤー様がたが街を各地に形成しているこの状況。これが運営の思惑通りの『解』だとしたら、このマップと資源分布は『式』になるんす」
「ナッシュ均衡がどうとかってやつかあ……」
基本的な内容くらいはハルも分かるが、具体的にどのように計算し調整を行っているかは、ちんぷんかんぷんなハル。ここはエメに丸投げしよう。
このように、人間からはその意図がまるで読み解けない構築であっても、同じ神様ならば、同じ土俵で戦える。
いや、神様というより、エメ個人に限った才能だろうか。
「ねーエメー」
「なんすかコスモスちゃん」
「現状のアイテムも、レシピも、把握してないのは問題なんじゃないのー? エメもプレイヤーとして潜入してるんだから、自分で潜って確認すればいいのにぃ~」
「うぐっ……! そうしたいのは山々なんすけどねえ。今は、こっちの作業で手一杯といいますか、休む暇が無いと言いますか……」
「ブラック~。体壊すよー。たまにはお昼寝して休憩、しよー」
「いいんすよ。神には壊す肉体が無いんすから」
「おう、神界じょーく」
「相変わらずの自虐っぷりだねエメは」
病的な自罰、ハルたちに迷惑をかけた自責の念から、エメは今日も危うい程に仕事熱心だ。
しかし、それはそれとして少々違和感のある状況でもあった。ハルたちに尽くすエメが、ゲーム攻略を放置し現世に残る。それはある意味、ハルたちの方針に対する背信行為だ。
「……なにか、それだけ重要な案件がこっちで?」
「すみませんすみません! 低レベルのまま放置してごめんなさい! お叱りは受けますので、なにとぞご容赦くださいっす……!」
「別に怒ったりしないけどね?」
「んー、ん~? いやー、ここはハル様は怒るべきー。この女はまたハル様の指示もなしに勝手な判断で物事を進めたもんー」
「……そういうコスモスはずっとこっちで何をしているのか、その方が怖いんだけど。まあ、おしおきしつつ強制的に休ませるのもアリか」
「ひうっ! おしおきされちゃうっす! う、うへへ、どんな罰を与えられちゃうんでしょう。ってその前に、これだけはご報告を上げないといけないんでした! 聞いてほしいっすハル様! 聞いてくださいっす!」
「やかましい。そして情緒が忙しい奴だな……」
次々とまくし立てるエメの勢いに押されつつ、ハルは彼女を落ちつかせて順序立てて説明させる。
果たして彼女は、ここのところ“寝る間も惜しんで”何を研究していたというのか。
その成果は、恐らく無視していい内容のものではないはずだった。
◇
「暗黒空間への侵入プログラム?」
「はいっす」
エメが提示してきたのは、ハルたちが今あのゲームに、夢世界にログインする際に使っているプログラムに似た構成の魔法であった。
ただ、式の構造は途中までは酷似はしているものの、半分以上はまるで別物。これは、途中からその効果が完全に分岐していることを表している。
「現状のプログラムは、日本人のどなたかの夢に相乗りして、ゲーム内に侵入するための構造をしてるっす」
「うん。そして、その途中の『夢の回廊』をスキップするんだよね」
「一度見たイベントは、ワンボタンでスキップ~」
本来ならば、プレイヤーたちはまず前後不覚な夢の回廊内でさまよいながら、『扉』を見つける作業をこなさねばならない。
そうしてカオスな内容の夢に穴をあけ、ゲーム世界へと至るとそこで初めて意識がはっきりとする。
これは状況から、ミントの起こすはずだった事件を横取りした結果であるとハルたちは推測している。
今は本編へ至る道中なので『回廊』などと呼んではいるが、本来あのカオスな世界は人々の意識を閉じ込める、『夢の牢獄』だったのではないか?
なので今の黒幕はある意味彼らをその牢獄から救い出してくれた救世主とも言えるのだが、状況的に素直に感謝していいのか悩みどころだ。
「ですが今回作ったシステムは、『侵入』ではなく『破壊』っす」
「なるほど。使うことで強引にあの夢に構造上の矛盾を発生させて、崩壊させるプログラムか」
「んっ、そだよぉ。そもそもあの夢は、最初からつぎはぎして矛盾を覆い隠すのに必死だからねー。その小さな矛盾を核にして、連鎖的に、暴力的に自己矛盾を無限発生させて、場を形成している構造体そのものを崩壊させるのー」
「コスモスも一枚かんでるのか……」
「むふー。意識と夢は、コスモスの得意技~。ミントのやり口も知ってるしねー」
「身内のリークは強いっすよ!」
かつてコスモスが、人の意識をコピーしそれを無限増殖させ、世界そのものを崩壊させようとした経験が生きているのだろう。
……素直に喜べないハルである。まあ、軍事技術の平和利用とでも思っておこう。
「……なるほど。つまり強引に『泡』を割って、あの謎の暗い空間の方にログイン出来るって訳だね」
「そうなんすよ。すごくないっすか? 凄くないっすか!?」
「うん、偉いぞエメ。おしおきは勘弁してやろう」
「えっ……、おしおき、しないんすか……?」
「なんでそこで残念そうにするんだろうね? うん、やっぱり止めておこう。このままだと、おしおき待ちでわざとミスする残念な子に育ちかねない」
「エメ、残念」
「ひーんっ!」
「……まあ、代わりに、あとで今回の功績に報いてなにかご褒美をあげるよ。それでいいかい?」
「やったっす! 流石ハル様っす! 飴と鞭で上手に育ててほしいっす!」
「エメ、ちょろい」
「というか『育ててほしい』って何だ……、先輩として恥ずかしくはないのか……」
白銀や空木、そして推定今回の黒幕と、最新の神々も出てきた今、エメは大先輩にあたる。そもそも空木の製作者がエメだ。
そんな後進たちに、こんな姿はお見せできない。いや、今更な話だろうか。
ハルも、明日は我が身と心得よう。もし新たな世代の管理者が裏で観察しているとしたら、色々と羽目を外しすぎな己の姿を観察されているのであろうから。
*
《んじゃ、準備はいいっすか? 今回も回廊破棄は、ヨイヤミ様でいくっすよ》
「ヨイヤミ様はやーめーてー。ねえねえ。夢の回廊が壊れたら、私はどーなるの?」
《ヨイヤミ、ちゃん、本人は、その場で目覚めることになるっすよ。強引に例えるなら、ちょっとウトウトする程度っす》
「ふーん。つまんないのー。まあいいや。じゃあその後は普通に寝て普通にゲームにログインしよー」
「また君は夜更かしさんだね……」
電脳空間で『扉』の前に集合し、さっそく暗黒空間への侵入を試みることとなった。
ハルは実質、起床してすぐ再び睡眠、という流れになるが、これも事件解決の為には仕方あるまい。
起きている間の調査も山積みだが、そちらはカナリー率いる女の子たちに任せても大丈夫なはずだ。
「安心するですヨイヤミ! マスターは、白銀たちが守るです!」
「空木にお任せください。製作者よりも空木の方がお姉さんだと、マスターも理解することでしょう」
《空木ちゃんがわたしに辛辣! なのはいつものことっすね》
「お前はそれでいいのか……?」
まあ、エメは置いておこう。深く考えるのを止めたハルである。
それよりも、今回はサポートとして、小さな白銀と空木が付いてくれることとなった。
ハルの目線の他に、神様としての視点も合わさってくれると、ありがたいのは確かである。
「しかし、お前たちもゲームの方に行かなくていいの? 確かなにかのレベル上げを楽しそうにしてたよね」
「問題ありません、マスター。それよりも、マスターのお手伝いが最優先です」
「その通りです! 白銀たちに任せるです! それに、白銀たちは暇なので、終わったらそのまままた寝てゲームに行くです」
「こらこら……」
……なんだろう、ヨイヤミの悪い影響だろうか?
まあ、彼女らは現世で運営の仕事がある訳でもないので、そもそも時間配分は好きにしていいはずだ、と納得しておこう。甘やかしすぎだろうか?
そんな小さな二人を連れて、ヨイヤミを先頭にハルたちは夢世界への扉をくぐる。
本来、ゲームに通じる道が直接生成されるはずのその扉の先は、ハルたちが足を踏み入れた瞬間にガラスの砕け散るような不快なエフェクトを伴って一瞬で崩れ去った。
そしてハルたちは、周囲に何もない空間に、エメとの通信も途絶えて孤立無援に取り残されるのであった。




