第1292話 浮かび上がる新たなる犯人像
アメジストから聞き出した情報を持ち帰り、ハルは下校し『実家』へと戻る。
最近はこの月乃の邸宅も、訪問申請なしで自由に出入り出来るようになっていた。
これも、月乃がハルを認め、ルナとの婚姻に積極的になっていると内外に示すポーズの一環だろう。
なお実情は、最初からフリーパスも同然であり、申請が拒否されることなどなかったのだが。
まあ、月乃が不在の場合などでも、構わず内部に足を踏み入れられるようになったのはありがたい。
「……そうじゃないと、君がこうして好き勝手にしすぎるからね」
「なんれふかー?」
「カナリーちゃん。無断で忍び込んで奥様のおやつを堂々とむさぼるのはやめようね?」
「だってー。奥様ちゃんは『好きに食べていい』ってー」
「真に受けるやつがあるか」
まあ、月乃の場合は別に建前で言った訳でもなんでもなく、本気でいくら食べてもいいと思っているのであろうけど。
「……まあいいや。それで、その奥様は?」
「おでかけしてますー。お買い物でしょうかー?」
「いやその辺の主婦じゃないんだから。まあ都合が良いか」
「ないしょばなしですかー?」
「一応ね」
実際のところ、アメジストと語ったように月乃が、いや人間が主犯格として関わっている可能性は限りなく低いとハルは考えている。
今回ばかりは、魔法を操る存在でなければ実行は難しい。
ハルはカナリーにも、自分も実家の高級和菓子をつまみつつ先ほど得た情報を共有していった。
なお、本当に好き放題食べきっても月乃の資産から見れば痛くもかゆくもない。
「……なるほどー。ここにきて、犯人が神ではない可能性が増してきましたかー。じゃあ誰なんでしょうねー?」
「本当にね。他に、そんな存在が居るとは考えられないんだけど。僕も無意識に、なんとなく神様のうちの誰かだと決めつけていた、って思い知らされたよ」
「そりゃそうでしょー」
食べるのに満足したカナリーは、ぐでーん、と横になりハルの膝にしがみつく。まるで自分の家のように、我が物顔で自由に振る舞っている。
とても、そんな神々の中でも抜きんでた実力を持ち、皆に一目おかれる存在だとは思えない態度だ。
「しゃんとしなさい。アメジストも、せっかく君のことを褒めてくれていたんだし」
「えー。あいつがですかー? 別に要りませんよー、そんな評価なんてー。私のしたことなんて、評価を受けるほど誰かの役に立ってないんですからー」
「それでも凄いものは凄いさ」
「まあー、悪い気はしないですけどー」
カナリーはハルに髪を手で梳かれると、くすぐったそうにされるがままになる。なんだかゴロゴロと喉でも鳴らしそうだ。
メタが来て以降は久々の、『ペットの猫ちゃん』モードであった。
そうしてひとしきりイチャつくと満足したのか、カナリーは身を起こし、多少真面目な顔を取り繕ってこの問題と向き合った。
「……んー。そういう意味ではー、これは『誰の役に立って』いる計画なんでしょーかー?」
「黒幕の目的かい?」
「はいー。それが見えればー、いろいろと人物像も見えてくると思うのですがー」
「そこについては、僕もずっと考えているんだけどね。いまいちピンとこない。扱っているデータ的に怪しいアメジストとミントは、その能力を横から利用されただけみたいだし」
「直接話を聞いたアメジストはともかくー、ミントも白にしていいんですかー? 今、連絡が取れない最も怪しい奴ですよー?」
「そこは恐らく、当のアメジストが一枚噛んでる。彼女の力で、隠され保護されているはずさ」
「根拠はー?」
「アメジストは、全ての神様のアリバイが確認できることを前提に語った。それはつまり、身をくらましているミントの行方も知ってるってことだ」
「おおー」
そして他の神々は、神界ネットで連絡がつく状態にある。今回も、エメ捜索の時のようにハルから全体に向けて呼びかけたが、だいたいの神様から『情報は無い』と返答が得られている。
一部、我関せずで返答のない神様もいるが、彼らもネット自体には繋がっている。夢世界に行ってしまっていれば一発で分かった。
「アメジストの言うことは尤もだと言える。となると怪しいのは……」
「奥様ちゃんですねー?」
「いや、セフィだろ」
「それはないのではー? 消去法にすぎますー」
「じゃあ奥様も同じだね」
「ですねー。本当に容疑者不在ですかー」
今までは、なんだかんだで神様のうち誰かが、また何かしでかしたんだろうと決めつけてかかれて、そしてそれが正解だった。
今回のように、よもやそれが論理的に否定される状況になろうとは、考えてこなかったハルだ。
「これは、無意識に、超越的な力を振るえるのは僕らの特権だと、そう傲慢に考えていたのかも知れない。反省しないとね」
「仕方がないですよー。私たちの存在が、そもそもいくつも重なった偶然の産物なんですからー」
「まあね。そうポンポンと似たような存在が出て来ても困る」
「ですよー? 探偵もので、犯人が実はこれまで一度も登場してないぽっと出のモブだったくらいに困りますー」
「僕は探偵じゃないし、この世は探偵ものじゃないから十分あり得る話だけどね……」
とはいえ、因果なきところに結果は生じないのもまた事実。暗闇の恐怖に怯えて思考停止するには、ハルたちは松明を持ちすぎていた。
「……考えてみようか。もし、本当に僕らの知らぬ第三者が、黒幕だった時の可能性を」
◇
「それって神でも人間でも、異世界人でもなかった場合ってことですかー?」
「まあ、とりあえず大雑把に『僕らの知る存在』じゃないってことだよ」
「ですかー。じゃあ宇宙人ですねー?」
「宇宙人がゲーム作る……?」
「そうですねー。ゲーム仕立てにするって時点で、こっちの常識は通じる相手、って条件はつきますねー」
「……まあゲームなせいで、僕らも自動的に『これ神様だろ』って思っちゃってた、というのはある」
なにせいま、神様たちの間ではゲーム運営が大流行だ。カナリーたちの成功を経て、ゲームを作れば魔力が得られるというテクニックが確立された。
なので今回も自動的に、またどこかの神がゲームを作ったのだろうと踏んでいた訳だ。
「滅んだ異世界人の生き残り……、も、ゲームは作りませんよねー……」
「……そもそも居るの? まあ、動機だけは十分だけど」
なにせ『神の夢』、地球人の夢から無限の魔力を取り出そうとして大災害を起こした彼らだ。今回の件と合致するポイントは多い。
「ハルさん以外の管理者の生き残りー」
「居ないよ。彼らは全員僕が看取った。今は僕と、新任の管理者であるカナリーちゃんの二人だけだね」
「……んー。んー? 本当にそうなんでしょうかー? どうやら現代でもー、管理者をはじめ研究所の情報は受け継がれていたんですよねー?」
「御兜の家をはじめとする、モノリス管理の三家だね」
ただ、彼らも受け継いできたのは断片的な情報と技術だけで、今は完璧な管理ユニットの再現は不可能であるらしい。御兜天智はそう語っていた。
一応、正式な訪問の話が流れた後も、他の二家に調査に入っていたハルだ。起きている時間は、そうした地道な情報収集は欠かしていない。
それもあって、月乃やその他の人間は今回の事件と関わりがないと結論付けるに至っている。もちろん超能力の存在も念頭に入れ、くまなく調べた。
「管理ユニットの再現に成功し、それを彼らが隠していたら気付かない僕じゃないさ。一応、口伝でだけしか伝わってない情報も、後で直接顔を合わせて探らないとだけどね」
「大変ですねー?」
「カナリーちゃんも手伝ってくれてもいいんだけどね?」
「お菓子出るならー」
どうだろうか。訪問が歓迎されるなら、お茶菓子くらい出してくれるかも知れない。
まあ、カナリーを連れて行くのはリスクも伴うので、本気で同行させるか否かは熟考を要する案件だろうが。
「まあそれは後だ。今は、推定無罪で話を進める」
「そんな力があるならー、既にもっと大々的に力を使ってますもんねー。ただー」
「ただ?」
「現代はともかく、過去に関してはどうでしょー? 彼らの、もしくは研究所の行った災害後の行動が、キーポイントになっている可能性はー?」
「なくはない、だろうね。まだ実験データが残っているうちに、第二の僕ら、管理ユニットを作り出していた可能性は……? それが黎明期なら、僕も見逃してもおかしくない……」
「もしくは私たち以外の、新たな支援AIですねー」
「あり得る。白銀の、そして空木の例もある。『最新の神様』である彼女たちのように、そうした僕らの認知外のAIが、何処かで神様化していた?」
「それならば、神界ネットに未接続なことにも納得ですよー。なかなかいい線いってる推理なんじゃないでしょうかー?」
「推理というには、まだまだ妄想の域を出ないけどね」
だが、この見えない相手を説明付けるにはぴったりの仮説であるのもまた事実。
都合の良い光明が見えたからとそれに傾倒しすぎるのは良くないが、説明がつく以上否定をするのにも詳細な調査が必要である。
現存の神々にはアリバイがあり、しかし犯人はアメジストやミント、神々の技術を横から利用できる親和性の高い相手。
その犯人が白銀と空木に次ぐ最新の神であると仮定すれば、仮説に矛盾は起こらない。
生まれたての神がそんなにすぐに高度なスキルを扱えるのかという疑問もあるが、そこは人間と同列に考えてはならないだろう。
ハルの支援があったとはいえ、白銀の例もある。彼女は神化してすぐに、他の神と遜色ない技量を発揮している。
「じゃあさっそく妄想かそーじゃないかを証明していきましょー。しかし、これが正解だとして、答え合わせは難しいですよー?」
「そうだね。元となるAIを作ったのは人間なのか、それともエメのような神なのか。そのAIはどういった経路で神になったのか。調べるのは雲を掴むような話だ」
しかし、何の手がかりもないよりはずっといい。そうして、ハルたちの起床時の方針は、ここに新たな指標を得たのであった。




