第1294話 支配者のおりょーり
さて、生産組が頑張っている間に、ハルもやらねばならぬ仕事が山積みだ。謎の運営者を特定するために、内部からも探りを入れていかねばならない。
そのために活用するのは、やはり龍脈。ハルはイシスと共に、再び地下の領土に意識を向けていく。
「すまないねイシスさん。新人は結局龍脈じゃなくて、生産に回ってもらうことになっちゃって」
「いえ、いいんですよぉ。国の防衛力が増せばそれだけ、私もハルさんも龍脈に集中できますから!」
「そう言ってもらえると助かる。ただしかし、増えそうなのは防衛力というより、むしろ攻撃力になる予感が……」
「あはは。まあ、攻撃力が増えれば、それだけ敵の侵攻を抑えられますから……」
超巨大飛空艇なんて、どう考えても侵略用だ。まあ、ユキは楽しそうだし、ハルも内心わくわくしている部分は正直ある。止める気はないのが同罪か。
「それに、領土が拡大していけば、それだけ守るのも難しくなるのは前に言った通りだ。そこを高機動力の航空戦力でカバーできるなら、拡大路線も悪くはない」
「領土、広げるんですか?」
「というより、“広がってしまう”。自然とね。今日は、そのあたりの作業をしようか」
「はいっ」
ハルとイシスは連れだって、改修された木漏れ日のカフェへと向かう。
城の再建後も相変わらずここが皆の憩いの場、兼会議室となっており、ハルの仕事もここで行う。
再建案の一つには、ここをユキの属性石生産所と併設させる案も出てはいたが、景観の問題と、なにより防衛面での課題解決のために見送った。
再び、ヤマトのような特化戦力がこの地で暴れ出さないとは限らない。
「おやおやおやおや。いらっしゃいましハル様。イシス様も」
「やあ。お邪魔するよカゲツ」
「こんばんはカゲツさん。あっ、こちらはお昼ですけれど……」
「はいなはいな。こんばんはあ~。こちら、お通しの『金林檎のコンポート』でございますぅ」
「お通し……?」
「お代はいただきませんー。でもでもでもでもぉ? 少しずつでも処理していただかなければ、厨房の倉庫がいっぱいになってしまいますぅ~~……」
「リンゴが生るたびに収穫するから……」
「アイリちゃんの経験値稼ぎにはいいんですよねぇ、あれ」
「ですなぁ」
元がリンゴっぽい存在から芽吹き、そして金林檎の木を取り込んで育った世界樹からは大量の金林檎が<採取>できる。
そこで目を輝かせて調子に乗ってしまったハルたちは、今こうして大量にあふれたリンゴ素材の消費に四苦八苦しているという訳だ。
「でも、カゲツさんのお<料理>のおかげで飽きませんよね」
「まあ、毎回主張は強いけどね」
「高級食材ほど主張が強いですからなぁ。それに、こちらのおりょーりはどうしてもレシピに従わざるを得ませんのでぇ」
「カゲツさん、リアルでは凄いですもんね」
世の味覚データに革命を起こし、そればかりかその味を現実にまで再現してしまったカゲツキッチン。
あまりゲームに詳しくないイシスも、ハルたちの行いの数々の中それだけは認識していたようだった。
そんな、料理において万能なカゲツも、ここではゲームのルールに従うより他になく、レベルを上げ多種多様なレシピを解禁しても、金林檎のアクの強さはなかなか消せない。
なので、このカフェでは『何を食べてもリンゴ味がする』というのが語り草となっており、皆の定番の笑い話の種になっている。
「特色あるお店として認知してもらうのは、印象が薄いよりもマシですけどもぉ~」
「さすがに無視できなくなってきた」
「はいな。特に倉庫溢れが深刻ですぅ」
「売ればいいのに」
「いやですぅ~。独占しときたいですぅ~」
「強欲……」
この金林檎の元となった、盆栽のような形の大樹。あの龍脈資源は最初期から、ハルたちが誰にも触れさせないまま支配した珍しい物だ。
今ではハチのガーディアン以前に、この山周辺の『魔物の領域』、ひいては『魔王領』に飲まれて樹そのものに誰も近付けなくなっている。
すなわち金林檎はハルたちの完全なる独占資源であり、その優位を活用しない手はないとカゲツは主張しているのだ。それにはハルも賛成である。
「しかし、なにか優位性がなければ、独占していたところで意味はないよカゲツ?」
「そうですね……、龍脈結晶の方は、属性石のエネルギー源とかで大活躍なんですが……」
「ふふん! それがですなぁ? ウチのたゆまぬおりょーり研究によって、ついに、龍脈資源の専用レシピが出現したんですぅ!」
「ほう」
「へえ! 凄いじゃないですか! もしかしてそれって、何か凄い効果が?」
「お目が高いですなぁ。その通りですぅ。なんとなんと? 龍脈資源で作ったおりょーりは、食べるだけで恒久的にステータスがアップするのですぅ!」
「わあ!」
「へえ。それは本当に凄いね」
「……ただぁ」
そこまでテンション高く語っていたカゲツだが、そこでしょんぼりと言い淀む。
何か、やはり一筋縄ではいかない制限もあるらしい。まあ当然だ、食べるだけでお手軽パワーアップの<料理>など、そうそう簡単に作れてはゲームバランスが終わってしまう。
「……バランス崩壊防止、というよりもエンドコンテンツの一種なのかもね? ステータスを上げるのはむしろオマケで、その<料理>の完成こそが目的、ゴールとなるような」
「どれどれ? わっ、本当ですね。見たことない食材ばっかり。見てくださいよハルさん、『竜王のサーロイン』とかありますよ。わ、こっちは『不死鳥の卵』?」
「……どう見てもレアモンスターのレアドロップじゃないか。周回作業お疲れ様です」
「あはは。げ、現実的ではないってことですね……」
「まあ、ドラゴンやら何やらが存在することが確定したのは、ナイスな情報かもね」
これはもう完全にエンドコンテンツだ。明らかに、労力に効果が釣り合わないと思われる。
まあ、現実的な案としては、大国と広大な領土、そして所属する大量のプレイヤーを統べる王のような存在が、国営の商人達を大動員して世界中から素材を買い集めるという力技はアリかも知れない。
いまいち明確なメリットが見えなかった国主の立場が、ここで生きてくるのだ。
……国のピラミッドの頂点として吸い上げたレア食材の数々を惜しみなく調理し、それを平らげる王。
中枢において動かないまま、誰よりも強くなる、まさに頂点捕食者だ。そんな存在をハルは想像して少しゲーマー魂を刺激された。
「まあ、この国では絶望的に手数が足りないさ。悪いけどカゲツ、それは諦めて」
「お待ちをハル様!!」
「は、はい……」
「そんな中で、このレシピをご覧くださいな! これならば、我が国の生産力だけで、完結可能だと思いませんか!!?」
「どれどれ? おお、これですね。ちゃんと金林檎も入ったレシピです」
「……龍脈に集中させて欲しいんだけどなあ」
……まあ、ゲームの攻略をしっかり進めておくのも悪いことではない。そう割り切って、ハルはもうしばし、暴走気味なカゲツに付き合ってやることにしたのであった。
◇
「ふむ? なるほど。『天上の果実酒』、これを狙っていくわけだ」
「はいなはいな。その通りでございます。果実酒の名の通り、使用するはほとんどが果物資源。これならば? この世界樹に取り込んでしまえば量産可能ですぅ」
「確かに! 金林檎、『系統樹の果実』の現状を見れば、文字通り溢れるほどの量産が可能なのは証明済みですもんねー。いけるんじゃないですかハルさん?」
「待てまてっ。そう安請け合いできる物じゃないよイシスさん。材料をよく見て」
「えっと、『系統樹の果実』、『天上のブドウ』、『ブリリアントロイヤルゼリー』、あっ……」
そう、金林檎こと系統樹の果実以外は、一切ハルたちの手持ちにない。
それどころか、今の今まで名前すら聞いたことのないアイテムばかりである。
「最近はマリンちゃんの『動物さん輸送部隊』によってアイリスやジェードの行商範囲もかなり向上しているけど、これらのアイテムはまだお目にかかっていない」
「ですなぁ。つまりは、かなり遠方にポップした資源であると思われますぅ。さすがはエンドコンテンツといった所でしょーか」
「ひとごとみたいに言うなカゲツ……」
「そうした遠く離れた場所から、資源を輸入できるプレイヤーとしての手腕を問われているのでしょうか? かなり高くつきそうですね」
「大昔の香辛料みたいですなぁ」
「あっ、聞いたことあります。確か金と等価とかなんとか」
「それは分かりやすく誇張された表現だけどね。確か、どれだけ行ってもいいとこ金の数パーセントじゃなかったかな」
「十分ヤバいですけどねぇ……」
遠方への輸送はそれだけ付加価値が高く付けられるということだ。これは、この世界においても変わらぬ真理であろう。
まあ、そこはハルたちにとっては問題にはならない。
なにせ素体さえ手に入れてしまえば、あとはそれを栽培し、そして世界樹に取り込ませてしまえば、その後は増やし放題、採り放題だからだ。
「まあ、そのうちどこかに流通するさ。気長に待ってなよカゲツ」
「い~や~で~すぅ~~。すぐに作りたいですぅ~~っ」
「料理のことになるとワガママだな本当こいつ……」
とはいえ駄々をこねられたところで、無い物は無い。ハルとしてもパラメータアップは望むところではあるが、だからといって寄り道は出来ない。
今は、龍脈を調べ、その中を流れるデータを足掛かりにして、謎の神に迫らなければならないのだ。
……一応、必要素材は全て龍脈関連であろうから、無関係とはいえないのだが。
そしてそこで都合の悪いことに、いや都合が良いことなのだろうか、目的を両取りする解決方針を思いついてしまったハルである。
「……一応、アテがないでもない」
「まことですかぁハル様ぁ!」
「ええい興奮するな! あくまで可能性の話だ。エメの解析したこのゲームの『ワールドマップ』。あの地図を使い、『植物系資源』のあると予測される位置を片っ端から調べる」
「ふんふん!」
「その過程で更に資源の生成法則が詳細になるだろうから、それを辿ってだな……」
「ではではではでは!? 早速お願いしたしますぅ!」
「だから昂るな! あくまで! データ調査が最優先だからな!」
「はいなぁ! 期待しておりますぅ!」
「ハルさんって、神様たちに甘いですよねぇ」
そんな評価を受けてしまいながらも、ゲーム内でも新たな指針を得てしまったハルの、龍脈調査が改めて始まったのだった。




